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特集ワイド:東大話法のトリック

東大のシンボル安田講堂=木村健二撮影
東大のシンボル安田講堂=木村健二撮影

 学識豊かで、丁寧で、語り口もスマート……なのに、何かがおかしい。「原子力ムラ」の人たちを取材してきて、そう感じていた。そんなモヤモヤを晴らしてくれる人がいると聞き、会いに行った。著書「原発危機と『東大話法』」が話題の東京大学東洋文化研究所教授、安冨歩さん(49)その人に。【宍戸護】

 ■エクスキューズ

 <世界は、人類が地球環境と調和しつつ平和で豊かな暮らしを続けるための現実的なエネルギー源として、原子力発電の利用拡大を進め始めていました。このような中で、東日本大震災および福島第一原子力発電所の事故が起こりました。我が国は、事故終息に向け最大限の力を発揮しなければなりません……>

 一読、批判しようのない“きれい”な文章。実はこれ、東大大学院工学系研究科原子力国際専攻のウェブサイトに今、掲載されている「原子力工学を学ぼうとする学生向けのメッセージ 福島第一原子力発電所事故後のビジョン」の冒頭の一節だ。

 「典型的な東大話法の一つですね」。山男風のひげをはやした安冨さんは、おもむろにそう指摘した。「原発を促進したのは『世界』ではなく、一部の国の政治家、官僚、電力会社、学者・技術者です。なのに『世界』を持ち出すことで責任をあいまいにし、自己を免責している。また『我が国は……しなければなりません』というのも、日本の原子力関係者が必ず使おうとする勝手な言い分ですね」

 東大東洋文化研究所で東アジア論などを教える安冨さんは、震災後、東大の現役教授やOBらが原発事故について「同じパターン」の言葉遣いをするのに気付いた。

 「例えば、『客観的に見れば……』という常とう句。権力を持った側と、そうでない側をごっちゃにして、自分の議論を無根拠に公平だと断言するのに等しい」

 こうした話法は、実は原発事故以前、むしろ過去にこそ駆使されてきた。

 例えば、90年代に総合雑誌に掲載されたある討論。そこに登場した東大工学部教授(当時)は、核燃料の再処理の危険性を訴える討論相手に対し<まず出発点として><ある程度は原子力を使った方がいい>とし、<資源リサイクルは世界的には大きな流れ>だから、<適切な規模とタイミング>で進めるべきだと語っている。安冨さんは「原子力を使うべきだという立場を一方的に宣言し、さらに自説に都合の良い話を並べ、再処理の危険という本質とは関係のない方向へ持っていく。東大話法の典型」と切り捨てる。

 ■我が国は…

 原子力ムラの関係者への取材を続けてきた記者にも、思い当たる節はある。

 「私は今回の原発事故に直接関係ありませんが……」

 「私の現役時代はこうではなかったのですが……」

 そんな前置きをしてから話す人が多いのだ。そのたびに違和感を禁じ得なかった。

 「原子力関係者の多くにとって今回の原発事故は他人の問題であり、そもそも原発自体、ご飯を食べるための手段に過ぎないことが、こうした言い方から分かります。そうでない人たち、例えば原発の危険性を訴えてきた(京都大原子炉実験所助教の)小出裕章さんだったら、『僕は福島の事故とは関係ないけども……』とは言わないでしょう」

 記者は昨年5月に小出さんに取材したが、確かにこう言っていた。「私は原子力(研究)の場にいて、その原子力が事故を起こした。だから、普通の人とは違う責任が私にはあるのです」と。

 冒頭で紹介した文章にある「我が国……」という東大話法については、脱原発を訴え続けた市民科学者の故・高木仁三郎さんも著書「原発事故はなぜくりかえすのか」で、こう批判している。<自分があるようでいて実はないのですから、事故があったときに本当に自分の責任を自覚することになかなかなっていかないのです。ですから、何回事故を起こしても本当に個人個人の責任にならない……>

 そういえば、安冨さんの本のサブタイトルは「傍観者の論理と欺瞞(ぎまん)の言葉」だった。

 その安冨さんが、さまざまな文章や実際の語りを分析しまとめたのが別表の「東大話法の規則」だ。

 ■ヘリクツの必要性

 安冨さんは、京大大学院修了後、86年に都市銀行に就職。バブル景気に浮かれる社会の最前線にいた。行内では不動産の資産査定が甘くなり、疑問をはさめば圧力がかかった。やがて正常な判断力をまひさせていく同僚たち……。そんな現場に嫌気がさして88年に退職。その後、大学院に戻り、さまざまな「暴走状態」からの離脱--を研究テーマに据えた。

 静止しているコップの水を下から熱すると、一斉に同じ方向へ流れ始め、やがて沸騰する。人間も、一人一人はそれなりの見識を持っているはずなのに、ある「条件」をそろえると、集団で一方向にまい進し始める--そうした状態を、安冨さんは「魂の植民地化」と言う。

 ならば、「原発推進」という条件のもとでは何が起こったか。「原子炉の老朽化」を「原子炉の高経年化」と言い換え、原子力の危険性を審査する委員会を「原子力安全委員会」と読み替えた。もちろん、すべてが東大関係者だけによるものではあるまいが、これらの“ごまかし”は今も解消されていない。

 「まだしも原発を始めた世代は言葉のズレの意味を理解していたが、それ以降の世代となると、もう表面的に残った言葉の範囲でしか理解できなくなる。だからヘリクツが必要になる。東大話法とは、そのヘリクツの表現方法なんです」と安冨さん。

 ■戦争への道にも

 「魂の植民地化」による言葉の暴走--そのメカニズムは、さかのぼれば「戦争に向かっていったこの国にも作用していた」と言う。<神の国だから負けない>といった都合の良い“話法”を用いて無謀な作戦を重ね、ついに焦土と化した、この国にも。

 そして、今や東大話法は、まき散らされた放射線による被害を語る場にも、持ち込まれていないか。「人間が、(放射性廃棄物の危険が残るとされる)10万年単位で責任を持って物事に対処するのは不可能なのに可能と言い、低線量被ばくの健康影響はまだ分からないのに大丈夫と言う。絶えず言葉をズラさないと現状を維持できないのが原子力の本質なのです」

 とはいえ、東大話法を見抜くのは容易ではなさそうだ。

 「肩書が立派というだけで信じてはいけない。それと、意外に思われるかもしれませんが、信頼に値する仕事をしてきた人は個性的な容貌を持ち、いい笑顔の人が多い」

 安冨さんは表情を緩めた。

 まずは、権威の言葉をうのみにする私たち自身の姿勢を改めること、身近な常識や感覚に照らしてみることが第一歩なのかもしれない。

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 ◇東大話法の規則

 1 自分の信念ではなく、自分の立場に合わせた思考を採用する。

 2 自分の立場の都合のよいように相手の話を解釈する。

 3 都合の悪いことは無視し、都合の良いことだけを返事する。

 4 都合の良いことがない場合には、関係ない話をしてお茶を濁す。

 5 どんなにいいかげんでつじつまが合わないことでも自信満々で話す。

 6 自分の問題を隠すために、同種の問題を持つ人を、力いっぱい批判する。

 7 その場で自分が立派な人だと思われることを言う。

 8 自分を傍観者と見なし、発言者を分類してレッテル貼りし、実体化して属性を勝手に設定し、解説する。

 9「誤解を恐れずに言えば」と言って、うそをつく。

10 スケープゴートを侮辱(ぶじょく)することで、読者・聞き手を恫喝(どうかつ)し、迎合的な態度を取らせる。

11 相手の知識が自分より低いと見たら、なりふり構わず、自信満々で難しそうな概念を持ち出す。

12 自分の議論を「公平」だと無根拠に断言する。

13 自分の立場に沿って、都合の良い話を集める。

14 羊頭狗肉。

15 わけのわからない見せかけの自己批判によって、誠実さを演出する。

16 わけのわからない理屈を使って相手をケムに巻き、自分の主張を正当化する。

17 ああでもない、こうでもない、と自分がいろいろ知っていることを並べて、賢いところを見せる。

18 ああでもない、こうでもない、と引っ張っておいて、自分の言いたいところに突然落とす。

19 全体のバランスを常に考えて発言せよ。

20 「もし○○○であるとしたら、おわびします」と言って、謝罪したフリで切り抜ける。(安冨歩著、明石書店「原発危機と『東大話法』」

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t.yukan@mainichi.co.jp

ファクス03・3212・0279

毎日新聞 2012年3月23日 東京夕刊

 
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