東洋大学教授 中北 徹

こんにちは私は東洋大学の中北徹です。
東京電力の電力料金引き上げが議論されています。
1年前の大震災で原発事故を起こした結果、東電は被害者に対して膨大な賠償費用を抱えています。
その一方、原子力発電所が使えないことから、海外からの石油・ガスといった
原燃料費が嵩んだため、これらの費用を賄うために、電力料金の引き上げを求めている。
3月中に、東電は今後10年をにらんだ事業計画をまとめる予定です。
そこでは、家庭用の電気料金を7月から10%程度引き上げることが報ぜられています。
しかし、震災後1年以上が経って、あれほど重大な事故を起こした責任が明確に問われず、そもそも原発事故の解明もほとんど進んでいないのが現状です。
そうした中で、料金の値上げだけが飛び出している。
これでは、誰もが唐突な印象をもたざるをえないのではないでしょうか。
そこで今日は、今後の電力産業のあるべき姿と重ねながら、料金値上げの問題を考えてみたいと思います。  

まず、電力料金は、家庭用が国の審査の対象です。
電力会社からみて、掛かった費用がそのまま必要経費として盛り込まれて、そこに報酬率3%を上乗せし、これを国が認めれば、そのまま使った費用が認可されるという仕組みがある。
これが“総括原価主義”です。
しかし、監督者である国が、電力会社によって計上された費用に対して、適正かどうかしっかり見極めて、どこまで厳格な審査を行っているのかという疑念があります。
また、審査手続きの実態をもっとガラス張りすべきである、との批判がありました。
ところが、今回の事故をきっかけに、財務調査委員会などの調査によって、そうした経費の中には、おかしなものが多数紛れ込んでいることが明るみに出ました。
まず、福利厚生費です。
保養施設や運動場のほか、数多くのグループ子会社が都心一等地にビルを構えている。
不要な業務を減らし、不要な資産を売却し、年金を見直し財布の中身が空になるまでコスト削減の努力が必要です。
広告費については、巨額の費用がマスコミ対策に使われて、電力会社に対する批判を封じているのではないかとの指摘がありました。
電力改革の論議が極めて低調な理由の1つに、メディアが広告収入が減るのを恐れて、電力批判につながる報道を避けて、自己規制をかけているのではないか、ということです。
電力会社からの広告・宣伝収入といってもその広告費の源泉はもともと家庭が支払った料金から出ていることを忘れてはならないと思います。

次は、原燃料費です。
原子力発電所が使えないことから、LNGや石油、などの輸入が急増したからですが、これもまた総括原価主義があるため、電力会社は業者が調達した、そのままの値段で買い上げます。
安かろうが、高かろうが、原価主義という仕組みを通じて、そのまま買い上げてくれるわけです。
しかし、ちょっと待って欲しい。
これでは、海外の最前線で調達にあたっている、商社などの日本の会社が少しでも安い、よい条件で買い込むという動機付け、モチベーションがはたらかないのです。
これでは、日本全体でみると、海外からのエネルギー調達の費用がいくらでも青天井で割高になってしまう。
世界市場の実態は、最近アメリカが大量の「シェールガス」を自給できるようになったことから、むしろLNG・天然ガスの需給関係は緩んでいて、消費国に有利な方向へマーケットの情勢が転換しています。
それなのに、総括原価主義という仕組みが厚い壁となって、日本のエネルギー輸入額の削減にプラスの効果が効いてこない。
市場原理の利点を生かすチャンスをむざむざと葬っているのです。

次の図を見てください。

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これは財務調査委員会が公表したデータです。
この表からは、規制部門では売り上げ(つまり、販売電力量)ですが、全体の4割をしめ、しかし、営業利益は9割にも達している。
これに対して、自由化が行われた部門では、売り上げが全体の6割、しかし、営業利益が全体の1割にとどまっています。
これは何を意味するのでしょうか。
自由化が儲からないということなのでしょうか?
それだけではないだろうと、私は考えます。
これは電力の自由化が儲からないのではなくて、電力会社がライバル企業の新規参入を潰すために、極端に安い料金を設定しているからです。
本来は健全な競争を期待されて自由化が始められた。
それなのに、電力会社は家庭用からあがった利益を自由化分野に回して、合理的な競争が起こるのを阻んできたのではないかと推測されます。
では、産業用の分野で電気料金がどうなっているかを見てみましょう。
先ごろ、この分野では、4月から平均17%の引き上げが発表されました。
しかし、実態は不透明です。
知りうる限りでは、大手企業は1KWあたり数円で電力を買っているのに対して、中小企業は1KWあたり10円~ないしは15円は払っていると思われます。
ちなみに、家庭用は20円近い料金を払っている。
つまり、大手企業と、中小企業との料金格差がはなはだ大きいことは疑えません。
しかし、問題は料金だけではない。
大手企業は大口需要家であり、強い交渉力があるので他の業者から有利に電力を買えるのに対して、飲食店といった電炉、鋳物、中小企業はそうした自由が
ないために、高くなった電気料金を一方的に押し付けられるだけです。
単に料金の値上げにとどまらず、弱者から強者に所得を再分配しているという構図が浮かび上がってきます。
以上から分かるとおり、家庭用の料金が引き上げられないと、電力会社の経営が立ち行かなくなる。
しかし、電力会社がこれまでの経営姿勢を続ければ、ということでしょうか。
私は、このまま料金の値上げを認めずに放置すれば、東電は債務超過の状態に陥るので、それを機会に国有化を断行すればよいと考えます。
国が議決権を行使して、経営者の入れ替えを行い、必要なリストラと経営形態を大幅に刷新する必要があります。
電力会社は必要だが、なにも東電である必要はありません。
国も原発事故を惹き起こした重大な共同責任を負っているのですから、国の全面的な責任で改革を断行すべきです。
電力改革にあたっては、発電部門と送配電部門とを切り分ける分離が必要です。
発電はさまざまなプレーヤーが参入して、地熱や風力、太陽エネルギーなど多様な発電形態の導入をうながすことが必要です。
また、既存の電力会社相互の競争がもっと必要です。関西電力や中部電力が関東圏に電気を売り込めば、それが全国レベルの電力融通に本格的な道を開くことになるばかりか、万が一、大震災が起こった事態でも、電力融通によって停電が避けられるので、その結果、電力供給の安全保障を確保することになります。
これに対して、送配電部門は、基本的には1社で、公的な部門が管理するのが
望ましいと考えます。
なお、最後に原子力発電所の管理ですが、これは長期的には縮小が不可避、しかし、基本方針が決まるまでは国が管理することしかないように思います。
以上、まとめると、私は電力料金の引き上げを凍結して待ったをかけて、野田政権が蛮勇を奮って電力改革を断行することが必要と考えます。