どえらい事になってしまった、と隼樹と零は思うのだった。
普通に家に帰宅したら、何故かコスプレとも思える妙な格好をした女性と謎のカプセルの中に浮かんでいた少女が、寝室に転がっていたのだ。しかもカプセルから水漏れが起きて、部屋を浸水させると言う大事件まで発生しており、二人は急いで除去作業を行った。この時、二階以上の部屋でなくて本当によかった、と二人は心底思った。もし上の階だったら、下の階まで迷惑をかけて被害拡大は必至であり、他の住居者や管理人を巻き込んでの大事にまで発展していただろう。いや、本当によかったわ。
しか~し、まだ問題は解決していなかった。いや、浸水と言う二次災害は解決したが、謎の人物侵入と言う一次災害が未解決であった。しかも、意識を取り戻した女性──プレシア・テスタロッサは、近付くどころか離れて話をする事すら命懸けと思わせる程に恐い女だった。ぶっちゃけた話、今まで出会ってきたどの大人たちよりも恐い。
更に恐ろしい事に、一緒の金髪少女は息をしておらず、遺体である事が発覚したのだ。
少女の遺体と共に部屋に現れたコスプレ女性。何ともシュールな絵で、とても現実とは思えない。
プレシアが愛娘と思われるアリシアの遺体を、愛おしそうに眺めてる隙に隼樹と零は声を潜めて会話した。
「ねぇ、コレって
現実なの? 夢じゃないの? 漫画やアニメの見過ぎで、頭おかしくなっちゃったの?」
「キミと違ってオタクじゃない私まで見えてるし、夢でも幻覚でも無いだろう」
「いやいや、夢の可能性は捨てきれないよ。アレしようよ。頬
抓って確かめようぜ。でも、自分じゃ意味が無いらしいから……いででででっ!」
台詞を言い終える前に、零に頬を抓られた。少し伸びた爪が皮膚に喰い込んで、地味に痛い。
零が手を放すと、隼樹は頬を抑えて怒りをぶつけた。
「お、お前……何すんだよ!?」
「抓って確かめろって言っただろ? 結果は、夢じゃなくて現実」
「だからってお前、いきなり俺の頬を抓るか? どっちか決めてからやらない?」
「へぇ~。じゃあキミは、年下の女の子の頬を抓るんだ? ふ~ん」
半眼になり、零はジト目を向ける。
小学生と言う自分の立場を利用され、隼樹は反論出来ず言葉を詰まらせた。二人で口論や争いが始まると、決まって零は自分が子供である事を逆手に取って事を有利に運ぶのだ。恐ろしい子。
悔しそうに顔を顰めるも、隼樹は引き下がった。
「……分かったよ。んで、コレが現実なのは解ったけど……これからどうするの?」
「とりあえず、相手の事情を聞こう。何者なのか? 何処から来て、どうやって部屋に入ったのか? どうして女の子の遺体を連れてるのか?」
冷静な顔付きで、零は疑問点を並べた。
出来る事なら、他人の厄介事には関わりたくないのが本音だ。しかし、場所が自分達の部屋となれば、放っておく訳にもいかない。勿論、警察を呼んだ方が良いのだが、その際には事情聴取など色々訊かれるだろうし、何より近所から注目の的になってしまう。変な噂が流れないとも限らない。
なので、外部には知らせず、この状況を自分達だけで解決する。ソレが零の出した結論だった。
「それじゃあ、隼樹。事情の聞き出し、よろしく!」
「ええっ!? ま、まあ、そうなるわな……」
零から任され、最初は驚き拒絶な態度を見せた隼樹だが、すぐに諦めたように納得した。
こういう時は、どう考えても子供よりも大人が対応するべきだ。
仕方ない、と隼樹は意を決して声をかける事にした。緊張を解すように深呼吸をして、軽く咳払いをして喉の調子を整える。
そして、緊張した面持ちで言った。
「あ、あの~」
「……何?」
アリシアから顔を離して、振り向かれたプレシアの目は鋭くなっていた。
刺々しい雰囲気を纏っており、彼女の不機嫌さを肌で感じる。
──
恐っェェェェェェェェェェェェェェェェェェ!
プレシアの睨みを受けて、隼樹は心中にシャウトした。ある程度離れているが、目を合わせただけで体が小刻みに震えてしまう。並の威圧感ではない。何をどうすれば、こんな攻撃的で恐ろしい迫力を放てるのだろうか。
怯えながらも隼樹は、零が挙げた質問をした。
「いえ、その……テスタロッサさんは、何者なんですか?」
「貴方達に話して、私に何か得があるのかしら?」
──損得勘定! この
女、物事を損得勘定でしか考えてねぇ!
間髪入れず、心の中で隼樹はプレシアの返答に対して叫びを上げた。相手が自分の名を教えるに値する、または名乗る事で利益を得る可能性のある人間にしか語らない。例えるなら、有名な企業の社長との名刺交換、人気作品を描く漫画家とのアニメ化交渉、そんな感じで自分に利益が出る者としか接しない。
早くも詰まってしまうと、零が口を挟んだ。
「ココは私達の家です。住人である私達には、事情を知る権利があります」
──零
強ェェェェェェェェェ! 最初はビビってたけど、今は果敢に挑んでるよ!
恐いプレシアに真っ向から挑む零が格好良く見えたが、半面、自分の情けなさに少し落ち込んだ。
零の態度が癪に障ったのか、プレシアは眉根にシワを寄せて不快感を強めた顔になった。静寂の場で、両者の睨み合いが続く。
暫しの沈黙の後、プレシアは口を開いた。
「私は魔導師よ。ミッドチルダ出身の魔導師」
「魔導師?」
「ミッドチルダ?」
聞き慣れない単語に、二人は首を傾げた。
「次元空間には、数多くの世界が存在するわ。別の技術が発展した世界、無人の自然界が広がる世界……それこそ無限とも呼べる程の数よ。その中の一つ、ミッドチルダが私達の出身……魔法技術が発展した世界。その世界では、魔法を行使する者を魔導師と呼ぶのよ」
ファンタジーの世界かよ、と思わず呟きそうになった隼樹だったが、何とか言葉は飲み込んだ。にわかには信じ難いが、しかし魔法の存在を認めれば納得のいく事もある。窓も扉も閉められ、鍵を抉じ開けられた痕跡が見られない完全密室の部屋に入り込んだのは、その魔法とやらの
力によるモノなのかもしれない。奇妙な格好も、魔導師としての服装かもしれない。魔法が出てくる漫画で、似たような服を見た記憶がある。
それに、少なからず関心も寄せていた。漫画やアニメが好きな隼樹にとって、魔法の存在は魅力的でもあった。
一方で妙に大人びてる零は、胡散臭いモノを見るような目で、いまいち信用していなかった。普通の小学生なら、魔法と聞いて大きなリアクションをしそうなモノだが、零は瞳をキラキラ輝かせる事も無く、落ち着いた様子で疑惑の眼差しを向けていた。まさに大人の対応。
なので、
「その魔法の存在を証明出来ますか?」
と冷静に当然の要求を迫った。確たる証拠が無ければ、超常現象の類を信じる気になれない。子供ながらに、零は大人なのです。
証拠を求められたプレシアは、無言でテーブルを指差した。
目で指先を追うと、二人の目に零が拾った青い石が映った。
「ソレはジュエルシードと言って、触れた生物の願いを叶える魔力の結晶体よ。『ロストロギア』と言う、失われた過去の魔法遺産の一つで、中には次元世界を滅ぼす程の危険物もあるわ」
「えっ……!?」
「世界を、滅ぼす……!?」
こんな小さな石っころが、とてもそんな大層な代物には見えない。
「ジュエルシードに関しては、強い衝撃を与えたり、暴走でもしない限り危険は無いわ。ただし、願いは歪んだ形で叶えられる事になるけど……」
「そ、そうなんですか……」
話を聞いて、隼樹はちょっと試したくなった。
未知の道具と言う物には、一度は試したくなる魔力がある。ソレは、魔導師がエネルギーとしてる魔力とは別の、人間の心を引き寄せる魔性の魅力だ。
使ってみたい。しかし、コレはプレシアの所有物である可能性があるので、使うには断りが必要だろう。かなり勇気の要る行為だ。
心中で葛藤していると、零が言った。
「それじゃあ、コレは貴女の物なんですか?」
「ええ、そうだけど……もう要らないわ。そんなガラクタ」
「ガラクタ?」
プレシアの言葉に引っ掛かりを憶え、零は片眉を上げた。
「どういう事ですか? ガラクタって……コレはもう使えないって事ですか?」
零の問いに、プレシアはすぐには答えなかった。一度視線を逸らして、腕に抱えてるアリシアに目を向けた。娘の頭を優しく撫でるプレシアの仕草は、とても寂しく、哀しそうに見えた。
ややあって、プレシアは答えた。
「私の望みを叶えられない物なんて、みんな
失敗作なのよ」
顔に影を差して、失望感に満ちた表情でプレシアは項垂れた。
鈍い隼樹でも、何か事情があると察した。ソレはおそらく、腕に抱かれてる娘と関係がある事だろう。
「あの……もし、良かったら事情を訊いてもいいですか……?」
恐る恐る尋ねると、プレシアは逡巡した。他人に話して解決出来る問題では無いし、何より魔法が発展してない異世界では何も期待出来ない。
しかし、これまでの疲労や失望感が大きく、半ば目的を諦めかけていたプレシアは、静かに語り始めた。
「昔、私はミッドチルダの技術開発の会社に務めてたわ。開発チームのリーダーとして、主に航行エネルギーの研究をしていた。仕事は忙しかったけど、遣り甲斐があったし……何より、この
娘の笑顔があった。それだけで、私は幸せだった……! この娘さえ居てくれれば、他には何も……!」
徐々に感情的になってきたプレシアの語りを、零と隼樹は黙って聞いている。
「だけど、ある日、上司から無茶なエネルギー実験を強要されて……私は何度も危険性を訴えたけど、実験を行わなければ職を失う事になると脅されて……。アリシアと二人で暮らしていく為にも、今職を失う訳にはいかなかった。だから、私は指示通りに実験を行った……。だけど、結果は大失敗……エネルギーが暴走を起こして、研究施設周辺にまで被害を広めた大惨事になったわ……! その事故に、アリシアを……アリシアを……!
その時、私は決心したわ! どんな手段を使っても、必ずアリシアを生き返らせる……! その為だけに、私は生きてきた……! 可能性のある技術を見つけて実験を続けたっ……! けど、どれも失敗……! そんな中、私は最後の望みを見つけたわ……! 死者を甦らせる秘術が眠る場所……約束の地……アルハザードっ……! ソコに辿り着いて、今度こそ必ずアリシアを生き返らせると誓ったわ……! その為に私は魔力の結晶体である21個のジュエルシードを集めて、旅立とうとしたけど……集まったのは、半分にも満たない9個だった……! もう
時間が残されて無い私は、その9個のジュエルシードでアルハザードを目指そうとしたわ……。だけど、結果はこの様よ……。結局、アルハザードには辿り着けず、アリシアも生き返らせる事も出来なかった……」
語り終えたプレシアの目には、大粒の涙が浮かんでいた。
娘を失った悲しみ、死なせてしまった罪悪感、目的を果たせなかった絶望が込み上げてきて、涙となって表れる。拒絶し続けてきた辛い現実から逃げられない事を悟って、今では生きる希望すら失いかけていた。アリシアの
在ない世界など、彼女にとって何の価値も無いのだ。
一方、話を聞いた隼樹と零は、内容の重さに気落ちしていた。口を閉ざして、慰めの言葉一つ浮かばない。娘を失った彼女の悲しみは、おそらく自分達では想像もつかないだろう。今まで味わってきた辛さも然り。下手な慰めは、彼女を不快にするだけだ。
しかし、事情を聞いて、このまま放っておくのも何だか忍びない。
そこで零は、再び潜めた声で隼樹と相談する事にした。
「隼樹、何とかテスタロッサさんの力になれないかな?」
「無茶言うなよ、無茶を。若手芸人に振る無茶ぶりより難度
高ーよ」
「そうだけど……このまま放っておけないよ」
表情を曇らせる零の顔には、同情以外の感情が含まれていた。彼女自身の事情から、アリシアの事を想っていた。きっとアリシアも、もっと
母親と一緒に居たかったハズだ。
無力な自分達では、何も出来ない事は解っている。
しかし、それでも何かせずにはいられなかった。力になってあげたい。
目の前の親子は、あまりにも悲し過ぎる。
「それに、キミだってテスタロッサさんを助けたいと思ってるハズだろ?」
「そ、それは……」
思って無い訳じゃない。
プレシアを一目見て、綺麗だと思った。格好はアレだが、今まで見てきた女性達の中で断トツの美貌を誇っているのは間違いない。
彼女の美しい容姿に、一目惚れしたと言っても過言では無かった。
もし本当に惚れているなら、何かしら彼女の力になるべきだ。
しかし、生憎と彼女が抱えてる問題は、自分では解決出来そうにない。
「そりゃあ、力になりたい気持ちは、無くは無いけど……」
「男ならハッキリしなよ! あるんでしょう?」
問い詰めてくる零に、隼樹は赤い顔で軽く舌打ちした。
「けど、どうしろってんだよ? その、アルハザードだっけ? ソコに行くには、ジュエル何とかってヤツは数が足りないんだろ?」
「うん」
「はあ~。もうさ、直接願っちゃえば?」
「え?」
訝る零に、隼樹は続けた。
「いや、だからね、この石に直接お願いするんだよ。“アリシアを生き返らせて下さい”って。願いを叶える石って点じゃあ、ドラ●ンボールと一緒でしょ?」
隼樹の案を聞いた零は、茫然とした顔で彼を見つめた。
静寂な空間に、寝室に居るプレシアの嗚咽だけが上がる。
妙な空気と沈黙に耐えられず、隼樹は口を開いた。
「あの……俺、何か変な事言った?」
「ソレだっ!」
「うおっ!?」
突然、零は我に返って声を上げた。
驚く隼樹に構わず、零はプレシアに尋ねた。
「テスタロッサさん! 一つ確認していいですか?」
「……何?」
目を赤くしたプレシアが、鬱陶しそうに言葉を返した。
「貴女、ジュエルシードに直接お願いしましたか?」
「は?」
「ですから、その娘の蘇生を直接ジュエルシードにお願いしたかどうか、訊いてるんです!」
質問を聞いて、今度はプレシアが唖然となった。
沈黙の中、テーブルの上に置かれたジュエルシードと腕に抱えたアリシアを交互に見る。
しばらく視線を動かした後、ハッと何かに気付いたようにプレシアは目を見開いた。かと思えば、見る見る顔を赤くさせて、恥じらうように二人から目を逸らした。
先ほどまでの刺々しい態度と真逆な可愛い仕草に、不覚にも隼樹と零はドキッとした。
すると、プレシアは声を上げて言った。
「そ、その方法なら……私も気付いていたわよっ……!」
──絶対嘘だっ!
二人の心は見事にシンクロして、同時にツッコんだ。
露骨なまでの動揺から、零に言われて初めて気付いたのは明らかだった。どうやら、アルハザードと言う神秘の存在に取り付かれて、単純な解決法を見過ごしていたらしい。恋は盲目と言うが、妄執も目を曇らせるようだ。
「と、とにかく、コレで娘さんの蘇生の可能性が出てきましたね! まさか、隼樹のオタク知識が活かされる日が来るとは、心底思わなかったぞ!」
「いや、ちょっと位褒めてくれてもよくない? ってか、ドラ●ンボールはメジャーだぞ? オタクじゃなくても皆知ってるし、今なお人気を博してるんだぞ!」
にわかに盛り上がりを見せる零と隼樹の前で、プレシアは再び希望の光を見出した。