幕末から明治初期にかけて日本に滞在したイタリア系英国人写真師、フェリーチェ・ベアト。JR恵比寿駅近くの東京都写真美術館でいま、ベアトの作品展が開かれている。足を運ぶと、1枚のパノラマ写真が目にとまる。愛宕山から撮影した、1863年ごろの江戸の街並みだ。簡素で、整然としていて、とても美しい。
武家屋敷や寺、民家の瓦屋根がどこまでも続いている。空は高く、広い。モノクロ写真だが、瓦はきっと、カラスのぬれた羽のような漆黒だったろう。
この統一感は、どこか古いヨーロッパの都市を思わせる。中世の薫りが残るヨーロッパの街並みは、屋根の色が赤茶色なら赤茶色、黄色なら黄色と均一で、建物の高さもほぼ同じだ。それゆえ、私たちは美しいと感じる。150年前の日本の街並みもまた、同じように美しかった。
ベアトが見たような「日本」は、どこに消えてしまったのだろうか。
ヨーロッパやアメリカと肩を並べる国になろうとした日本は、遅れた文明を恥じるかのように、チョンマゲや着物とともに、都市の景観まで捨ててしまった。けばけばした看板もネオンもない、伝統的な日本の街並みは、もはや写真の中でしか見ることができない。愛宕山からのパノラマは、私たちがかつて確かに持っていた、街並みのつつましい美を示している。
伝統を保守する気持ちや、国を愛する心の根っこには、生まれた国の風土や景観の美しさを大事にしたい、という素朴な願いがある。だが、経済成長と生活の利便を追い求めることに熱中した日本は、この国のいったい何を大事にし、守っていけばいいのかを、見失ったように思う。自然を破壊し、街並みを醜くしたまま伝統固守を叫ぶことを、保守とは呼ばない。
毎日新聞 2012年3月23日 0時41分
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