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閑話02 極上赤身肉(ディルナン視点)
流石に子供を抱えたまま魔獣の解体は出来ないので、亜空間にしまっていた野宿用ハンモックを木と木の間に掛け、ブランケットで子供を包み込んでから乗せる。そうでないと網目から手足が落っこちそうだった。その上で結界を張った。これで子供の獣除けになるし、血の匂いも遮れる。
職場にいる一番下っ端の、成人したばかりの新人ガキにさえこんな風に気を使った事はほぼ無い。
すーすーと静かな寝息をたてて眠る子供は可愛らしい。これもヤツでは絶対思わない。



リザイルの血抜きが粗方終わった所で、開けた場所で麻の厚いシートを広げ、一頭を木から下ろして解体していく。
皮は加工して装飾品になる。
爪や牙は武器に。
肉と筋は言わずもがな食用。
骨はスープに使える。
内臓は肝臓以外は生臭さと苦味が強すぎて食えないから捨てる。
必要最小限に解体して、亜空間に収納した。亜空間は次元が違うから肉が傷む心配がない。後の加工は城の厨房に戻ってからでいい。

終わってみれば、月が大分移動していた。後二刻もすれば、夜が明けるだろう。
要らなくなったシートと食えない内臓や不要な部位をまとめて魔術で燃やし尽くし、手と包丁を魔術で洗浄する。
一仕事終えた所でとりあえず水辺を探り、大体の位置を確認した。
水辺の方が色々するのに好都合だ。子供を連れて移動してから一休みするか。






一眠りすると、夜明けだった。
周囲にがっつり強力な結界を張って念入りに獣除けをしたお陰で、魔獣は近付きもしなかったらしい。自分一人じゃ絶対にこんな事はやらん。
隣の子供を見ると、安らかに眠っている。
明るい中で見ると、整った顔立ちの実に可愛らしい子供だった。それだけに、痩せ細った体が痛々しくて堪らない。
しっかり食わせてやらんとと決意を新たに、身支度に動く。

この子供は何が好きだろうか。
この細さじゃ、しばらくまともに食ってないかもしれん。この森で幼い子供が採って食べられる物は限りなく少ない。一見して毒と分かりにくい物も少なくない。よく無事だったものだ。
食わせるなら、温かくて軽い食事で、子供用に薄味に仕立てた物がいいか?
いや、この森ならではの、食べてないであろう甘い果物もいい。

よく眠っているから、まだ暫くは目覚めそうもないし、色々準備する時間はある。
明るくなったから、草食獣しか出ないだろうし、今の時間帯にこの結界に入れる魔獣はいない。
さっさと用意してやろう。






拠点の湖から然程離れずに植物系の食材を収穫した。
木の上にしか実らない甘いニャーダという果物。
雑炊にするのに使うシル麦。
色々使い勝手のいい野生のタシ芋とベルモンの根。
野生のハーブもあった。
調理に使う薪用の枯木もわすれちゃなんねぇ。
これだけあれば、そこそこの食事を作ってやれる。



子供の元に戻ると、側を離れた時と変わらずよく眠っていた。

恐る恐る頬をつついてみるが、起きる気配がない。
子供の頬はすべすべでふっくらしていて、発酵させたパン生地のようだった。今は痩せてしまっているから、本当はもっちり柔らかい頬だろうと思うが。
…やっぱり可愛いすぎだろ。何だこの生き物。全部が小さくて、ふにゃふにゃで、やたら温かい。見てるだけで癒される。成人してからずっと北の魔王城で働いてた為、子供と関わる事が殆ど無かったが、城の周りの集落で見る子供至上主義も納得だ。
オレの腕に縒をかけて美味い飯を用意してやろう。



始めに、簡易の竈を組み立て、火を入れた。これがなきゃ料理は出来ん。

小さいリザイルの骨を一本出し、よく洗ってから包丁の柄で叩いて鍋に入る大きさに折る。
水から煮出し、沸いた火から遠くして灰汁を取り、採ってきたハーブと塩胡椒で下味つけ、を小まめに灰汁を取りながら煮込めばそれなりのスープが出来る。

とりあえず目が覚めたら果物食わせて、次にスープ飲ませて、最後にシル麦のリゾットでも食わそう。
そうと決まれば、シル麦を水に漬けて柔らかくしないとマズイ。






…起きねぇけど、大丈夫だよな?
だが、こんな気持ち良さそうに寝てるのを無理に起こすのは気が引ける。

朝と昼を兼ねてニャーダをいくつか食った。よく熟していて甘い。
実がデカイから、子供には一個でも食い出があるはずだ。

スープも順調だし、腹が空けば起きるだろ。


スープが大分濃厚になったため、さっさとリゾットの作成に入る。
布で濾し、ボウルに入ったスープはきれいな乳白色だった。
竈の中に出汁に使った骨とハーブを放り込み、火の魔術で水気を飛ばしてから枯木を足す。

火が安定するまでの間に鍋を軽く洗い、小さなまな板でタシ芋とベルモンの根を少量みじん切りにした。
鍋にリザイルの脂を少量入れて火に掛けて溶かし、鍋が温まった所にまな板の上の刻み野菜を入れて水気の艶が出るまで炒め、そこにボウルのスープを戻す。
野菜に火が通るまでに、今度は洗って水に漬けて戻しておいたシル麦の要らない水を切り、鍋に入れた。これで、柔らかくなるまで煮ればほぼ完成と言える。



ぐー



…ん?何の音だ??
周りをざっと見回すが、怪しい物は無い。

鍋に意識を戻し、シル麦が煮えた所で塩・胡椒で薄めに味付け、味を確かめる。
野外料理にしちゃ上等だな。



ぐぎゅる〜



さっきよりも、はっきりとした音。
発生源は、眠る子供。

「………」

試しに、スープを少し乗せたお玉を子供に近付けてみる。



ぎゅるぎゅるぎゅるり〜



「くくくっ。チビ助、起きろ。腹の虫が飯食えって催促してるぞ」

「ごはん…」

見事な反応を見せる子供の腹の虫に、笑みを噛み殺しながら声を掛けると、飯に反応して目を覚ました。もぞもぞ起き上がる。

「ちっこい体にすげぇ腹の虫飼ってるな。飯の準備してる間中鳴いてたぜ?」

寝起きでぽやぽやしてる所に再び声を掛けると、キョトンと見上げてきた。
肩口までの柔らかい亜麻色の髪と、珍しい紫色の、零れ落ちそうな大きな瞳。
目覚めると、可愛らしいさが倍増した。そんじょそこらの小動物なんざ目じゃ無い。

「…おじちゃん、誰?」

しかし、可愛らしい小さい口から出てきた、高い甘やかな子供の声が紡いだ単語は全く可愛いくない。
オレはまだ独身で、やたら歳も食って無いはずだ!

「”おじちゃん”言うな。お兄様と呼べ。飯やらんぞ」
「おにいちゃま」

悔しくて、盛っていた飯をちらつかせて訂正させると、飯に視線釘付けで即刻訂正した。…子供は本能に素直だ。

「子供は素直が一番だな。熱いから気を付けて食えよ」

リゾットを盛った木の器を、小さい口でも食べやすいようにティースプーンと渡してやった。
ふーふーと息を吹き掛けて冷ますだけで、毒を全く疑いもせず一口食べると、しばし味の余韻に浸る子供。
次の瞬間、小さな手を一生懸命動かし、リゾットを食べていく。
暫くして、子供の瞳に涙が浮かんだと思ったら、ひぐえぐ嗚咽をこぼし始めた。それでも食べようとするが、進まない。
予想通り、久方ぶりの温かい食事だったんだろう。
綺麗なタオルを出し、子供の顔に当てて涙を拭い、ついでに鼻もかませた。
幾分ましになったらしく嗚咽は残っていたが、あぐあぐと食べ始める姿に思わず頭を撫でていた。
本当にどこもかしこも小さい。



最後の一粒、スープの一滴まで残さず食べ終えたらしい。

「もっと食うか?」

完食した姿に、声を掛けると、子供がふるふると勢い良く首を横に振る。

「もーいいの。ごちそうさまー」

木の器半分程度しか食べない子供に、思わず眉間にしわが寄る

「子供が遠慮してんじゃねぇぞ」
「もうお腹一杯なのー。入んない」

もっと食えと言おうとしたが、己の腹を抱え、ぽこぽんと叩いて鳴らして満腹を伝えてくる。はふぅ…と満足そうな吐息まで吐かれてしまった。
…飢えが長くて、胃が縮んでるかもしれん。
それにしても子供の腹って、こんなにパンパンになるのか。

「…いい腹してんな」
「お腹ぱんぱんだよー。ありがとー、おにいちゃま」

思わず感想を洩らすと、にぱっと笑顔を向けられた。
幼い子供の可愛い笑顔の攻撃力は半端無いと思い知らされた。






「飯食って落ち着いた所で、自己紹介するか」

鍋に残っていたリゾットを、鍋のままお玉で片付けると、話しを切り出した。
子供一人の状況は本来あり得ない。可能なら、送り届け様と思ったのだ。

ほとんど真上を見る状態で顔を合わせて話しを聞こうとする子供はまじ天使じゃねぇかと思う。

「オレはディルナン。北の魔王城の調理部隊の隊長をしている。歳は325歳だ。此処には肉を狩りに来た」

まずオレ自身の事を話してみると、コテンと首を傾げた。身分にここまで反応が無いのは初めてだ。かなり良い身分の筈なんだが。女ならまず目の色変えるし、男でも何かしらの恩恵に預かろうとする輩も少なくない。
何で、と言わんばかりの反応に、説明を加える。

「お前のお陰で大猟だ。
お前が食われかけてた魔獣…リザイルって言うんだが、美味いが此処にしかいない希少種でな。
さっきの飯も、リザイルの骨とシル麦で作ったヤツ」

説明を聞き、美味かったと目を輝かせる子供に料理人として悪い気がするはずがない。

「で、お前は?」

一段落した所で、用件を切り出してみる。

「んとね、名前は…多分、ユーリ」
「”多分”って何だ」

少し戸惑って名乗る子供に、思わず問い返す。

「ボクの腕のコレにね、書いてあるの。”ユーリ”って」

コレ…と見せられた金のブレスレットには、たしかに子供の名前であろう”ユーリ”という文字が刻まれていた。
貴族の子供に与えられる、守護の魔術が込められた守護輪という魔具。
しかし、それを見て名乗る曖昧さに、嫌な疑念が浮かんできた。

「…お前、歳は?」

試しに、簡単な問いをしてみると、項垂れてしまう。

「……分かんない。気付いたら此処で、凄くお腹が空いてて、暗くなったら追っかけられた」

どう考えても、これは記憶喪失だろ。
こんな小さな子供を『深遠の森』に連れ込む様な事件があったのか。東側は貴族の御家騒動が少なくないからな。
更に庇護者は襲われるかして、ユーリしか逃げられなかったとも考えられる。
散々追い詰められた幼子のショックは計り知れない。

「分かった。無理して思い出そうとしなくていい。もう日も暮れるし、ガキは寝ちまえ」

話してる内に眠そうな目になっていた。これ以上を聞き出すのさ酷だろう。
まんまるい頭をグリグリ撫でて寝るように促す。

「でも、また怖いの来るよ?」

それでも、必死に起きていようとするユーリは、昨日の恐怖が取れないのだろう。

「オレがいるだろ。そんじょそこらの魔獣じゃオレの相手じゃねえ。」
「おにいちゃま、寝れないの?」

安心出来る様に、一人じゃないと言い聞かせると、ユーリはオレを心配してくれた様だった。どこまでいい子なんだ。
そして、幼さ故に舌足らずな喋り方だが、この子供はきちんとオレの言葉を理解している聡明な子供だ。

「ガキじゃねぇんだ。五日ぐらい起きてても問題ねぇぞ。
眠いんだろ。怖いなら此処で寝てろ」

小さな体を持ち上げて、胡座かいた膝の上に抱き上げてやり、ブランケットで包む。
昔を思い出して背中をトントンと優しく叩いて安心させると、あっと言う間に眠り始めた。

「しっかり寝てデカくなれよ」

抱き上げたまま火を絶やさない様にし、忘れていた調理器具と食器の類を魔術で洗浄して、ゆっくりとした夜の時間をすごすことになった。





ユーリを抱えて簡単に準備出来る朝食を、夜明けと共に作り始める。



くう



朝飯の匂いにやはり反応するユーリの腹の虫に、笑いが零れた。

「今日も腹の虫は絶好調だな、ユーリ。朝飯出来るから、起きて準備しろ」
「ごはん!」

”飯”という単語はまるで人間の魔法の呪文の様にユーリに効くらしい。飛び起きるユーリからブランケットを外し、タオルを持たせる。

「あんま離れるんじゃねぇぞ。」
「あい」

注意を言い渡せば、手を挙げて返事をする。ユーリは今日も朝から可愛らしさ全開だった。
身支度に小さな体がとてとて駆けていく。

五分程度で戻ってくると、すぐ隣に来てタオルを返してきた。
ユーリの興味がすぐに飯に向かう。
キラキラ輝く瞳は最強だろう。思わず餌付けしたくなる。事実、朝飯の串焼きのリザイルをすぐ渡してしまった。

「おにいちゃま、このお肉…」
「おー、リザイルだぞ」

好奇心旺盛で、作った飯を実に美味そうに食べるユーリに、骨抜きになりそうだった。
本来の設定上の性格はクールだったはずのディルナンさん(笑)
主人公に出会って、あまりの小ささに庇護欲が働いたのが運の尽き。主人公を初めて出会った小動物として捉えているので、様々な勘違い発生中。主人公の中身はそんな純真な子供じゃないぜ…と書いてる作者がツッコミ入れてます。


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