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邦画の3D作品が春以降、ほとんど無くなる。東宝、松竹、東映の大手3社の2012年ラインアップでは、4月以降に封切られる3D映画はゼロ。今後も大作の多くが3D化される洋画とは対照的だ。
この半年、邦画の3D版に追い風が吹いた。東宝は「ALWAYS 三丁目の夕日’64」など4本を公開、松竹は「一命」など3本、準大手の角川映画も「劇場版テンペスト3D」を世に出した。だが、4月以降の主な作品は「貞子3D」(角川映画)ぐらい。一転して逆風ムードだ。
背景には、邦画で3D版を制作しても見てもらえない現状がある。例えば1月公開の「三丁目の夕日’64」(山崎貴監督)。50代以上に体験してもらおうと3作目で初の3D版を作った。最新カメラとVFX(視覚効果)技術で昭和の町並みを立体化したが、3D版で見た観客は3割弱だった。
シネコン大手TOHOシネマズは「三丁目」の公開初週、3D版と2D版をほぼ同じ回数上映した。だが2Dを選ぶ観客が多く、2週目以降は2D上映を増やしたという。東宝の貝谷真二・映画営業部長は「半数ぐらいは3Dを選ぶと思ったが2Dで十分楽しめると判断した人が予想以上に多かった。前2作が2Dだったことや、3Dは300〜400円高くなることが理由だろう」と話す。
昨秋公開の松竹「一命」(三池崇史監督)では3D版の観客数が2割を切った。邦画3Dの苦戦は、特に大人向けの作品で目立つ。映画ジャーナリストの大高宏雄さんは「邦画が得意な『ドラマ』を楽しむなら、追加料金がいらず、目も疲れない2Dを観客が選ぶということがはっきりしてきた」と話す。
一方、洋画の主要作では5〜8割が3D版を選んでいる。今年のアカデミー賞で撮影賞など5部門を受賞した「ヒューゴの不思議な発明」では6割が3D版を見た。「見方を変えれば、3D表現が高く評価された『ヒューゴ』でも4割が2Dを選ぶということ。よほどの作品でないと、邦画の3D版は見てもらえない」と大高さん。
キネマ旬報映画総合研究所の掛尾良夫エグゼクティブ・ディレクターは「元々邦画は3Dと相性の良いSFやファンタジーものが少ない。3Dは制作費が作品の質に直結するが、邦画の制作費はハリウッドの10分の1以下。とても太刀打ちできない」と話す。
■制作期間・費用ネック
観客が3D映画を見慣れてくるにつれ、3D化のハードルも高くなっている。
今年7月公開の「BRAVE(ブレイブ) HEARTS(ハーツ) 海猿」は、撮影開始直前まで3D化を検討したが、結局、2Dで制作した。
10年公開の「海猿」シリーズ前作は、2Dで撮って3Dに変換。大作では先駆けとなる3D化が話題を集め、7割弱の観客が3Dを選び、興行収入80億円の大ヒットとなった。
今作は、海上に着水したジャンボジェットからの救出劇。臼井裕詞プロデューサーは「今やるなら、3D変換ではなく3Dカメラで撮る必要がある。撮影期間は1.5倍、制作費は数億円余計にかかる」と話す。
海猿のような大ヒットシリーズでも、現場の制作費は今作で10億円に満たない、と臼井さん。「興行的なリスクを考えると、数億円は簡単に上乗せできる額ではない」
技術的な壁もあった。レンズが二つある3Dカメラは小回りが利かず、炎や水の中での撮影が難しい。カメラを揺らしたり、カットを細かく割ったりすると、人間の目が3Dと感じにくいことも分かった。臼井さんは「アクションが多い海猿のような映画は3D向きだと思われがちだが、実際に研究してみるとそうでもない。現状では2Dで制作した方が前作以上の映像を撮れると判断した」。
東映も、一昨年、昨年と3D化してきた仮面ライダーとスーパー戦隊のシリーズを、今夏は3D化しないことに決めた。営業担当者は「一昨年は3D版の方が観客が多かったが、昨年は2D版が逆転したため」と理由を話す。
邦画3Dの激減について大高さんは心配する。「ハリウッド並みとは言わないが、邦画には邦画なりの3D表現があるはず。ここで技術的な挑戦までやめてしまっていいのだろうか」(西田健作)