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小学生編(前期)
挿入話 ∮月Υ日 高町なのは
 少女、高町なのはにとっての世界は狭いものである。
 なぜなら新城あらしろ衛、その少年が高町なのはにとっての世界の大半を占める存在になっているのだから当然とも言える。

 なのはの記憶が刻まれ始めた時から隣に存在して現在進行形でなのはを見守り続けている、そんな存在だったからこそ高町なのはの世界を新城衛が大半占めているのも必然だった。

 少年の存在はなのはにとって家族よりも深いところに存在して、家族よりもなのはの近い位置に居た。
 生まれた時から傍に居たからと言うのもあるが何よりもなのはにとって決定的だったのは、家族がバラバラになった幼少時に家族で唯一人、家に取り残され家族でたった一人存在意義を見いだせずに寂しい思いをしたせいで誰にでも必要にされる「良い子」で居ようと歪んだ決意を抱いた自分の決意をぶち壊して、なのは自身の本心を受け止めてくれた人物が誰でもない衛であった事が決定的な要因だった。

 その瞬間だ、なのはにとっての世界が彼さえ居ればそれで良いモノになってしまったのは。家族よりも衛がなのはにとっての大切なものになる。その歪と言える感情はまさしく衛に対する依存だった。

 そしてなのはは衛のことが誰よりも好きだったから自分だけのものになって欲しかった。
 だからなのはは幼稚園に通っている時は衛以外の交友関係を望まずに居たし、衛が自分以外の交友関係を持とうとするのも妨害した。だが何よりも、なのはには自分だけを見てくれる衛を繋ぎ止める自信がなかったのも大きな要因の一つだ。

 端的に言えば、なのはは恐怖を感じていた。もしも衛が自分の前から居なくなったのならなのはにとっての世界はなくなってしまい、自分はまた一人になってしまうのではないかと。
 もちろんなのはとて家族は好きだ、好きだがなのはにとっての居場所だとは思っていなかった。なのはにとっての居場所は自分の寂しさを受け入れてくれた衛のところにしか幼少時のなのはにとっては存在していなかった。

 だがそれも一つの出会いを切っ掛けになのはは少しだけ変われた。

 公園で沢山の子供に殴られたり蹴られたりされ、あの時の自分よりもずっと理不尽なまでに悲しい思いをしているんじゃないかと思うほどの暴力を受けていた少年に出会った。
 どうしてなのか、その時のその光景があの時に寂しさで俯いていていた自分に被って見えたのだ。隣に居た衛はその暴力を見て呆然としていた。

 その時のなのはは少年が受けている暴力から逃げ出したかった。あの時の寂しさが甦って来るから、だから隣に居た衛の名前を呼んだ。
 だが彼はそれをどう取ったのか「大丈夫だ」と、なのはに笑いかけてヤクザキックで理不尽な暴力に立ち向かっていったのだ。そして少年に向けられていた暴力を、自分の寂しさを受け止めた時みたいに衛の介入を切っ掛けに又もあっという間に消し去ってしまった。
 
 それからちょっとした切っ掛けで衛が助太刀した少年となのはは友達になった。
 きっかけはなのはが喧嘩の時に人質されてしまったのを少年――上条当麻――に助けて貰った礼を言ったことが始まりだった。
 いくら交友関係を欲さないなのはにしても、助けて貰った礼を言わないほどの礼儀知らずと言う訳でもない。だからなのはは当麻に礼を言った。
 だが当麻はその礼に対して、逆になのはに謝罪してきた、

「巻き込んじゃってごめんな」
 
 頭を下げながら、そう謝罪の言葉を当麻は言ったのだ。
 その謝罪を聞いたなのはとしては、逆に申し訳なさを当麻に抱いた。
 衛があの暴力の中に飛び込むまでは、自分はその場から逃げ出したいとすら思っていたのだ。自分が当麻を見捨てようとしたことに対して謝罪をする事もなく、当麻に助けられた上に謝罪されるのは酷く罪悪感を感じていた。

 しかしなのはには当麻を見捨てようとした事に対して謝る勇気は持っていなかった。しばらく考えた後に、なのはは何で当麻の前から逃げ出したいと考えたのかを思い出してある事を当麻に聞こうと決心した。
 
「上条君は友達が居るの?」

 その問いに対する当麻の返答は否定だった。なのははあの時の自分と被って見えた当麻をただの他人とは思えなかった。
 衛が居たから擬似的なモノではあったが、独りの孤独を知るなのはにとって友達が居ないと言う当麻の気持ちも多少なりとも分かってしまうところがあった。だからこそなのはは、いつもの自分なら決して言わない言葉を謝罪の代わりに当麻に放つことができた。

 一言、「……じゃあ、私と友達になろう」と。

 衛が世界の全てと言えたなのはの狭い世界が少しだけ広がった瞬間でもあった。
 それからなのはは大切な人ととの別れを知る。

 当麻が本来の居るべき場所に帰った。それをなのはは泣いて悲しんだし、その悲しさは衛もなのはの隣から居なくなってしまうのでないかと錯覚させてしまうほどでもあり、だから衛も自分の前から居なくなってしまわないか聞いた。
 そして衛はなのはの問いに対して隣に居ると答えてくれた。

 その次の日には「くさいセリフを吐いてしまった……」と覇気のない衛が幼稚園の片隅で見られたが、なのはは兎にも角にも衛が居なくならないと自分の不安を撥ね飛ばして事が嬉しくてその事は気付くことはなかったが、それは余談だ。

 しかしそれだけではなく、なのははその一軒以来、衛に対する盲信とも言えていた依存が軟化した。
 当麻という衛以外の人間との交友関係、そして何よりも当麻との一時的な別れがなのはの精神的な成長を助長させた。もしくは「別れ」を初めて知ったなのはが精神的な成長をしたことと、衛がなのはの不安を否定したことで衛が自分から離れるかもしれない恐怖が薄れたとも言える。

 主になのはは衛と一緒に居る所だけではなく、本来の居場所であるべき家族の元も居場所にするようになった。それでもやはり、恋心を抱いていている1人の少女として、独占欲だけは消えなかったが多少はこちらも軟化を見せた。

 それからなのはの世界は少しずつ広がる。入学した小学校では初めて女友達が出来た。そして今では昔なら拒んでいた筈の衛と自分以外の女友達が遊ぶことさえも許容できるようになっている。

 なのはは確実に成長していた。一つの出会いからなのは変わることが出来た。それでもまだなのはの世界の大半は衛が占めてしまっている。
 だがなのはは成長し続けている。今この時もゆっくりと世界を広げて続けて、そしてその成長は一気に一つの事件が原因で嫌でも加速せざる得なくなる。





 栗色の髪をツーテールに結び、私立聖祥大学付属小学校の女子制服を着用し、壁と天井の白と床の緑しか色が存在していない簡素な部屋のベッドで寝ていた7~8歳のくらいの少女――高町なのは――が目覚めるとと真っ先に目に映ったのはなのはにとっては記憶のない、その部屋の白い天井だった。
 目が覚めたなのはは真っ先に何で自分が記憶のない場所なんかで寝て居るのか記憶を手繰ろうとするが、頭に走る僅かばかりの頭痛と霞みがかったようにもやもやする記憶のせいで現状が分からないでいた。

 なのはは寝ていたペッドから上体を起こして部屋を見渡すが、なのはの目に映るのは白一色の壁と天井、窓には白いカーテンが引いてあって今が昼夜のどちらかなのかも分からない。唯一、床のタイルだけは緑色だったがとにかく物も少なく、ある物と言えば自分が寝ているベッドと3つのパイプ椅子と入り口近くの机だけで、後は鼻を突く薬品の匂いがするくらいで他にはこれと言った特徴がない。
 もう一度なぜこんな場所に居るのかを思いだそうと頭痛と記憶の霞みと格闘を始めよとした時、ガチャリと音を立てて部屋にあった扉が開きそこからなのはのよく知る女性が部屋に入ってきた。
 パッと見た感じは二十代後半の初期くらいのその女性は、なのはと同じ髪の色をした栗色の髪をロングストレートにして、白いブラウスの上から『翠』と書かれたロゴの入っている黒いエプロンドレスを着用していた。

 その女性はなのははと目を合わせた瞬間に、すぐに駆け寄りベッドで上体を起こしていたなのはを力強く抱きしめた。

「なのは! 起きたのね、本当によかったわ……!」

 心の底から安堵したようになのはを心配するその声にはそれだけではない、自分に対する責任と後悔の念も混ざっていた。
 しばらく抱きしめてから女性は気が済んだのか抱きしめていたなのはを放して、抱きしめられている時はなのはからは見えなかった心底から安堵したような笑顔を目の端に涙を溜めながらなのはに向けて居た。
 女性とその女性が自分に対して向けた笑顔を見て既に誰かなど理解していたが、なのはは確認するように女性に問いかけた。

「お母さん?」
「えぇ……そうよ。御免なさいねなのは、怖い目に合せてしまって……」

 先程の笑顔とはうって変わり、女性――高町桃子――はなのはに対して申し訳なさそうな顔をしてなのはに謝る。だが一方のなのはは桃子が何に対して謝っているのかが分からなかった。
 だがそれも無理もないことだ。なのははここ数時間の記憶が霞みが掛った様に思いだせない。切っ掛けがあれば思い出せるのかもしれないが、今のなのはの最後の記憶は放課後に何時ものメンバーで帰宅している途中で途切れている。
 なのはがどんなに頑張っても空白の部分を思い出そうとして出てくるのは、激しい頭痛の中で夢とも現実とも定まらない場所で彷徨って居た様な感覚と、霞む視界に映る大の大人くらいの大きい影と子供くらいの影が互いに睨み合う様に立っている光景を見て、朦朧とする意識の中で何故か自分はその小さい影に衛を感じて必死に向かって行くが小さい影に突き飛ばされる。
 そんな、まるで寝ている間に見た夢にとしか思えないものしか出てこなかった。だからなのは特に桃子には何も言わないかった。
 
「お母さんはなにを謝ってるの? みんなと家に帰る途中でなにかあったの?」
「――なのはは何も覚えていないの……?」

 桃子は少しだけ驚いた様な顔でなのはを見るが、一方のなのはは首を傾げてキョトンとした顔を見せるだけだった。
 桃子はしばらくなのはの顔を見つめてから、唐突に思い出したのか、ベッドに垂れ下がっていたナースコールを握りしめてナースコールを鳴す。

「なのはが起きたら看護師さんを呼ぶように言われていたのに、呼ぶの忘れていたわ……」

 その桃子の言葉でここが病院であることをなのはは理解した。だが同時になんで自分の覚えている最後の記憶から病院に搬送されてなど居るか疑問に思うが答えはやはり分からない。
 しばらくすると少しだけ急いだ感じの足音が扉の向こうの廊下から響いて、白衣を着たを夜勤の女性看護師と思われる女性がカルテが入っていると思われるバインダーを持って室内に入ってきた。

「失礼します高町さん、どうされましたか…? あ、なのはちゃんは起きたみたいですね」
「はい……起きたんですが……、その、ここ数時間の記憶が思い出せないらしくて……」
「……そうですか、では先生を呼んできますが、先生は今、他の患者さんの診察中ですので少しの間待たせてしまいますが待ってて下さい」

 それだけ言ってから看護師は医師を呼びに部屋から退室する。
 部屋に残された一人であるなのはは、少しでも自分の状況を知りたかったので桃子に空白の記憶について聞くことにした。

「お母さん…わたしの記憶をない間になにがあったの?」
「……」

 桃子から返ってきたのは沈黙。だがそれは、本当のことをどのタイミングで言うべきかに迷って、それの善し悪しの判断を1人で決めるべきか判断に困っていた様でもあった。
 だがそれはなのはを気遣ってのものであることを、なのはは薄々感じたのでそれ以上の桃子への追及はしないことにした。

「えと、じゃあ、お母さんは居るのに、お父さんとお兄ちゃんとお姉ちゃんはなんでいないの?」
「士郎さんは衛君の病室に電話で預かったかけるさんの伝言を伝えに行ってるからもうすぐ帰ってくると思うわ。
 恭也と美由希は今は警察署で現場状況の……」
「え……?」

 桃子が反射的に答えて事の重大さに気付いた時には既に遅かった。桃子としては少なくとも、先程、衛の父である翔から聞かされた事件の裏側の事情はともかくとして、誘拐の件については話すつもりでいる。
 そうでもしなくては誘拐犯からなのは達を救って怪我を負った、衛に対して申し訳がないと思っているからだ。だが、誘拐されたことを話すにしてもタイミングと言うものがある。
 増してや、なのはは記憶の空白で多少なりとも混乱状態にあるのだ、もう少しなのはの混乱が収まってから士郎と相談してから話そうかとも思ったが、咄嗟に反射的に答えてしまった事でなのはは桃子がまだ話したくない真実に近づいてしまった。
 なのはは同年代の女の子の中では、精神的に衛への依存の傾向を除けば早熟で子供らしからぬ思考力持っている。そのため、桃子が言った『衛の病室』、『警察署で現場状況の……』、この2つのワードで自分と一緒に帰路に着いた衛が何らかの事件に巻き込まれて自分と同じ状態になっている、もしくは怪我を負ったのだと察しがついた。

「お母さん、えい君の病室があるって、どう言うこと?」
「……っ」

 桃子はあからさまにしまったと言う顔をしてしまう。しかしここまで察せられた上で、桃子が沈黙を貫いてもなのはの精神状態が良くなる訳でもなく、ただ単に遅かれ早かれの問題になるだけなので、仕方なく桃子は意を決して言おうとした時、扉が開き看護師が呼びに行った医師とその看護師が部屋に入ってきた。

「なのは、取りあえず話は先生の診察が終わってからにしましょう」
「……うん」

 なのはとしては頭痛も消えた自分の容態よりも衛が病室に居る理由と、同じく一緒に帰路に着いた友人のアリサ・バニングスと月村すずかのことが気になっていた。
 医師の診察がこれから始まると言う時に扉が開き、桃子と同じ翠の文字がロゴ入りされた黒のエプロンを、着用しているワイシャツと黒いズボンの上から着た、二十代後半程の黒髪の男性が入ってきた。男性――高町士郎――はなのはの目が覚めていることを確認して安堵の吐息を吐くが、医師と看護師が居ることを確認すると、なのはの診察の邪魔にならない様に桃子が控えている位置の隣へと移動した。

「お父さん、これからなのはちゃんの診察を始めさせて貰います」
「よろしくお願いします」

 医師は入ってきたばかりで状況を全部理解していないであろう士郎にそれだけ声を掛け、返事を耳で確認して白衣のポケットのペンライトを取り、なのはの喉を見る。
 念入りに見た後は触診に移り、医師は特に腎臓と肝臓の部位を注意深く確認して、なのはにも腎臓と肝臓に違和感がないかを聞いてから取りあえずの異常がないことが分かると、隣にいた看護師から受け取ったカルテを書き始めた。

「これで診察は終わりだね、最後に幾つか質問させてもらえるかな?」
「あ……、はい」

 診察中は何処か上の空で居た、なのはが医師の問いで我に返り慌てた風に答える。

「じゃあ最初の質問だけど。頭痛はするかな?」
「起きてすぐはちょっとだけ頭が痛かったけど今は痛くありません」
「そうか」

 医師はなのはと同じ目線に合わせていた顔をカルテの方に向け、手早くカルテを書き終えてから再びなのはと同じ目線の位置に顔を置く。 

「なのはちゃんは起きるまでは帰宅途中の記憶しかないらしいけど、憶えている限り通学路のどの辺りまでかな? あと寝ている間に夢を見なかったかな?」

 なのはは医師の質問に疑問を抱きながらも、早く問診を終えて自分が何に巻き込まれたのかを知りたかったため奇妙な夢だったがすぐに答える事にした。

「え~と、商店街の少し先にある住宅街の入り口辺りまでで、夢は…寝たり覚めたりの感覚で殆んど憶えていないんですけど、頭が痛い中で大きな人影と小さな人影が見えたのは憶えていて、その後に小さな人影に突き飛ばされる所で終わりました」

 医師は筆をカルテの紙面の上で動かし書きながら結論を下した。
 そして士郎と桃子を連れて廊下で医師の出した結論を、なのはには聞かれない様に2人に話し始める。

「高町さん、なのはちゃんは憶えていないと言うよりも『事』の最中の出来事は認識していないの方が正しいようです。頭痛も感じていたようですし、クロロホルムではドラマの様に意識は奪えませんがなのはちゃん位の子供ならハンカチに染み込ませたクロロホルムで激しい頭痛と吐き気で意識を朦朧とさせる位なら可能ですので。ただ心的要因で連れ去られた瞬間の事は忘れてますが切っ掛けが有ればその時のことも思い出すでしょう。ただ……、心的要因で記憶の欠如が起こった以上は楽観的に話せると判断するのも少し難しいところがありますが、そこの判断はお2人の判断に任せます」

 医師はそれだけ言って、室内でなのはの相手をさせていた看護師を退室させて、自分の本来の持ち場である緊急病棟に引き上げて行った。
 取り残された2人の内の1人である士郎は直ぐに話すべきかどうか悩んだ様子を見せたが、医師が来るまでの自分となのはのやり取りを憶えている桃子としては直ぐに話すつもりでいた。

「士郎さん、なのはは薄々だけど誘拐の事に感づいてしまったみたいなの……」
「どう言うことだ桃子?」

 桃子は苦々しく顔を歪め、士郎になのはが起きてからの自分とのやり取りを話し始める。

「ごめんなさい……」
「いや、そうなった以上は仕方がない、なるべくなのはにショックを与えないように心掛けて話そう。あと誘拐された事は俺が言う、元凶の1つは俺だからな……」
「……わかったわ」

 自分がするべき事も定まった士郎と桃子はなのはが居る病室へ入る。

 一方のなのはは、2人が自分の対応について話しあっている間、ベッドの上で士郎と桃子が入って来るの待ちながら衛や自分の親友である2人の少女たちの安否について考えていた。自分が憶えていないことを知っているか聞いた時に、桃子が言いづらそうに苦い顔をしたのは否応なしに自分が巻き込まれた事が苦い顔をする位に言い辛い事なのではないかと思わざる得ない。だから必然と自分と一緒に居た友人達の事がなのはは心配だった。
 そして士郎と桃子の二人が部屋に入って来るのを確認をしたなのはは、2人のどちらかが口を開くよりも先に疑問を問いかけた。

「何があったの?」
「――、……なのはとアリサちゃんが誘拐された」

 部屋に入ってきた自分達に真っ先に問いかけたなのはに話すつもりで居たものの不意打ちとも言える問い掛けに、心の準備が完全に整っていなかった士郎は一瞬言葉に詰まるがなんとかなのはに起こった出来事を話す事はできた。
 その士郎が放った言葉によるなのはの反応は戸惑い。なのはにとって士郎が話す真実はいろんな意味で予想外だった。なぜ自分なんかを誘拐したのか、犯人の動機は何なのか、その場に居た全員が狙われたわけではなく、なぜ自分とアリサだけなのか。そして誘拐された訳ではないのに衛が何故、自分と同じく病院に搬送されているのか。

「混乱していると思うから1つずつ整理して言う。先ずなのはとアリサちゃんが狙われた理由だけど、なのははお父さんの昔の仕事関係の怨恨、アリサちゃんは身代金目的で別々の目的を持つ犯人たちが結託してなのはとアリサちゃんを誘拐したらしい」

 一気に抱いた疑問の3つが氷解する。しかしなのはとしては一番気になる答えがまだ分かっていないかった。なのはにとっては前者3つの疑問よりも、最後に抱いた衛が病院に搬送された理由の方がずっと重大なことである。
 だから気が付けば、なのはは鬼気迫る顔で半ば詰問するように士郎に衛の事を問いかけていた。

「だったらえい君はなんで病院に居るの!?」

 なのはの鬼気迫る顔と突然の詰問とも取れる質問に士郎と桃子は少しばかり驚いたが、なのはがハッとした顔をした後に本当に申し訳なそうな顔をして「ごめんなさい……」と謝ったので士郎も桃子もその事に対しての話題はしないことにした。

「衛君は撃たれた……」
「へ?」

 言いにくそうに顔を顰めながら士郎はそう言った。だが士郎は本当の事を言わないのはなのはが望んでいないと理解していたので、変わらずに顔を歪めながらだが士郎はそのまま続けて衛が撃たれた経緯も話して行く。

「誘拐されたなのはとアリサちゃんを追って誘拐犯の潜伏場所に潜入して、薬品を吸わされて意識を朦朧とさせられていたなのはとアリサちゃんを救出するために突っ込んで銃で撃たれた。
 幸いだけど左肩を撃たれただけで命に別状はないから大丈夫だ。今は肩に食い込んだ弾丸の摘出も終わって病室で安静にしてる。
 ただ撃たれた時の状況は衛君が言わないから分かっていないんだけど、恭也と美由希が駆けつけた時には潜伏場所の内部でなのは達を監視していた誘拐犯は衛君が制圧していて、無傷のなのはとアリサちゃんを抱えて出てきてそのまま病院に搬送された」

 士郎は衛が潜伏を止めて犯人の制圧に切り替えた経緯を知っている。何度も考えたことだが、冷静な判断と適切な対処でなのは達に殆んど被害はなく、犯人も奇襲に近い形で倒されており最初の1人など喉も潰されており、恐らくは悲鳴で増援が駆けつけない様にと考えた冷静な判断による対処だろう。
 発砲されたら直ぐに止血してからその場から2人を連れて逃げ隠れたのも、護衛対象の命を命がけで護る仕事であるボディーガードをしていた士郎から見ても最良の判断と言えた。
 だからこそ改めて衛が居なかった場合の事を想像して士郎は苦い気分になるものの、衛の判断でなのはが助かったことを衛に感謝していた。

 一方のなのはは、衛のことを聞いて安堵と罪悪感の両方を同時に感じることになった。
 そして僅かだけだがなのはは誘拐された時のことが少しだけ甦っていた。
 衛が男達によって車に乗せられた自分とアリサを必死な顔をしながら走って追いかけている光景を車の後部座席から確かに見た。恐怖の中で何故かその光景は安心出来るものがあり、そのおかげで恐怖は感じてもパニックにだけはならないでいられた。だが直ぐに自分は、男にハンカチに染み込まされた何かを吸わされて意識が朦朧としてその光景を見ることは出来なくなってしまい、次にまともな意識を憶えたのは2つの人影の対峙だ。そしてなのははそこで衛を感じた小さい人影に突き飛ばされて気が付いたらここに居る。
 そこまで思考を終えてから、なのはは生まれて感じた事がない位の大きな罪悪感を改めて感じる。
 何故衛が必死に追いかけている光景を見て安心なんかしてしまったのか、なぜ衛を自分達の厄介事に巻き込んで怪我なんかさせなければならなかったのか、数えれば(きり)が無いほどの後悔がなのはの幼い心の中で渦巻き負のスパイラルを作り上げていく。

「――は、―のは、なのは」

 なのはには何度目になるか分からなかったが桃子の呼びかけに顔を上げた。心配そうにして体調が悪いのかと顔を覗き込んで問いかけた桃子の反応で、自分が外界の声が聞こえない位罪悪感に浸っていた事をなのはは理解した。

「大丈夫だよ」

 大丈夫かと問われた訳ではない。だが士郎も桃子もなのはのことを心配そうにしていたので無理やり2人を安心させるための笑顔を作り上げて、心は罪悪感が一杯で大丈夫などと言える状態ではない。だがそれでも大好きな両親にこれ以上心配をかけないため大丈夫と言うことにした。
 なによりも罪悪感に浸っていたなど、なのはは口が裂けても言いたくなかった。

「そうか。……これから衛君のお見舞いに行こうと思っているんだがなのははどうする?」

 衛のお見舞いになのはは行きたかったが、しかし同時に衛が自分達の家の事情に巻き込まれて怪我を負った事実に対して心の中で整理がついていない為、衛に合わせる顔が無いともなのはは思う。

「ごめん……、もう少ししてからにする」
「わかったわ。じゃあ、お母さんもなのはと一緒に部屋に――」
「お母さんもわたしに遠慮しないで良いから」
「でも、なのは……」

 なのはが心配な桃子は最初、なのはを1人きりにする事を好しとしなかった。しかし士郎も桃子に目配せして、なのはを1人にしてやるべきだと目で訴えていたので桃子は仕方なしに折れた。
 そして2人が出て行った後の部屋でなのはは1人で衛の事を考えていた。衛が心配で直ぐに顔を見たいが合せる顔がないと言う矛盾でなのはの心はもやもやする。仕方なしにこのジレンマから抜け出すためになのはは少しでも自分の心を整理した。
 自分が誘拐されて此処に居ることはすんなりと受け止められたが、だがそのせいで衛が怪我をしたとなると湧いてくる否定したい気持ちや罪悪感は大人とは言え幼い少女には容易に受け止められるものではなかった。
 どうにかならないかとため息を1つ洩らす。ため息を洩らしたなのは以外誰もいない部屋で、そのため息は嫌な程に部屋中で反響してなのはのところに返ってきた。そのせいかどうにかなるどころかなのはの心は更に重くなってしまう。
 ジレンマから抜け出すつもりが、衛が怪我した事を考えると更に悪い泥沼に入りそうになるので、その前に思考をカットしようとしてふと衛が怪我をした経緯が気になった。自分達を監視していた誘拐犯は衛が1人で制圧したと士郎は言っていたが、衛が1人で制圧できるのなら負傷はしないとなのはは考えていた。

 衛は普段は馬鹿をやったり、やる気なさげに日々を過ごしているが締める場面では締める性格をしているし、なのはの知っている大人達よりも冷静な部分がある事も知っている。伊達に年齢=幼馴染み歴をやっている訳ではないので、衛の考える事なら新城家の人間に次いで知っている自信はあった。
 だから衛なら実力が下の相手だろうが、不意打ちとか奇襲とか目潰し位は命が懸かっていれば平然とやるであろうという確信もある。そんな衛だから負傷した理由が思いつかなかった。更に言えば衛が警察などを待たずに自分たちを助ける為に突っ込んだ理由も分からなかったが、今気になっているのは衛が負傷した理由なのでそれは置いておくことにした。

 士郎が言ったことで気になる言葉があったのをなのはは思い出す。『撃たれ時の状況は衛君が言わないから分かっていない』、なぜ衛は撃たれた時の状況を言わないのかを今度は考えてみた。士郎は『言っていない』ではなく『言わない』と言った事から考えると聞いた上で衛は答えなかった可能性が高い。
 次に衛が撃たれた事を言わない理由を考えてみるだが思考してもその答えは分からない。そこまでかと思考止めようとして、なのはは唯一憶えていた夢の内容が気になった。自分は薬品を吸わされて意識を朦朧とさせれれていたと士郎は言っていた。確かに思い出した記憶では最後の方でハンカチを口に押しつけられた後、急速に頭痛と吐き気に襲われて寝たり覚めたりの感覚を味わった覚えもある。
 そこまで考えた末に有る可能性がなのはの頭を過ぎった。

「アレは夢じゃなかった……?」

 なのはが思い出すのは、大きな人影と小さな人影が対峙している光景。そして自分は小さな人影に衛を感じて歩み寄り突き飛ばされた。
 もしこの夢が現実だったのなら、小さい人影は確かに衛で大きな人影は誘拐犯だったのだろう。そして衛と誘拐犯が対峙している非常事態の時に衛が誘拐犯との対峙よりも、なのはを突き飛ばす事を優先した理由、そして衛が撃たれた時の状況を言わない理由、その2つの理由がなのはの中では完全に繋がってしまう。

「あ…、あぁ…!」

 なのはは自分の血の気が引いていく事を自覚する。実際には証拠などない、なのはが考えた事は証明のしようがないし他の可能性として本当に夢だった可能性だってある。だがなのはの中ではその2つの理由は完全に繋がってしまった。
 実際の年齢よりも精神年齢が高いなのはだが、やはりそれでも普通の同年代の子供よりも早熟な7歳の少女と言うだけであり、他の可能性よりも先に1つの真実が見つかったらそこで思考が停止する。

「わたしのせいで、えい君が怪我した……?」

 その事を考えただけで心が潰れそうになるが、更になのはは自分の心を責め始めた。

 私のせいだ、私のせいだ、私のせいだ、私のせいだ、私のせいだ、私のせいだ、私のせいだ、私のせいだ、私のせいだ、私のせいだ、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。

 まるで衛が怪我をした原因を作り上げたのだから当たり前と言わんばかりに、なのはは自分の事を苛め抜くようにして士郎と桃子が帰って来る約30分後までずっと自分の事を責め続けていた。



「なのは……本当に大丈夫? 私達が部屋に戻って来てから顔色が悪いけど……」
「うん、大丈夫……」

 士郎と桃子は衛の見舞いを済ませてからなのはが落ち着けるようにしばらく間を置いてから戻ってきたのだが、帰ってみれば自分たちの娘の元気がなくなっていた。心配して体調を聞くがさっきから大丈夫と言うばかりで何も言わないので、2人としては明らかに異常なのは分かるが対応のしようがない。
 それから数分程気まずい時間が流れていたが、その時間は扉をノックする音で終わりを告げた。ノックしてから入ってきたのは看護師で目が覚めてから1時間程経ったため、1度なのはの様子を見に来たらしい。

「なのはちゃんの体調はどうですか? 起床してから一度も部屋から出ていないようなので、帰宅許可は先生から貰っていますが今日は病院に泊まっていきますか?」
「なのは、どうする?」

 あえて士郎も桃子も自分で決めずになのはに選択させる。なのはが大丈夫と言う以上詳しい容態は分からないし、なのはに判断して貰うほか選択の方法が無かった。

「泊まらなくて、大丈夫です……」

 一方のなのははと言うと、看護師の提案を断ることにした。理由は病院に泊まる以上はたった1日でも金が掛かるだろうと思ったことと、心的要因で元気がないだけなので、病院に泊まる必要がない事を良く理解していたからだ。
 だが泊まらないと言った以上は何時までもベッドの中で横になっている訳には行かないので、ベッドから起き上がって近くの空いていたパイプ椅子に座り病院に泊まらない意思を言葉以外でも伝える。看護師はなのはが泊まらないと判断すると、バインダーに挟んであった紙の1枚を入り口近くにある机に置いた。

「分かりました、では失礼しました。診療書はここに置いていきますので、帰りに緊急外来の受け付けに出して下さい」

 看護師が部屋を去り部屋には高町家の3人だけが残った。なのははすばやく帰り支度――と言っても脱がされていた靴を履いて入り口の机にある学生鞄を背中に背負って終わりのだが、その部屋を出る準備を終えて士郎か桃子から衛の病室に行こうかと言う時を入り口の扉の前で、2人の帰り支度が終わる時間を待つ。

「じゃあなのはは衛君の病室に行ってから帰るか。桃子、悪いんだけど先に支払いを済ませて待っててくれ。俺はなのはを衛君の病室に連れていくから」
「分かったわ」

 そして士郎はなのはの手を引いて衛の病室がある入院病棟へと歩く。渡り廊下を渡った廊下のしばらく先にあるエレベーターで、なのはと士郎はエレベーターを待つ1組の親子に会った。
 まるで精巧な人形の様に整った端正な顔立ちに金髪の髪の両サイドをゴムで縛り後ろ髪は降ろしたなのはと同じ私立聖祥大学付属小学校の制服を着たなのはと同い年の碧眼の少女と、その少女の隣に居る厳ついマフィア風の顔つきに金髪のオールバックを整えて黒のビジネススーツを着た碧眼の大男の2人組はパッと見可憐な少女の容姿と男の厳つい容姿から謎の組み合わせに見えたが、よく見れば金髪碧眼や本人が持つ気品などで親子だと言うことが見る人間が見れば分かる共通点として存在していた。
 エレベーターを待つ親子の娘の方であるアリサ・バニングスはなのはを視界に映すと、その金髪を揺らしてなのはに駆け寄りなのはの方もアリサを確認すると士郎の手から離れてアリサの方へ駆け寄り確認するように抱きついた。

「なのは! 話には聞いてたけど無事で良かった……、誘拐に巻き込んじゃって本当にごめんね……」
「私は大丈夫だよ……、それに巻き込まれたのはアリサちゃんのせいじゃないから。けど本当にアリサちゃんも無事で良かったっ!」

 そこまで言いきって2人は体を離す。父親たちはその光景を微笑ましそうに見ておりその視線に気が付いた娘達は直ぐに顔を赤くさせて顔を逸らして、エレベーターはまだかとばかりにボタンを連弾しあからさまな照れ隠しを行っていた。そんな娘達を確認してアリサの父であるデビット・バニングスは士郎に話しかけた。

「士郎氏……決行は明日で良いのか?」
「……良く決行日が分かりましたね、翔から聞いたんですか?」
「いや、翔との付き合いは長いが、あそこまで怒りを押し殺した翔は初めて見たからな……奴の許容限界的に考えて明日だと思っただけだ」
「あいつもなんだかんだで人の親ってことですね……」

 子供達は知らない“オトナ”の話。翌日、新城家の大黒柱は不在になり翠屋はマスター不在で臨時休業となり裏社会の人間の悲鳴が鳴り響くことになるが、それは子供達の話にはまったく関係してこない余談である。
 そんな“オトナ”の話を子供達には知られない様にして話していると、直ぐにエレベーターが到着した音が響きエレベーターの扉が開いて、それに四人は乗りエレベーターのスイッチに一番近い位置に居たデビットが5階のボタンを押した。エレベーターが昇っていき5階の扉が開いた。開いたエレベーターの扉の先から覗く暗い廊下を、父親達の先導で歩いて行くと向かい側から2つの人影が見えてきた。
 一つの影は男のもので、もう一つの影は女のものだった。ぞれぞれの影から出てきてのは、180くらいの背丈を持つそれなりに顔立ちが整っている一般的には中の上位の顔立ちをした黒髪の男性と、もう一人は身長165前後の端正な美少女然とした顔立ちにモデル泣かせとも言えるスタイルを持ち、暗い廊下の僅かばかりの光にでも艶やかに輝く黒髪を腰の辺りまで伸ばした女性だ。男女共にカジュアルな服装で高校生カップルですと言われれば信じそうなものだが、女性の胸に抱かれて寝ている赤子がその幻想を見事に打ち砕いていた。

「おじさん、静羽(しずは)さん……」
「お、なのちゃんとあーちゃんを士郎とデビットが連れてるってことは、えいの奴に見舞いか?」
「あ、はい」
「そ、そうです……」

 なのはとアリサは男――新城翔――の質問にそう返した。アリサの方は初対面のインパクトの強さがあって若干の苦手意識はあったがコレでもかなり慣れた方である。

「翔と静羽さんは帰りか?」
「そうよ。衛が静留(しずる)の発育に悪くなるかもしれから俺に構わずさっさと帰れって言うし、私たちは衛の言うとおりにもう帰る事にしたのよ」

 女性――新城静羽――は胸に抱く赤子を見てため息を点くように言う。

「いや、アレは明らかにお前がえいにアイアンクローを食らわせて涙目にしたからだろ」
「そう言ってるあんたは拳骨食らわせてたけどね」
「お前の怪力で行うアイアンクローと俺の可愛らしい拳骨を比べるなよ」
「――帰ってから庭に埋めるから覚悟しておきなさい」
「ちょ――生き埋め宣言するなよ!?」
「何時もの事なんだから大人しく埋められて置け、そうすれば丸く痴話喧嘩は収まるんだ」
「生き埋めを黙認する士郎もかなり酷いなっ!」
「病院の入院棟の上に、静羽の抱いている静留が起きるかもしれないから三人ともその辺りにして置け」

 子供2人は置いてけぼりで漫才を始めて直ぐに終わらせた大人組の翔と静羽は、急ぎの用事が有るらしく、そのまま四人に別れの挨拶をしてエレベーターの方へ向って行く。士郎とデビットもそれを黙って見送ったが、なのはとアリサの2人が謀らずして同じ言葉で翔と静羽の足を止めた。

「「ごめんなさい!」」

 消灯時間ではないが入院患者が寝ているかもしれないので小さな声で放った言葉だが2人には聞こえたらしい。

「なのちゃんとあーちゃんが謝ってるのは、えいが怪我したことか?」

 翔は2人の居る前にまで近寄り屈んで2人の目線に近い位置で質問した。それに対して2人は元気なのない様子で頷くの見て、困った様に翔は頭を掻いてから言葉を選んでいるのか口をもごもご動かせてから、ようやく決まったらしく口を開いた。

「あのな、なのちゃんもあーちゃんも悪くない。悪いのは誘拐を企てた奴らとえいを銃撃した奴だ」

 翔はそう言うがそれでもだ、それでも2人は引き下がれない。いや、引き下がりたくなかった。大好きな人が自分のせいで巻き込まれて怪我をした。なのはに至っては衛から庇われたのだから、翔の上げる理由で納得できる筈がない。

「あ~それにな、えいって何だかんだで俺に似てるから多分の話だけど、義務感とかもあったかもしれないけど何より自分の意思で2人を助けたいと思ったんじゃないかと俺は思ってる。その証拠にあいつは死にたくないとは思っていても撃たれた事を欠片も後悔してる気配がなっかったしな。……だから親として殴ったんだがな」

 最後の翔の言葉は小さすぎてなのはとアリサには聞き取れなかった。だが如何にもため息を吐きたいという感じが顔に出ていたので相当やるせない心情だったという事は予想が付いた。

「とにかく、ごめんなさいよりも言うならありがとうを言って上げてくれ。その方がえいも喜ぶからな、じゃあ用事があるから帰るな」

 翔と静羽が去って、士郎から面会時間もそろそろ終わるので早くした方が良いと言われてなのはとアリサはその場を後にした。

「父さん達はここで待っているから行ってきなさい」

 士郎とデビッドの2人は衛の病室の前で立ち止まった。

「パパたちは何で入らないの?」
「その方が話しやすいこともあるだろ、良いから行って来い」

 テコでも動かないつもりでいる父親たちを置いてなのはとアリサが部屋に入ると、なのはが寝ていた部屋と同じ間取りで同じ色に染められた個室にあるベッドの上で左肩に大量の包帯を巻かれて反対側の肩で左手を吊るしてベッドに横になっている少年、新城衛が居た。
 衛の姿を見た瞬間、血の気が引いていき顔色が青くなったことを自覚する。

「なのちゃんとあーちゃんか、もう大丈夫なのか?」
「うん。帰宅の許可は先生から持った。えい君…助けてくれてありがとう……」

 この衛の怪我が自分のせいだと思うと喋るのもやっとで今にも倒れてしまいそうになる。それだけ衛を自分が怪我させた事実がなのはには重い罪に感じられていた。
 衛はなのはの真っ青な顔を見て何事かと驚くが、だがなのはが必死にいつも通りをふるまって居たのでその事に気付かない振りをした。

「いや、別に良いんだが……なにか言いたそうにしている金髪さんは何のようでしょうか?」
「誰が金髪さんよ! ……助けてくれてありがとう、衛」
「……これはアレだな、俺の雄姿を聞いたツンデレがデレたんですね、分かります」
「誰がツンデレよ!」
「だがツンデレで俺を落とすには十年ほど足りないぜ。主に胸部が」
「アンタ、退院したら憶えてなさいよぉぉぉーー!!」
「あはは……」

 普通の笑い声を出そうとしても乾いた笑いが喉から漏れない。やはりなのはがどんなに頑張っても、何時もの調子を出すことはできなかった。何時もなら衛の顔面にグーパン食らわせようとしている流れだ。だがその気が起きる事すらなく、そして自分がしていた思い違いもこの日に自覚した。
 自分はずっと衛の隣に居るものだと思っていた。だが事実は“隣”ではなく、“傍”に居るが正しかった。対等ではなく近くに居るだけ、常に握られていた幼馴染みの手は隣に居る証しではなく引っ張ってもらっていた証しだった。そしてこんな時になって衛に守られてようやくそれを自覚できた。
 あの寂しさから救って貰った日、この男の子の隣に立ちたい願った。そして今まではそれが叶っているとも思っていた。けど事実は自分の隣に少年は居ない、それどころか自分を庇って下手したら衛は死んでいただろう。
 それを自覚した時、弱い自分が嫌になった、守られていた自分が嫌になった、衛に手を引かれてしか歩けていない自分が嫌になった。
 そして願った、強くなろうと、今度は自分が衛を守れるようになろうと、もう衛の手を離して1人で歩いて行こう。そして衛の隣に本当の意味で立てるようになろうと。

「あのさ…なのちゃん」
「何、えい君?」

 ――だから、これはそのための第一歩――

「あー俺の怪我のこと……難しいかもしれないけどあまり気にするなよ」

 ――本当は気にしているけど、それじゃ強くなれないからわたしは心を押し殺す――

「――うん、わかった」

 ――そしてわたしは偽物の笑顔を作り上げた――

 1人の少女は1つの事件で否応なしに“成長”せざる得なくなる。これはその“成長”と言う名の“決意”を抱いた、後の世界を揺るがす事件にこの少女が関わる重大な切っ掛けを綴った断章である。


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