トップページ > 柳田國男「先祖の話」

柳田國男『先祖の話』

◆新訂『先祖の話』平成20年8月刊行 石文社

 物質的に豊かになったといわれる現代の日本の社会ですが、年間三万人を超える自殺者を出したり、無差別殺人の話題が毎日のようにマスコミを賑わせたりと、精神面では終戦直後を凌ぐほど荒廃極まる状況に置かれています。

 今こそ日本人が伝えてきた「ご先祖様」という素晴らしい精神文化を振り返り、見直す時期に来ています。この『先祖の話』には、その大切さがしっかりと記されています。この度出版された新訂『先祖の話』は、まさに時宜にかなった良書と言えます。私は本の企画の段階から係わらせていただきましたが、出版にあたって、この名著を一人でも多くの人に読んでいただきたいと強く願う次第であります。


柳田國男『先祖の話』を読む会公式ホームページ
(バナーからリンクします。)

平成20年11月13日 下野新聞に掲載されました。


画像から詳細がご覧になれます。

11月13日下野新聞記事

平成20年9月19日 日本経済新聞に掲載されました。


画像から詳細がご覧になれます。

9月19日日本経済新聞記事

平成20年9月20日 下野新聞「雷鳴抄」に掲載されました。


画像から詳細がご覧になれます。

 

img0404.jpg

 

新訂『先祖の話』発刊によせて  平成20年10月 谷田部 修


日本の民俗学を確立し、代表作『遠野物語』などで知られる柳田國男が、終戦間際の昭和二十年五月、敗戦後の荒廃と混乱を予期し、「自国民にこれだけは伝えたい、残しておきたい」という切実な想いで書き上げたのがこの『先祖の話』という本です。
我々日本民族の先祖観の考察から、死生観・死後の他界観を展開する本書は、様々事例を取り上げながら、その習慣の意味と由来、変化を比較的簡明に解き明かし、宗教心意すなわち神道でも仏教でもない日本人の「固有信仰」を明らかにした、柳田民族学を代表する書で、発刊当時は日本人への「警世の書」、「遺書」とすら呼ばれました。
日本民族は元来、先祖を敬い、身近な存在としてお祀りを行いながら豊かな精神文化を養ってきた美しい伝統があります。毎日欠かさぬお仏壇への給仕や、お盆やお彼岸のお墓参りといった習慣は、かつてはどの家庭でもごく当たり前に見られていた光景です。
ところが、「ご先祖様を想い敬い大切にする」という日本人の固有信仰は今、近代化の影響によって、どちらかというと、なおざりにされているというのが現状だと思います。「草葉の陰で泣いている」、「ご先祖様に申し訳ない」という言葉は死語になりつつあり、「頂き物はまず仏壇に供える」、「ご飯の前にはチンをする」習慣を守っているという話も、今はあまり聞きません。こういった現象とどれくらい関係があるか、確証こそありませんが、物質的に豊かになったにもかかわらず、日本人の精神がいたるところで綻び、様々な社会問題が噴出している背景には、古来より日本人が養ってきた精神文化「固有信仰」を、どこかに置き忘れてしまったことに一因があるように思えます。柳田國男は『先祖の話』の自序にこう記しています。

歴史の経験といふものは、寧ろ失敗の側に於て印象の特に痛切なるものが多い。従って審かにその顛末を知るといふことが、愈々復古を不利不得策とするやうな推論を、誘導することにならぬとは限らない。しかし其為に強ひて現実に目を掩ひ、乃至は最初から之を見くびつてかゝり、たゞ外国の事例などに準拠せんとしたのが、一つとして成功して居ないことも、亦我々は体験して居るのである。今度といふ今度は十分に確実な、又しても反動の犠牲となつてしまはぬやうな、民族の自然と最もよく調和した、新たな社会組織が考え出されなければならぬ。それには或る期間の混乱も忍耐するの他は無いであらうが、さう謂つて居るうちにも、捜さずにはすまされない色々の参考資料が、消えたり散らばったりする虞れは有るのである。力微なりといへども我々の学問は、斯ういふ際にこそ出て大いに働くべきで、空しき詠嘆を以てこの貴重な過渡期を、見送って居ることは出来ないのである。
(筑摩版『先祖の話』自序2,3ページ)

現在の日本社会は、まさに敗戦に匹敵する過渡期に立たされています。毎年三万人を超える自殺者を出し、“誰でもよかった”という希薄な動機による無差別殺人が後を絶ちません。「心の教育」「生きる力」「人間力」の立て直しが急務とされています。それには、柳田が云うところの「民族の自然と最もよく調和した」進め方が得策ではないでしょうか。近年実施された意識調査でも、「初詣」と「お墓参り」は実施率が7割を超えています。現代でも日本人の固有信仰である「先祖を想う」気持ちはまだまだ廃れず残っています。亡き人と心を通じ合わせる豊かな感受性の養いは、健全な家庭教育の一環として見直す価値が十分にあります。
そんな折り、私が所属する同業者の勉強会において、柳田國男『先祖の話』を読み直そうという話になりました。ところが残念ながら『先祖の話』は現在絶版になっており、たとえ入手できたとしても先述の文章の通り旧漢字、当て字、旧仮名づかいが多く、なかなか容易に読むことができません。そこで名著『先祖の話』を誰でも読めるかたちで再版しようという機運が高まり、著作権継承者である柳田冨美子氏のご協力も得ながら会の代表である小畠宏允先生がリライトの中心となって、平成二十年八月に新訂『先祖の話』が出版される運びとなりました。
出版のご協力をさせていただいた関係で、手元に百冊を超える新訂『先祖の話』が届きました。出版にあたって、この名著を一人でも多くの人に読んでいただきたいという強い願いから、本の寄贈と読書会開催の趣旨を新聞社の方にお話したところ、日本経済新聞と下野新聞「雷鳴抄」に採り上げていただきました。
日本人の精神世界を描いた多数の著作のなかでも、民俗学の泰斗柳田國男『先祖の話』は、間違いなく第一級です。特に核家族に育ち、先祖参りの習慣に触れる機会が乏しい現代人には、是非とも読んでもらいたい一冊です。
本書が、栃木県民の健全なる精神の育成に寄与することを心から祈念し、この「発刊によせて」を締めくくらせていただきます。