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  強欲の迷宮 作者:ZのR
書き終わるまでに何度「なんでこうなった」と思ったかわからない件について(マテ

途中、急展開すぎてついていけないかも知れませんが、作者としては最後のシーンが書きたかっただけなんです。
初めての奴隷
 次の日の昼下がり、男は探索者ギルドの本部に居た。
 朝から迷宮に潜って魔石を取っていたのだが、換金と昼食のために地上へ戻りギルドへ赴くと出頭命令が出ていたのだ。
 相手はこの鉱山都市を支配する実質的な中心、つまり国に例えるなら王宮に匹敵する重要なモノだ。
 当然無視する事はできず戦々恐々としながらギルド本部の入り口をくぐった。

 案内された応接室に入ると中では初老の男が待っていた。
 探索者ギルド本部長。
 この鉱山都市を国とするなら国王とも言える存在だった。

 男――呼び出しされた側――が脂汗をにじませた。

「やあ、待っていたよ。
一応自己紹介させてもらおう。
ライル=ロドニー、探索者ギルドの責任者だ」

「……カイト。
昨日ギルドに登録させてもらったばかりの探索者だ」

 形式美と言うものであろうか、互いに相手の事は知っているだろうに自己紹介を行う。

「報告は受けているよ。
君はなかなかに有望な探索者らしいね」

 促されたカイトが向かいの椅子に座るのを待って、ロドニー本部長は口を開いた。
 対してカイトは腕を「W」の形にして肩をすくめる。

「世辞を聞かせに呼んだんなら、帰ってもいいか?」

 言外に「自分を本部へ呼んだ理由を聞かせろ」と言われ、ロドニー氏はやっと要件を話す事にしたようだ。

「……ここ最近、この街を中心とした地域全体に不作が続いている事は知っているね?」

「別にこの街には関係ないんじゃないのか?」

 鉱山都市の食料事情は外部からの輸入に頼っているが、魔石の輸送をした商隊が必需品を仕入れて戻ってくるため不足が出る事はあまりない。
 遠隔地との物資のやり取りができるおかげで、例え大飢饉が起きてもこの街が干上(ひあ)がる事はまずない。
 精々食料品の物価が上がる程度だが、元々探索者の稼ぎのほとんどは別のモノ(娯楽)に流れているためさしたる影響はない。
 探索者の落とす金で潤う各種商業もほぼ同様。
 ……のはずなのだが。

「食い詰めた周辺の町村はそうは行かない」

「ああ、そういう事か」

 特に色々仕入れた帰りに、野盗に落ちぶれた村人等にその商隊が襲われるらしい。
 資金的被害も人的被害も馬鹿にできないレベルとの事。
 しかも襲われるのは国境に程近い場所であり、周囲の国家に軍隊の派遣を依頼してもなかなか成果があがらない。

「そこでだ。
近々大規模な輸送を行う計画を進行させている」

 盗賊達が狙うのは国境近く、ならばその近くにアジトを構えている可能性が高い。
 そして過去の戦乱のおかげで国境、と言うよりもこの鉱山都市の周辺に他の町村は存在しない。

「なるほどな。
一度、一気に大量の物資を調達して無事に輸送できれば、あとは盗賊が干上がるのを待つわけか」

 その間各国家への魔石の輸出も止まるが、今まで盗賊を処理できなかった制裁と触れ回れば表立って非難を受けると言うこともないわけだ。
 しかしこの作戦には大きな問題がある。

「……その輸送を襲われるわけにはいかんのだ。
その輸送での物資を奪われれば、なすすべが無くなる」

「昔の戦乱の時のように、探索者を大量に雇用して討伐隊を編成すればいいんじゃないのか?」

「それはこの街に直接の被害が出ることが予想されていたからこそ取れた方法だ。
それに当時はまだ低層までの探索が多く、多額の報酬を用意してやれば飛びつくものも居たのだろう。
だが深層まで潜る事のできる現在の探索者は、数日とはいえ日数のかかる討伐よりも坑道で魔石を狩る方が儲かると思うものが多くてな。
その上今の時代、探索者の中にも人を殺すと言う事に躊躇する探索者も多い」

 モンスターと命がけの戦闘を行っても、倒されたモンスターの死体は刹那の間を持って消える。
 ゆえに魔石狩りは忌避感が低いが、盗賊討伐の場合相手は人間だ。
 食い詰めたとはいえ先に手を出してきたのは向こうなのだから同情の余地は無いが、やはり同じ人間を殺すには相応の覚悟をもたなければならない。

「だが商隊の護衛だけならば、相手を殺す必要が無いとなれば話は違ってくると言うわけだよ」

「それでも、もし商隊が襲われれば応戦する必要が出てくるだろう、護衛と言っても腕のいいのがつく必要が――」

 そこまで言うとやっとカイトは得心がいったように口を閉じる。

「これが本題だ、カイト君。
君に商隊の護衛をお願いしたい。
もちろん君だけではなく、他にも大勢探索者の護衛をつけるがね」

 ここでロドニー氏は一度言葉を止め、口調を改めて言った。

「私の予想では、君は人を殺した事があるはずだ。
それも事故ではなく明確な意志を持って、何人も。
あるいは何十人かも知れないが、ここではただの一人の探索者だ。
探索者ギルドは指名手配犯だろうと、この街で問題を起こさない限りは関知しない
そしてもし万一盗賊の襲撃を受けた場合、君のように人を殺せる覚悟を持ち、それなり以上の腕を持った人間が必要なんだ」

 この時代、傭兵などと言った職業はほぼない。
 国家間の争いは国境付近での小競り合いのみであったし、そもそも険悪な関係の国は大陸にはない。
 需要のあるところにはおのずと供給が生まれるものだが、逆に需要のなくなったモノというのは次第に廃れていくものだ。

 そんな世の中で人を、それも複数以上殺した経験のある人間はそう多くない。
 が、まったく居ないわけではない。
 現にこの街にはとある国で重犯罪を犯して逃げてきたものも居る。
(もっともこの街で食い扶持を稼ぐには探索者となって魔石をとる必要があるが)


 つまり、いきなり迷宮に挑んだ初日から好成績を出せる人間がいるとすれば、それは表の世界の人間ではないのではないか。
 ロドニー氏はそこまで考えた上でその人物、カイトを呼びだしたのだろう。

「一つ、質問をしたいのだが、正直に答えてくれないかね。
君にとって、『人間』と『モンスター』、どちらを殺す方が楽なのかね?」

「……コメントは拒否させてもらう。」

「実際のところ他の実力派探索者に打診もしたのだが、あまりいい返事をもらえなくてね。
なんとか引き受けてくれないかね?
……ああ、忘れていた。
報酬は君にとっても魅力的だと思うよ。
暫定的とは言え――Dランクの認定だ」

 ロドニー氏の言葉に、それまで無表情を貫いていたカイトの眉がピクリと動いた。
 Dランクとは、奴隷を買える最低ランクなのだ。

 最低ランクと言うだけあって、飼える人数が一人だったりと色々制限はあるが、それでも底辺の探索者達にとってみれば破格の報酬だ。
 おそらくロドニー氏は、昨日のカイトとおばちゃんの会話の内容の報告も受けていて、彼に引き受けさせやすい条件を持ち出したのだろう。

「もちろん『暫定的に』だからね、一定期間内に相応の成果を出せなければランクは剥奪させてもらう」

 ちなみに定期的にギルドへ登録の更新に来ない探索者は迷宮探索中に死亡したとみなされ、奴隷などを含む財産はギルドが回収する事になっている。
 ランクを剥奪された探索者も同じく、下位のランクに不分相の奴隷を所有していた場合は否応なく回収される。
 そして回収された奴隷は性病その他の検査が行われた後、問題がなければ売りに出され新たな主に買われる事となる。
 ランクを剥奪される条件はいくつかあり、認定されたランク相応の成果――換金した魔石の質・数――を出せない他、鉱山都市内で犯罪を犯したりギルドの意向に背いた場合も含まれる。


「ちなみに、ランク認定の他にそれなりの金額も支給するよ。
そしてこれらの事は護衛に志願してくれる他の探索者達にも通達済みだ」

 しかし、カイトはなかなか返事をしない、できない。
 護衛に参加する探索者の数は不明だが、それだけの人数が一度に奴隷を求めた場合足りないだろうと、昨日市場を見て回った時のことを思い出していたのだ。

 あぶれた者が出るのはほぼ確実、他の探索者達がランクを剥奪される頃になっても自分はランクを維持できる自信はあるが、回収されてまた売りに出される奴隷はどうなっている事か。

 昨日見て回った時、ほとんどの奴隷は一度以上買われた者だった。
 仕入れてくる商隊がたびたび襲われているのだからだろう。
 そして「主が何をしても許される」奴隷達の状態はひどいものだった。
 乳首や淫核にピアスをされているのはまだいい方で、卑猥な言葉を刺青されていたり、薬でも使われたのか廃人状態だったり、果ては四肢を切り落とされている者もいた。
 別に奴隷を玩具としてもてあそんだ主に対して怒りを抱いたりはしない。
 奴隷を買おうと思っている時点で自分も同じ穴のムジナだという自覚があるから。

 問題は自分があぶれた場合、ランクを剥奪されると分かっている探索者達が運良く買えた奴隷に何をするか……。
 最悪、野盗がどうにかなって流通が再開されるまで、奴隷の在庫が尽きたままの可能性がある。

 しかしその躊躇は意味のないものだった。
 探索者ギルドに目をつけられれば、国ですら傾きかねない。
 そして彼の目の前に居るのは、その探索者ギルドの最高権力者だ。

「……断る事も可能だがね、将来の事も考えた方がいいよ?」

 にこやかに言うが、その目は笑っていない。
 確かに断る事はできるのかもしれないが、特に輸送が失敗した場合、どれだけ成果を出してもランクを認定してもらえるのは無理かもしれない。

 つまりは、カイトが本部に呼ばれた時点でこの依頼を受ける羽目になる事はほぼ確定項だったと言う事だ。

「……わかった、引き受ける。
商隊の護衛として同行し、野盗の襲撃を受ければ殲滅してでも商隊を守る、それでいいな?」

「物分かりがよくて助かるよ。
ああ、盗賊の『数を減らし』てくれれば、その分追加報酬を支給させてもらうよ」

「それはいいんだが、こっちから条件を一つ追加したい」

「なんだい?私にできる事ならできる限り便宜を測かろうじゃないか」



――――――――――――――――


 数日後、大量の魔石を積んだ馬車の群れでできた大商隊は、とある国家の大都市の近くまで到着していた。

 そこには、各国の探索者ギルド支部が仕入れた、食料を始めとした大量の物資を積んだ同じ規模の商隊が待機している。
 一国から大量に買い占めると物価が急上昇して仕入れ価格が跳ね上がるため、数ヶ国から物資を仕入れて一ヶ所に集積してあったのだ。
 そして互いの商隊の商人達は馬車の荷物を確認し合い、馬車を交換する。
 大量の物資を集めたため、積み換えるととんでもない時間と労力が必要となるからだ。

 そして魔石を積んだ馬車はそれぞれの支部のある国へ進路を取り、物資を積んだ馬車は護衛の探索者達を伴って鉱山都市へ帰路をたどり始めた。


 ここまでは何事もなかった。
 途中監視されているような気配はあったが、中身は売る事しかできない魔石だとわかっていたのだろう。
 手を出してくる事はなかった。
 勝手に魔石を売ろうとすれば、探索者ギルドへ密告される事がわかっているのだ。
 魔石の密売がバレれば、探索者ギルドの報復を恐れた権力者達によって物理的に首が飛ぶ。

 そこまでのリスクをおかして魔石を手に入れようとする商人はおらず、逆に魔石を不法売買しようとする相手を密告して探索者ギルドの覚えをよくしようとするのだ。


 だから、狙われるのは帰り。
 商人達も探索者達もそれを重々承知しているから、自然と表情が引き締まっていた。

 その夜、夜営の準備が終わり交代で食事を採る頃になって、カイトはある馬車に探索者達が集まっているのに気付いた。
 その馬車が運んでいたのは――奴隷だ。
 物資の中で一番量が多いのは重要性の高い食料だ。
 しかし他のものも少なからず仕入れ、一緒に輸送する事になっていた。

 護衛として同行している探索者達は皆、最低ランクのFかその一つ上のE。
 まだ一度も奴隷を持った事のない者達ばかりだ。
 それもこの仕事が終われば――大半は『一時的に』だが――晴れてDランクに昇格し、奴隷を買って好きにできる。
 そんな期待を持った探索者達が品定めをするために集まっていた。

 一番人気なのは緩くウェーブのかかった金髪を腰まで伸ばした17くらいの少女だった。 他の――2〜3人しか居ないが――奴隷の少女達は絶望したように俯いているが、彼女だけは眼光きつくこちらを見返してくる。
 しかしよく見ればその目が若干潤んでいるのが分かった。

 ……鉱山都市は、よく人が訪れる街だ。
 探索者志望も、奴隷も。
 もっとも奴隷は「運ばれてくる」と言った方が適切だが。
 しかしその数に反して、街から出ていく人は圧倒的に少ない。
 商人や今回の護衛のように一時的に離れる事はあっても、他の街に移り住む者はほとんど居ない。
 鉱山都市の人口はほとんど変わらないのに、だ。
 それはつまり奴隷のほとんどが、鉱山都市でその短い生涯を終えると言う事を物語っている。
 探索者は常に一定以上の数が居るようだが、奴隷は食料などと同じように「補充」しなければ居なくなってしまうのだ。
 カイトが危惧したのはこの事実の事もある。
 そしてこの少女達も知っているのだろう、奴隷として鉱山都市へ運ばれる以上、どんな主に買われようとそう遠くない内に自分が死ぬ、殺されると言う事を。

 だから俯いている少女達の態度が正常で、涙目になりながらなおもこちらを睨んでくる彼女が特異なのだ。
 そして彼女は気付いていない。
 その自分の態度が探索者達の嗜虐心を刺激している事を。

「なかなかいいなコイツ」

「ああ。こういう気の強い奴をなぶるのが最高なんだよな」

「こういうのに限っていい声で啼きやがるしな」

「あー。こう、指の先から少しずつ『削って』やったらどんな素敵な悲鳴を聞かせてくれるのかな?」

「馬っ鹿おめー、いきなり手足切って芋虫みたいに這いずり回らせた方が絶対いい悲鳴あげるぜ」

「あの白磁のような肌に『精液袋』なんて刺青入れてやるのもよくないか?」

 などなど。
 およそ正気には耐えられない少女への妄想に、ついに彼女の心が折れた。
 ガタガタ震える自分の体を両手で強く抱きしめ、目からは大粒の涙をポロポロこぼしはじめる。

 男達の言葉は、単なる妄想ではない。
 このまま少女が鉱山都市へ運ばれれば、まず間違いなく今彼女を見る男のいずれかに買われ、言葉通りの事をされるのだろう。
 それはもう、奴隷として探索者ギルドに買われた彼女には変える事のできない確定された未来だ。

 気丈な少女の心を折った事で、探索者達のボルテージは下がるどころか最高潮に達した。
 そんな男達の興奮を鎮めたのは、カイトが商人に言ったセリフだった。

「そいつ、俺が買う」

「はい、かしこまりました。
ランクの確認のため、ギルドカードの提示をお願いします。
Dランクの所有奴隷0、確認いたしました
こちらの奴隷ですと、15万ルクスとなります」

 唖然とした他の探索者達を尻目に、カイトは大振りの晶貨――精製した魔石結晶の貨幣――を3枚取出して商人に渡す。
 間違いなく、その商人はこの商隊の最高責任者で、今この瞬間に取り引きは成立したのだった。


 カイトがギルド長に提示した条件、それは「出発直前にDランクの昇格を先に行ってもらう」と言うものだった。
 報酬の前払いに関して、カイトは「商隊に一切の被害を出さない」と確約している。
 もし万一商隊に野盗の襲撃によって被害がでれば、昇格はなかった事になり今買った奴隷は回収される。
 ゆえにまだ手を出す事はできないが、少女の所有権は確かにカイトに移ったのだ。
 彼女は泣くのをやめていたが、虚ろな目で自らの主を見ていた。
 もう彼女には、先程までの強気な態度は欠片もない。
 その瞳に宿った感情は、諦観。
 彼女の目には、カイトも他の探索者と同じに映っているのだろう。
 だから、何も変わらない。
 ただ、鉱山都市についてから決まるはずだった自分の主が今決まったと言うだけ。
 むしろその事で、より自分の命を諦めるに至ったのかもしれない。
 彼女のその思いが、間違っていたのか、それとも正しかったのか。
 それを知るのは、もう少し後になる。

「そういや名前も聞いてなかったな。
俺はカイト。お前は?」

 惚けたように自分を見るだけの彼女の様子に、

「『命令』されなきゃ、分からないか?」

 若干語気を強めて問う。
 その気迫に押されたのか、少女は怯えながら小さな声で呟いた。

「……フィリス」

「フィリスか。
よし、よろしくな」

 ようやく思考の回復してきた探索者達の嫉妬の視線を受け流しながら、彼女の主はそう言った。
 他の探索者達もカイトの持つギルドカードを見るが、確かにDランクを示している。
 この場で彼女を買う権利を持っているのはカイトだけなので誰も異議申し立てできなかった。

――――――――――――――――


 その後、カイトが襲撃してきた野盗をあっさり全滅させた過程の説明はいるだろうか?
 モンスターと同じように野盗の首を飛ばし、しかしかえり血を一切浴びず。
 カイトは約束通り商隊に被害を出さなかった。
 降伏する者は他の探索者に任せて拘束させ、逃走する者は容赦なく首を落とす。 鉱山都市の商隊を狙っていた全ての野盗を倒したわけではないが、大多数の構成員を失った彼らがこれ以上同じ事をするとも思えなかった。
 それに、計画通りに輸送を途切れさせた事によって、輸送を再開した頃には被害はまったくなくなったのであった。
 当初はカイトの受けた優遇措置に不平不満をのべていた探索者もいたが、その様子を見て口を閉ざした。

 そして商隊を無事に鉱山都市へ送り届けた夜。
 カイトは正式に自分の奴隷となったフィリスを自分の宿に連れ込んだ。
 護衛として商隊に同行する前から使っている部屋で、金を払ってそのままにしてもらっておいたのだ。
 もちろん鉱山都市の探索者用の宿なので、「そういう目的」にも利用されている。

 そして光源を消した部屋の中で今、フィリスはベッドに座ったカイトに向き合って立ち、自分が身にまとっていた布切れを床に落として全てを晒している。
 彼女は商隊が襲撃された時、野盗を殲滅していくカイトを見ていた。
 そしてあんな風に人を殺せる人に、自分は買われたのだと絶望した。

 その自分の主の機嫌を損ねれば、どんな目に合わされるか想像するだに恐ろしい。
 だから、「脱げ」と言われて一糸纏わぬ裸体を晒した。
 薄明かりの中、舐めるような視線を感じて羞恥に顔を朱に染める。

「……こい」

 ビクリと身体を震わせて、それでも抗うわけにもいかずに歩み寄る。
 抱き締められて、そのままベッドに押し倒された。
 カイトにのしかかられ、目を閉じ――


 それ以上何もしてこない事にいぶかしみ、薄く目を開けた。
 眼前にあったのはカイトの顔。
 彼は目を閉じ穏やかに息をしていて。
 そう、緊張と羞恥で顔を真っ赤に染めた少女を抱き締めたまま寝入っていた。

 振りほどこうにもガッチリ掴まれていて身動き一つ取れない。
 無理に剥がせば、起こしてしまうかもしれないので躊躇してしまう。
 そして冷静になってくると、宿のあちこちから、軋む音と女の悲鳴にも似た声が聞こえてくる事に気付いた。
 他の部屋で行われている事を理解し、再び顔に血が上ってくる。
 結局彼女は別の意味で朝まで寝かせてもらえなかったのであった。


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