【萬物相】「脱北者をお願い」

 小説家の申京淑(シン・ギョンスク)氏が15日、香港で「マン・アジア文学賞」を受賞した。壇上に上がった同氏は「最後にこの場を借りてお話したいことがあります。今、命懸けで中国に渡ってきた脱北者たちが、再び北朝鮮に送還されるという事態が発生しています」。コンラッド・ホテル7階の授賞式会場で食事をしていた参加者100人が、受賞者の言葉に耳を傾けた。申京淑氏が口を開いた。「命懸けで脱北してきた人々を再び本国に送還することは、彼らを死に追いやるも同然です。これは政治的問題などではなく、人間に対する礼儀ではないでしょうか」

 同賞を創設したマングループは、ノーベル文学賞に次ぐ文学賞と言われ、イギリスで最も権威のあるブッカー賞も後援している。賞の権威を利用して言葉の重みを増そうというわけではないが、申京淑氏の受賞の際の所感を聞くと、村上春樹氏が2009年にイスラエルで最高権威のエルサレム賞を受賞した当時の光景が思い出される。同氏は受賞演説で、イスラエルのタンクやパレスチナのロケット弾のような武器と発砲命令を下す体制を「壁」に、壊れやすい人間を「卵」にそれぞれ例えて次のように発言した。「私たちは壁に投げつけられた卵です。しかし、その壁を建てたのも、やはり私たち人間なのです」

 村上氏は「受賞を拒否するよう求める声もあったが、私は沈黙ではなく、この場に来て話すことを選択した」と述べた。一方の申京淑氏も「ここでこのような話をするのは、ここが国際都市の香港で、中国領だからだ」と語った。中国領に入り、中国政府にとって耳障りな発言をあえて公の席上でするのは、容易なことではなかったはずだ。アルベール・カミュ氏は、1957年にノーベル文学賞を受賞した席で「作家とは、真実に対して仕えること、そして自由に対して仕えることという二重の重荷を背負って生きるもの」と発言した。

 大江健三郎氏は1994年にノーベル文学賞を受賞した際、所感の題名を「あいまいな日本の私」とし「日本がアジア人に対して大きな過ちを犯したことは明白な事実」と話した。受賞の際の所感は、作家の文学経歴に最後まで付きまとう。ツイッターで公言し、反論されたからといって、容易に削除できるものではない。そもそも詩を作って小説を書くという文学行為自体が、避けては通れない真実を叫ぶ良心宣言であり、「人に対する礼儀」をわきまえる行為といえる。

 脱北者には、中国の頑固さ、韓国外交通商部の無神経さ、北朝鮮政府の残忍さが全て「壁」となって立ちはだかっている。申京淑氏の受賞作『ママをお願い』は、認知症にかかった母親を見失ってしまった子どもたちが、必死になって母親を探し出そうとする切ない話だ。子どもたちは、母親を失って初めてその存在の偉大さを知る。今沈黙を保っている知識人たちも、脱北者が全員北朝鮮に連行されて初めて、その過ちに気付くのかもしれない。こうした知識人に送る申京淑氏の受賞メッセージは『脱北者をお願い』だ。

キム・グァンイル論説委員
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