ネット掲示板という虚構の世界から生まれたリアルな純愛物語、というふれこみで書籍、映画と立て続けに大ヒット、社会現象にまでなった「電車男」だが、その成功を根底から覆すようなスクープが存在していた―(NONFIX VOL.2より)。
ネット発の「リアル・ラブ・ストーリー」なるふれこみで三つの漫画雑誌で連載、2005年7月からはテレビドラマも放送され、驚くことに舞台化までされるというのだから、その勢いはとどまるところを知らないが、そんな動きに水を差すような噂が発信元であるネットの世界では未だ根強く残っている。
それはこの「リアル・ラブ・ストーリー」がまったくの創作ではないかというもの。電車男なる主人公もエルメスというヒロインもはなから存在せず、何者かが創造で描いた夢物語なのではないか、というのだ。このような議論は多くのサイトで活溌になされているので、既にご存知の方も多いだろう。しかし、ある週刊誌が実際にその“証拠”を掴み、好評寸前までいっていたという話が存在したことを知る者は、ほんの一握りしかいないはずだ。 “幻のスクープ”はなぜ生まれ、そして闇に葬り去られてしまったのか。
■電車男がエルメスを助けた日京浜東北線に「酔っ払い」はいなかった■
さて、その詳細を述べるためにはそもそも「電車男」とは何かということから順番に話していかなければならない。物語は非常にシンプルだ。アキバ系オタク青年が電車内で酔っ払いにからまれた女性を助け、お礼に「エルメス」のティーカップをもらう。青年は女性をデートに誘いたいのだが、どうすればいいのかわからない。で、ネットの掲示板「2ちゃんねる」内のモテない男たちが集う「毒男板」に「電車男」という名で救いを求める。やがて、青年は「住人」たちからのアドバイスや温かい応援に背中を押されながら「エルメス」との恋を成就させていく、というもの。この一連の書き込みを「中の人」という人物がまとめてサイトに公開。それに目をつけた新潮社が書籍にし出版、たちまちベストセラー。とんとん拍子で映画化が決まり、現在のような社会現象にまでなったというわけだ。そんな電車男のやらせ疑惑は実は出版前から既に噴出していた。当然である。ネット掲示板という匿名性の強い媒体で記されてたことに、どこまで信憑性があるのかは疑わしい。ネット掲示板では「自作自演」という言葉がよく使われる。例えば、ある人物が妄想の恋愛物語を書き込む。そして、今度は“別の人格”になりすまし、その恋物語を応援するメッセージを書き込む。このような一人何役かの立ち回りでその話題に活気を与えれば、本当に恋の応援をしてくれる善意の第三者を呼び込むことができる。
ネットに疎い方からすれば理解に苦しむ行動かもしれないが、事実、このような方法で寝る間も惜しんで、他人の悪口や自分を賞賛する書き込みを重ねていく輩がネット掲示板の世界には数多に存在している。裏を返せば、この自作自演のように虚実が入り交じるネット掲示板の「住人」にはウェブ上で進行していく物語を分析する能力にたけているということ。現に、「電車男」の創作、つまり「リアル・ラブ・ストーリー」としての綻びに気づいたのもネット世界の人々である。そこで、彼らがしたようにまずはこの物語のリアリティを検証してみようと思う。
主人公とエルメスが出会ったのは2004年3月14日。秋葉原から京浜東北線に乗った主人公が酔っぱらった男にからまれているエルメスを助けたという。なるほど、「秋葉原」「京浜東北線」というアイコンのおかげで、現実に起きた出来事という気がしないでもないのだが、よせばいいのに“作者”はここに過剰な演出を盛り込んでしまっている。それは「車掌がこの泥酔客を警察に突き出した」という内容の記述である。電車内で女性客が酔っ払いにからまれる事件など珍しくもないが、車掌が持ち場を離れるような場合は、必ず報告書が生じるので、JR東日本の記録に残っていなくてはおかしいのだ。実際に「独寄人」という人物が、JRに問い合わせてみると、その日にそのような報告はなされないという。天下の朝日新聞も同様の質問(05年4月17日付朝刊)をしたが同じであった。これはいったい何を意味するのだろうか。
■9割以上を切り捨てた「中の人」氏の編集■
車掌が酔っ払いを警察に突き出した事実がないということになれば、オタク青年が女性を助けたという話も成立しない。やはり「電車男」はペテンなのか。朝日新聞はすかさず天敵である「新潮社」に事実確認をしている。すると、メディアにも多く露出した担当女性編集者は「各所に色々な配慮がしてあるかもしれません。多分。」とかなり弱気のお言葉。図らずも、担当者ですら知らない「配慮」が満載ということを露呈してしまった。意地悪な見方をすれば、この物語そのものが大いなる“配慮”のもとに作られた創作であるかもしれない。ウソは小さなウソだけとは限らないからだ。特定されたくないという気持ちが働いたというのは理解できる。だが、その匿名性で気が抜けているのか、どうも電車男氏が述べる現実はいまいち説得力に欠けている。それは多くの人々が首を傾げている「エルメスのティーカップ2つ」も然りである。
酔っ払いに助けてもらったお礼として、ヒロインが主人公に贈ったものだが、種類にもよるが、エルメスのティーカップはペアで定価2万5千円はする。仮に安く買えたとしても、そんなに高価な品を酔っ払いにからまれたのを救ってもらったぐらいで、若い女性が送りつけるだろうかという「違和感」は拭えない。しかも、この贈り物は事件の翌々日に主人公の家に届いている。いくらなんでも少し早すぎではないか。
ほかにも不審な点は数えあげたらきりがない。では仮に創作だとしたら、それは誰が仕組んだものなのか。当初、ネット上では「まとめサイト」を作った「中の人」氏ではないか、という説が有力だった。「封印された『電車男』」(安藤健二著/太田出版)によると、書籍版「電車男」が元にした「まとめサイト」は実際に掲示板に書き込まれたものの、わずか6・4%にしか過ぎないらしい。あの物語は「中の人」氏が不要な9割以上を切って捨て生まれた、つまり書籍化される前から既に編集作業がなされたいたのだ。そこでこういう推論が成り立つ。氏は、オタク青年の純愛物語というシナリオを掲示板に書き込み、平行して自作自演で応援やアドバイスの声も書き込んだ。それに呼応して多くの読者が参加すると、その中から「使えるコメント」を取捨選択したのではないか。こうして手垢のついた虚構のシナリオに“リアル”な反応を見せた一部の人々のおかげで、「電車男」は現実という鎧を身にまとうことができた、というわけだ。
同様の疑いをかけられた人物がもう一人いる。「2ちゃんねる」管理人・西村博之氏だ。彼は、朝日新聞の検証記事においても記者から「電車男はあなたではないのか」と問い質されている。事実、出版の際には電車男氏、「中の人」氏とともに打ち合わせをしたということだし、印税も分配されているという噂もある。間違いなく「電車男」の真相を知る人物といえよう。
また、この三人の共謀ではないかという説もある。担当編集者は実物の電車男氏に会ったことがあるそうだが、その際に同席したのはやはり西村氏、「中の人」氏である。担当編集者の言葉を借りれば、「かわいらしい男の子」だった電車男氏は、もしかしたら巨大なビジネスのため、彼らが用意した影武者だったのかもしれないというのだ。
■「創作か実話かなんて小さな問題はあっという間にかき消された」■
ネット上にかかわらず、様々な媒体で、このような真贋論争が巻き起こったが、どれも結論は同じだった。それは「ウソが真実か証明できない」というものだ。そんなとき実際に「電車男」が創作であるという確たる証拠を某週刊誌が握っているという衝撃情報がマスコミの間を駆け抜けた。
「ちょうど、映画化が決定した時期でした。恐らく製作発表などにぶつけるのではないかという話でしたが、なかなか記事にならない。どうしたんだろう、と思っていたらいつの間にか消えてました。ガセだったんでしょうか」(某週刊誌記者)
山田孝之と、電車男本人が「エルメスに似ている」という中谷美紀を主役に配し、映画化が決定したのは2005年3月。もしもこの時期にインチキであることが報じられれば、その社会的影響力たるや、凄まじかっただろう。或は、そのスクープの価値が最もあがる時期を見極めているのでは、という噂もあった。確かに、芸能スクープなどの場合は寝かしておくということがある。ネタを掴んだアイドルやタレントがブレイクした際に、時期を見計らって報じるのだ。最も旬な時期に報じることによって、そのスクープの価値を高めようというわけだ。しかし、映画が公開されようが、ミリオンを突破しようが一向にこのスクープが世に出されることはなかった。その週刊誌はなぜ記事を見送ったのか。ある広告代理店社員はこのように分析する。「あの時点で既に映画化だけでなくテレビドラマ、関連グッズなどの展開が決まっていました。『電車男』は『世界の中心で愛を叫ぶ』『いま、会いに行きます』の純愛路線を引き継ぐ、いわば成功することが決められているドル箱。多くの金が動き始めた巨大なうねりの中で、創作か実話かなんて問題はあっという間にかき消されてしまったんでしょう。」「電車男」が創作であるというスクープのおかげで、仮に何週か雑誌がバカ売れしたとしてもその利益などたかが知れている。「電車男」バブルにのっかる大手広告代理店、テレビ局、広告主、それらを敵に回してまで、やるだけの価値がないと判断したというのだ。もしもそれが事実であるとしたら「電車男」は我々が考える以上に大きく、力のある存在になっていたということか。一週刊誌では食い止められないほどの。そんなスクープ黙殺説が流れる一方で、その週刊誌が問題の記事を世に出さなかったのは、単に裏がとれなかったからという話もある。
「かなり強力なネタ元を掴んでいるという話でしたが、しばらくしたらトーンダウンしてました。最初はいけると思ったが、よくよく聞いてみたら根も葉もない話だったんじゃないでしょうか」(雑誌編集者)
とんでもないスクープが舞い込み、息込みながらネタ元が語る話の裏を取るのだが、フタを開けたらどこまで信じていいのかという眉唾な話だった、ということは週刊誌の世界では多々ある。圧力でも黙殺でもなく、単にネタの弱さから自然消滅してしまったというのである。
■かつての博之氏の朋友がヤラセ報道の「強力ネタ元」か?■
ではそのネタ元が誰かという話になる。真相は定かではないが、“候補者”のひとりが幻のスクープからおよそ一ヶ月後の朝日新聞紙上に登場していた。そこでは、記者が「電車男」が実話ということに疑いを向けているフリーライター井上トシユキさん氏に話を聞いているのだが、そこにこんな記述がある。かつて2ちゃんねりるの運営にかかわったことにある知人に「電車男」はだれか、とたずねるたところ、こんな答えが返ってきたからだ。〈井上さんも知っている人かも知れませんよ〉この知人の見解では、「電車男」の正体は管理人の博之氏ということだが、問題はそこではない。
かって「2ちゃんねる」の運営にかかわり、井上氏と交流のある人物が「電車男」を創作だと告発しているのだ。彼が「強力なネタ元」である可能性は非常に高い。週刊誌で黙認されてしまったため、報道機関である朝日新聞にリークしたとも考えられる。朝日新聞上でも、この「知人」が誰ということはどういうわけか明らかにされていないが、「2ちゃんねる」に詳しいライターはこのように推測する。
「どう考えても、これは“切込隊長”こと山本一郎でしょう。井上氏とも交流がありかつて運営にもくわわっていたといえば、2ちゃんねるに詳しい人物が見れば彼だということはバレバレですよ。どのような意図で名前を伏せたのかわかりません。
ご存知の方も多いかも知れないが、山本一郎氏といえば、かっては管理人博之の盟友とも呼ばれた男性。「2ちゃんねる」の転送量の問題で博之と袂を分けたらしく、ネットのみならず、雑誌などの多方面で活躍している。彼が連載を持つ「フラッシュ」(光文社)に掲載されているプロフィールによれば、「IQ190、32歳にして童貞を死守するネットのカリスマ。『切込隊長』のハンドルネームで知られ、サイト『俺様キングダム』には毎日3万人が訪れる」とのこと。この“カリスマ”こそが、電車男ヤラセ報道の影で糸をひいていたのだろうか。真相は定かではないが、かっての博之氏の盟友で、「2ちゃんねる」とは何たるかを知り尽くした山本氏ほど「強力なネタ元」にふさわしい人物はいないのではないだろうか。しかし、疑問は残る。もしそうだとしたら、なぜ山本氏はこのような電車男ヤラセキャンペーンを目論んだのだろうか。その真意とは―。すべては「2ちゃんねる」の書き込み同様に、誰が何をしたのかなど特定できない「妄想」かもしれない。それを追求する必要などないし、電車男の真贋と同様、それを追求したところで誰も喜ばないのだろう。ただひとつ、現実の世界で起きたことに関して言えることがある。
2005年6月22日、電車男が書籍の漫画化、映像化などで発生する原作使用料の一部750万円を新潟中越地震の被災者宛に日本赤十字社へ寄付した。が、これは彼らが手にした印税のほんの一部に過ぎない。電車男氏、「中の人」氏、西村博之氏の間でどのように“富”が分配されているか。新潮社は公表していない。もしも、かっての仲間が成功をおさめてこんな大金を手にしたら、あなたならどうするだろう。どうにか足を引っ張って、その地位から引きずり下ろしたいと願うのが人の性ではないか。【文】森本在臣