<ka-ron>
「大学へのベルトコンベヤーで、高校ではもはや師弟の情などは味わえるものではなくなってしまいました。私たちは先生の名を、先生方は私たちの名前さえ知らずに過ごしてきたではありませんか」
1968年3月1日、福島の県立高校卒業式で生徒会長が事前に教師の目を通したのと全く別の「送辞」を読み上げ、会場がざわめいた。
同日。京都の府立校では送辞がベトナム戦争を批判し、答辞は「無気力と無関心を打ち破り、日本と日本の教育の現状打破に立ちあがろうではありませんか」と応じた。
翌日の毎日新聞(東京)は<型破りの送・答辞>の見出しで<現代っ子らしい一面>と評している。だが、受験一辺倒教育への失望と反発、政治的関心や行動への欲求を記事が直視した気配はない。高校紛争は全国に広がった。
先月出版された教育ジャーナリスト小林哲夫氏の「高校紛争 1969-1970」(中公新書)は校史、ビラ、機関紙、証言など残る資料、当事者たちへのインタビューを積み上げた。読みながら、時にジンとしたのは、私がそこに描かれた高校生たちと同世代だからだろう。
程度に差はあれ、あの空気は多くの学校を包んだ。
私の高校は、瀬戸内の至ってのどかな学校だった。それでも生徒たちは校則(日没後は男女が連れ立ってはならぬ、といった類い)改正を求めたり、同級生が檄文(げきぶん)を配って処分されるなどのさざ波は立った。デモ用ヘルメットとタオルを持っていた者もいる。
文化祭で校庭で生徒たちが校長と話そうとしたら、なぜキミは制服を着ていないのか、と校長が言ってかみ合わず、失望したものだ。
市内の別の高校卒業式では、校長の前で女子生徒が証書を受け取るや破り捨てた。
米空母エンタープライズ佐世保寄港では「先進校」から女子生徒がオルグに来た。感心して聴くばかりで「連帯」することはなかったが、彼女はひとしきり、状況の切迫を語って帰って行った。どうしているだろう。
同書が紛争のピークに挙げるのは69年9月から70年3月。エスカレートし、封鎖や占拠が各地で起き、機動隊導入や生徒の逮捕が相次いだ。
大学紛争や他校の動きの刺激もある。「おもしろい」という側面もあったに違いない。しかし、高校生たちの独自の動機、思考、焦慮を抜きにしては、あの運動や空気の広がりは説明できない。
制服廃止など紛争を機に変わったことも少なくない。しかし、高校教育の改革という根本的な提起は、風に吹かれたままだ。(専門編集委員)
毎日新聞 2012年3月27日 東京朝刊
3月27日 | 紛争の季節=玉木研二 |
3月20日 | よみがえる「廣島」=玉木研二 |
2月28日 | 雪の日の「密使」=玉木研二 |
2月21日 | ヤマトの無理難題=玉木研二 |
2月14日 | マブヤーと義留=玉木研二 |
2月7日 | 第3の改革の「秋」=玉木研二 |
1月31日 | 教室の東郷平八郎=玉木研二 |
1月24日 | 土ぼこりの表現=玉木研二 |
1月17日 | きりりと締める時=玉木研二 |
1月10日 | 再び空白生まぬよう=玉木研二 |
12月27日 | 三笠を総合学習に=玉木研二 |
12月20日 | あの熱をもう一度=玉木研二 |
12月13日 | 花形の時代=玉木研二 |
12月6日 | 「孤島苦」はつづく=玉木研二 |
11月29日 | 「それから」を生きる=玉木研二 |
11月22日 | 「広き門」の悩み=玉木研二 |
11月15日 | 学力テストの活用=玉木研二 |
11月8日 | 2等兵の目で=玉木研二 |
11月1日 | 「内」も「外」もなし=玉木研二 |
10月25日 | 先生の「資格」=玉木研二 |
10月18日 | 紙とペンがあれば=玉木研二 |
10月4日 | 招かれざる大統領=玉木研二 |
9月27日 | ゆとり世代って何=玉木研二 |
9月20日 | 陽子先生の涙=玉木研二 |
9月13日 | 幼い目が見ている=玉木研二 |
9月6日 | 「自由大学」は幻か=玉木研二 |
8月30日 | 黒沢の力こぶ再び=玉木研二 |
8月23日 | 悲しき兵隊=玉木研二 |
8月16日 | ハーシー記者の目=玉木研二 |
8月9日 | マエタケさんの母校=玉木研二 |
8月2日 | メーチニコフの目=玉木研二 |
7月26日 | ゴジラの夏=玉木研二 |
7月19日 | 被爆者たちの無念=玉木研二 |
7月12日 | 果てしない闇=玉木研二 |
7月5日 | 早けりゃいいか=玉木研二 |
6月28日 | 人のつながりこそ=玉木研二 |
6月21日 | 背に腹は、の前に=玉木研二 |
6月14日 | 踏み絵になっては=玉木研二 |
6月7日 | ポラーノの広場=玉木研二 |
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4月12日 | 東日本大震災 明るく、希望の一歩を=玉木研二 |
4月1日北リアス線田野畑~陸中野田間復旧
岩手県・宮城県に残る災害廃棄物の現状とそこで暮らす人々のいまを伝える写真展を開催中。