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焼けくそ状態何で、結構気分で投下します。
感想を出来ればよろしくお願いします。
確認が結構甘いので誤字脱字は多いかもしれません。
小学生編(前期)
挿入話 δ月σ日 高町なのは1
 午後10時を上回った暗い夜道を少女がツーテ-ルに纏めた栗色の髪を揺らしながら走っていた。
 周りに保護者の姿はなく家を抜け出してきたのは明らかであり、夜間パトロールの警官に見つかれば厳重注意を受けた後で家まで返されてしまうだろう。
 少女自身もまだ小学生とはいえその可能性を考えていないわけではない。だがそのことを承知してなお一心不乱に走り続けた。助けを求められた方へ。
 もしも誰かを助けられるのなら、少女――高町なのはは自分の手で助けを求める人物を助けたかったから。

 なのはが誰かも知らないSOSを受け夜道を必死に走っている理由をなのはは持ち合わせていない。たまたま自分に聞こえて求められたから、寝間着を着て寝る準備まで済ませていたのをわざわざ普段着のオレンジの長袖シャツとミニスカートに着替え、黒のハイソックスを履いてまで走る。
 だが昔に大切な人が傷ついた時に無力だった自身が許せずひたすらに体を鍛えたことがあった。
 そんな自分とは訣別したいという思いが僅かな街灯しか照らさない道を走らせている理由だったのかもしれない。しかしなのははそんなことを考える余裕すらなくただ一心不乱に走る。
 助けが求める人物がいるであろう場所へ。

 走り続けてなのははその場所、槙原動物病院に辿り着く。だがなのはの到着と同時に音が聞こえてきた。
 それは助けを求める声が聞こえる少し前に自分の部屋でも耳にした、とても不快な音。

「っ――、またこの音」

 なのはを侵食するかのように頭の中まで響くその音に調子を乱されたなのはは思わず瞳を閉じて耳を塞ぎ外部の情報が侵入することを拒む。
 しばらくして調子を戻し再び瞳を開くとそこはなのはが先程まで視界に捉えていた場所ではなくなっていた。建物がなくなったわけではない、景観が変わったわけでもない。視界に写す景色は先程のモノと変わっていない。だが、雰囲気そして場に満ちる空気が違う。
 先程まで夜の中で道を照らしていた街灯が消えていた。
 だのに眼に映るものは暗闇ではなく、なんら変わらず視認できる景観。そして空を見上げればなのはを覗き込んでいるように月だけが不気味に輝いている。風すら吹かず耳に痛みを感じさせるほどに響く静寂、そして世界に終りがないかのようにそれらは此方までも彼方までも無限に続いていた。
 それら異常な光景を見て先程までの場所と同じようで違う場所なのだとなのは気がつく。空気が違う、雰囲気が違う、自分が知っている世界と違う。確信するここは紛れもない異界であると。

 この異空間について知識を持たないなのはですらも本能で自分が『異常』に身をおいたことを理解する。
 そのあり得ないことを許容する柔軟さは1年前に体験した事件が役立ったのか、もっとも現在の状況は1年前とは比べることができない程『異常』な事態であり、普通の人間なら体験したとしてもなのはように簡単に現実を直視できないだろう。

「なに、コレ……?」

 あり得ないことが起こったこと自体は許容したが、現実離れをした世界までは許容できずに戸惑いを隠せず瞳は揺れ、なのはは息を呑む。それは同年代の少年少女より大人びているなのはが見せた年相応な反応である子供らしさだった。だがそれはこの異界の中では致命的な命取りに他ならない。
 不安から一度だけ周囲を確認してなのはは動物病院の敷地に躊躇いがちに足を踏み入れる。その刹那、

『wooooo!!』

 唸り声が聞こえた。

 ありとあらゆる負の感情をその叫びに凝縮したかのような鳴き声は空気を這いなのはの心と鼓膜を震わせた。
 人生で初めて体験する類の恐怖がなのはの身体を錆びつかせ足を止め、なのはの首は本人の意思に反して動き叫び声が聞こえた動物病院の奥の方へぎこちない動作で視線を向けさせる。
 そして次の瞬間、動物病院の壁が轟音ともに突き破られ2匹の獣が姿を現す。

 タイミングは丁度なのはが視線を向けた瞬間と同時、獲物が食らいつくのを待っていたかのような偶然だった。
 そしてなのはの心は目の前に訪れた。
 非現実な出来事の数々に恐怖がピークを迎えたなのはだが、頭の中にある助けるという一念と異常な精神力で怯える心を殴り捨て――何よりこの場から生きて逃げなければという冷静な頭と生存本能が慄然させることを拒み、目の前で起こっている事態の理解に集中させる。

 獣は2匹、追われる獣と追う獣。
 追われる側の獣は、深紅に染まる珠を首からぶら下げた金の毛並みのフェレットらしき小動物。その獣になのはは心当たりがあった、夕方に助けたフェレットだ。拾った時と一緒で可愛いなとか、首についてる宝石きれいだななどと異常なまでに冷静なってしまった頭で思考した。
 しかし問題はもう一匹の方。

 一見すると生物ように見えた『それ』だが、先程より近い位置で見ると3メートルを越えた巨体だった。
 その膨大な体躯を軟体生物のようにうねらせ、病院敷地内にある1本の木へ逃げたフェレット目掛けて、巨躯をしならせた俊敏な体当たりで木とコンクリートの塀を粉々にする。
 明らかに既存生物の枠を超えた怪物(なにか)でありそもそも生物としてすらも未完であり本質は醜悪、この世に存在してはならない理解できない存在であることをなのはは了知した。故に『それ』は人からは怪物に見えるのだろう。そもそも『それ』は物ですらない。
 だからこそ『それ』は爪牙を持たない獣足りない容姿をしていようとなのはに恐怖を植え付ける。

 怪物が巻き起こした非現実的な破壊の場景を見せつけられなのはは呆気にとられるが、怪物が体当たりした時に風に乗ってなのはの身体に降りかかってきた粉状のコンクリートや木くずの煙たさですぐに我を取り戻した。
 平静に戻り眼前を見れば怪物の体当たりを避けたフェレットが空中を舞っており、なのははそれを抱きかかえるように受け止めその反動で尻もちを着く。

「な……なになに、なんなのアレ!?」

「来て……くれたの?」

「喋った!?」

 獣2匹の内、まともだと思った方も人語を操る常識外れな存在だったことになのはは喫驚した。
 見た目が地球に存在する生物に近い生き物が喋ったことはなのはにとって怪物を見た時よりも衝撃は大きかった。なにより怪物は見た目こそこの世のモノとは思えない醜悪で恐怖を誘う外見だが喋りはしない、抱くと言えば原始的な恐怖と嫌悪感。それに対して今なのはが抱いている生き物は外見こそ愛らしいが、脳髄の大きさに不相応な人語を解して喋る知力を持っている。
 恐怖では怪物が、純粋な驚きではフェレットが上回った。

「っ……!?」

 数々のあり得ないことが続き再び余裕がなくなり始めていたなのはだが、すぐに現状を思い出し落ち着きを取り戻す。
 沈着になり目の前を見れば血のように紅い双眸を爛々と輝かせた怪物がなのはとフェレットを見ていることに気がつく。そして一瞬の後事態は目まぐるしく動き始める。

 判断に要する時間は刹那もなかった。怪物の目と会った瞬間なのはは尻餅を着いた態勢でフェレットを抱えている身体を無理やり横の車道へと飛び込んだ。
 車道になのはの身体が激突したと同時に破砕音が耳に届く。
 なのはが今までいた場所を中心に動物病院の敷地と車道の境界まで地面が抉られていた。もしも立ち上がってから避けようとしていたら避けることが出来ずに今ごろ肉片になっていたであろう。だがなのはそのことを確認することなくすぐに立ち上がり、激突の際の痛みをこらえて走り出した。
 最初の生と死の境界線は踏み越え生きることができたのなら無力であるなのはに出来ることは、その場を離れて死へ誘う存在から遠ざかるだけだ。

『uooooo!!』

 咆哮は獲物を捕らえそこなった獣の叫び、もしくは仕留められなかったことへの憤慨か。
 とにかく怪物にとって業腹以外のなにものではなかったらしく、まるで感情でも持っているかのように憤懣やるかたない様子の怪物は動物病院敷地で一頻り暴れまわると気が済んだのか今しがたの暴れっぷりが嘘だったかのように大人しくなった。
 そして病院の敷地から道路へ。なのはが逃げ去った方向を僅かな匂いを元に判別し、己の中で燻ぶる欲求を満たすために追いかけ始めた。

『Aonnnn!!』

 怪物が走り始めて数分、誰もいない家の屋根の上を飛びながらなのはを追跡し突然先程までとは違う咆哮を上げる。その哮りは怪物たちがいる異界の領域全てに聞こえた。
 それは自ら溢れる感情を抑えきれずに出た叫びであり、己の獲物に対する警告。

 今から殺すぞ、追いつくまで遠くへ逃げろ、逃げて逃げて死の間際まであらゆる方法で足掻きつくせ。無抵抗など赦さない――足掻いた末の絶望――それこそが唯一己を楽しませるのだから。

 怪物は嗤う。負しか存在しない己の中で確かな喜びを見せた。



 なのははただ一心に道を駆け抜けていた。これほど速く走れたことがないだろうと思うほど、視界の端に写るはコンクリートの塀は途切れ途切れに変わっていき、走り始めて数分しか経っていないにもかかわらず子供の足で40に届く電信柱を追い越している。だがそれでも理不尽な死へ導く存在から遠ざかるべく、目的地もなくひたすらに走っていた。
 加えて逃げ惑う中でなのはは危惧していることがある。それが万が一起きらないように家とは反対方向へ走っていく。

『Aonnnn!!』

 複雑に入り組んだ住宅地の中心へ逃げ込もうとしていた2人の耳にそれは聞こえてきた。空気が振るえると同時に耳に痛いほど突き刺さる獣の叫び。
 人語ですらないその蛮声が自分たちを恐怖へ落としめる為に殺すと宣言しているモノだとなのはは理解した。確かに近づいているであろう自分の死に恐怖を感じる。
 だが、這い寄ってきた恐怖を一瞬で消し飛ばしてしまうほどになのはの心で湧き上がり煮え立つ感情があった。

 赦せない、赦さない、なぜ叫ぶ。住宅地(こんな)ところで雄叫びを上げればえい君に聞こえてしまうかもしれないでしょ。

 腹が奥底から熱くなり視界が一瞬だけ赤く染まったようになのはは感じる。彼女はそれだけの怒りを感じていた。
 なのはが憤怒した理由となった少年――新城衛はなのはがこのような事態に巻き込まれていると知れば、例え自らが役者不足な身の程であろうと命を顧みずに助けに来る。彼はそういう人間で普段がいい加減で流れに身を任せる性分で、だがそれ故に引いてはいけないと判断したところでは決して引くことはなく、例え自分の命に関わろうが自分の意思で決断してしまう。そして彼は自分の周りの人間に危険が降りかかることを許容できないため、そのせいで傷ついたことがあったのだ。
 それ故になのはは激した。どこで怪物が叫びを上げたかは知らない。それでも僅かな可能性が衛を巻き込んでしまうかもしれないのなら彼女はそれを赦すことが出来ず、自分の身に降りかかる危険くらいは排除したいと願った。

「―や――げ―しょ―」

 誰かが自分に話しかけている。同年代の少年の声だ。

「奴がすぐに追ってきます、早く逃げましょう!!」

 その声でなのは我に返る。
 気付くと足は止まり、走った道を振り返りなのは何処に居るかも知れない怪物へ怒りを向けていた。先程までなのはが胸に抱えて走っていたフェレットはなのはから離れ、なのはより遙かに矮小な身体に包帯を巻かれながらも忙しく動かしては息苦しそうにして周りを頻りに見渡し怪物がいつ襲って来ないか警戒しながらなのはの方を心配そうに伺っている。

 なのはを気に掛け恐らく無理をしているであろうフェレットを見て、衛のことばかり心配し現状を忘れていた自分に嫌悪感を感じた。一時の感傷でなのはが足を止めれば危険に晒されるのは自分だけではなくこのフェレットも同じなのだ。
 思考を切り替える。今は嫌悪感を自分に抱くことすら止め、ただ異界(ここ)から生きて帰ることだけを考えよう。それはなのはが『異常』に少しずつ慣れ始めたから考えられたことだった。そして『もしも』を生き残るために考える。
 自分が一番巻き込みたくない新城衛――彼ならばどうするだろう。普段ならそんなことは微塵も考えない、何故ならなのはという少女は彼が一摘みの可能性でも危険に晒されるのなら激怒するほどに彼女にとってそれを考えることは禁忌なのだ。だが今の状況は生き残ることを考えなければならず、衛以上に頼もし人物たちはいるがそれは誰もが大人であり自分では実現不可能な行いばかりが思い浮かんでしまう。
 だから衛を「もしも」に置いた。その点、彼はなのはが出来なこともやってしまうが自分にも実現可能なことを簡単に考えつける。しかしその殆んどが常識外れで普段なら参考にしないが、この異常な世界に訪れておいて今更であり、この異常事態で彼の常識外れほど頼もしいことはない。

 時間にして実に数秒ほど思考に浸っていた。すぐに我に返り逃げながらそれは考えとようとなのはは考えるのを一端やめ、周りを用心していたフェレットを再び抱きかかえた。フェレットを胸に抱くと少し顔を赤らめたが特になのはは気にせずそのまま走り始める。
 我武者羅に走っていた先程までとは違い、出来るだけ見つかるまでの時間を稼ぐために今度は電柱などの物陰に可能な限り身が隠れるように走った。怪物が何処から何で探しているのか分からないので屋根などの空を覆う遮蔽物も欲しいが無いからには我慢するしかない。かと言って住宅街で屋内逃げ込む選択肢は、あまりにリスクが高すぎるためやり過ごすには危険すぎた。

 例えば怪物が空を飛べて自らの視力を頼りに上空からなのはたちを探しているとしよう。この場合、屋内に入れば簡単にやり過ごすことが出来る。だが、怪物が自らの聴覚を頼りに自分たち以外が音を発さない世界で僅かな吐息ですら聞き分けて追跡していたらどうだろうか。
 その例えは嗅覚でも良い。地球の人間が知らない未知の感覚でも何でも建物の中でやり過ごすのは間違いなく不可能だ。相手は常識外れ(かいぶつ)であり、常識で測れぬ存在と認識を常に持っておかなければ生き残るなど不可能。屋内まで怪物に来られたらなのはに怪物をやり過ごす術もなく、加えて怪物が見せた怪力――大黒柱を易く断ち折り家など倒壊させてしまう。そうされてしまえばなのはが助かることは不可能となる。

 ではどうすれば生き残れるのか。怪物はどんなに逃げようと追跡し、いずれは追いつかれる。隠れるは危険性から論外、逃亡も不可能。この世界から脱出できるのならそれが一番だが、ある程度の事情を把握しているであろうフェレットがなにも言わずに逃亡しているのでそれも無理なのだろう。

「ねぇ、フェレットさん、多分無理だろうけど一応聞いておきたいんだけど、あの怪物を無視してこの変な世界から逃げ出す方法ってないの?」

 だが念のため聞くだけは聞いておく。ここから脱出したいのはなのはだけではなく、フェレットも同じ。ならば1人で考えるよりも2人で意見を出した方が効率的な上に情報の共有も出来るとなのはは考えた。

「すいません。この結界――この変な世界のことですが、これは僕が作ったものではなくてあの怪物が張ったモノなので僕では結界を解除することが出来ません。それだけならまだしも……」

 フェレットは少し言い辛そうにして言葉を区切った。しかし切迫した状況からかすぐに何かを覚悟したような眼差しで言葉を続けた。

「この結界は酷く歪で完成度が低いんです。もしかしたら現実に繋がる穴がどこかにあるかもしれない」

「それじゃあそこから出る訳にはいかないの?」

 単純な話だが出口があるならそこから出ればいい。今も住宅街の路地で電信柱やの影に隠れながらいつ追いつかれるか分からないでいるよりも遥かにマシだ。小学生低学年の女の子の体力などいつ尽きてしまうかなど分からない。マシてや毎朝鍛えているなのはは元々は体育は不得意だったのが最近になってようやく人並より少し上程度に動けるようになったくらいだ。
 貧弱といわれようがここから生きて帰ったあとしばらくは徒競争の類を勘弁したいくらいである。というか明日は筋肉痛になる自信がある程の全力走だ。同い年と比べると優れている運動神経をもつ幼馴染み3人と一緒にはされないで欲しい。

「出られるならそこから出たいんだけど……私明日は筋肉痛になっちゃうくらい走ってるんだから! ……責めてるわけじゃないよ。筋肉痛いのなら我慢すれば良いけど体力がなくなっちゃうから、いつまでも走り続ける訳にもいかないの」

「す、すいません。この穴には問題点2つあって1つはどこにあるか分かないこと、1つは穴がそもそも人が通れる大きさである保証がない。結界の角か屋内のどこか中心か、建物が通れる大きさか人が通れる丁度の大きさか針しか通れないくらいか。最後に通れたとしても怪物は穴を潜るか、結界を壊して追って来る可能性があって……」

 つまりは怪物からの逃亡は不可能。この世界から出られた程度では自分は生き残れない。出られたしても首を突っ込んだなのは以外の人間が巻き込まれるかもしれない。ならば残された選択肢を考えて仕方がないと割り切る。高町なのははこの時はじめて逃げるだけではなく、初めて怪物への反撃の可能性を頭の片隅で思い描く。

「うん、逃げらないことは分かったよ。つまり、どこからか鍵付きの車を奪って怪物に突っ込めばいいんだね」

「え? ……えーと」

 8歳にして既に将来自らのモノにするであろう美貌の一端が見え隠れする美少女は先程までと変わらない声色でとんでもない言葉を口にする。思わずこれにはフェレットも絶句し、えーとから先の言葉が続かずに可愛らしいポカンとした顔を晒した。
 普通の少女なら泣き崩れ、恐怖と諦めと後悔が心を占めてしまうであろうこの状況でなのはは笑って、「ようは怪物ぶち殺せばいいんでしょ?」と言わんばかりに――実際そういう意図で車ごと怪物に突っ込むなどと言っている。これで呆然とするなという方が無理だろう。だがなのはとしては同じ状況になった場合どうするかを考えて発言したことである。
 高町なのはとしては恐怖も驚きも生きるために無理やり投げ捨てているので、そこまで常識外れな思考はしていないが参考にしている幼なじみが悪かった。ようは新城衛が諸悪の根源である。
 蜂の大群に襲われれば逃亡しながら石を投げ時間稼ぎし、体長5メートル越えの熊に会えば目潰しを、それで足りなければ野生動物の糞を素手で掴み鼻に投げつけるという所業を行っている。前者2つは本人の能力が問われるが、糞を投げつけるのは人間いざとなれば何でも出来るということをなのはに見せつけた。主にプライドを投げ捨てる的な意味で。
 そのせいでなのはは目的達成のために手段を選ぶのを放棄した。実際に本人の中でも衛なら真っ先にやりそうだと言う考えもあり、実際に衛もいざとなればそのくらいやってしまうような思考回路をしているので、あながちなのはの考えが間違えと言う訳ではない。

「どうしたの? もしかしてアレくらい大きいと大型トラックじゃないと通じない?」

 フェレットがなにも喋らないのは自分の提案が怪物に有効だ足り得なかったのだと考え、なのはは更に凄まじい意見を出した。

「なんか更に過激な提案を……」

「そういことじゃないの?」

「そういことじゃないですよ。あなたは……恐くないんですか?」

 フェレットから見ると少女は場の状況に不釣り合い過ぎた。前向きで、明るく、笑顔でいて巻き込んだ自分を一切責めない。こんなことを思っていい立場ではないと知りつつ、感性が常人と離れているのではないのかとすら思うほどフェレットからなのはは常識外れの存在に思えた。だから問いかけてみた、彼女の気持ちを。

「恐くない訳じゃないけど……、ここで泣いていたって仕方がないし私は生きて帰りたい。だってこんなところで死ぬなんて馬鹿みたいだよ、私は大切な人ともっと同じ時間を過ごして、些細なことで笑ったり、悲しい時には一緒に悲しんで、怒った時は怒ったり。
 だからね、私は帰るよ。それに、フェレットさんが助けてって言ってたのも叶えてあげたい。私の個人的な理由だけど……、フェレットさんもお家には大切な人がいるしその人たちの所に帰りたいでしょ?」

 フェレットはなにも言わずに、なのはの言葉に返答しなかった。だが沈黙の中で確かな肯定の意思は感じ取れた、だからなのはは話を続ける。

「私が助けてって言えば、助けてくれる人はきっと沢山いると思う。泣いて、蹲って、理不尽を恨めば手を差し延ばしてくれる人はいるよ……。でもね、頼って後悔したことがあったの。待っていたら置いてかれて、どこかに行ちゃうかもしれない――だから私は自分でどうにかしたいと思ってる」

 後半の言葉にフェレットはなのはの心の陰りを感じ、フェレットは更に黙りこむ。黙り込んだ結果、空気の重さを感じたなのはは、

「力が欲しいって言うのが、個人的な理由なんだけど……へ、変だよねあはは……」

 と愛想笑いをし、自分が重くしたと思っている空気を精一杯軽くしようとした。しかし、フェレットが黙り込んだ理由はそんなことが原因ではない。
 怪物を倒す、それはいい。だが怪物を倒す手段を渡した場合、確実になのはは自分が抱えた問題の解決に首を突っ込む。そんなことさせたくはなかった、だが彼女は知ってしまった問題を他人に任せることが赦せない人間で、不相応でも自分が出来ることをやろうとする。運転など出来る筈もないのに車で突っ込むなど言い出す少女だ、なにをやらかそうとするか分かったモノではない。
 そして自分はと言えば、家族に止められた上で無茶をし、挙げ句に助けを求めてそんな少女を巻き込んだ。そもそも、大人たちの言うとおりにしていればこんなことにはならなかったであろうことも、大分遅くなったが今になっては理解している。
 だが無茶をした上で無関係な人間に助けを求め、巻き込んだ末に巻き込みたくないなどと思う己の中途半端な行動。危険など承知の筈と理解したつもりの結果がコレだ。

 ならばどうする?

「――そんなの1つしかないじゃないか」

 その問いはまさしく愚問、故にフェレットは決断した。自らの中途半端が招いた結果のけじめなど自分で取るほかに存在しない。

「え?」

 フェレットはなのはの胸元から降りなのはの前へ立つ。なのはもフェレットが何かを言う気なのを察して立ち止まった。
 立ち止まると相変わらず世界は静寂に満ちていると感じる。月は赤く、いつまでも風は吹かずに凪は続き、自分たち以外の音はしない。そんな世界が果てしなく続き、終わりなど見えないように見えた。しかし、もう間近にまで迫っているであろう理不尽の塊。だがそんな世界だったからすぐに覚悟できた。最後に問いたいことはあったが、一刻すら惜しい。

「お願いがあるんです。君の中に眠っている力――魔法の力であの怪物を倒して欲しいんです」

「言われなくても、車を探して……え、魔法の力? ……君ってやっぱりメルヘン世界の住民だったの!?」

「メルヘン世界じゃなくて、どちらかと言うと科学の世界だけど……。いや、そんなことよりこれを受け取って、多分あいつは近くまで来てます」

 フェレットは自分の首に下げていた、どこまでも深い紅の玉石を、前足で器用に外してなのはへ差し出した。少し戸惑いつつも玉石を受け取り優しく握りしめると、ほんの僅かだが確かに玉石から温もりが伝わってくる。
 この玉石が普通の石ではないことをなのはは理解し、故にこれがなにであるのかフェレットに問いかけた。

「これはなに?」

「デバイス――レイジングハート。専門的なことを話してる時間はないので、魔法を使うための補助する機械と思って下さい」

 フェレットとしては簡潔に話したつもりだったが、なのはにはいまいち理解しがたいらしく、難しそうな顔をしてレイジングハートを見つめていた。

「これって機械なの? うーん……なんで機械で魔法が使えるようになるのかよく分からないんだけど。というか、科学の世界で魔法ってなに? 科学的に魔法が解明されてるのは、ちょっと嫌だな……。夢がないよ」

「諸々の疑問もツッコミも夢がないことも置いといて下さい! とにかく今から僕が言った言葉を――」



 復唱してください。そう言おうとしてその言葉を告げられることはなかった。
 突然上空からやってきた殺意の塊、それをなのはとフェレットが感じたとほぼ同時、2人の進行方向に存在した道路が砕け散る光景それを目にし2人して言葉を失ったのだ。そして砕け散った無数のコンクリート片の一部がなのはとフェレットへ、風切り音を上げながら2人の命を刈り取るべく襲いかかる。
 目の前へ差し掛かかった死の刃に、2人して反応することはできなかった。飛散するコンクリート片は音速へ届き、殺意の塊が着地した同時、ラグなど生じさせずに、人間すら容易に穿つ弾丸へと変化した。その凶弾が向う先は平凡な小学生の少女。反応など出来る筈がなく、そもそも少女でなくとも全うな人間が銃弾と変わらない速度で殺しに掛かる、目の前で飛散したコンクリート片を避けられる筈もない。
 故、この状況に反応できるモノは人間ではない。

 そう、唯一反応できたモノは人間ではなかった。

『Protection.』

 無機質な女性の声と同時に、突如としてなのはたちの目の前に桃色の障壁が現れコンクリート片を遮り、四方八方機動を選ばずに弾き飛ばす。障壁に阻まれ弾き飛ばされた凶弾は家の塀や道路、なのはの背後に聳え立つ電柱を穿つに行くも、貫くことが出来ず自身が身に纏った威力を己で受け止め粉塵へと己が身を砕く。

「レイジングハート!?」

 フェレットが助けたらしいモノの名前を呼び、なのはは自分が持っている玉石が助けたのだと理解する。

『危険と判断しまたので、私を所持している少女の魔力を勝手に使わせて貰いました。出過ぎた真似でしたら貴方からのお叱りは後ほど受けます』

 出過ぎた真似とレイジングハートは言うが、彼女が咄嗟に防御判断を行わなければ2人は既に風穴を体中に空けていた。守って貰った分際でフェレットに文句のいいようなどある筈がない。眼前の死を回避した安堵感から気を緩めようとしたが、飛来してきた存在は息つく間すら許さずに襲いかかって来る。

『来ます。後ろへ飛んで下さい』

 レイジングハートの声に従い、後ろへ飛び退く。なのはにとってはとんでもない無理を強いられたも同然だったが、出来る出来ないではなくやらなければ命を繋ぐことが出来ない。
 そして気がつけばさっきまでなのはたちがいた場所に不気味な巨腕が地面から生え、小さなクレーターが作りだされる。その破壊によって地面を覆っていたコンクリートは弾丸にすらなれず飛沫となってなのはに降りかかった。夏はまだ遠いのに冷たい汗は流れ、カチカチと歯が噛み合わずに全身が震える。
 恐怖は捨てた筈だった。だが2回の死を逃れた時とは違い、自分が逃げ遅れた場合、人としての原型すら残さなかったであろう死の光景を目の前で直視している。1回目は破壊の光景を直視しなかったが、2回目は感じ取る暇すらなく3回目の命綱を渡らされ、普通の少女なら既に心が折れても仕方がない状況だ。

 だが、そんなことを襲う側の存在が気遣う筈もない。
 クレーターから引き抜いた巨腕をなのはの頭部めがけて振りかぶる。これで詰み、死の恐怖を目の当たりにした少女には、これ以上自分を奮い立たすことはできず、心と共に体までもが硬直した。
 腕が振るわれる風切り音を聞きながら、9年に満たない自分の人生が一瞬で頭を過ぎ去る。そして最後に走馬灯から現実に戻ったと同時に、視界から入る情報から自分へ巨腕を振るう存在が思った通り先程襲った怪物であることを記憶し、なのははこれ以上の恐怖を遮るため瞳を閉じた。

「ごめんなさい……」

 生きて帰れなくないことを、大切な人たちを思い謝罪の言葉を口にしたと同時、なのはに衝撃が降りかかる。

『Wooooo!!』

 直後、怪物の叫び声が結界の中で響き渡った。


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