ブックリスト登録機能を使うには ログインユーザー登録が必要です。
クロスベル編(ここから先、零・碧の軌跡ネタバレ)
第五十四話 潜入、黒のオークション(後編)
<ハルトマン議長邸 1階ホール>

ハルトマン議長邸で年に1回行われる黒のオークション。
招待客の入札金額の発言と、落札を告げる司会者の声が響き渡る。
開始されてから数分も経たないうちに、多額のミラが動いていた。
このまま行けば、小さな国の予算にも匹敵するのではないかとオークション会場に居たエステルとヨシュアは思った。
取引される金額のうち、いくらかが手数料としてルバーチェ商会やハルトマン議長の資金になると思うと、エステルとヨシュアは複雑な気分になった。
中には盗品ではないかと疑いたくなる物もあるが、遊撃士の自分達には、民間人の安全が脅かされていると言う理由が無い限り捜査権限は無い。
クロスベル警察でさえ、令状無しには調べる事は出来ないのだ。
捜査令状が出ないのは、警察の幹部がルバーチェ商会やハルトマン議員と繋がっているからだとまでウワサされている。
オークションは進行し、いよいよローゼンベルク工房製の人形が出品される番となった。
そしてその人形がイメルダ婦人が探していた物だとヨシュアは気が付く。

「あの人形は、僕がレンと一緒に見た物にそっくりだ」
「じゃあコリン君が話していた人形の子が探していた双子の妹って、あの子の事なの?」
「うん、多分そうだと思うよ」

ヨシュアがうなずくと、エステルは顔をパッと輝かせる。

「それならこの子を連れて帰れば、ルバーチェ商会が人身売買をしてた証拠になるんじゃないかな?」
「どうやって証言させるんだよ」

エステルの言葉を聞くと、少しあきれたような顔でヨシュアはつぶやいた。
気になったエステルが椅子から身を乗り出し、オークションに参加している招待客の中にイメルダ婦人の姿が無いか見回すと、後ろの席の方に座っているイメルダ婦人の姿が見えた。
他の招待客が次々と金額をつり上げるが、イメルダ婦人は余裕の構えだった。
最高入札額が70万ミラとなった所で、イメルダ婦人は100万ミラを提示した。
これには他の入札者から驚きの声が上がり、即落札かと思われた。
しかし、会場に居たマリアベルが110万ミラと宣言した。
するとエステルは渋い顔になる。

「意地悪をしなくても良いじゃない」
「オークションだから仕方が無いよ」

人形の姉妹の再会を願うエステルとヨシュアは、イメルダ婦人の勝利を祈った。
だが勝負の勝敗は、マリアベルが200万ミラで勝利する結果に終わった。
他の招待客はもちろん、イメルダ婦人もその落札額に驚きを隠せないで居た。
エステルは残念そうな顔をしてつぶやく。

「マリアベルさんって、ただものじゃないわね」
「うん、相当の資産家の様だね」

ヨシュアはマリアベルの顔を見て、クロスベルで出会った誰かと似ていると感じた。
そしてオークションの司会者が、次もローゼンベルク工房製の人形だと告げる。
黒服の男達によって大きなトランクがステージに運ばれると、先ほど落札出来なかった招待客達は、次こそは自分の番だと張り切った。
トランクが開けられると、中の人形を見た招待客達から、まるで生きているようだと感嘆の声が上がる。
エステルとヨシュアは腰を抜かしそうになるほど驚いた。
その『人形』はエステルとヨシュアが良く知っている少女、レンにあまりにもそっくりだったからだ。

「レ、レン……?」
「どうして、ここに……」

驚きのあまり、ほとんど言葉を発せられないエステルとヨシュア。
エステル達がさらに肝を潰したのは、人形がパッチリと目を開いて立ち上がった事だった。

「に、人形じゃない……?」
「オークションで人間を売ろうとしていたのか!」

人形では無く、生きている少女がオークションに掛けられそうになった事を知って、部屋に居た招待客達から驚きの声が上がった。
その招待客の1人であるエリィもショックを受けた顔でつぶやく。

「まさか……人をオークションに出すなんて……」
「お嬢様、これがクロスベルの暗部の現状です。これも帝国の影響力が産み出したもの、ですから早急な改革が必要なのですよ」
「私もアーネストさんの意見に賛成ですわ、貴女のお祖父様の考えは立派だとは思いますが、それでは時間が掛かり過ぎますもの」

そんなエリィにアーネストとマリアベルが話し掛けていた。

「何だと!?」

ハルトマン議長も目の前で起きた事が信じられない様子だった。
マルコーニ会長は、近くに居る黒服の男を締め上げ、問い詰めている。

「おい、これはどう言う事だ」
「お、俺にも解りません!」

黒服の男は、あのトランクはギリギリになって運び込まれた品物で、ちらっと中身を確認するだけしか時間が取れなかったと必死に言い訳をした。
招待客達もオークションが中断されてしまった事について怒りの声を上げ始めた。
壇上で司会者が混乱を収めようとするが上手く行かない。

「議長、私の部下が至らないばかりに申し訳ありません、どうかお許しを!」
「全てお前が責任を取れ!」

そしてステージ脇の席に座っていたハルトマン議長は、謝って追いすがるマルコーニ会長を振り払って、怒りながらオークション会場となっていたホールから出て行ってしまった。
ハルトマン議長に見捨てられる形となったマルコーニ会長の姿を見て、今夜のオークションは御破算だとその場に居た誰もが思った。
すると招待客の怒りの矛先は、へたり込んでしまったマルコーニ会長へと向けられる。

「せっかくオークションに来たと言うのに、手ぶらで帰れるものか! こうなったら、あんたに損害賠償をしてもらうぞ!」
「そうだそうだ!」

ハルトマン議長に立ち去られたショックでぼう然としていたマルコーニ会長だったが、顔を真っ赤にして招待客達へと怒鳴り返す。

「うるさい、私だって被害者だ!」

マルコーニ会長の言い分が通るはずも無く、ついに怒りがエスカレートした招待客がマルコーニ会長につかみかかった!
黒服の男達がマルコーニ会長を守ろうと割って入り、オークション会場は大パニックとなった。

「エステル、今のうちにレンを連れてこの場を逃げよう」
「うん、分かったわ!」

ヨシュアの言葉にエステルはうなずき、ステージに立っているレンの元へと走った。
ステージの上から戸惑った様子で騒ぎを見ていたレンだったが、エステル達の姿を見ると、安心した表情になる。

「レン、どうしてこんな所に居るの? アネラスさんとコリン君と一緒に遊園地に居るはずでしょう?」
「そ、それは……」

怒ったエステルが問い詰めると、レンは困った顔で言葉を濁した。

「今は追及をしている場合じゃないよ、みんなの注意がマルコーニ会長に集まっている間に、この館から脱出しないと」
「レン、行くわよ!」

ヨシュアが注意をすると、エステルはレンの手をしっかりつかんで、ホールの出口へと向かって走り出した。
黒服の男達も招待客達も、荒ぶっているマルコーニ会長に注目してエステル達を気にかけていない。
部屋の端を通り抜け、半開きになった扉の隙間から、エステル達は玄関ホールへと出る事が出来た。



<ハルトマン議長邸 玄関ホール>

騒がしいオークション会場を出ると、出入口の扉の防音性が高いためなのか、玄関ホールは割合静かで、オークション会場の騒ぎが遠くの事のように聞こえた。
レンを連れたエステルとヨシュアは一刻も早くハルトマン邸の外へ出たかったが、それは出来なかった。
玄関にはルバーチェ商会の用心棒、ガルシアが待ち構えていたからだった。

「おっと、お前らを見逃してやるわけにはいかないな」
「くっ……」

ヨシュアは悔しそうな顔をしてガルシアをにらみつけた。

「そのガキのせいで、ルバーチェ商会には泥を塗られちまったからな」
「い、いやっ!」

レンは震え上がってエステルの陰に隠れた。

「まあ、会場で捕まえても良かったんだが、こうして待って居たかいがあったぜ」
「招待客の中から、遊撃士の僕達を探し出すためですね」
「くくっ、リベール王国でも俺は苦汁をなめさせられたからな、痛い目にあわせてやらねえと、俺の気も済まないのさ」

ヨシュアの言葉を肯定したガルシアは、指の骨を音を鳴らした。

「い、いやっ……!」
「レンには指一本触れさせないわよ!」

レンが怯えた声を出すと、エステルは大きな声を張り上げてガルシアをにらみつけた。

「なんだ、そのガキはお前らの知り合いか?」
「そうよ、それがどうかしたの?」

ガルシアの質問にエステルが答えると、ガルシアは大声を出して笑う。

「がはははっ、お前らグルになって俺達をはめやがったな、遊撃士も汚い手を使うじゃねえか!」
「あんですって!? あんた達がレンを誘拐したんでしょう!」

ガルシアの言葉を聞いたエステルは驚きの声を上げた。

「あのガキをオークションに出品させた娘は、お前らの仲間だろうが」
「その娘って誰よ! あたし達は、レンを遊園地で遊ばせてあげるためにミシュラムへ連れて来たのよ!」
「僕達は子供をこんな危険な作戦に巻き込む様な事はしません」

ガルシアに対して、エステルとヨシュアはキッパリとそう答えた。

「そうか、お前達は知らされていないのか。だが、お前らが駒として利用されたからって、手加減は無しだ。落とし前はきっちり付けさせてもらうぜ」

話はもう終わりだ、と不敵に笑うガルシアに、エステル達は身構えた。
相手はジンに匹敵するほどの体格を持つ戦慣れしてそうな大男、しかも自分達はドレスとタキシード姿で武器は持っておらず、レンを連れている状態だ。
まともに戦っても勝ち目は無い。

「エステル」
「分かってる!」

ヨシュアと顔を合わせてうなずいたエステルは、玄関ホールの脇にある廊下へ向かって走った。

「ふん、館の奥に逃げても袋のネズミだ」

そうつぶやいて、ガルシアは館の警報装置を作動させ、余裕のエステル達の後を追いかけようとした。
しかし、そんなガルシアの背中から男性とも女性とも断定できない中性的な声が掛けられる。

「やれやれ、面白い見せ物があると聞いて来てみれば、すでに終わってしまったようだな」
「お前は……銀!」

振り返ったガルシアは後ろに立っていた黒装束の人影を見ると、大声で叫んだ。
銀は抑揚の無い淡々とした口調でガルシアに告げる。

「このまま何もせずに帰るのもつまらない、相手をしてもらおうか」
「ガキ共の手助けをするとは、黒月も裏切ったか」
「ふん、犬猿の仲である我らが組んだのも、リベールに基盤を築くため。それが夢物語となった今となっては、泥船に乗り続ける理は無い」

ガルシアの言葉に答えた銀は、湾曲した剣をブーメランのようにガルシアに投げつけて戦闘開始の合図をした。
そのタイミングで、オークション会場の奥のホールに居た黒服の男達が警報を聞きつけ、扉を開けて玄関ホールへと顔を出す。

「ガルシアさん、そいつが侵入者ですか!?」
「こいつの相手は俺がやる、お前らは奥へ逃げた他のやつらを追え!」

ガルシアの指示を聞いた黒服の男達は館の奥へと姿を消した。

「加勢が居なくて平気なのか、リベールであの赤毛の男に受けた利き腕の傷は治ってはいないのだろう」
「邪魔者は必要ない、それより手負いの『熊殺し』相手に油断をすると足元をすくわれるぜ」

銀に対してガルシアはそう答えると、直線的な動きで銀にタックルを仕掛けた。
銀が跳躍して交わすと、ガルシアも跳び上がって回転キックを繰り出した。
空中で動きを止められていた銀の体にガルシアの足が叩き込まれる!
銀は少し体勢を崩して着地した。

「俺には利き腕以外にも武器があるのを忘れてはいないだろうな」
「なるほど、これは楽しみだ。だがその腕では秘技は使えまい」
「ふん、俺の腕が壊れる事になっても、お前にキリングドライバーをくらわせてやるぜ」

ガルシアには接近して連続パンチを叩き込み、空中に放り投げ、最後には相手の足をつかみ相手の頭を地面に気絶させるキリングドライバーと言う戦技(クラフト)があり恐れられていた。

「貴様の腕が回復するまで待ってやりたかったが、そうもいかないようだな」

銀もガルシアも、これが相対する最後の機会になるかもしれないと、薄々感じていた。
ハルトマン議長との関係が切れてしまったルバーチェ商会はきっと近いうちに崩壊するだろう。
ガルシアは必殺の間合いに持ち込もうと銀に接近しようとする。
少し離れた距離での戦いを得意とする銀は後ろへと下がった。
それをまたガルシアが追いかける、と言った動きの繰り返しだった。

「ええい、ガルシア! まだ侵入者共は捕まえられないのか!」

苛立ったマルコーニ会長がオークション会場から顔を出したが、ガルシアに鋭い眼でにらまれると、ひるんでしまった。
そしてマルコーニ会長は黙って扉を閉めてオークション会場へと引っ込んでしまった。
ガルシアと銀の戦いは、マルコーニ会長ですら割って入る事ができない雰囲気を持っていた……。



<ハルトマン議長邸 左翼側>

玄関ホールから逃げ出して、一時的にガルシアから離れる事が出来たエステル達だったが、依然としてピンチである事には変わらなかった。
警報が鳴り響いた事で、オークション会場に居る黒服の男達がいつ出て来るか解らない。

「こっちだ、早く!」
「レクターさん?」

階段の上からレクターに呼ばれたエステルは驚きの声を上げた。

「どうやら、迷っている時間は無さそうだ」
「そうね」

ヨシュアの意見に、戸惑っていたエステルもうなずいた。
ガルシアの言った通り、袋のネズミである事を自覚しながらも、エステル達は階段を上って逃げるしか道は無かった。
そしてレクターは3階の廊下の突き当たりの部屋へエステル達を案内する。

「よし、この部屋に入るんだ」
「ここって確かハルトマン議長の部屋だったわね」

レクターはハルトマン議長の部屋へ入ると、素早く絨毯(じゅうたんをめくって、床板をはがした。
すると、下の階へのはしごが姿を現した。

「隠し通路ですか?」
「ああ、裏庭まで通じている。ここからなら、庭を通ってルバーチェ商会のやつらに見つからずに逃げられるはずだぜ」

ヨシュアの質問にそう答えたレクターは、早くはしごを降りるように手で促した。

「レン、もう少し頑張れる?」
「うん、レンは大丈夫よ」

ドレスを着ているエステルが先頭ではしごを降り、レンを挟む形でヨシュアが最後に降りる事になった。

「レスターさん、ありがとうございました」
「ま、良いって事よ」

ヨシュアがお礼を言ってはしごを降りると、レクターは床板を元に戻して絨毯を被せた。
それほど時間が経たないうちに黒服の男達が、息を切らせてハルトマン議長の部屋へとやって来た。

「ご苦労さん、どうやら招かれざる客が居たようだな」
「レクターさん、侵入者がこちらへと逃げて来ませんでしたか?」
「いや俺は見ていないぜ、本当に侵入者はこっちの方に来たのか?」
「右翼の部屋は調べ終わりましたが、見つかりませんでした」
「本当に良く探したのか? またどこかに隠れていた、なんて事が分かったら、マルコーニのおっさんにどやされるぜ」
「も、もう一度良く調べろ!」

レクターの言葉を聞いた黒服の男達は慌てて部屋を出て行った。
マリアベルが持ち込んだトランクに入っていたのが、人形では無く少女だった事を見逃してしまった事がかなりこたえているようだ。

「さあて、上手く逃げのびてくれよ」

誰も居なくなった部屋で、レクターはそうつぶやいた。



<ハルトマン議長邸 裏庭>

長いはしごを降りたエステルは、隠し通路の出口の扉に聞き耳を立てたが、人の気配は感じられなかった。
少しだけ扉を開いて辺りを見回すが、視界に人影は無い。
裏庭に誰も居ない事を確認したエステルは静かに扉を開けて隠し通路を出た。
レンとヨシュアが出て来た所で、ヨシュアは隠し通路の扉を閉める。

「さあ、黒服の男達が外に出て来ないうちにここを離れよう」

ヨシュアの言葉にエステルとレンはうなずき、庭をぐるっと回ってミシュラムの住宅街と館の正門を結ぶ橋の所までやって来た。
館の玄関からはガルシアの雄叫びと激しい物音が分厚い扉のわずかな隙間からもれ聞こえて来る。

「あれ、さっきの大男が戦っているみたいだけど……」

扉の隙間から玄関ホールをのぞいたエステルは、ガルシアと銀が戦っているのを見て不思議そうにつぶやいた。

「2人とも戦いに夢中になって、レン達の事に全く気が付いていないみたいね」
「ほら、早く行くよ」
「うん……」

ガルシアと銀の戦いに魅入られてしまいそうになったエステルは、ヨシュアに注意されて名残惜しそうにその場を離れた。
エステル達が去った後、扉の向こうの玄関ホールで行われているガルシアと銀の戦いは佳境に入った。

「くっ、相変わらず避けるのだけは上手いな」
「どんな攻撃も当たらなければ意味が無い」

肩で息をしているガルシアに対して、銀は変わらない調子で答えた。
しかしガルシアは自分も疲れているが、銀の動きも鈍っている事を感じ取っていた。
ガルシアは必殺の構えを取ると、気合を込めて大声で叫ぶ。

「うおおっ、食らいやがれ!」

ガルシアは銀に向かって猛スピードで突進した。
銀は跳んで交わそうとするが、わずかに及ばず、ガルシアは銀の体をつかむ事に成功した。
痛みを感じさせない利き腕で、銀の体にパンチを叩き込む。
そしてガルシアは地面を思い切り蹴って跳び上がり、銀の足首をつかんで頭から地面へと叩きつけた!
華麗な連続技が決まり、ガルシアは満足した笑みをこぼした。
だが次の瞬間、銀の体は煙のように消え去ってしまう。

「ちいっ、分け身だったか!」

ガルシアが必殺技キリングドライバーを使って倒したのは銀の分身だったのだ。
気が付くと銀の姿はどこにも見当たらない。

「私に分け身の奥義を使わせるとは、なかなか楽しめたぞ」
「へっ、そりゃどうも」

声だけ聞こえた銀に対して、ガルシアはそう答えた後、腕を押さえて座り込んだ。
そして警報が鳴り止まない事に苛立ったマルコーニ会長が、再び奥のホールから顔を出し、床に座り込んでいるガルシアに尋ねる。

「おい、侵入者はまだ捕まえられないのか!」
「面目ありません、逃げられてしまいました」
「何だと、この役立たずめが!」

マルコーニ会長は顔を真っ赤にしてガルシアを罵倒した後、黒服の男達を呼び付けて館の外への捜索を命じる。

「いいか、やつらをミシュラムから出すな!」

館の中に居た黒服の男達は、あわてて外へと飛び出して行った。

「お前もサボって居ないで、さっさと行かんか!」
「へい」

マルコーニ会長に返事をしたガルシアも、重い腰を上げて外へと出るが、その表情は暗いものだった。



<保養地ミシュラム ホテル『デルフィニア』>

ハルトマン議長邸を無事に脱出したエステル達だったが、すぐにハルトマン邸の辺りが騒がしくなり、中から黒服の男達が出て来るのが分かった。
黒服の男達にとってエステルとヨシュアは印象に残っていないかもしれないが、レンを連れて居ては怪しまれる可能性が高かった。
エステル達がとぼけても、黒服の男達はレンを置いて行けと要求するに違いない。
ミシュラムの高級住宅街を抜けてアーケードに戻ったエステル達は、ホテルの部屋にレンを匿ってもらう事にした。
そしてブティックに行き、ドレスとタキシードから着替えたエステルとヨシュアは、まずMWL(ミシュラムワンダーランド)に行ってアネラスとコリンにレンの無事を伝える事にした。

「あっ、エステルちゃん、ヨシュア君!」
「お姉ちゃんが、トイレに行ったまま帰って来ないの」

エステルとヨシュアの姿を見つけると、アネラスとコリンは泣きそうな顔で駆け寄った。

「大丈夫よ、レンはあたし達が見つけたわ」
「レンは今、外に連れ出す事が出来ないからホテルの部屋の中で待たせて居るんだ」
「えっ、どうして?」

アネラスは訳が分からないと言った不思議そうな顔をして尋ねた。

「ちょっと厄介な事になったのよ」

エステルは困った顔でアネラスに答えた。
そしてホテルの自分達の部屋で、レンはアネラスとコリンとの再会を果たした。

「お姉ちゃん、お姉ちゃんっ……!」
「レンちゃん、私、とっても心配したんだよ……!」
「ごめんなさい、ごめんなさい……!」

自分に泣きながら抱きついて来るコリンと、目に涙を浮かべて自分を抱き締めるアネラスに、レンは自分のしてしまった事の重大さに気が付いたのか、謝りながら泣き始めた。

「こうして無事に帰って来れたから良かったけど、もし怪我でもしていたら、もっとコリン君やアネラスさんを悲しませてしまっていたのよ」

エステルの言葉に、レンは首を縦に振って何度もうなずいた。
そんなレンを刺激しないように、ヨシュアはなるべく穏やかな口調で尋ねる。

「でも、どうして君がオークションの会場なんかに居たんだい?」
「あたし達の後をついて行って、黒服の人達に捕まっちゃったとか?」
「ううん、違うのよ」

レンは首を横に振ってエステルの推測を否定した。
そしてレンはディーター総裁の娘、マリアベルと待ち合わせをして、特別製のトランクの中に入ってオークションに出品される品物に紛れたのだと話す。
オークションの開始時間寸前に渡せば、黒服の男達も中身を詳しく確認せず、レンが身動きをしなければ大丈夫だと説得されたのだと言う。
さらにレンはディーター総裁の計画について説明する。
ディーター総裁は、実際にルバーチェ商会が悪事を行っていないとしても、レンをオークションに出品させ、会場で決定的な場面を招待客やエステル達に目撃させようと考えていた。
エステルとヨシュア、アネラスを黒のオークションの調査名目でミシュラムへと向かわせ、そのついでにレンとコリンを連れて来させたのではなく、実態は逆だった。
つまりレンをハルトマン邸に潜入させるのが主な目的で、エステル達の方が付録のようなものだったのだ。

「もしオークション会場に行く前に黒服の人達に見つかってたら、レンが危なかったじゃない、何でそんな事を頼まれて断らなかったのよ!」
「だ、だって、レンのせいでミーシャお姉ちゃんやティータが、ルバーチェ商会の仲間に怖い目にあわされたから、やり返してやりたかったの……」

知らずにディーター総裁に利用されていた怒りも重なったエステルは、厳しい口調でレンを問い詰めた。
レンはエステルの気迫に押されて体を震わせながら必死に言い訳をした。
そんなレンの様子を見たアネラスはレンを安心させようと後ろから抱き締めてエステルに訴える。

「エステルちゃん、レンちゃんはもう十分に反省しているんだから、これ以上責めないであげて」

アネラスの言葉を聞いたエステルは、ハッと気が付いた顔をして表情を和らげた。
エステルは優しい顔でレンに謝った後、レンに背を向け虚空をにらみつけて拳を握り締める。

「それよりも、許せないのはレンの気持ちを利用したディーターさんだわ」

エステルの言葉にアネラスも同じ方向を見つめてうなずいた。

「だけど、まずはミシュラムから脱出する事を考えないと」
「そうですね」

怒りが燃えあがって熱くなったエステルとアネラスをヨシュアが注意すると、アネラスは気が付いたようにつぶやいた。

「クロスベルに居るアリオスさん達と連絡が取れれば、迎えに来てもらえるかもしれないけど……」

エステルは悔しそうな顔でそうつぶやいた。
観光客に変装してミシュラムに来ているエステル達はエニグマを持っていなかった。

「こうなったら、賭けになるけど、水上バスに乗るしかなさそうだ」
「クロスベルへ帰る人達に紛れるって事ね」
「コリン君も居るし、それが良いと思います」

ヨシュアの提案にエステルとアネラスも賛成し、水上バスの出港の時間が迫っていたので、エステル達は急いでホテルを出た。
しかし水上バス乗り場へと着いたエステル達の目の前で、水上バスは汽笛を鳴らして出港してしまった。

「そんな……!」
「どうして、まだ出発の時間じゃないのに」

アネラスとエステルは岸から離れて小さくなって行く水上バスを見つめ、声をそろえてつぶやいた。

「きっと、ボスが脅したんだろうな」
「あ、あんたは……!」

そう言ってエステル達がやって来たアーケードの方から姿を現したのは、ルバーチェ商会の用心棒、ガルシアだった……。
拍手を送る
評価
ポイントを選んで「評価する」ボタンを押してください。

▼この作品の書き方はどうでしたか?(文法・文章評価)
1pt 2pt 3pt 4pt 5pt
▼物語(ストーリー)はどうでしたか?満足しましたか?(ストーリー評価)
1pt 2pt 3pt 4pt 5pt
  ※評価するにはログインしてください。
ついったーで読了宣言!
ついったー
― 感想を書く ―
⇒感想一覧を見る
※感想を書く場合はログインしてください。
▼良い点
▼悪い点
▼一言

1項目の入力から送信できます。
感想を書く場合の注意事項を必ずお読みください。


+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。