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少しだけ残酷な描写があります。苦手な方はご注意下さい。

読みに来てくださった方に心よりお礼申し上げます。
閑話01 遭遇(ディルナン視点)
仕事の目処が立ち、仲間に後を任せて久方ぶりに来た日暮れ前の『深遠の森』は、相変わらずだった。





魔素…自然が放つ魔力が他の大陸よりも格段に多いこの魔大陸。だが、大きさは人の住む中央大陸の1/3程度。
それ故に昔は中央大陸の罪人とされた者の流刑地であり、魔素に耐性のない人間は早々に死んだ地獄の地。

細々と命を繋がれた者達が生き延びる為に魔素を受け入れ、今では魔族という魔術をごく自然に操る只の人間とは異なる種族へと進化した。受け入れた強すぎる魔力のせいか出生率はとても低く、代わりに、500〜800年という長い時を生きるのが特徴。魔力が強ければ強い程更なる長寿で、容姿も整った存在になる。
魔大陸は、東西南北の地に分けられ、それぞれの地で最強の存在が魔王として代表を勤めてる。



オレは北の魔王であるカイユ様に仕える者。名はディルナン。北の魔王城の調理部隊隊長だ。
家名はあるにはあるが、北の魔王城は完全実力主義で家名は名乗らないし、必要としない。
騎士だろうが、コックだろうが、医者だろうが、掃除夫だろうが、全員がどんな手段であっても戦えて当たり前、少数精鋭を地で行く。
無能はそもそも採用されないし、付いて行けなくなる職場だ。






この『深遠の森』は北と東の領地の間にある。魔大陸の中でも異様に魔素が多く、独自の生態系が成り立っている。此処にしかいない生物も複数確認されているが、詳細は不明だ。
何故なら他の地域よりも弱肉強食が激しく、森の奥にいる強者に属する魔獣はそこらの魔族では餌になる程に危険な場所だった。
そんな場所に好き好んで近付く者はほとんどおらず、いつの間にか『深遠の森』なんて名がつけられたが、此処の魔獣は味が良い。いつもは城下周辺の集落が狩った魔獣や家畜を仕入れて料理に使うが、調理部隊の上位メンバーが順番で時々狩りに来る。
今回はオレの番だった。





奥へと歩きながら、魔力を抑えて獲物を探す。そうしなければ、魔獣は警戒し、逃げて見付からない。オレは上位魔族であり、そうでもなければこんな場所にそもそも来ない。肉食獣は基本的に夜行性。暗くなり始めた今、行動を開始している。逆に草食獣は塒で隠れて身を守る。魔術の使える強い草食獣しか出ていない。
狙うのは、肉食、草食問わずに大物。
城の人数分、しかも肉体労働の多い男達が食えるだけの肉が要るのに、ちまちま小物を狩るのは面倒この上ない。
周囲の気配を探りつつ、目でも確認していく。



「小せぇのばっかだな」

歩き始めて四半刻、めぼしい獲物に出会えず、思わず呟いた。

こればっかりは運だと分かってはいるが、前回の狩り当番だった副隊長のシュナスが大物を持ち帰っている。ヤツに負けるのはやっぱり悔しい。



「−−−」



少し離れた場所で、何やら激しく枝を折る音と、微かな鳴き声の様な音が耳に届いた。恐らく、肉食獣、それも大物が狩りを始めたのだろう。

「行ってみるか」

やってきたチャンスに、音のする方へと走り出す。
スピードに乗りながら、腰から自分の相棒とも言える戦闘包丁二本を抜き出した。

鍛冶部隊に頼んで作ってもらった特注品。使い慣れた大振りの牛刀を他の武器と対等に戦える様に特殊金属を原料に、二本とも左右兼用で仕立ててもらった。
切れ味は抜群だし、狩りの後、そのまま解体も出来るから、調理部隊は包丁タイプの武器を扱う者が多い。形は人それぞれで千差万別。
パワータイプは万能包丁を好むし、スピードタイプは細身で切れ味重視の包丁を好む傾向がある。
同様に、仕事着であるコック服も、特殊な厚い生地で作られた支給品だ。耐火性、撥水性にすぐれ、物理的ダメージでも痛みにくく、魔術耐性に特化している。下手なアーマーよりも防御に優れているという規格外な仕事着だ。






徐々に音に近付くと、木々の隙間から獲物が見えた。
竜タイプの大物、リザイル。弱肉強食の上位に立つ肉食獣だった。この森でのみ生息し、頭数は少ない希少種。肉質は筋肉が多く、赤身ばかりだが他の魔獣と違って絶妙なサシが入って柔らかい。願ってもいない大物だった。



「〜〜〜っ!」



いざ狩ろうとしたその時、反対側から声が出てないが、間違いなく悲鳴じみた音がした。
反射的に見れば、もう一頭のリザイルに追われた子供が、足を縺れさせて倒れかけていた。

何でこんな小さな子供が一人でここにいる!?

これには流石のオレも慌てた。咄嗟に子供に結界を張ると同時に飛び出し、先手を取る。
竜タイプのリザイルの弱点は、喉元の、鱗に覆われていない部位か目のみ。肉に拘らなければ、魔術で丸焼きにするが。

最初に獲物と定めたリザイルへと迷わず間合いを詰め、爪と牙を左手の包丁で払いつつ、右手の包丁で喉元を一気に切り裂いて元の位置に戻る。
それと同時に傷から血が一気に吹き出し、リザイルが倒れた。

もう一頭へ視線を移すと、結界に覆われた子供をどうにか食おうと結界に牙を突き立てるが、弾かれていた。こちらに注意はほとんど向かっていない。

それを いい事に、気配を完全に殺して後ろに素早く回り込み、そこから一気に間合いを詰めて喉元を切り裂いた。





思わぬ大物を二頭も仕留めた。これだけあれば、足りない事は無いだろう。
切り裂いた傷口から血抜きをする為に丈夫な木に逆さ吊りにしてから手を拭き、結界で守っていた子供を抱き上げる。
どう見ても、親の庇護が必要な幼子。その体はひどく痩せ細っていた。獲物を得た今、魔力を抑える必要は無く、解放して子供の庇護者の気配を探すが、近く所か森全体に魔族の気配はない。

出生率が低い魔族にとって、子供は貴重な存在。誕生を大いに祝い、成人する100歳まで親は勿論、集落の大人達も大切に教育して育てる。親を失っても、代わりに育てたがる存在はいくらでもいる。

普通ならば、『深遠の森』の様な場所には余程の緊急時以外、絶対に近付けない。緊急時でも、集落の実力者の大人が三、四人は必ず付く。
子供一人など、あり得ない状況と言えた。

細い首は片手でも余り、ほんの少し力を込めて首を絞めてしまえば消えてしまうであろう小さな命だった。
体も、何もかもが小さく、フニャフニャと柔らかで頼りない。

「とりあえず、肉解体して、目が覚めたら何か食わせねぇとな」

これからの行動を定めた所で、子供をしっかり抱き直した。
[補足説明]
時間は一刻=二時間で、四半刻は三十分。
一日は作者が分かりやすい様に二十四時間設定です。

パワータイプはゴツい中華包丁型、スピードタイプは柳刃包丁型をイメージ頂くと分かりやすいかと。

主人公視点とは違う世界をお楽しみ頂けたら幸いです。


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