ブックリスト登録機能を使うには ログインユーザー登録が必要です。
『茜空の軌跡』
第四十五話 豪雨のエルベ離宮、ヨシュアの異変
<グランセルの街 グランセル大聖堂>

謎の手紙に呼ばれて夜の大聖堂へやって来たヨシュアとシンジは、室内で待って居た人物達の中にアガットとティータ、クローゼの姿を見つけて驚く。

「リシャール大佐達から逃げるために、潜伏中のあなた方がどうしてここに?」
「……私が強引に2人を説得して来てしまったんです」

ヨシュアの質問に答えたのはクローゼだった。

「そんな事は無いですよ、私もアスカお姉ちゃん達の力になりたいと思ったから、賛成したんです」
「こそこそ隠れているのは、どうも好きにはなれないからな」

ティータとアガットもクローゼにフォローを入れた。

「私、シンジさんの言葉に助けられたんです。自分の嫌な事から逃げてはいけないって」
「そ、そうなんだ……分かったから……その、手を離してくれるかな?」

目を輝かせてシンジの手を握ったクローゼに、シンジは顔を赤くして頼んだ。

「あっ、ごめんなさい……」

シンジに指摘されたクローゼも、顔を真っ赤にしてシンジの手を離した。

「遊撃士殿達をこちらへ招いた理由について説明したいのですが、よろしいですか?」
「は、はいっ!」

後ろに居たユリアが尋ねると、クローゼは弾かれたように飛び退いた。
ユリアはヨシュアとシンジに向かって親衛隊隊長だと名乗ると、リシャール大佐達によりエルベ離宮に閉じ込められている人々を救出するために力を貸してほしいと告げた。

「えっと、実は僕達もエルベ離宮へ乗り込むための作戦を立てていた所なんです」
「なんと、流石は遊撃士協会だな」

シンジが答えると、ユリアは感心してつぶやいた。

「それなら話が早い、俺達が外で暴れて注意を引きつけている間に、お前達が中へ入るって段取りだな」
「多分そうなりますね」

アガットの言葉に、ヨシュアはうなずいた。

「では私達親衛隊も、陽動班とかく乱班に回らせてもらおう」
「ティータとクローゼは、ヨシュア達と一緒に突入班を組め」

しかしクローゼは、アガットの指示に対して首を横に振って異議を唱える。

「いいえ、私は陽動班を希望します」
「クローゼ、何を言い出すのです!」

クローゼの発言を聞いたユリアは厳しい顔つきで怒鳴った。

「陽動班にも導力魔法(オーバルアーツの扱いに優れたメンバーが居た方が良いはずです。それに私が居た方が多くの敵を引きつけられるはずです」

シンジとヨシュアが不思議そうな表情をすると、クローゼは申し訳が無さそうな表情で、

「実は、私の本当の名前はクローディア・フォン・アウスレーゼと言います」

と告げた。

「えっ!?」

クローゼの言葉に、シンジは腹の底から驚きの声を上げた。

「黙っていてごめんなさい、私は王女である事を最後まで言えませんでした。私はシンジさん達に、クローゼと言うジェニス王立学園で会った女生徒として、覚えていて欲しかったから……」
「別に謝る事は無いよ、クローゼの気持ちも理解できるし」

シンジは穏やかな笑顔でそう答えると、自分とアスカもリベール王国に飛ばされてしまう前には、“チルドレン”と言う特別な身分だった事をクローゼに説明した。

「まあ、シンジさんとアスカさんは私よりも遥かに大きな物を背負われていたんですね」
「そ、そうかな?」

リベール国民と地球人類を比べると、確かにスケールの大きさから見ればそうかもしれない。
しかしシンジは流されるままにエヴァのパイロットとなり、地球人類を守る使命感に悩まされる事はあまりなかったように感じた。
アスカも自分自身のためにエヴァに乗っていたと言っていた。
中学2年生だった自分とアスカは、目の前で思い悩んでいるクローゼよりも覚悟は軽かったような気がして、シンジは少し自分が恥ずかしくなった。

「シンジさんとアスカさんは、その“チルドレン”の絆で固く結ばれているのですね」

クローゼがそうつぶやいて羨ましそうにため息をつくと、シンジは首を横に振って強く否定する。

「確かにチルドレンとして出会った僕とアスカだけど、自己中心的で傷つけ合う事も多かったんだ」
「……そうなんですか」

幻想を打ち砕かれた形になったクローゼは、残念そうな顔でつぶやいた。

「お互い相手の事を考えられるようになったのは、カシウスさんの家族になって、暖かい街の人達に囲まれてロレントで穏やかな生活を送れるようになったからだよ。だから僕達は、リベール王国のみんなを守りたいと思ったんだ」
「僕もこの国の暖かさに心を救われたから、シンジと同じ気持ちだよ」
「シンジさん、ヨシュアさん……」

シンジとヨシュアの話を聞いたクローゼは、目を潤ませた。

「まずは、人質救出作戦は何としてでも成功させないとな」
「はい、そうですね!」

アガットの言葉にティータも同意した。
その後、ヨシュアとシンジはユリア達と出来る所まで作戦の内容について話し合った。
話し合いが終わるころには、すっかり夜も更けてしまっていた。

「――それでは、そのようにエルナンさんには伝えますね」
「ああ、よろしく頼む」

ヨシュアの言葉に、ユリアはそう答えてうなずいた。

「では僕達はホテルに帰りますね」
「シンジさん、ヨシュアさん、気を付けて下さい」

心配そうな顔をするクローゼに見送られてシンジとヨシュアは大聖堂の外に出る。

「どうやら、ヨシュアの勘違いだったみたいだったね」
「うん、余計な心配だったよ」

シンジとヨシュアは顔を見合わせると少し嬉しそうな笑みを浮かべた。

「それよりも帰りが遅くなっちゃったから、アスカとエステルにバレていないか怖くてたまらないよね」
「2人で頭を下げて嵐が過ぎ去るのを待つしかないよ」

そんな事を話しながらシンジとヨシュアはホテルへと戻ったが、幸いアスカとエステルは部屋から出ていないようだった。
しかし明日はエルナンに今夜大聖堂でクローゼ達に会った事を話さなければならない。
エルナンにフォローしてもらって、怒られるのは最小限に抑えてもらおうとシンジは思った。



<グランセルの街 遊撃士協会>

そして次の日の朝、シンジとヨシュアはエルナンにユリア達の話を報告した。
この話にエルナンは笑顔になったが、やはりアスカとエステルは不満たっぷりの表情へと変化する。

「どうして、あたし達に声を掛けてくれなかったの?」
「街を巡回している兵士達の目を逃れる必要があったから、2人だけで行ったんだ」

顔をふくれさせたエステルに対して、ヨシュアはそう言い訳をした。

「アタシ達が足手まといって事? そっか、クローゼに会うからアタシは邪魔だった訳ね」
「それは誤解だよ、僕達だって手紙の差出人が誰かなんて知らなかったし」

シンジがそう答えると、アスカは驚いた顔になって叫ぶ。

「何よそれ、アンタ達は敵か味方かも解らない、得体の知れない相手に会おうとしていたのに、アタシ達を置いて行ったの?」
「あたしとアスカも遊撃士なんだから、危険に巻き込まれる覚悟はできているのよ、それなのに……」

エステルはそうつぶやいて、悲しそうな顔になった。
笑顔が明るいエステルに暗い表情をさせてしまう事は、怒られるより胸が痛いとシンジとヨシュアは思った。

「さあ、私達はできるだけ早く救出作戦を実行しなければいけません、会議を始めましょう」

エルナンが冷静な口調で言うと、張りつめた雰囲気は和らいだ。
しかし改めてシンジは昨日の夜、アスカを連れていかなくて良かったと思い返した。
感激したクローゼに手を握られた所を見られたら、アスカが騒いで話し合いが遅れてしまっただろう。
ヤキモチを焼いてくれなかったらそれはそれで悲しい気もするが。

「他の支部の遊撃士に応援を頼めなくて困っていましたが、親衛隊の方に加え、妃殿下やアガットさん達が陽動班とかく乱班を引き受けてくれて助かりました。こう言っては聞こえが悪いですが、賞金首ですからね」
「奥で警備をしている兵士達も手柄を立てるために出て来ると言うわけね」

アスカは複雑な顔をしてつぶやいた。

「ティータさんの導力砲は足止めや陽動に向いていますし、重剣を軽々と振るうアガットさんは敵陣のかく乱にピッタリですね」
「なるほど、適材適所と言うわけですね」

エルナンの言葉に、ヨシュアは納得したようにうなずいた。

「さらに、人数的にも余裕が出たので陽動部隊を援護する迎撃班も組めますね」
「クローゼ達にかかる負担も軽くなるわけね」

続けてエルナンが告げると、アスカはホッとしてつぶやいた。
そしてエルナンはエステル達の意見も聞きながら、エルベ離宮へ突入する作戦を立案した。
まず王都やエルベ離宮から少し離れた場所で、陽動班が騒ぎを起こし兵士達を引きつける。
迎撃班も居るので、陽動班と合流すれば長く持ちこたえられるはずだ。
ある程度の人数が出払った所で、今度はかく乱班がエルベ離宮の入口を襲撃して警備を混乱させる。
その間に隠れていたエステル達がエルベ離宮の奥へ突入して人質達の安全を確保し、そのタイミングでアリシア女王がリシャール大佐に非があると声明を出すと言う作戦だった。
アリシア女王の声明が出れば、リシャール大佐に従っている兵士達からも大量の造反者がでるに違いないとエルナンは推測した。
リシャール大佐達は新設部隊が中心で、兵士達は心からリシャール大佐達の命令に服しているわけでは無かったのだ。
エステル達が作戦についての話し合いを終えた所で、シロハヤブサのジークが遊撃士協会へと飛んで来た。

「あっ、ジークだわ。クローゼの所から来たのかしら?」
「きっとそうだね」

アスカの言葉にシンジは同意した。

「これは渡りに船ですね」

エルナンは笑顔でそう言うと、ジークの脚に作戦の内容を書いた手紙をくくり付けた。
作戦の内容は大聖堂に居るクローゼ達だけでは無く、アリシア女王にも伝えなければ上手く行かない。

「ジーク、大変だろうけど、頑張ってね」

エステルが労いの言葉を掛けると、ジークは答える様に宙返りをして飛び去って行った。



<グランセル地方 ロマール池>

エルベ離宮を取り囲む、エルベ周遊道から枝分かれした小道に身を潜めたエステル達は、激しい雨が降り出すのを待っていた。
雨が降ると視界が悪くなるのだが、その分少人数で戦うエステル達にとっては有利になる。
戦いの火蓋を切るのは、ティータとクローゼ、親衛隊員2人で計4人の陽動班。
エルベ周遊道の小道の内の1つの先にある、ロマール池でキャンプを張っている戦略自衛隊の小隊を奇襲する事になっていた。
ユリア達親衛隊は、戦略自衛隊の配置について事前に調べていて、エルナンが陽動には王都から離れているロマール池が最適だと判断したのだ。
早朝から降り始めた雨が強くなって来た頃、テントの前に集まっている戦略自衛隊の隊員達に向かって、ティータの導力砲が撃ち込まれる!

「か、覚悟して下さい! ええ~いっ!」
「うわーっ!」

爆発が起こり、叫び声を挙げて吹っ飛ぶ戦略自衛隊員達、中には池に落ちてしまった者も居た。

「な、何が起こった!」

テントの中に居た小隊長が驚いて外に出ると、爆発で起こった煙の中からクローゼ達が姿を現した。

「て、敵の奇襲だと!?」
「もう遅いですよ」

隊員達が応戦しようとした時には、優雅に微笑むクローゼが、小隊長の喉元にレイピアを突き付けていた。

「さあ、お前達も大人しくしろ!」

リーダーを人質に取られてしまった戦略自衛隊員達は親衛隊員の命令に従い、武器を捨てた。

「だ、大丈夫ですか?」

池に落ちてしまった戦略自衛隊員を心配してティータが声を掛けた。
親衛隊員2人掛かりで引き上げて、クローゼ達は全員を捕らえることに成功した。

「ふう、とりあえず上手く行きましたね。ティータさん、導力通信機は使えそうですか?」
「はい、テントの奥にあったみたいで、装置に損傷はありませんでした」

ティータの返事を聞いたクローゼは、エルベ離宮にチャンネルを合わせ、マイクに向かってゆっくりと話し掛ける。

「私はクローディア・フォン・アウスレーゼ。ロマール池に居た部隊は私と親衛隊の皆さんで制圧しました。あなた達が愛国心からこのような行動に出てしまった事は分かりますが、直ちに人質を解放して投降して下さい」

クローゼはそう告げると、相手の返事を待たずに通信機の電源を切った。
これでエルベ離宮に居る部隊に混乱が広がるはずだ。
クローディア姫の姿や声は兵士達の間でもほとんど知られていない、知っているのは将軍クラスの幹部達だけだった。
だから通信機の声を聞いた相手は本物のクローディア姫の声なのか確信を持って判断を下す事ができないのだ。
王都に居る大部隊に連絡されると厄介な事になるが、それでもエルベ離宮に居る部隊に任せるだろうと思った。
逃げ出した親衛隊の人数は10人にも満たないと言う情報が流れていたからだ。
そして予想通り、ロマール池に新たな戦略自衛隊員達の小隊が姿を現した。
リシャール大佐が新設した戦略自衛隊は、リベール軍と違い年功序列を撤廃し成果主義を採っていた事もあり、親衛隊達の生き残りを殲滅し、クローディア姫を捕らえて手柄を立てようと躍起になっていた。

「やはり、投降しに来て下さったわけではなさそうですね」

戦う気満々で武器を構える戦略自衛隊員達を見て、クローゼは悲しそうにつぶやいた。
降伏勧告は圧倒的に弱い相手にしないと、敵対心を高めるだけだ。
そうだと解っていても、クローゼは同じ国を愛する者同士、どうして争わなければいけないのかと胸が痛んだ。
やって来た戦略自衛隊員達はクローゼ達よりも人数が多かった事もあり、すっかり油断していた。
そんな彼らの背後から、迎撃班であるユリア隊長率いる親衛隊員達が突然姿を現して襲いかかった!
前後から挟み撃ちになった戦略自衛隊員達は混乱してすっかり数の優位性を失ってしまった。
しかしユリア達を併せてもクローゼ達の方が人数が少ないので、互角の戦いだった。

「えいっ!」
「やあっ!」

敵がユリア達の方へ押し寄せれば、クローゼ達が背後を脅かし、逆に敵がクローゼ達に集中して反撃をすれば、ユリア達が盛り返す、一進一退の戦いが続いた。

「はあ、はあ……」

長期戦になると、ティータが息を切らし始めた。

「ティータさん、辛いのなら無理をなさらないで下さい」

クローゼが心配して声を掛けたが、ティータは汗だくになりながらも、笑顔で首を横に振る。

「私は負けたくないです、だって、アガットさんに会って褒めてもらいたいから……」
「そうですね、私も頑張らないと」

ティータの言葉を聞いて、クローゼは目を細めて遠くを見つめてそうつぶやいた。
そしてクローゼは気合を入れ直して凛とした表情となり、目の前の戦略自衛隊員達に立ち向かった。



<グランセル地方 エルベ離宮>

エルベ離宮の近くに隠れていたエステル達は、エルベ離宮に居る兵士達が動き出すのをじっと待っていた。
激しい雨が降り始めてからしばらく経つと、エルベ離宮の中が騒がしくなり、黒装束に身を包んだ戦略自衛隊員達がゾロゾロと出て来て、ロマール池の方角へと姿を消した。

「どうやら、クローゼ達は成功したみたいだね」

エステルは嬉しそうにそうつぶやいた。
しかし思ったよりも多くの戦略自衛隊員達が出て行ったので、エステル達は顔が青ざめた。

「心配ないよ、向こうにはユリアさん達も居るんだから」

ヨシュアは自分にも言い聞かせるようにエステル達に声を掛けた。

「そうだ、俺達があわてて失敗したら、あいつらの頑張りが無駄になっちまう」
「そうよね、アガットさんは愛するティータを側で守ってあげたいのをグッとこらえて居るのよね」
「ひっかかる言い方をしやがるじゃないか……」

アスカのつぶやきを聞いたアガットは、渋い顔でアスカをにらみつけた。
大事な作戦を前に、アスカも少し軽口を叩く余裕が生まれたのを見て、エステルとシンジも自分の心が落ち着くのを感じた。
ロマール池の方へと戦略自衛隊員達が姿を消してさらに時間が経過し、エルベ離宮で異変が起きても戻って来ないだろうと確信したタイミングで、アガット達かく乱班がエルベ離宮に向けて突撃する。

「うおおっ!」
「ゆ、遊撃士と親衛隊だと!?」

エルベ離宮に残ったのは、ほとんどがリベール王国軍の兵士達だった。
兵士達にとって遊撃士や親衛隊は味方だという意識が強かったので、リシャール大佐の指揮下に入った今でも、積極的に戦うのは戦略自衛隊員達の方で、兵士達は腰が引けていた。
アガット達にとっても戦いにくい相手ではあったが、今回は兵士達を痛める事が目的では無かったので、アガットは軍事訓練にでも臨むかのように手加減して攻撃を仕掛けた。
他にかく乱班に所属する3人の親衛隊員達も、華麗な剣技を使って兵士達を翻弄する。
エルベ離宮の正面に広がる庭に、剣戟の音が鳴り響いた。

「あんな重い剣を軽々と振り回すとは!」
「あれがウワサの重剣のアガットか!」

特にアガットは重剣を思い切り振りまわし、兵士達の注目を集めていた。
取り囲んだ兵士達は遠巻きにアガットを見つめるだけで、なかなか手出しができない。

「掛かって来ないなら、こっちから行くぜ! ドラゴンダーイブ!!」

飛び上がったアガットが兵士達の前に勢いをつけて着地すると、兵士達には、まるで地面全体が振動したように感じられた。
こんな威力の攻撃を食らってしまってはひとたまりもない。
さらに兵士達は守るべき国民を人質にするような戦いに、上官であるリシャール大佐の指示とは言え、命を懸ける覚悟が持てなかった。

「うわっ!」

戦意の低下した兵士達はアガットと剣を交える事無く逃げ惑い、エルベ離宮の正門近くの庭の混乱はさらに大きくなった。
そしてアガットに追いかけられ、持ち場を離れた兵士が出て来た所で、潜入班であるエステル達はエルベ離宮の建物の中へ入る事に成功した。
エルベ離宮の正面玄関には兵士達の姿は見当たらない。
アスカは安心してため息をついた後、ポツリとつぶやく。

「さて、ここまで来れたけど、この先の戦闘は避けられないわね」
「だけど他の部隊に知らされたら厄介だ、見つかったら相手は確実に仕留めて行こう」

そう告げるヨシュアの瞳が冷たい光を放ったように見えて、エステル達は身震いした。
しかしエステル達はヨシュアにその事を指摘する事ができなかった。
自分達は家族として、ヨシュアの正体が何者であっても受け入れると誓ったからだ。
ヨシュアが自分から話してくれるのを待つしかない。
雰囲気の変わったヨシュアを先頭に、エステル達はエルベ離宮の中を進んで行った。

「お、お前達は……うぐっ!?」

巡回中の兵士に遭遇すると、ヨシュアは俊敏な動きで接近し、兵士の動きを封じた。
それは普段のヨシュアに比べて輪を掛けて素早いものだった。
ヨシュアの活躍のおかげで順調にエルベ離宮の奥まで進められたエステル達だったが、素直に喜べずに複雑な表情で顔を見合わせる。

「あたし、ヨシュアにあんな冷たい眼をして欲しくない……」

エステルが悲しそうにつぶやいたその言葉は、アスカとシンジの胸に深く突き刺さった。
ヨシュアは抑揚の無い淡々とした口調でエステル達に指示をしながら、黙々と前を歩いて行く。
廊下の途中で通り掛かった部屋も、背後から不意を打たれては危ないので敵が潜んでいないか確認した。
そして通信室に居た戦略自衛隊員を倒して制圧すると、アスカは胸をなで下ろす。

「これで王都に連絡されなくて済みそうね」
「だけど、人質になった人達はどこにいるんだろう」
「今まで見た部屋には居なかったよね」
「きっと奥の大広間だと思う、この残っていた戦略自衛隊員が大事に鍵を守っていたようだから」

シンジとエステルの疑問に、ヨシュアは気絶させた戦略自衛隊員から手に入れた鍵を見せて答えた。
そして通信室を出たエステル達は、段々と奥の大広間に近づいているのを感じ、緊張感を増して行った。
激しい雨が屋根に叩きつける大きな音は、エステル達の足音と入口正面で戦うアガット達の声を消してくれている。
さらにエルベ離宮の中庭を取り囲むように伸びている廊下と、奥の大広間へ通じる廊下の間は、鍵の掛かった大きな扉で区切られていた。
大広間に居る見張り達が自分達に気が付いてない事を祈りながら、エステル達は大広間の入口に続く廊下への大扉の鍵を開け、足を踏み入れる。
廊下の先に立っていた、大広間を見張っている戦略自衛隊員達は無警戒だった。
ここへ入るための廊下の先にある扉は鍵が掛けられていて、その鍵は通信室に居た中隊長しかもっていなかったからだ。

「なんだ、貴様らは!?」
「侵入者だと!?」

戦略自衛隊員達は驚きの声を上げながらも、装備していたハルバードをエステル達に向けて戦闘態勢に入った。
行く手に立ち塞がるこの2人の戦略自衛隊員達を倒さなければ、人質となっている人達に危害が加えられるかもしれない。
そして何よりもエステル達が負ければ、リシャール大佐達は警備を固めてしまい、2度と人質救出のチャンスは訪れないだろう。

「くっ、なんて強い力なの……」

戦略自衛隊員とハルバードを交えたエステルは、武器のロッドを握っている自分の手に雷が落ちたかのような感覚を覚えた。
衝撃に耐えられずに武器を手放してしまいそうになるが、歯を食いしばってこらえてハルバードを弾き返す。
さすがリシャール大佐に見張りを任された精鋭、その実力はエステル達を圧倒する。

「エステル、危ない!」

やっと戦略自衛隊員の攻撃を凌いだエステルに、もう1人の戦略自衛隊員が波状攻撃を仕掛けるのを見て、アスカは叫び声を上げた。
エステルは顔を向けたが、体の動きは間に合いそうにない。
シンジもハルバードで斬り付けられ、肩から血を流して倒れるエステルの姿を想像してしまった。
だが戦略自衛隊員は何かを見て怯えたように動きを止めた。
その視線の先には、まるで人形のような冷たい瞳をしたヨシュアが立っている事にアスカとシンジは気が付いた。
ヨシュアがどんな事をしたか解らないが、2人の戦略自衛隊員達がヨシュアににらみつけられて動きを止めたように思えて、シンジとアスカはヨシュアを怖いと感じてしまった。

「隙あり!」

目の前に居る戦略自衛隊員が動きを止めて棒立ちになっているのを見て、エステルは攻撃を仕掛けた。
エステルの背後に居るヨシュアの表情は、エステルには見えていないようだった。
ヨシュアも素早い動きで、エステルに迫っていた別の戦略自衛隊員を斬りつける。
シンジとアスカもすかさず攻撃に加わり、エステル達は2人の戦略自衛隊員達を倒して気絶させる事に成功した。
戦いが終わった後には、ヨシュアの瞳は元に戻り、エステルと普通に会話をしていた。

「エステルはヨシュアがあんな能力を隠し持っている事を知っているのかしら?」
「もし知った上で家族として受け入れるって言っていたのなら、エステルとカシウスさんの包容力は凄いよね」

ヨシュアの豹変した姿を目撃してしまったアスカとシンジは勝利を素直に喜ぶ事が出来ずに、困った表情で顔を見合わせてため息をついたのだった。
拍手を送る
評価
ポイントを選んで「評価する」ボタンを押してください。

▼この作品の書き方はどうでしたか?(文法・文章評価)
1pt 2pt 3pt 4pt 5pt
▼物語(ストーリー)はどうでしたか?満足しましたか?(ストーリー評価)
1pt 2pt 3pt 4pt 5pt
  ※評価するにはログインしてください。
ついったーで読了宣言!
ついったー
― 感想を書く ―
⇒感想一覧を見る
※感想を書く場合はログインしてください。
▼良い点
▼悪い点
▼一言

1項目の入力から送信できます。
感想を書く場合の注意事項を必ずお読みください。


+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。