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民主党が、消費増税法案の国会への提出を了承した。昨年末に続いて、またも延々と論議を重ねた末にようやく収拾した。何はともあれ半歩前進だ。[記事全文]
日本を揺るがした大震災と原発事故から、何を学ぶか。今春の教科書検定に合格し、来春から高校で使われる教科書は、その書きぶりが注目されていた。とりわけ原発事故だ。[記事全文]
民主党が、消費増税法案の国会への提出を了承した。
昨年末に続いて、またも延々と論議を重ねた末にようやく収拾した。
何はともあれ半歩前進だ。
最大の焦点は、経済成長の数値目標の達成を、増税の条件とするかどうかだった。
結局、名目3%、実質2%程度の成長をめざすと盛り込む一方で、それが条件だとは書かない玉虫色の決着だ。
できるだけ多くの議員の理解を得なければならないし、法案の骨抜きも避けたい――。
ばらばらな党内を束ねる苦肉の策であることは理解する。
しかし、政権与党の対応としてはお粗末すぎる。
とくに増税による負担を国民に強いる法律に、一読して意味がわからない文言を記そうという感覚が信じがたい。法律のあるべき姿からは、ほど遠い。
執行部はもっと毅然(きぜん)とした態度を貫くべきだった。
なにしろ、バブル経済後、名目3%に達したことなどない。そのうえ万一、国債に十分な買い手がつかなくなれば、「3%成長してから」などと言ってはいられない。しょせん、一つの指標で増税の是非を決めようという考え方に無理がある。
もちろん、増税「慎重」派の主張に耳を傾けるべき項目はたくさんある。政府は経済成長にも、むだの削減にも取り組まなければならない。
ただ、これまでも「経済が好転してからだ」「むだを省いてからだ」と先送りを重ねてきた結果が、1千兆円に迫る借金の山なのである。
この現実に、小沢一郎元代表ら、現時点での増税に異論を唱える議員はどう向き合うのか。
小沢氏は、むだの削減で16兆8千億円の財源を確保する党の公約づくりを主導し、いまも同様の発言を繰り返している。
いまさら、なぜ幹事長時代にやらなかったのかは問うまい。だが、いまからでも、どの予算をどのくらい切るのかを具体的に言ってほしい。
歳出削減は痛みを伴う。だれが、どれほど痛むのかをあいまいにしたまま、財源を生む打ち出の小づちがあるかのように言い募るのは不誠実だ。
法案採決の際に、またぞろ同じような反対論を蒸し返す議員はいるだろう。
しかし、具体的で理にかなった提案をせずに、成長幻想やむだ削減を盾にとるのは「反対のための反対」でしかない。
民主党は政権与党として、もっと建設的な議論をしていく責任がある。
日本を揺るがした大震災と原発事故から、何を学ぶか。
今春の教科書検定に合格し、来春から高校で使われる教科書は、その書きぶりが注目されていた。とりわけ原発事故だ。
社会では、現代社会と地理を中心に、多くの教科書が原発の利点だけでなく、負の面もそれなりに書き込んだ。
ある教科書は、チェルノブイリ原発事故による健康被害は26年後の今も続いており、福島の事故の影響も「長期にわたることが危惧される」と書いた。各国で原発のあり方が問われていることに触れた教科書もある。
一方で、理科系の科目では事故の記述が少ない。
合格した5科目18冊のうち、事故に触れたのは2冊だけだ。
この1年、大気や大地、食品の放射能汚染が報じられない日はなかった。一人ひとりが客観的な情報に基づいて判断し、行動する大切さが言われた。
そういう力が、この教科書で身につくか。やや心もとない。
今回の検定申請は昨年5〜6月に締め切られた。締め切りまぎわに震災と事故が起き、大きな書きかえは難しかった。事故の影響や深刻さの評価も定まっていなかった。踏み込みにくかった事情はわかる。
理系科目は専門知識をきちんと教えることが優先で、事故を社会的に意味づけるのは他教科の仕事だ。そんな意見もある。
しかし、今の学習指導要領は「生きる力」、つまり実社会に出て使える学力を掲げる。
実社会で起きる問題には、正解のない問いが多い。対立する主張を理解し、議論する。必要なデータを集めて自分の考えをまとめ、伝える。そういう力を育むことをめざしている。
学んだ内容と、社会の課題や自然現象を結びつけて考える「探究」も重視されている。
震災と原発事故、そこからの社会の再建はまさに、正解が見えない問いだ。子どもたちにとって共通の原体験であり、学びに生かさぬ手はない。
理科も書きようはある。現に原子の項で事故に触れ、放射性廃棄物の管理の難しさを説いた物理の教科書もある。
教科書の記述は、検定を通った後も訂正を申請できる。来春に配るまで時間はまだある。教科書各社は、できるかぎり記述を充実させてほしい。そして、生徒向けの資料集や先生向けの指導書にも、この問題を掘りさげる素材を盛り込むべきだ。
先生方にも、教科書を手がかりに生徒が自ら調べ、考える授業をお願いしたい。未来を担う世代には生きた学びが要る。