第五話 : 「『機動営業』対『組織型営業』」

 98年の冬のことですが,私は翌年のビジネスインサイトのワークショップの企画を依頼されました。そこでそのころ話題になっていた「機動営業」対「組織型営業」として,田村先生,石井先生,それに私でパネルディスカッションをすることを考え,二人に持ちかけました。田村先生は「それはおもしろい」とすぐに賛成してくれましたが,石井先生が賛成してくれませんでしたので,この企画は実現しませんでした。石井先生は,こういう対決を好まないうえに,このメンバーでは話がかみ合わないと判断されたのでしょう。
 「機動営業」対「組織型営業」と言っても,マーケティング以外の分野を勉強された方は,分かりにくいので,説明しましょう。まず組織型営業というのは,前回に説明した私が提起し,石井先生も加わった流れで,営業活動のプロセス管理やチーム制のような組織的な改革を考えるものです。
 それに対し,機動営業とは,営業活動を機動的に展開する体制をつくることで,一見,組織型営業と似ていますが,その発想は異なります。もともと市場需要が読みづらい場合には現場に任せるアウトプット管理が適していますが,営業マンが短期的志向に走るために売上だけで管理できない場合にはアウトプット管理が使えず,プロセス管理が必要とされています。ところが現代の市場は,市場需要が不確実なうえに,短期的な売上よりも顧客満足が重要になっていますから,アウトプット管理もプロセス管理も適さないことになります。そこでこういう状況では,営業マンの価値観をコントロールしたうえで,現場の情報をうまく処理できるようにしてやることが重要だというのが,「機動営業」の主張です。なおこれはもともと「クラン(型営業)」と呼ばれれていたものです。
 組織型営業は,この「クラン」さえも機能しないのはなぜかとか,プロセス管理の適用範囲はもっと広いのではないかと考えるものですから,そのめざす方向は,大きく異なります。
 もしあのワークショップが実現していたら,その後の営業研究はどのように展開したのでしょうか。話がかみ合わず,平行線となったかもしれませんが,ひょっとしたら,別の視点が生まれたのかも知れません。惜しいチャンスを逃したと思っています。





      Katsuyoshi Takashima