検索の罠
それは―夜間鋭く響く呼び鈴であり、あるいは荒々しくドアをノックする音である▼作家ソルジェニーツィンは「収容所群島」(新潮文庫)で、旧ソ連の秘密警察による“反体制者”逮捕の恐怖をそう表現した。「これはきっと何かの間違いだ!よく調べてみればわかることだ!」。叫んだところで逮捕は取り消されない▼想像してみよう。ネットの検索サイトに自分の名前を入力すると、身に覚えのない犯罪を連想させる文言が現れて、中傷記事がずらずらと表示されたら。しかも、その虚偽情報を理由に職を追われ、就職を拒まれたら―▼生身の人間が実生活から理不尽に引き剥がされ、隔離されたのに等しい。もはや仮想現実上の出来事ではない。実際にそういう被害を受けたとする男性が、検索大手グーグルを相手に表示差し止めの仮処分を申し立て、東京地裁はそれを認めた▼ところが、グーグルは「検索予測は機械的で、米国本社に日本の法律の規制は及ばない」として削除に応じないという。「これは間違いだ!」と肉声で根拠を示してもネット上では妄言がうろつき回り続けるとは。不気味すぎる▼<一度でも載ると検索できる幸>。きのう毎日新聞の「仲畑流万能川柳」にあった。採句された喜びが伝わる。だが、そんな幸せばかりではない。「検索の罠(わな)」にはめられた「不幸」は速やかに救われなければ困る。2012・3・29
<
前の記事
|
次の記事
>