OCN 検索

2012年3月

        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31

最近の記事

最近のトラックバック

カテゴリー

Powered by Blogzine[ブログ人]

« 【盲導犬アトム号失踪】 某愛護団体 / 県に泣きつくのはお門違い! by I.H. | メイン | 【盲導犬アトム号】「考える会」の署名と4つの問題点! by I.H. »

2012/03/02

【盲導犬アトム号失踪】 盲導犬ユーザの適・不適 / 社会一般が監視し審査? by I.H.

盲導犬アトム号失踪と黒い署名活動批判 4/5

 盲導犬アトム号の一件で「ネット暴走」の火付け役として指弾された長崎ライフオブアニマルが四面楚歌を打開するために開始した署名活動の三つ目の問題点は、憲法の生存権条項を否定する盲導犬ユーザ監視論にあります。

Photo
>盲導犬に限らず、動物に対する不適切な管理、虐待は、
>相性の問題に起因するというより、
動物愛護の精神と責任感の欠如という資質の問題によるところが大きいです。
>指導・教育によって改善されるのであれば再貸与を検討する余地もありますが、
>不適切な管理、 虐待事実を否定するユーザに対しては、
改善の見込は皆無ですので
>即刻の貸与停止が必要です。

>不適切なユーザに貸与されていないかを
社会一般に審査してもらうために
>ユーザによる盲導犬の不適切な管理、虐待が問題となった場合には

 
>協会が行った調査、判断、その後の処理結果等を
>(随時報告書等の書面で)公表すべきです。 

 これは、長崎ライフオブアニマルが正体不明のフロント団体を使って始めた署名の2番目と3番目の要望からの抜粋です。はっきり言って、攻撃的な極右政党「犬猫真理教」の主張を読んでいるような錯覚を覚える文面です 。

> 盲導犬の訓練育成については、
>ユーザ(予定者)の居住地の都道府県から多額の補助金が支出されている点からみても
>高度に公益 性のある事業といえ、
>貸与後の盲導犬がユーザーによる不適切な管理、
>虐待は社会的に許されないことです。


◆補助金の支出を根拠とした盲導犬ユーザ監視論の誤まり!

 「不適切なユーザに貸与されていないかを社会一般が審査するのは当然のこと!」との驚くべき主張の根拠は、都道府県による補助金の支出にあります。「盲導犬ユーザの適・不適を社会一般が開始する仕組みを作ろう」とも取れる長崎ライフオブアニマルの主張。その根拠に補助金を持ちだすのは、余りにも無知というものです。盲導犬ユーザの方への補助金の支給は、あくまでも生存権保障という憲法理念の実現の一環に過ぎません。決して、盲導犬ユーザを社会で監視する為ではありません。盲導犬ユーザ監視論の根拠は彼らの無知の露呈でしかありません。

◆調査の結論の大半は公開に適しない仮判断!

 盲導犬ユーザの一年目はトライアル・アンド・エラーの日々だろうことは容易に想像できます。別の言い方をすれば、「真似て覚えて、試して失敗の日々」とも言えます。その過程で盲導犬ユーザの不適切行為が「虐待」として協会に通知されることはありえることです。そのような公益通報者に対して、調査結果を丁寧に説明することは当然のことです。しかし、それをもって「随時に調査の全てを公開すべし」と結論づけるのは適当ではありません。なぜなら、盲導犬ユーザの不適切行為の調査で出た結論の大半は仮判断に過ぎないからです。仮判断の最終的な妥当性は、その後の協会のサポート活動を通じて実践的に検証されていきます。妥当性は実践をもって検証されるという調査結果の特徴を抜きに公開問題を論議することはできません。「協会が行った調査、判断、その後の処理結果等のすべてを随時報告書等の書面で公表すべき」は、一見すると尤もな主張のようですが実は非現実的なそれに過ぎません「仮判断の全面公表は慎重であるべし!」は、余りにも当然のことです。

◆公益通報システムの構築さえも阻む暴論!

 1月28日、私が盲導犬アトム号のユーザ名を知るのに要した時間は僅かに1秒。住所や職業という詳細情報に辿り着くのも実に容易なことでした。インターネットという強力な情報収集手段の存在を考えれば、協会が行った調査、判断、その後の処理結果等のすべての情報を公開することは慎重であってしかるべきです情報のマッチングによる盲導犬ユーザの特定が極めて容易であるという現実を無視して、すべての情報を公開することは問題が多い」ということは赤子でも判ることです。誰もが盲導犬ユーザの糾弾を目的に公益通報を行う訳ではありません。情報の全面公開で糾弾のきっかけを与える可能性があるとすれば、善良な公益通報者は二の足を踏むことになるでしょう。そういう意味では、長崎ライフオブアニマルの主張は公益通報システムの構築さえも阻む暴論だと言えます。

◆なぜ、かかる暴論満載の署名を強行するのか?

 
長崎ライフオブアニマルは、なぜ正体不明のフロントまで仕立てて暴論満載の署名活動を強行したのでしょうか?その答えはただ一つです。西日本新聞によって「ネット暴走」の火付け役と指弾されたからです。そのことで明らかになった四面楚歌、孤立無援の状況を脱する切り札として署名活動に走ったというのが事の真相です。「盲導犬アトム号の発見と保護には決して寄与しない!」という非難を承知の上での署名活動。正に、自己保身に走ったというのが事の真相です。

◆盲導犬ユーザを糾弾した過去と署名活動とは無関係ではない!

 
長崎ライフオブアニマルは、必死になって盲導犬ユーザを糾弾した過去と今回の署名活動との分離を企てています。そして、それに呼応して彼らの過去を不問にして黒くて怪しげな署名活動を礼讃する向きもあります。しかし、盲導犬ユーザをネット上に晒して事実上の公開処刑を行った彼らの過去は決して消えません。そういう過去と切り離して署名活動を評価するのは誤まりです。また、そういう過去の延長線上にある署名活動ゆえに、盲導犬ユーザの適・不適を社会一般が監視し審査することを目指した署名になっているとも言えます。

◆黒い署名活動は事実上の「公開処刑」の継続!

>俺、爺をぶっ殺したいんだよね。笑)
>本当は、協会を潰したいところ。笑)

 私のブログに寄せられた実にふざけたコメント。後者は、ご丁寧に2チャンネルのやり取りをPDFにして送りつけるという丁寧さ。児戯にも等しい「処刑遊戯」と言えます。しかし、笑)を付けるにあたっては遊びにしても度が過ぎています。私には理解不能な感覚です。

 長崎ライフオブアニマルが強行している署名活動は、ネット上の「処刑遊戯」を活発化させています。それは、署名に至る経緯と署名の文言が盲導犬アトム号の糾弾文と酷似していることを考えれば当然のことです。彼らは、西日本新聞の指弾に真っ向挑戦して「公開処刑」を継続していると批判されてもしかたありません。

 それにしても、「改善の見込みは皆無です」-このように言いきる団体には、盲導犬をテーマとした署名活動を展開する資格はありません。少なくとも、私はそのように思っています。

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
 情報マッチングが容易ならば「公開処刑」に通じる!
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

>確かに盲導犬アトム号のユーザを糾弾はしていますが
>私共は決して氏名、住所は明らかにしていません。
>ですから、ネットに晒した公開処刑と批判される理由はありません。

 長崎ライフオブアニマルは、このような理屈で「公開処刑」との批判をかわしてきました。これは、「情報マッチングで個人の特定が可能であれば個人情報を晒しているのと同じ」との広く認知されている見方を知らないか、それとも知ろうとしないかのどちらかでしょう。今回の件では、マッチングの容易さを考えれば盲導犬アトム号のユーザ名、住所を晒して中傷を組織したに等しいことは明らかです。

コメント

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
 愛護団体の署名活動の評価!
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

Q、愛護団体の署名活動は政治活動にあたりますか?
A、政治活動ではなく私的な団体の私的な活動と言えます。

 政治活動とは「政治上の目的をもって行われるいっさいの活動」です。今回の愛護団体の署名活動は、世間の批判をかわすために始めた行為。単に、ネット上でのアピール行為にしか過ぎません。社会性の欠片もない単なる私的な団体の私的な活動と言えます。

 当初に彼らが行った九州盲導犬協会批判は、ある意味で社会性を帯びたものでした。が、ネット上に特定個人を晒して誹謗中傷を組織するという誤まった手段を伴っていました。これは、世間から手酷い批判を浴びました。こうして、彼らは社会性を帯びた発言の一切を行うことが出来なくなりました。

 彼らが取るべき道は二つ。一つは、ネット上に特定個人を晒して誹謗中傷を組織した誤まりを認めて関係者に謝罪して再出発すること。二つは、社会性を帯びた発言を行う社会的団体への脱皮を諦めて元の純粋な動物愛護団体へ戻ること。今回の署名活動は、彼らが後者の道を選択したことを意味しています。

 彼らが行ったネットを使った人民裁判という愚行と切り離せば、今回の署名活動は一般市民の公益通報を代弁する形の一つだと言えます。一般市民の公益通報の代弁ですから、社会的団体のそれと言うより私的な団体の私的な行動の延長だと言えます。もちろん、(1)公益通報を代弁して訴える相手先が県だというのはお門違いです。(2)盲導犬の選別優先制度を求めるのも誤りです。(3)更に、盲導犬ユーザ監視論を振りまくに至っては全くの黒い署名活動そのものです。一般市民の公益通報を代弁するという形をとっていますので、その経過と内容とを無視すれば大抵の賛同を得られる行為です。まあ、かなり巧妙で陰湿なやり方だと言えます。

 「政治活動ではなく私的な団体の私的な活動」とは、このような意味です。多分、「愛護団体の署名活動は政治活動にあたりますか?」の質問はNPOとしての適格性について質問されているんだと思います。でも、私は、そういう面からではなく黒い署名活動の理由を経緯と内容という正面から批判すべきだと思いますよ。確かに、多くの方々の盲導犬アトムへの同情・心配・憤りを代弁するという形をとっていますので正面からの批判はすぐさまには大きな効果はあげることは難しいかも知れません。でも、最終的には、彼らの黒い目的は白日の下にさらけ出されて失敗します。頑張りましょう。

 以上、寄せられた質問に答えます。

コメントを投稿

コメントは記事の投稿者が承認するまで表示されません。