蟲文庫

倉敷市本町。倉敷美観地区のメイン通りから一歩入った古い町並みのある通りです。そこに「蟲文庫」という古本屋さんがあります。

明治時代に建てられたという趣のある古民家に麻の暖簾が風にゆらゆら揺れています。 それに誘われるように店内に入ります。



少しひんやりとした清浄な空気が流れています。
およそ10坪の店内には文学、自然科学、社会科学の本を中心として様々なジャンルの本が整然とならんでいます。天井まである本棚に本がぎっしりとあるのに圧迫感がないのはオリジナルのバッグやしおりといった雑貨やさりげなく置かれた観葉植物、帳場の奥のガラス戸の向こうにみえる裏庭の景色や手作りの本棚に柔らかな照明のせいでしょうか。帳場には亀がいて、おまけに顕微鏡まであります。


田中美穂さん

実は店主の田中美穂さんは古本屋を営みながら苔の研究をしていて顕微鏡はそのためにあります。本業はあくまでも古本屋。ご自身の中で苔の研究は趣味で(2007年『苔とあるく』を出版)古本屋とは全く別のことだそうです。

田中さんは1994年21歳という若さで倉敷駅近くで手持ちの本500冊ほどで古本屋をはじめました。そして2000年に本町に移転。開店当初は古本だけでは棚が寂しく駄菓子を置いたり、営業に差し障りのない早朝や夜間にアルバイトに行くなど苦労もあったそうです。ですが数年前からご自身のやり方を確立し、店内で展覧会やライブを行ったり、『苔袋』という苔の観察セットを作って置いたりなど店づくりを楽しんでいます。「店は居心地がいいです」。と言われるように、田中さんの自分の好きなものに対する正直な気持ちが店に反映され結果的に人や本の輪に繋がっているような感じがしました。

古本屋をはじめたきっかけについてお尋ねすると、少し困ったようにごめんなさいというかんじで「別に、特にないんです」。とのこと。「勤めていた会社を辞めてこれからどうしようかな?」と考えていたとき「勤めるよりは自分でなにかしたい、と思ったときには古本屋をしてたんですね」。店の移転も今の場所が貸店舗になっているのをたまたま自転車に乗っている時にみつけ即決したそうです。

田中さんはまるで宿命のようになるべくして古本屋になり、本町という文化度が高く自由な空気のある場所へ来るべくして来たようです。

お客さんは観光客と地元の方が半々だそうです。
観光地ならではの良いところはとお尋ねすると「昼間でも、ぶらぶらと散歩している大人が多いこと」だそうです。「古本屋と思わずこのお店はなにかな?とふらっと気軽に入ることができるのも観光地ならではでしょうか」

今後の展望をお聞きすると「先々のことは分かりませんけれども、今の所どこかに引っ越そうとか考えていませんのでずっとこの場所で古本屋をしていけたら、と思っています」。
古い町並みに溶け込むこころの故郷のような古本屋さんでした。

2008・03・13 岡倉史果