【大事なお知らせ】
サービス終了のお知らせ、データ保存のお願い(2012/3/1)
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微睡みの合間に。三月二十日。
『猿でも分かるワイズ先生の政治哲学講座』
登場人物
貴之君-高校一年生の男の子(土黒貴之)
ワイズ先生-正体不明の胡散臭い軍事系政治系コンサルタント(ワイズ)
ナレーション-仄かににほんむかしばなし風味(ワイズ)
貴之君はネットで自分の悪口を沢山書かれて凹んでしまいました。
名無しで掲示板に中傷を書かれたり、とても傷ついたのです。
そんな傷心の貴之君が家に帰ると、玄関に見慣れない、いえ、正確にはよく知っているけれど滅多に見ない小さな黒い軍用ブーツが一足、ちょこんと可愛らしく揃えて置いて有りました。
「ワイズ先生!!」
それを見た彼は一言叫ぶと靴を脱ぎ捨てて家の中に転がり込みます。廊下を走ってリビングに飛び込むと、そこにはやはり予想通りの人物がいました。
「よぉ、元気か小坊主。」
母親の向かいでソファに座って寛ぎつつ歌舞伎揚げをバリボリと食っているのは、年の頃は二十代後半程の女性。彼女は昔から時折フラリとやって来ては変な物や危ない物や珍しい物をお土産にくれる、貴之君の大好きな人でした。
「やっぱワイズ先生だ!どうしたの?今回早くない?どこ行ってたの?」
「ああ、ロシアに行ってたんだけど遂にチェチェン内戦おっ始まってねぇ、仕事が中断したんだよ。次のアテも今のとこ無いからさ、一時帰国♪」
「泊まって行くよね!今回のお土産は?!」
「がっつくなよ。ほら、今回はロシア陸軍の防寒ジャケット。あったかいぞぉ。」
「ありがとう!」
両親が何の縁か知り合ったワイズ先生の事が、貴之君は大好きでした。
ワイズ先生はとにかく型破りで風変わり、どこにでもいそうな凡庸な外見のくせに仕事は軍事系コンサルタントとかいう奇妙奇天烈な肩書き、前回に家に電話をして来た時は
『もしもしー?今日本に着いたよー。え?成田?違う違う、厚木基地ー。』
などとサラリと言ってしまうような、とんでもない事をやっていそうな人なのです。
そして職業柄なのか何なのか、統治学や政治学、戦略論についてはなかなか独特の観念を持っていて、最初はその強烈な色彩に反発心も生まれた貴之君ですがそこは若さ故の柔軟性、次第に彼女の意見をせがむようになっていました。
そして、今。
この時もまた、ワイズ先生の意見を聞きたい、そう思った貴之君はワイズ先生の腕を引っ張って自分の部屋へ誘い、ワイズ先生は『またか』という面持ちで歌舞伎揚げを二、三個手に取ると彼に従ってリビングを後にしたのです。
「…で?今回はどんな泣き言だよ。コンサル業はボランティアでやってんじゃねえんだ、大概にしろよな。」
「うん…あのさ、ワイズさん、この年齢設定は無理が有り過ぎるよ。俺が十六の時ってあんたまだ六歳だよ?」
「素に戻るな馬鹿。ちゃんと台本通りにやれよ。…で?何が聞きたいの。」
「うん、あのさ、俺がメルマガ出してんのは知ってるでしょ、文章書くの好きだから。」
「ああ。エッセイみたいなヤツだよな。それがどうかした?」
「ちょっとこれ見てくれる?」
貴之君がそう言って指し示したのは自分の携帯電話と、机の上のPCのモニタ。
携帯には誰から送られて来たのか彼のエッセイに対する超ド辛辣な批判。
PCのモニタにはどこかの掲示板に連ねられた彼に対する批判、中傷、そして擁護。F5キーを押すと彼が学校に行っていた間に書き込まれたものがどっと更新されます。
「ね?ヒドイよね、これ。」
ワイズ先生は貴之君のその問いかけには答えず、携帯の批判メールを最初の分からめを通し直し、それと合わせて掲示板のレスも順を追って見ていました。
「…で?何に落ち込んでるか分からないんだけど。」
時間にして十分程だったでしょうか、レスとメールのチェックを終え、顔を上げたワイズ先生の開口一番でした。
「いや…だからさ、そういう風に何の関係も無いのに人の批判するのって、ひどいと思うでしょ?」
「…何で?」
「え、だって、だからさ、何の権利が有って人の事を叩くのかっ…」
「貴之。」
「…何だよ。」
「お前、いつからそんなに馬鹿になった?つうか、今迄私が特別サービスでタダで教えてやった事は全部ムダか?あのなぁ、見ず知らずの他人が自分に意見をぶつけて来る、それがどれ程有り難い事だと思ってんだ。」
「ワイズ先生が言った事ならそりゃ俺だって聞くよ?でもさ、こいつ等は全然無関係なんだよ?!しかもそのメール、他の発行者からだけどさ、『アマチュアの中でも三流以下』だの『借り物の言葉切り貼りして表面だけ取り繕ってるだけ』だの『本業じゃないなんて逃げるなら書くな、同じフィールドに立つ者として不愉快だ』だの、俺にそんな事言って何がしたいんだよお前って感じじゃん。ただ悪意ぶつけて来てさ、嫉妬でもしてるのかと思うでしょ?!」
「お前、救い様の無い馬鹿だな。そもそもさ、何で他人に善意を求めるわけ?何度も言っただろ、人間はもともと性悪なの、だからそれを律する組織と法が有るんだろ。他人は枷が無きゃどんな事だって言える、出来る、良くも悪くもだ。他人に最初から善意を期待する方が間違ってんだよ。そんなんだったら戦争は無ぇし私だって飯の食い上げだ。」
「そうだけどさ…だからって人を傷つけて良いわけじゃないだろ。」
「何で傷つくの?自分の作品が叩かれたからか?」
「そうだよ。」
「はい馬鹿二つ目ー。お前さ、表現する権利だけ主張してそれに対する反応を受け止める義務忘れてねえか?何事も権利と義務ってのは常にセットだ、権利だけ主張して義務は放棄なんて道理が有るか馬鹿。それに相手の権利だって忘れてるよな、その相手にだって権利が有る、お前の作品に対する私見を述べる権利がな。勿論その表明した意見に対する反論を受け止める義務も有る。お前の言ってる事はてめえの権利だけ主張して義務も相手も考えてねえって事だぞ。それで『無関係な奴に叩かれてボク傷ついちゃったのー』なんて言って、恥ずかしくならないか?私だったら出家するな、そんな厚顔無恥。それ以前に死んでも言わないけど。」
「俺が傷つくとか、考えないで良いわけ?」
「だーかーらーさー、言ってんだろ、他人の基本は悪意だと思えって。付き合いが続けばそこに善意が生まれる程度に考えろよ。何でお前の言う赤の他人とやらがお前の気持ちを考えてやらにゃならんのさ。それにさー、このメールの人、言ってる事はそのまま人殺せそうな程ド辛辣だけど、言ってる事間違ってねぇじゃん。お前の文章、中身が無ぇよ。まだ若いから模倣の段階を抜け切ってないんだろうけど、どっかから拾って来た見てくれの良い言葉を繋ぎ合わせただけって感じ、確かにするぜ?芯もホネも無ぇ、何が言いたいのか分かんない、ご指摘通り三流以下。『自分の言葉』で語れてないんだから。」
「…。」
「それにさぁ、感謝したら?他人がこんなに真摯に言ってくれてるんだぞ。」
「真摯って…どこがだよ。」
「無関係な赤の他人がだよ、こんなにびっちりお前に対する意見述べてんだぞ、褒められてばっかりだったらそりゃ確かに嬉しいしぬくぬくしてられるだろうけどさ、為にならないぞ。相手がどんな思惑でメール寄越したかなんて分からないけど、それが悪意に基づいたモンでもそこから学べる事は学べよ。それとも今の自分がベストだとでも思ってんのか?」
「そうじゃないけど…悪意から学ぶモノなんて…」
「有るよ。人と人との接触には何かしら得るモノは有る。そのメールが例え純然たる悪意に由来するものでも、何も学べない得られないと思うのはお前が可能性を探ってないだけだ、辛辣な意見から受ける不快感で目を逸らしてるだけだよ。勿体無ぇぞ、折角自分が成長するチャンスなのに。ま、プライド高いだけの馬鹿ガキにきちとキツイかもな、こりゃ確かに。でもな、今すぐには受け入れられなくても忘れるな、時間かけて考えろ、他人が自分に接触を持つ事の幸せを知れよ。それが結局はお前の糧になるんだぞ。」
「…どうせガキですよーだ…考えてみる。」