津波に襲われながらも、車の運転席から窓の外へはい上がり、最後まで生きようとしていた。岩手県陸前高田市の石川猛さん(当時60歳)。市内で写真スタジオを営む佐々木宏さん(58)が高台へ逃げながら津波を撮った写真に、偶然その姿が写り込んでいた。「何を思いながら、逝ったんだべな」。写真を引き取った義母スミさん(83)は、涙なしでは見られなかった。【市川明代】
あの日、休暇だった猛さんは朝早く、エメラルドグリーンの特徴あるワンボックスカーで家を出た。解禁されたばかりの渓流釣りのため気仙川上流へ向かったらしい。だが揺れの後、スミさんを助けようと海が近い自宅へ戻ろうとした。
孫の車で逃げ無事だったスミさんに避難所で、釣り仲間が教えてくれた。
その後間もなく、猛さんは遺体で発見された。スミさんが買ったセーター、見慣れた黄色いダウンジャケットを身につけていた。
佐々木さんは、山へ逃げる途中、手にしていたカメラで、津波に押し流される街を写し続けていた。昨年末、プレハブで写真スタジオを再開。現像した写真を地元の人々に見せると、驚きの声が上がった。
「これ、石川さんの車でねえか」
1~3枚目。倒壊した家々や樹木などとともに、エメラルドグリーンの車を濁流がのむ。4枚目。その車の窓から上にはい上がる、黄色いダウンジャケットの男性。そして最後は、がれきの中に吸い込まれ……。
時間にしてわずか1分、最期の場面を刻んだ計18枚。「無我夢中で、人が写り込んでいることに気付かなかった」。佐々木さんは迷いながらも、写真の存在を知ったスミさんが「見たい」というので手渡した。
スミさんは3年前、同居の次女喜久子さん(当時51歳)を肺がんで亡くし、本当の息子のように信頼していた婿の猛さんに、財産を引き継ぐことを決めていた。
「おらいの父さん(猛さん)は、本当に年寄りを大事にする。だから、とっても、いだましくて、いだましくて」
写真を受け取ると「可哀そうに」と涙しながら、その最期の姿を自身の目で確認できたことに感謝した。
毎日新聞 2012年3月20日 21時26分(最終更新 3月20日 23時03分)
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