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文法の誤用などがあった場合はご指摘ください。

大阪弁は一応調べて書きましたが、恐らく本場の方からすると違和感があるかもしれません。その点はご了承くださいm(__)m
ただ、あまりにもひどいと言う場合はご指摘ください。もう一度調べなおして修正します。
小学生編(前期)
挿入話 ρ月∞日 八神はやて&猫
 海鳴市の住宅街に並ぶ家の1つ、その家は周りに立ち並ぶ他の家よりも一際大きく、そして一際静かな家だった。
 まるで人が住んで居ないのかと思うほど静かだが、バリアフリー設計の玄関の先にある八神と表札が掛けてある門の隣に置かれた『燃えるゴミ』と書いてあるゴミ袋を見る限り、生活感までもがないと言う訳ではない。
 ただ、その家は周りに立ち並ぶ家から浮いていた。例えるなら孤独な老人が1人で大きな家でただ死に行くの待っている、定年退職間際の独身サラリーマンが家族もなく近所から孤立し、ただ寝泊まりにだけ帰って来る家、そんな雰囲気が満ちている「孤独の家」。

 その「孤独の家」の主は老後の老人と言う訳でもなく、独身の年配サラリーマンと言う訳でもない。そして家の主は近所から孤立している訳ではないが、『常識』を認識できる人間が居るのならば、ただただ異常としか思えない主であった。
 この「孤独の家」の主は8歳で難病を背負い、その為車イス生活を余儀なくされた、八神はやてと言う幼い少女だった。年齢相応に幼い顔立ち、肩に触るか触らないかくらいの茶髪のショートヘアー。桃色のシェトランドセーターと黒いミニのタイトスカートを着衣し、タイトスカートの下には黒いタイツを履いている。
 10月にしてははやての恰好はやや厚着ではあったもの、今日と言う日は猛暑を振るった今年の夏の暑さが嘘だったかのように10月にしては気温が低いので、はやてのような厚着の方が1日を少しでも快適に過ごすには正解と言えた。

 はやてはダイニングルームの真中に置いてあるテーブルで電動車イスに座り、教科書を読んでしばらくして「例題」と書かれたプリントに書かれた問題を一問ずつ解く作業に取り掛かる。下半身の自由が利かない上に、天涯孤独の身の上であり1人暮らしをしているはやては、当然ながら近所に都合よく毎日通える学校がある筈もない。だから彼女が既に下半身麻痺に陥って両親が共に死んでいるので、はやてには勉強する方法が通信教育しか持ち合わせていなかったのだ。
 実際にははやての様な身の上の子供が勉強できる学校もあるにはあるが、生憎と海鳴市にはそのような学校が存在しないため、はやては自分で勉強する事を自然と身につけなければいけなかった。

 問題を解き始めて実に10分ほどしてから、はやては自分が持っていた鉛筆を机に置いた。その代わりに筆箱から取り出した赤ペンとテーブルの上に置いてある解答の書かれた紙を手に取りだし、赤ペンを使い丸付けをしていく。
 答え合わせが終わり、ちゃんと教科書の内容が理解できた事に満足したらしいはやては、少しだけ笑顔を見せて筆箱の中に筆記用具をしまって現在の時間を確認する。

 時計の短針は3を指したいた。午前中も昼食作りをする時間までは勉強を続け、昼食を終え食休憩を挟んで後片付けをしてから、ずっと勉強していたはやては今日の勉強を終わらせ、自分の数少ない楽しみである図書館へ行く事を決めて外出の準備を始める。外出の準備と言ってもはやてのすることは少ない。図書カードの入った財布と鍵、緊急時用の携帯電話を用意して玄関に向かうだけだ。

 玄関に辿り着いて、はやては振り返らずに玄関の扉の方を見たまま一言、

「行ってきます」

 言葉は返って来ない。
 住人ははやて1人なのだから当然だが、その「行ってきます」の言葉は1人暮らしをするにはあまりにも大きい八神家で一層寂しい響きを帯びていた。だがはやては何時も通りに返事の来ない玄関での言葉を、表面上は何でもない様に顔で後にして玄関先へと出て行く。
 玄関の扉の鍵をかけてから、半ば癖と化している鍵をかけた扉を引っ張り開かない事を確認してから、はやては電動車イスを操作し道路へと出て図書館へ向かった。

 図書館への道なりを車イスで走行していくと、住宅街の曲がり角で井戸端会議をしていた3人の主婦をはやては見つけた。その中にははやての見知った近所の主婦も居たので、はやては黙って通り過ぎるの悪いと思い、笑顔で井戸端会議をしていた主婦達に挨拶をする。

「こんにちわ」

 挨拶をされた主婦たちは反射的にはやてへと挨拶を返して、挨拶をした人物は顔を見て挨拶を掛けたのがはやてである事に気付く。

「あらはやてちゃん。これから病院?」

「いえ、病院やなくて図書館に行こうと思ってます」

 少しだけ鈍りを帯びた言葉ではやては中年の主婦の質問に返した。

「そうなの。それじゃあ、車に気をつけて行ってらっしゃい。あ、後今日は寒いから、体を冷やさないようにして気を付けてね」

「おおきに。それじゃあ行ってきます、おばさん」

 はやては笑顔で主婦と別れると車イスを動かして図書館への道を再び走行していく。しばらくしてはやての背中が見えなくなった頃、明らかに1人では出歩くことなど出来ないであろう電動車イスの少女が、1人で出歩いているに対して疑問を抱いた主婦の1人が怪訝そうな顔で中年の主婦へと質問を投げかけた。

「……今の子は?」

「近所に住んでいる八神はやてちゃんって言う子よ。難病を抱えているらしくて下半身が麻痺しているのに、1人暮らしで勉強も家事もちゃんとしてるのよ。お父さんの友人のおじさんに援助して貰って暮らしてるから、心配掛けないようにちゃんと1人暮らし位できるようにって。本当に偉いわ……」

 聞いていた2人の主婦があり得ないという顔をしているのに、「はぁ……私のバカ息子に爪の垢を煎じて飲ませて上げたいぐらいの良い子よ」と、自分が発言した常識外れの言葉に気がつかずに息子の愚痴を言う。否、「気がつかない」は正しくない表現である。正確には彼女は自分の発言した常識外れの言葉の異常性が「認識できない」のだ。
 8歳の障害を持つ少女が1人暮らしをする事を中年の主婦は「常識」と捉えていた。

「冗談、よね……?」

 明らかに異常。普通ならばの「お父さんの友人のおじさん」とやらは、子供の1人を暮らしを援助するのではなく引き取るべきだ。もしくは関わらないにしても援助など中途半端なことをするのではなく、孤児院などの施設にはやてを入院させる方がはやてのためになる。
 少なくとも1人きりの家で暮らすよりも孤児院ならば同年代の子供がいるぶん、いろいろ負担のかかる1人暮らしをするよりは何倍もマシである。

「冗談って……、確かにアレくらいで病気持ちの子が1人暮らしするのは大変だろうけど、別に世間的におかしなところなんて1つもないでしょ?」

 その異常性を改めて感じて、中年の主婦の話を聞いていた2人の間で寒気にも似た恐怖が駆け巡る。

 まるで自分たちが常識知らずなのではないかと自分で自分を疑ってしまうほどに、中年の主婦の言動に芝居めいたものが感じられらなかった。
 おかしいのは自分たちで正しいのは中年の主婦なのだと錯覚してしまいそうなほどに、中年の主婦の所作は自然で自分達を怪訝そうな顔で逆に見ていた。

 何かがおかしいと2人は思った。おかしいことは何なのかなんて分かり切っている、だがおかしなことをおかしくしている原因が何のか分からない。だから自分達に挨拶をしてきた先程の少女か「お父さんの友人のおじさん」が中年の主婦を常識の認識を狂わせてしまったのではと、2人の主婦は未知の恐怖の原因をはやてと言葉の中でしか出て来なかった見知らぬ男へと向けた。
 中年の主婦が狂った原因の矛先を真っ先に向けるには、さっきまで目の前にいたはやてはちょうど良い存在でもあり、そして中年の主婦の常識を狂わせた理由を考えようと思えば、嫌な想像など中年の主婦の言葉から少なくない可能性が考えらる。

 2人に悪意がある訳ではない、人間自体がそういう生き物なのだ。総じて理解できない恐怖の前では惰弱で脆弱な存在。故に見知らぬ他人を平気で疑った彼女たちは正常。
 そして2人が予想したように確かにはやてを取り巻く環境、そしてはやてを孤独に陥れた「理由」は確かに異常なモノなのだ。故に彼女たちが異常なのではなく、異常なのは八神はやてを取り巻く環境。
 2人の主婦におかしい所など、何一つある訳がない。彼女たちは身近に迫り大切な人間にも迫るかもしれない得体の知れないに怯えているだけなのだから。
 彼女たちが正常で、八神はやての環境が異常。それが答えであり、ただ「正常」の前に「異常」が顔を出した、たったそれだけのことなのだから何一つおかしいことなどない。
 後は2人の主婦(正常)八神はやての環境(異常)に取り込まれてそれでお終い。何一つおかしな事などない、それは当たり前のことなのだから。

 主婦の1人が中年の主婦に対して常識を呼び掛け、もう一人がこの異常事態をきっと何とかしてくれるだろうと思い、警察に連絡しようと携帯電話で110番を押そうとした時、

「にゃー」

 猫の鳴き声が聞こえた。
 中年の主婦に呼び掛けていた主婦も、警察に電話をしようとしていた主婦も、己がやっていた事を中断して鳴き声の主の方を見つめる。
 いつからいたのかは分からない。ただその猫は気が付くと塀の上に鎮座して、三人の主婦をただ静かに見つめていた。

 不自然なほどに場に静寂が満ちる。だがその静寂を打ち破るものがいた、中年の主婦だ。
 中年の主婦は猫へと微笑みかけた。

「あら、みーちゃんお散歩?」

「みゃー」

 猫は中年の主婦の言葉を理解しているかように返事とも思える鳴き声を上げた。そしてもう一度猫は鳴く。
 今度は主婦2人の方を見つめてから。

「みゃー」

 2人の主婦は意味もなくその鳴き声に恐怖を感じる。まるで自分たちが呑み込まれていく、そんな気がしてこの場から離れようと思った。その直後、2人の主婦の意識は暗転する。



「みゃー」

「あら、みーちゃん」

「お散歩かしら、車に気を付けてね」

「鳥とか捕まえてご主人様驚かせちゃダメよ」

 2人の主婦(正常)八神はやての環境(異常)に呑まれ、当たり前の帰結を迎えた。
 正常の前に異常が現れたのなら、正常は異常に呑まれるのが当たり前のことなのだ。巻き込まれるにしろ、受け入れるにしろ、拒絶するにしろ、正常は異常が目の前に現れたらただ呑み込まれるしかないのだから。だからこそこれは当たり前の帰結。おかしな事など何一つ存在していない。

 猫は2人の主婦が呑み込まれたことを確認すると、塀の上を普通の猫が走る速度とは思えないスピードで疾走を始めた。30キロ表記されている道路を走行する車を余裕で追い抜き、塀の道が途絶えたら向いの塀へ飛び越えて、その道を更に疾走する。
 塀を異常な速度で疾走する猫に気付く人物など存在しなかった。あまりにも早過ぎて何かが走っている事には気がついても、それが猫とは気が付かない。塀の方に視線を向けた時には既に猫は遥か前方に居るのだから気が付かなくて当たり前だ。それ程に猫の走る速度は速かった。
 そして猫が主婦たちが井戸端会議していた場所から疾走を始めて5秒、距離にして約800メートルの位置で猫ははやてを見つけて疾走を止める。
 どうやら坂を登ろうとしているらしく、少し坂を見つめてからすぐに電動車イスを操作して登る。
 そしてはやてから少し離れた塀の上で、異常な速度で疾走した猫と同じ毛並みをした似通った猫がはやてを見つめていた。

 どちらかとも言わず2匹は近づいて合流すると、互いの情報を交換するように互いに鳴き、以後は沈黙を貫きはやてを見続ける。
 黒猫が不幸の呼び手とされているのなら、この猫達ははやてにとっての孤独の呼び手なのだろう。
 猫たちは黙し、何時も通りはやての環境が異常であるとばれないように監視する。目的は単純明快。己の友の仇、そして自分たちの主の信念の為。猫たちはその目的を理由に幼い少女を孤独に誘いだ。

 猫達ははやてが坂を登っているのを静かに見つめていると不意に電動車イスががくり後退し、そのままずるずると坂を坂を駆け下りて行く。
 電池が切れたらしい電動車イスは、はやての操作を受けつけず最初こそ緩やかなスピードだったが、少しずつ坂を下るスピードは増して行きはやてがタイヤを手で止めようにも、子供の力では止めようが無いほどにスピードは加速してしまっていた。
 そして最悪のタイミングで坂の下の道路には大型トラックが走行してくる。
 それを見た猫たちは即座に動きだす。猫達の目的には、今はやてに死なれては全てが水の泡になる。自分達の主が生きている間に目的は達成できなくなってしまうかもしれない。だから十字路があるにも拘らず、安全確認のための減速すらする気配のない大型トラックを灰塵にするべく猫たちがトラックへ向かっている時、

「ちくしょぉぉぉ! 確かに望んだけどフラグ立てそびれたら、フラグ対象が死ぬ様な恋愛フラグとかいらないからぁぁぁ! と言うか現実にフラグ何かないから単なる不幸だっ!」

 はやてが登っていた坂の歩道が見える道路、位置としてははやてが登っている坂の下を横断した場所。そこから叫び声を上げながら大型トラックが横から来るのも構わずに全力疾走しながら横断する少年がいた。奇妙な叫び声を上げながらはやてへと向かう少年を見て思わず猫たちは止まってしまい、出るタイミングを完全に失ってしまう。
 大型トラックが盛大にクラクションを鳴らすがそれでも少年は減速せずに道路を横断して坂を駆け上り、はやての暴走する車イスを止めようとはやての真後ろに来て、

「あ……」

 歩道に転がっていた石に躓き「ぶごっ!?」と呻いて少年は地面に向かってキスをした。そして少年が地面から起き上がる間もなく、少年の元に無情にもやって来た暴走中の電動車イスは少年を思い切り轢いた挙げ句に少年を五十センチ程引き摺ってようやく減速するが、未だに少年を引き摺ってでも坂を下ろうと試みており、少年に擦り傷を作っていた。

「痛い痛い痛い、引き摺ってる引き摺ってる!? 上に乗っている人、ブレーキー!」
「あ、はい!」

 はやては慌てて電動車イスのサイドブレーキを掛けると、電動車イスに引き摺られていた少年は電動車イスから解放され、立ち上がることが許されたことへの安心から溜息を1つ吐く。
 少年はどこにでもいそうな顔立ちをした身長も体つきも平均的な黒髪の少年だった。近所にある聖祥大学付属小学校指定のコートを着衣していたが、地面に擦れた時に付いてしまいコートは砂埃が付着して片側の頬とむき出しの生足には擦り傷を負っていた。
 少年は少年は砂埃が付いているのを気にした様子はなく、溜息を吐き終えるとはやての方を心配そうに覗きこんだ。

 そう、なんの変哲もない普通の少年の筈だ。なのにその少年を見た瞬間はやては不思議な程に、不自然な程になぜかその少年に惹かれた。恋の様な甘い痺れではなく、物が下に落ちる自然の摂理の様に理屈を理解できなくても、少年に惹かれるべくして少年に惹かれれたのだと心で理解した。
 例え相性が遺伝子レベルで悪くとも自分はこの少年に出会ってしまったからには絶対に惹かれ続けるし、どんな形でアレ付き合いを続けて行くであろう、そんな確信を抱いた。
 そして昔にもこんな事があったと、現実を忘れて記憶を掘り起こそうとはやては思考に沈んだ。

「――」

「大丈夫か。……おーい、大丈夫かー」

 はやての目の前で少年の腕が振られ、記憶を掘り返していたはやてはハッと我に返った。はやては少年から視線を逸らさずに思考に沈んだため傍から見たらはやてが少年に見惚れているような光景だったが、当の本人たちはまったく気がついてはいなかった。近所の主婦でも居たら、「最近の子供は~」と井戸端会議の種にされてもおかしくなかったので、2人以外の人物がこの場に居なかったのは幸運だったのかもしれない。

「え、あ……うぇ? は、はいお陰様で怪我せんで済みました、ありがとう御座います。ええと、むしろ君の方こそ大丈夫? コート汚れとるし、擦り傷もついとるよ」

「あー、気にしなくて良い。この程度の怪我なら日常茶飯事だし、風呂に入って寝れば治ってるだろ。コートの汚れも砂埃程度だし適当に手で払って置けばそれで済む。
 まぁ、不差心なことを考えた罰には安いくらいだ……」

 最後の方ははやてに聞こえないくらいの声量で呟いて、少年はコートの砂埃をはやてから少し離れた位置で払い始めた。背中に背負っていた学生鞄も一旦下ろして付着していた砂埃を払うと背負いなおす。そしてはやての方に向き直り、一瞬怪訝そうな顔で首を傾げた後、

「何処まで出かけるつもりなんだ?」

「えと、図書館まで」

「そっか、じゃあ目的地一緒だし送ってく」

 そう言うと少年は電動車イスを押して坂を上り始める。

「……その、迷惑にならないやろうか?」

「序でだから気にしなくて良いさ」

 そしてはやてと少年は、少し離れた位置で猫2匹が監視していることに気が付かずに目的地である図書館に向かった。



 時間にして10分も掛からずはやてと少年は図書館に到着した。はやてを監視していた猫たちも、流石に盲導犬以外の動物禁止である公共施設の中までは付いて来れず、屋外からのガラス越しではやてを監視しなければならないので、そうなると必然と時速576kmの亜音速の速さを誇った監視の目も薄くならずえなかった。それでも平日の昼過ぎの図書館は人が少ないので、外からでも十分に監視は成立する。
 図書館に到着後はそれぞれ目的の本を探しに行き、はやては童話を、少年は物理学本を持って来て自然と同じ机に座った。ここまで来て互いに既知感を抱き首を傾げる。
 それもその筈、実際に2年前に2人が初の邂逅を遂げた事があり、その時にこの場には不在の1人の少女が居た事を除けば全く同じ状況と言っても良かった。そして何の因果か現在2人が座っている机は初の邂逅を迎えた机とこれまた同じ場所に位置する机だ。一時的に欠損している思い出を思い出させようとする何らかの意思が働いている、と言われても疑う余地もなく信じられるくらいの偶然であった。

「なぁ、俺らってどこかであったこと無いか? 具体体的な場所を言うなら、この図書館で今日とは違う日に出会ってる気がするだけど……」

「奇遇やね、私もや。具体的にはもっと昔にこの場にはいない人もこの場に一緒におって、そしてこの場所で熱い何かを語り合った気がするんよ……」

 熱い何かとは具体的な事を言うならば、巨乳ポニテ属性は巨乳とポニーテールのどちらが重要な属性であるかと言う、非常に下らないことかつ当時5、6歳の子供が論争を繰り広げるにはあまりにも年齢が釣り合わない論争内容だ。だが今の2人の年齢で論争を繰り広げても当時同様に違和感しか存在しない。もっとも片方の精神年齢はおっさんと呼べるくらいの年だったりするので、外見の年齢を除けば少年の方はそう言う論争を繰り広げてもおかしくなかったりする。
 お互いに首を捻り合っていると、唐突に2人は互いに自己紹介をしていなかったことを思い出して自己紹介を始めた。

「そう言えば自己紹介がまだだったな、俺は新城衛だ。ときどき図書館に来たりするから会った時はよろしくな」

「ご丁寧にどうも。私の名前は八神はやてや、私もたまに図書館に来るから会った時は宜しく」

「……八神?」

 はやての方は記憶の彼方で名前を聞いても思い出せなかったが、少年――新城衛――の方は約2年前から趣味で書いている日記を2ヵ月程前に読み返して、八神はやての名前を頭に刻み込んでいたため2年前のはやてとの邂逅を鮮明に思い出していき、完全に思い出すと同時に衛はイスから立ち上がり叫んだ。

「あぁー―!! あの時の子狸っ! 思い出したぞ、ここでポニテ巨乳属性の重要性は巨乳にあるとか言っていた……!」

 一方のはやては一瞬何を言っているのか分からなかったが、少年の言葉で2年前の邂逅を思い出す。

「って、アンタあの時の子インベーダーなんかっ!? 私の巨乳理論を真っ向から打ち砕かんばかりにポニーテールを語っていた!?」

 首を縦に振って衛ははやての言葉を肯定すると席に座りなおした。

「その子インベーダーが誰の事を指していたか忘れたが、確かにポニテ巨乳属性についてここで語った事があるから俺だな」

「ボケて忘れてしもうたなら思い出させたるわ。子インベーダーはアンタの事や、新城衛」

「お黙り、子狸!! 俺は地球外生命体の父さんと違った、れっきとした……人間だ! ……多分、……半分くらいは、……いや、10分の1は確実に人間の筈?」

「自分で言い始めたのに、なんで少しづつ自信なくしていくんや。と言うか、10分の1しか人間じゃなくても疑問形なのはなんでや?」

「いや……、ちょっと事情があってだな……」

 主に衛の脳裏に走った事情とは、自分の両親の人外ぷりとか、両親から受け継いだ自分の怪物スペックとか、愛しい妹の早熟とか、我が家の人外の居候たちだったりと。
 軽く見積もっても確実に『魔窟』と言えるレベルのカオスの権化となっている我が家の事を思い浮かべると、「はい、私は人間です」と断言しにくかった。少なくとも両親共に遺伝子は人間なのだが、実は宇宙人だよとか言われるとあっさり信じてしまえるところがまた恐ろしかったりもする。
 実際自分も師匠の1人に付き合わされて、一辺4メートルのコンクリートを裏拳で粉々にした事があったので、宇宙人説が現実味を帯びていて笑えなかったりする。もっとも、素手でコンクリートの塊を粉々に出来る人間は探せば結構居たりするのでこの世界では気する事ではない事だが。
 衛は自分が人間か確かめたくて、自分の右手を凝視するが見た目はちゃんとした人間と言うことしか分からなかった。

「人間である事を疑う程の事情って……。聞かん方が良かったりする?」

「出来れば聞かないで下さい。いや、ほんとお願いします」

「あ、うん。分かったわ」

 あまりにも切実な衛の表情にはやては反射的に衛の訴えを受け入れる。
 と言うか、衛が自分の右手を疑問気味に見ている様を見たはやては正直踏み込みたくないと思った。
 傍から見ると、漫画の主人公が覚醒した後に自分の能力を信じられないモノを見る目で自分の右手を見ているようにも見えるので痛々しく感じるのだ。人によっては「なんて邪気眼?」とか思われても仕方がない光景であった。率直に言うと近寄りたくないし関わり合いになりたくない、やっているのが小学生でなければ引かれるレベルのものだ。
 はやてとしては単純に自分が人間かどうか疑問に思う『事情』とやらには踏み込みたくなかっただけだが。

「意外に大人しいよな、お前」

 右手を見つめるのを止めた衛は物理学の本の読みながら、はやてにそう声をかける。その言葉に気を害したはやては衛と同様に静かに本を読んでいたのを中断し、少しだけ目を吊り上げて意図を詰問するかのように衛を睨みつけた。

「悪い、気を悪くしたなら謝る。なんつうか、八神はもっと他人に噛みつくタイプの人間って印象があったからさ」

 はやての視線に気づいた衛は本から顔を上げてそう言うと本を読むのを再開する。
 衛の言葉と態度に、はやては更に目を吊り上げるもよくよく思い出すと初対面の時に自分から皮肉を言い出したことを思い出し、一度しかはやてと対面していない衛の印象があながち間違いではないと自覚すると、目元を少し元に戻すが完全な納得は出来なかった。

「人を躾がなっとらん犬みたいに言わんで」

「悪いって謝っただろ」

「乙女心を傷つけた謝罪には届いとらんから、誠心誠意な謝罪を要求するわ」

 衛はめんどくさそうに本から顔を上げると、浅くため息を吐いてから頭下げて謝罪の言葉を口にした。

「すいませんでした」

「へ……?」

 はやての間の抜けた言葉に、衛は頭を上げてはやてを不思議なものを見る目で見た。はやてとしては半ば冗談で言ったことだったので、まさか衛が頭を下げて謝罪してくるとは夢にも思わなかったので驚く。

「へ? って何だよ。謝罪を要求したから素直に謝ったのに、何で要求した本人の八神が信じれないモノを見る目で俺を見るんだ」

「素直に謝るとは思うとらんだったから……、何か言い返されると思ってた」

「俺としては謝っても更に追及して来ると思ってた」

 互いに腹が立つ言葉だったのか、目を吊り上げて睨み合うが、衛の方はすぐにはやてから視線を逸らして視線を本に戻した。衛としてはこれ以上いがみ合いたくないのか、本から顔を上げることはなく、読書に没頭していた。
 だが、そんな衛に対してはやての方はいろいろ気になる事があるので、なかなか読書に集中できずにちらちら衛の方を見ている。
 衛自身、はやての視線にこそは気が付いてはいる。だが、口を開けば反射的に憎まれ口を叩いてしまいそうな気がしていたので、自分から話し掛けようと思わなかった。性格レベルで相性の合わない人間と席を一緒にするのも、本人としてもそれなりの理由は存在していた。

「あの……、ちょっとええか?」

「何だ?」

 読書の邪魔をされて不機嫌になるかと思っていたが、はやてが意外に思うほど衛は素直に顔を上げた。読書の邪魔をされれば不機嫌になったり、先程まで飛ばして来ていた憎まれ口の1つでも飛んでくるかと思っていたがそんなことはなかった。
 だが何回も意外なことが起きれば、はやても流石に慣れてくる。すぐに自分の戸惑いを振り払うと本題を話し始めた。

「なんで、わたしと合席しようと思ったんや?」

「……出てけって事か?」

「そう言う訳やない。昔に互いの信念をかけた争いはしたし、互いに相性の良い性格とは言えんけど、命の恩人やし、合席をどうこう言うほど私は人間出来とらん訳やない。
 せやけど、衛はわたしの事が苦手やろ。少なくとも、口を開いたら憎まれ口を叩く位には。
 そんな人間と何で合席するのかが気になったんよ」

 はやてとしては衛にはむしろこの場にいて欲しいと思っている。性格の相性とか喧嘩してしまうことは、はやてにとってはどうでもいい。だが、衛がどうして自分と一緒に居ようと思ったのかだけは知りたかった。
 それは、はやてに友達が居ない事に起因している。大人との対人関係ならば近所付き合い等である程度は理解できた。しかし、はやてが同年代の子供と付き合いは、彼女の8年ちょっとの人生の中では驚くほど少く、そして短かった。
 最後に同年代の子供と過ごしたのは、はやての両親が他界し病魔に犯される前である、小学校に上がる前の話だ。それからひたすらに孤独な時を過ごし、そのせいで同年代の子供と過ごしたのもは、何の因果か衛とこの場にはいないもう一人の少女だった。
 元々関西出身のはやては、生まれ育った大阪で友達と別れて海鳴市へと来た。引っ越してからそれほどの時間が経たない内に生涯孤独の身の上になったはやてに海鳴市での友達などいなかった。心を許せる人間も、担当医の石田医師と、両親の死後に自分の後継人を名乗り上げて財産管理をしている「おじさん」だけだ。そしてその「おじさん」とすらも手紙だけのやり取りだけで、一度も会ったことがない。

 そんなはやてにとって衛は縋りたい存在だった。自分と同い年で、両親が健在で自分が幸せだった時を思い出し、何より目の前にいて気兼ねしなくていい。
 もうはやては孤独を耐えたくなかった。8歳の子供が当たり前のように友達を欲しいと思う事を抑圧したくない。ただ、一緒に過ごしたいと思い、性格が剃り合わない衛に対して何故そんなことを思ったかは、はやて自身にも分からない。
 ただ1つ、はやて自身が思った事はもう1人きりは嫌だということ。

「あー─、何て言うかさ……昔の知り合いにお前が似てたんだよ」

 しばらく考え込んで、少しだけ言いずらそうに衛はそう言った。

「知り合いに似てる?」

「そ、知り合い。見た目が似てる訳じゃないけど、雰囲気が八神と似てた。顔を合わせる度に互いに口喧嘩してな、やれセクハラしゅ――……。
 悪い、ちょっと思い出話しかけた。もう会えねェからな……。何て言うか、ああ言う風に喧嘩ばかりしてた仲でも、二度と会えないってなると寂しいもんなんだな……」

 そう言葉にする衛はどこか寂しそうな顔だった。

「悪いな。気を悪くしたか?」

「……別に」

 自分も似たようなモノだから、と口にする事は出来ない。衛がはやてにもう会えない人物を見たように、はやては衛に今は無き過去を見た。
 ただもしかしたらと、はやては何故自分達が互いに剃り合わないのかと、衛の先程の顔を見て想像できてしまった。先程、衛が見せた表情は家に1人いる時に見る、鏡に映ったはやての顔にそっくりだった。

「もう結構いい時間になってたんだな」

 気が付くと窓から指していた暖かい日の光は、赤く輝く夕日に変わっていた。時計を見ると短針は4と5の間を指しており、はやてが気が付かなかっただけでかなり前から日は暮れ始めて居たのかもしれない。後1時間もすれば完全に日は落ちるので、はやては急いで帰る準備を始める。結局本来の目的であった読書はあまり出来ず、はやては少し不満に思ったがまた明日来ればいい話なので、少しだけ持った不満は忘れる事にした。

「送ってこうか?」

 本を返しに行く為に席を離れようとしたはやてに、衛から思わぬ提案が出された。

「けど、衛も早く帰らんと不味いんじゃないんか?」

「携帯持ってるし電話すれば大丈夫だ。むしろ、お前を送ってかなかった方が、明日門限を破った理由を聞かれ時、父さんに何て言われるか分かったもんじゃない……」

 そう言って、心底うんざりした様に衛は溜息を吐いた。だが、その溜息ははやてを送らなければならない事を面倒と思っている訳ではなく、実の父親に呆れて溜息を吐いているようだ。表情にありありとそう思ってることがはやてには伺い取れた。

「じゃあ、言葉に甘えてもええ?」

「おう、気にすんな」

 衛は自分の本とはやての本の2冊を戻してからはやての元に戻ると、はやての車イスを引いて図書館を出る。
 2人が吐く息が白くなるほどに夕暮れの空は寒く、道ですれ違った散歩中の犬も何処か早く帰りたそうで、防寒対策していなかった制服の中学生は駆け足で帰り道についていた。
 帰路について20分、後数分ではやての自宅に着く頃になってはやてが口を開く。

「今日は本当に寒くてかなわんな」

「そうだな。寒波が来てるみたいだし、今年の夏の暑さが嘘みたいだ。
 はぁ……、夏ももう少し控え目な気温だったならな……」

 夏の地獄を思い出して嫌な汗が流れ始めた衛は、頭を振って一夏の地獄を思い出すのを中止する。これだけ寒い日でも、あの滝のように流れた汗の気持ち悪さと地獄の暑さをリアルな感覚で思い出せてしまえるのだ。それだけ衛にとって今年の夏の暑さは嫌な印象を残して行った。

「どうしてこんな寒いのに汗かいてるんや」

「一夏の地獄を思い出しただけだ。大丈夫、夏に一ヶ月風呂に入れなかっただけだから」

「うわっ、何やその地獄!? 怪我でもしたんか」

「左肩を銃で撃たれただけだ」

「OK、私は何も聞いとらんからツッコミは入れん」

 八神はやて、心の機微はいまいち分からなくても空気は読める8歳児。主に付き合いが大人しかいなかったせいで、空気を読むことを自然と習得してしまったのである。

「ここで良いんだよな」

 そうこう話している内に、八神と表札が掛けられたバリアフリー作りの家に到着した。
 衛は家を見た瞬間に家の明りが一切付いていない事に怪訝な表情をしたが、はやてが衛の確認の言葉に頷いたのを見てすぐに表情を元に戻した。

「んじゃ、もう電動車イスの充電は忘れるなよ。また助けてやれるとは限らないしな」

「わかっとる、今日は偶々や。もう2度とあんな事にはならんようにする。
 ……今日はありがとうな」

 はやてを玄関まで送った衛は、はやてのお礼を聞いて苦笑すると別れの言葉を言って八神家の玄関を出ようとした。
 だがその時、衛は自分のコートの裾を握って引きとめるはやてに気が付く。はやては何かを言おうととしたが、それを言葉に出来ないのか必死に何かを言おうとして、金魚の様に口をパクパクしていた。その愉快な顔に、衛は思わず顔が引きつりかけたが、何とか堪えてはやてが言葉にするのを黙って待っていた。

「――その、携帯電話を交換せいへんか!?」

「――――はぁ?」

 5分ほど衛が待った結果はやてが言った事は携帯電話の交換。あまりにも意外過ぎるはやての提案に衛はポカンとした間抜け面を晒す。

「……今、わたしなんて言った?」

「俺と携帯電話を交換しようって」

 自分が言った事を理解したはやては、

「ちゃうん、ちゃうんや! わたしが言いたい事は携帯電話の交換じゃなくてっ!」

 そう口早に言い、顔を真っ赤にして軽くテンパった。テンパっているはやてを見た衛は、宥める様にはやての頭を撫で、最後に頭をポンポンと確認するように軽く叩く。

「落ち着いたか?」

「はぁ、はぁ……――落ち着いた。本題なんやけど、わたしと電話番号を交換せいへん?」

「んー―、別にいいぞ。ただ俺の携帯電話は学園都市製だから、手動で入力しなきゃいけないから携帯電話を貸してくれ」

「あ、うん」

 はやてにとってはあまりにも呆気なく、衛ははやての申し出に了承して携帯電話を自分に渡す様に言って、はやてが懐から取りだした携帯電話を受け取ると、女子高生並みの入力速度で2つの携帯電話に互いの電話番号を入力した。

「ほれ、終わった」

「うん、ありがとうな」

 自分が願った事が余りにもあっさり叶い過ぎて現実味が湧かないでいたはやてだが、ふと衛を見ると自分の遥か背後にあるリビングを睨みつける様に睨んでいるのに気が付いた。

「……気のせいか」

「どうしたん?」

「なんでもねぇ。じゃぁな八神」

「最後に聞いてええ? 今度はいつ図書館に来るんや」

 はやてのその一言で察した衛は、

「図書館に行く日は電話なりメールをする。じゃあまたな」

 そう言って玄関を潜り帰って行った。
 1人きりになった玄関、帰りの言葉を言おうといつも通り返事はなく、はやてが放った「ただいま」の言葉だけ虚しく家に響く。だが今日は、嬉しさが虚しさや寂しさを上回って、何時もの様に悲しみは来なかった。
 孤独の根本的な解決にはなっていない筈なのに、その日のはやての心は不思議な程に喜びが満ちていた。



 完全に日が暮れ、街灯と家の窓から漏れた光だけが道を示す夜道を、衛は電話を掛けながら歩いていた。
 電話の相手は自分の母親、門限の5時を破った理由を説明するも、電話に掛けたの門限を過ぎた後だったのでしこたま怒られている最中だ。

「はい、すいません。今度からは門限を過ぎて帰る場合は、門限の前に電話を掛けます。はい、はい、ですので許して下さい」

『……まったく、携帯電話を持たせている意味を少しは考えなさい。……衛、もしかして歩きながら電話してる訳じゃないでしょうね』

 図星を突かれて冷や汗を掻いた衛だが、相手にはこちらの状況が見えないのだからと自分を落ち着かせる。

『注意が散漫するから歩き電話はあれほど止めろと……、もう電話は切るわ。気を付けて帰って来なさい、静留もお兄ちゃんの帰りをずっと待ってるわよ』

「ん、わかった」

 まるで千厘眼で見ているかの如く、こちらの状況を察する自分の母に戦々恐々しながらも頷いて電話を切った衛は、息を吐くと周りの気配を探る。
 はやての家を出て母に電話を掛けた辺りから針のように鋭い視線を衛は感じていた。それはまるで、自分の不可侵領域(テリトリー)に侵入された肉食動物が対象を喰い殺さんとするかのように殺気立ったものだった。
 だが、それさえも例えでしかないので、実際はその例えがぬるま湯の様に感じる程の殺気であった。殺人鬼が海鳴市に迷い込んできたのだろうかとも思ったが、そんな危険人物を自分の知人たちが排除しない筈がない。そもそも海鳴市は異常なまでに突き抜けた存在(かいぶつ)でもなければそう言った者の侵入すらも許さないだろう。
 だったら、この殺意の視線の持ち主は突き抜けた存在(かいぶつ)と言うことになる。そして、この殺気には知性と言うものを感じた。対象にだけ抑えた殺気を向け気付かない人間には気が付かない、そして確実な機会を待ち望み、その機会が来れば狂気と共に牙を振るう、人間などの知性を持つ生命体しか持ちえない殺気。

「あぁ……、不幸だ」

 何で自分がそんなのに狙われなくてはならないのかと、嘆くが現状はどうにかなるわけではない。かと言ってここで不審な行動とれば、殺気の持ち主は自分を排除に掛かることをありありと想像できた。
 ならばこの殺気の元因を辿ろうと衛は歩きながら考え始める。殺気の持ち主と思われる視線自体は図書館から感じていた、公共施設と言う人が多く特定し難い場所だ。衛がはやてと帰路の終わりに差し掛かり話し掛けられまで話さなかったのはこの視線を警戒していたからだ。はやてと別れた後も視線はただの視線だった、だがとある行動を境に視線が殺気に変わった。

 『電話』

 それが視線が殺気に変わったターニングポイント。なぜ電話で視線の持ち主は殺気立つ必要があったのか、だがこの時衛は、視線を受けた時に自分の傍らにいる幽霊の少女に家に帰りつくまで自分に話しかけないように言っておいて良かったと心底思った。
 殺気を受けた衛は違和感がない程度に大きな声で電話で会話することにした。相手が聞き耳を立てている可能性もあったが、ただの親子の会話だと確認させてさっさっと殺気を引っ込めて退散して貰いたかったのだ。自分の母に違和感を感じられた場合、自分が襲われる可能性がある一種の賭けだったが賭けは成功した。少なくとも衛は電話が終わった後にそう思ったが、未だに殺気は止んでくれない。

「はぁ……、早く帰るか」

 ならば最後の可能性として、自分が知らない内に視線の主に都合の悪い事情を知ってしまったと言うことくらいしか思いつかない。こうなると一刻も早く我が家に帰る選択肢はなかった。少なくとも自宅に辿り着けば人外魔窟な新城家に、お隣の戦闘民族(-2)が居るので襲われる可能性は低くなる。
 若干駆け足気味に夜道を歩いていると、突然殺気と視線が消え失せた。

「……?」

 唐突に前触れもなく消えた為、衛は動揺して一瞬立ち止まるがすぐに歩き始める。そして口ぱくで傍らにいる幽霊の少女に後ろ見てくる様に頼み、道の端っこに寄り少女が帰って来るの待った。
 夜闇に溶けそうな黒髪を揺らして帰って来た、着物の16、7歳くらいの半透明な少女は衛に不審者がいないことを伝える。

「たく、本当に何だってんだ……」

『衛……、衛は違和感を感じませんでしたか?』

 幽霊の少女の言葉に衛は視線さえ合わせずに黙って耳を傾ける。人目がある可能性がある場所では何時もの事なので、衛が自分と視線を合せようとしない事は対して気にせずに幽霊の少女も語り始める。

『あの殺気は人間のモノではなかった思います』

 少女の言葉に衛は反応するも、帰りを遅らせる訳にいかないのでよっかかっていた壁から離れて再び歩き始めた。

『私は殺意を向けらて殺された事があるし、あの場所(お寺)で徐々に変わって行った殺意を見てきたから分かるんですが、あそこまでむき出しの殺気は野生を持った存在しか出せません。……もしくは私を殺した村人みたいな狂信者』

「幽霊ちゃん、だけどあの殺気は抑圧されてたぞ。少なくとも知性は持ち合わせてると思うんだが……」

『私が言いたいのはそう言う事じゃなくて、事実としてそうなんですよ! だって、外敵に対して殺気まで交えて排他的になれるのは危機感が強い動物くらいですよ』

「……まぁ確かに、普通の殺気にしては警戒心が異常だったな」

 もっとも衛が受けた事がある殺気は、慣れの為に師匠が抑えて向けた殺気やそれなりの訓練しか受けていない傭兵もどき、そして狂気の内に殺意が変質し食欲になり感知すらできなかった幽霊たちのモノなので、先程の規格外の殺気の参考にはならないと溜息を吐きながら思った。
 傍らの少女に耳を向けている内に、気が付くと自分の家の前にまで到着している事に衛は気が付く。

「取りあえず、無事に我が家に辿り着いた事を居るか居ないか分からない神様にでも感謝しますか」

 帰りの言葉を言って、ようやく辿り着いた我が家に衛は安堵の吐息を洩らす。とにかく今は帰路で味わった嫌な緊張感を衛は忘れたかった。



 八神家を囲う塀の上、そこに闇夜に紛れた2匹の猫が鎮座していた。猫たちの視線は八神家とその外周へと向けられており、さながらその光景は八神家を守っているようにも見える。そしてその守っていると言う表現もさながら間違った表現ではない。
 猫たちにとって八神家の主であるはやてに危害が加えらるのは好ましい事とではない。しかし何よりも、この家の異常を気付かれるなど絶対に避けなければならないことだった。

『アリア、ロッテ。そろそろ、監視を中断して戻って来てくれ。一時、帰還しないと怪しまれる可能性がある』

 猫たちの目の前にの空間に突然モニターが現れ、モニターに軍服を来た老齢のイギリス人が映る。歳相応に年老で優しそうな外見にそぐわず、男の持つ雰囲気からは軍服を着ていることに違和感を持たせない威厳を持ち、瞳が持つ輝きもとても強い。

「お父様、あの少年を見逃して本当に良かったんですか?」

 猫の内の1匹が口を開き人語を話す。もっともその言葉はこの地球上では使われない言葉だったが、異常な光景を男は当たり前のように受け止める。

『アリア、はやてくんにも友達は必要だ。いくら私が不自由ない様な生活を送れるように資金援助しようと、彼女に上げられる物には限界がある。
 ……何よりも私ははやて君が本当に欲しがっているものは上げられないんだ。だったら友達の1人くらいはいても良いじゃないか』

 それは男が苦悩した上で決断だった。身寄りが1人も居ないはやての元に偶々現れた、男にとっての“目的”はあまりにも都合が良かった。
 まるで誰かが筋書きを書き、男にそのチャンスを掴めと囁いたかの様に出来過ぎた、男にとっての好都合。
 躊躇いはあった。だが本来は法の守護者である男は自分が守るべき法を犯してでも、そのチャンスを亡き友の墓前に報告するために、これ以上の悲しみの拡大を防ぐためにモノにしたかった。
 法を守る以前に男にとって守りたかったモノは世界だった。だからたった一人の少女を見捨てる裁断機になることを男は選んだ。
 しかしそれでも、優しさとは言えない少女への甘い同情は捨てきれなかった男はならばせめてと、裁断機としての役割を行うまでは少女に最低限の生活を与えたいと思い自分の財産を削り少女に裕福な生活を与えた。
 そして男の甘さは、はやての友達も許容した。本来だったら排他しなければならない危険因子にしかならないが、男の甘さがリスクよりも少女の一時の幸せを優先させていた。

「しかし父様、あの少年は気が付きましたよ……。監視カメラに、しかも私達の聴覚ですら気付くか気付かないかの動作音で」

『ロッテ、監視カメラの有無に気が付くのはどうでもいい。もうじき回収予定だからな。だが、あの少年への警戒は確かに分かる。だからヴォルケンリッターが事件を起こして、少年が事件の方に首を突っ込む様ならその時は排除しろ』

 男はそう言うと通信を切る。残された猫たちはそれぞれ思う事はあれど、自分の主の考えに対して反論はない。元より背水の陣で組織を裏切り、自分たちが暗躍しているのだ。
 駆動音には気が付いても気のせいと判断した少年など、男が言うように計画には今更な存在ではあった。ただし、静観段階の話であり計画が本格的に動き出して、なお首を突っ込むならば――、その時に2匹の猫がやる事は邪魔物の排除だけだ。
 そして猫たちは主の元に帰るべく、幾何学模様の光の円を己の中心に展開すると地球から存在を消した。


主人公に死亡フラグが立ちました。美少女に囲まれてるんだから死亡フラグが立つくらい別に良いですよね?

今回、猫と戦わせるなり接触させるなりしようと思ったのですが、今現在の主人公だと殺される展開かはやてと疎遠になる展開しか思い浮かばなかったので止めました。
代わりにA.s終盤での戦闘を考えていますが、簡単には勝たせません。伊達にリリカル最強の使い魔二匹ではありませんし、主人公は空を飛ぶ事は出来ませんので。

「チートスペックは持たせても良いけど、簡単に勝たせたらつまらないだろう」が自分がバトル物を書く時のモットーです(笑) まぁ……主人公が負ける場合もありますが。
そんな感じで戦闘は書こうと思っています。

猫の最大スピードは適当な自己考察で亜音速にしました。公式設定で空気抵抗をゼロにするバリアジャケットは本当にチートすぎる……。

経験値の差で猫達の方が圧倒的に強いです。真正面から戦って勝てる相手にはしません。
現在では主人公の幼少時の戦闘スペックをすべて明らかに出来てませんが、本編開始前に1つを除いてちゃんと明らかに出来ますように……。

今回の猫の暗躍ですが、一桁の年齢の子供が1人暮らしするのは現代日本の常識ではありえないので書きました。恐らく原作でも描写がないだけで猫達は暗躍していた筈……、じゃないと近所の人間は普通は子供の1人暮らしを不審に思うので。

指摘して貰ったので後書きを一部修正。魔導師の飛行速度に関しては、公式で明らかになっていないので自己考察で亜音速にします。
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