[解説]中学校の武道必修化、柔道事故の徹底検証急務

 4月から中学校で武道が必修化される。6割以上の学校が柔道を選択する見通しだが、柔道で死亡事故が多く起きていることに対し、保護者や医師らから不安の声が上がっている。医学的には、どのような危険があるのか。現場ではどう気をつけたらいいのか。(医療情報部・利根川昌紀)

 中学校の武道の授業は原則、柔道、剣道、相撲のいずれかを選択し、男女とも授業を受けることになる。

 これに先立ち、名古屋大の内田(りょう)准教授(教育社会学)が中学、高校で起きたスポーツによる事故を調べたところ、柔道は死亡事故が114件(過去28年間)、障害事故が275件(同27年間)が起きていた。

 中学校での柔道の死亡率は10万人当たり2・38人。サッカーや野球など他のスポーツ(0・5人未満)に比べて高い。死因は、投げ技で頭を強打するなどして「急性硬膜下血腫」を起こした例が多い。

 急性硬膜下血腫は、脳と、それを守る硬膜をつなぐ血管「架橋静脈」が、外から加わる衝撃によって切れて起こる。出血してできた血腫(血の塊)は、脳を圧迫する。血腫を取り除く手術を行っても半数以上は死亡し、救命できても重い障害が残ることが少なくない。

 頭を強打しなくても、頭が激しく揺さぶられて架橋静脈が切れる「加速損傷」が起きることがある。柔道のほか、ボクシングやラグビーなど激しい接触を伴うスポーツで見られる。

 出血が少なければ自然に血が止まり、重い症状が表れないこともある。その場合でも、血管が完全に塞がる前に練習を続けて脳にさらに外圧が加わると、一気に出血し容体が急変する。

 日本体育協会公認スポーツドクターの野地雅人医師(神奈川県立足柄上病院脳神経外科部長)は「頭を打つなどした場合は、頭痛や吐き気、めまい、物忘れ、興奮などの症状がないか確認し、しばらく休ませる。必ず指導者が様子を見て、少しでも異常があればすぐに脳神経外科を受診してほしい」と訴える。

 こうした事故を防ぐ方法はないのだろうか。

 全日本柔道連盟教育普及委員会の尾形敬史委員長(茨城大教授)は「まず、投げられた時に身を守る『受け身』をしっかり教えることが大切だ。その上で試合形式の練習をする場合は、技をかけられたら投げられまいと無理をせず、必ず受け身を取るよう指導すれば、事故は起きにくい」と話す。

 しかし、柔道で子どもを亡くした保護者らで作る「全国柔道事故被害者の会」の小林泰彦会長は「部活動とは異なり、授業では柔道経験が少ない体育教師が教えるケースが多くなる。しっかりした事故防止策が取られなければ、必ず事故は起こる」と懸念する。

 文部科学省は現在、柔道による事故防止の議論を進めており、3月中に対策をまとめる方針だ。しかし、4月の必修化を目前に、対応があまりに遅すぎないか。

 野地医師は「高い位置から後頭部が急激に後ろに落ちる『大外刈り』は、脳血管の加速損傷を起こしやすい。この技を授業の最初の段階で教えるのは禁止した方がいい」と主張する。

 文科省は、過去の事故例を徹底的に検証し、具体的な事故防止策を早急にとりまとめるべきだ。

医療機関への受診が必要になる例
・うとうとした状態が続き、呼びかけなどにぼんやりとしか応じない
・吐き気や嘔吐を繰り返す
・体の動きが鈍くなっている
・話す内容のつじつまが合わない。言葉をはっきり話せない
・けいれんを起こす
・鼻や耳から液体(髄液)が出ている
(野地雅人医師による)

2012年3月1日 読売新聞)

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