若手画家を支援し、具象絵画の可能性を開くことを目的にした第4回絹谷幸二賞(毎日新聞社主催、三井物産協賛)は、後藤靖香さん(30)に決まった。奨励賞には指田菜穂子さん(28)が選ばれた。贈呈式は16日、東京都千代田区の如水会館で行われる。
◆絹谷幸二賞
国立国際美術館でのグループ展「絵画の庭」への出品(2010年)やVOCA奨励賞(11年)など、活躍が目立つ。
04年の京都精華大卒業後、若き日の祖父や大叔父にとっての戦争というテーマを、劇画調で描くようになった。
若い女性が戦争を描く意外性から「ずっと続けるのか」「他のものは描かないのか」と問われることも。しかし自身は「テーマは変わる時が来れば変わるんだろうなあと思っていました」。
その「時」となったのが、授賞対象の展覧会「床書キ原寸」の舞台、名村造船所跡地(大阪市住之江区)との出合いだ。1970年ごろまで稼働していた造船所跡地を見学し、床に船の設計図が残る「原図場」に足を踏み入れた時、そこで懸命に働く男たちの姿が見える気がしたという。
操業中の造船所の見学や、原図場の元職人への取材もした。高度経済成長期という時代を意識したことはなかったが、話を聞き調べるうちに「どんな時代も、普通に仕事をする普通の人たちが支えているのだ」と感じ、素描を重ねたという。
最終的には、幅20メートル、奥行き60メートルという大空間の中央付近に、縦2・1メートル、横9メートルの大作2点を設置するシンプルな展示となった。画用紙を山積みにするなどの方法も考えたが、「空間を埋めるより、場所を感じつつきちんと絵を見てもらえる方法にしようと決めました」と振り返る。
23日から第一生命南ギャラリー(東京・有楽町)で開く新作展は、「床書キ原寸」での経験が生きたものになりそうだ。「今後も人間賛歌を描いていきたい」【手塚さや香】
◆奨励賞
「候補に挙げていただいたからには本賞を狙っていたので、残念です」。ありがちな「喜びの声」にしない姿勢が、絵にかける情熱の深さを感じさせる。
昨秋、東京・西村画廊の個展で発表したのは、「絵画で百科事典をつくる」というテーマに基づく新作11点。旅や夢、酒などシンプルな言葉から、古今東西の文学・美術、現代世相の多彩なモチーフを紡ぎ出し、画面上でつなぎ合わせた。
一見、若手に多いポップな細密画だ。しかし、言葉の意味や背景を徹底的に調べ、入念な構図をつくっており、見るほどに奥深い意味が表れる。寓意(ぐうい)が込められたブリューゲルの絵画的世界。「好きなものを描いているとは言われたくない。社会と関係できる、普遍的な世界を目指しました」と語る。大学院で専攻した表象文化論の研究成果も生かし、構図や色に工夫を凝らした。
美術系学校を出ていない異色の経歴。高校時代からコラージュを制作し、一時は芸大を志したが、独学の道を選んだ。頭に浮かんだ言葉やそこから派生するイメージを書きとめるメモ帳は手放せない。これからも、周囲の動向に流されず、信じる道を突き進む。【岸桂子】
■選考経過
45人に推薦依頼を発送、22人から回答を得た。候補者として推薦されたのは、22~35歳の男女21人(うち1人は2人から推薦)。北海道から沖縄在住者までがそろった。
候補者にポートフォリオ(経歴や作品写真をまとめたファイル)を送ってもらい、事務局が選考委員3氏に発送。選考委員はそれらを精査し、展覧会などで鑑賞可能な作品については、足を運んで実物に接した。
1月中旬の1次選考は、各委員が数を限定せずに意中の作家を挙げることから開始。その後、全員の作品について論議を重ねた。「意欲的な試みの有無」などの視点で絞り込み、石井、樫木、鹿野、黒崎、後藤、指田、箱嶋が2次選考へ。このうち実作品を見られなかった候補者については、在籍する大学院や所属画廊を委員が訪問。昨年発表された作品の一部を鑑賞した。
2月初旬の2次選考では、最初に各委員が評価する2、3人を提示。オリジナリティーなどの見地から最終的に樫木、後藤、指田が残った。その後は、全員が推した後藤と、第1、2回でも2次選考に残り、作品の完成度が高い樫木についての討論が長く続いた。
最終的に基準となったのは、絹谷幸二賞のメッセージ性だった。他の賞との差別化や、具象絵画の可能性を探るという目的を踏まえ、「選に漏れた人にも勇気を与える賞に」との意見で一致。強烈な個性の絵画を描き続ける後藤が競り勝った。近年の若手に多い私小説的絵画とは異なる画風を貫く指田が、奨励賞に決まった。(敬称略)
◆推薦された人たち
Hyon Gyon、會田千夏、石井友人、奥谷太一、樫木知子、金子富之、鹿野震一郎、菊谷達史、黒崎香織、後藤靖香、小橋陽介、小林孝一郎、指田菜穂子、設楽陸、中岡真珠美、箱嶋泰美、村山春菜、山川さやか、由井武人、吉永有里、和田典子
◆回答を寄せた推薦者
尾崎信一郎、翁長直樹、加藤義夫、鎌田享、岸桂子、木ノ下智恵子、竹口浩司、手塚さや香、名古屋覚、野地耕一郎、林洋子、土方明司、福住廉、藤田一人、松井みどり、松本透、村田真、本江邦夫、森本悟郎、山口裕美、山本淳夫、和田浩一(いずれも50音順、敬称略)
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■絹谷幸二賞
日本を代表する画家の一人で日本芸術院会員の絹谷幸二さんが2008年、「若い世代を応援したい」と賞創設を毎日新聞社に呼びかけ、創設。絹谷さんは1974年、具象絵画の登竜門であった安井賞(96年度の第40回で終了)を31歳で受賞。画家として生きる自信を得たという体験がある。創作の傍ら、東京芸術大などで後進の指導にも力を注いできた。現在は大阪芸術大教授を務める。
賞の対象は35歳以下の画家。国内で前年に開催された展覧会への、具象的傾向の出品絵画を選考する。毎日新聞社が全国の美術館学芸員や美術評論家、ジャーナリストに推薦を依頼。回答をもとに、3人の選考委員が2度の審査を経て決定した。賞金は本賞100万円、奨励賞50万円。
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■人物略歴
1982年、広島県生まれ。夫と京都から広島県北広島町に移住し、制作に打ち込む。
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■人物略歴
1983年、埼玉県生まれ。早稲田大政治経済学部卒、東大大学院修了。同県所沢市在住。
毎日新聞 2012年3月15日 東京朝刊