まずは拙作に対して、感想を書いたり、誤字脱字を報告してくださった全ての方々に御礼を申し上げます。
その御礼や感想返しの代わりとはならないとは思いますが、感想内のご要望にあった内容で、一つ外伝を書かせて頂きました。
本編が完結している以上、余分な話になるかもしれませんが、零れ落ちていた物語の一欠片にお付き合い頂ければ幸いです。
第三部 導なき世界の中で…… (C.E.72年-C.E.75年)
EX 或る男について -世界樹の種での一幕-
これはL1のデュランダル政権派に合流した戦艦ミネルバが親善の為、アメノミハシラを表敬訪問する前の話。
プラント国防軍L1拠点〝世界樹の種〟に駐留するミネルバでは来るべき出港に向けて準備が進められていた。というのも、悪化している諸外国とデュランダル政権との橋渡しをするアマハラ首長国から内々に打診があり、その首府たるアメノミハシラに出向いて欲しいと求められたからである。
表立っては対L5政権での連携強化の為というのが名目だが、実の所、これはL1政権が外交儀礼を守り、対話ができる存在であると、〝まともな外交ができる国家〟であることを、世界に証明して見せろという、仲介役であるロンド・ミナ・サハクからの暗黙のメッセージである。
当然ながら、どこぞの苦労人を始めとした国防軍幹部や〝プラントの魔女〟が率いるL1行政府はその内意に気づき、少々気分を害すことになるのだが、先のユニウス・セブン落下テロにプラントで政権を担うザフトの一員が深く関わっていた事実がある以上、忸怩たるものを感じつつ、仕方がないと溜め息をついていたりする。
であるから、世界から信用されていない現実を突き付けられ、どこで道を間違ったかと嘆くL1政権の上層部が、これ以上の無用な軋轢を生み出したくはないと考えるのは自然な流れであり、訪問メンバーであるミネルバクルーに対し、ナチュラルや他国家と共存できる新しいプラント像を体現させるべく、〝プラントでの一般常識〟を放棄させ、〝国際社会の一般常識〟を植え付ける為に、国防軍が占有している世界樹の種第一擬似重力区画で講習を受けさせるのも、また、流れの内である。
もっとも、ざんばらな黒髪に見る人によっては妖しさを感じさせる紅瞳を持つ少年……ナチュラルとコーディネイターが共存していたオーブ出身のシン・アスカや、肩までかかる金髪に透き通った青、というよりは水色に近い眼を持つ少年……自らの出生や環境、兄弟とも呼べる人物によって、両者の間にこれといった偏見を持たないレイ・ザ・バレルには今更なことである。事実、講習を担当するL1行政局員より、あなた達は大丈夫です、と太鼓判を押されており、二人は早々に解放されることになった。
という訳で、シンとレイの二人は、講習の中でこれまで常識とされていた事の放棄を強いられ、頭がパンクしそうな同じ小隊の同僚やその妹のMS管制官といったクルーの面々から、早期解放される事への羨望や不幸を共にしない事への怨嗟を受けながら、研修室から逃げるように出たのだ。
背後は閉まる寸前の扉の奥より聞こえてくる、講習受講者を叱責するミネルバの新艦長アーサー・トラインの怒声に、これまで事あるごとに〝修正〟を喰らってきた日々を思い出して、額に冷や汗を浮かべたシンは、隣で苦笑を浮かべるレイに問いかける。
「なぁ、レイ、これからどうする?」
「そうだな、ミネルバが定期点検に入っているからシミュレーターは使える状態ではないし……、取り敢えずはラウンジにでも行くか?」
「……そうだな、そうするか」
二人が擬似重力区画と無重力区画を結ぶエレベータ前のラウンジを目指して進んでいくと、所々に設えられている窓より、外被たる旧世界樹コロニー擬似重力区画構造体に守られた世界樹の種の内観が垣間見える。この基地は建設当初は常駐千人程度だったそうだが、地道な増築と改修を重ねるうちに、軍民合わせて十万近い人々を支えることができる恒常基地へと変貌している。
具体的に言うならば、開設当初は箱型だった既存の擬似重力ブロックが円チューブ型構造体に、新たに追加された擬似重力ブロックはより大掛かりになって閉鎖シリンダー型円柱構造体となり、食料生産プラントや本格的な医療施設、大きな緑地帯等が設置されたりして、居住性が増している。
無重力区画もより補強が為された上で生命維持関連プラントが増設され、プラント国防軍司令部の他にL1再開発局や行政局、ジャンク屋ギルド本部がオフィスを構えているし、本来の主たる役目である宇宙港としての港湾機能も、開港当初の十数隻程から三十隻以上を接舷できる規模となり、また、修理ドックや防衛MS隊施設も倍増されたり、BOuRU専用のメンテナンス施設までもが設置されている。そんな宇宙港の反対側には種々の軍事物資に加え、MS製造ラインや一隻だけだが艦艇を作れる設備を持つ工廠までも作られていたりもする。
この世界樹の種付近の人々が集住している宙域より更に外には、除去が終わっていないデブリに紛れて、早期警戒衛星や対ミサイル用のCIWSやビーム砲を備えた防衛衛星が多数展開しているのだが、それは置く。
とにかく、世界樹の種は、この場所に身を寄せる当事者達の弛まぬ地道な努力が積み重ねられてきた結果、開設当初の貧弱な姿は過去のものとなり、今では再利用品だと馬鹿にできない機能を有するに至ったのだ。
そんな世界樹の種近くでは、かつて、この宙域にあった国際スペースコロニー〝世界樹〟が再建中である。
この〝世界樹〟の周辺には、生命維持やコロニー建設用に使われる太陽光発電プラントの他に、コロニー建設やL1宙域の〝掃海〟及びデブリ回収に関わる労働者や彼らに多種多様なサービスを提供する人々、更にはその家族が住まう簡易ステーション……旧式の輸送船を改装したものや簡潔に作り出された箱型構造体が多数連結されて浮かんでいる。
これらはL5から移ってきた移民や市民全てを世界樹の種で収容しきれないことから、止むを得ない措置として設けられたものだ。当然、回転等をして擬似重力を生み出していない上、本格的なスペースコロニーに比べると全ての面で脆弱であり、人という生命体にとって居住性は良好とは言えない。
シンもここに来た当初……、L5で政変が起きた後、前艦長タリア・グラディスの決断で、シンが属するミネルバ隊がデュランダル政権に付く事になり、初めてL1にやって来た当時は、何一つ危険や不足を感じさせないL5コロニー群との落差から非常に驚いたものだったし、何事にも不便を強いられて不満でもあった。
けれども、今では逆に、ここに居ることを心地よく感じていたりする。
なんとなれば、ここには、シンにとっても欲して止まないモノが……、ここで何としてでも生きていこうとする人の決意や、どんな苦境にあったとしても前を向いて突き進もうとする意志や、ナチュラルもコーディネイターも関係なく、困ったことが起きたらその解決の為に互いに助け合う精神や、人という存在が原始より綿々と紡いできた躍動する生命の息吹が感じられるのだ。
今の状況が落ち着いたら、ここに定住するのもいいかもしれない。
らしくもなく、そんな事を考えていたシンはある事に思い至り、小さく、独語する。
「そうか、ここは、昔のオーブに……、似ているんだな」
「どうした、シン?」
「……いや、なんでもないさ」
レイの視線を遮るように、シンは赤い瞳をそっと閉ざした。
◇ ◇ ◇
二人がラウンジに到着すると、そこにはそれなりの数の先客の姿があった。場所柄、人との待ち合わせに使ったり、仕事の合間に小休憩を取る者達である。
「あら? あなたは……」
「あー、久しぶりだねぇ、アスカ君!」
その中にシンの姿に気づき、声をかける者達がいた。
声をかけてきたのは、シンがザフト士官学校に入学した当初、MSや宇宙艦艇、それに関する技術についての座学を担当していた二人の教官。その内の一人、金髪を後で縛ってポニーテールにした中々に発育の良い若い女が垂れ気味な金色の瞳に喜色を浮かべると、嬉々と声を弾ませて、飛ぶようにシンの前にやってきたかと思うと、唐突に、その両手でしっかりと彼を抱きしめた。
「聞いてたけど、ちゃんと生き残ってたんだね、えらいえらい!」
「あ、あの、その……」
その柔らかな肉付きと芳しい髪の香りから、小隊の同僚よりも遥かに女を感じさせる教官、ロベルタ・フェスタの突然の行動に、シンは身体を硬直させると、自分以外の温もりを感じたこともあって、一瞬で顔を真っ赤に染めてしまう。と同時に、年頃の少年特有の事情から、腰だけは自然と引ける。
「うんうん、お姉さん、本当に嬉しいよっ!」
その言葉と共に、ロベルタの抱きしめる力が強まり、更にシンの腰が引ける。
「……ロベルタ、いい加減にしなさい」
シンの様子に気づいた為か、はたまた、自らのルームメイトの歳を忘れた行動の為か、呆れた様子でもう一人の教官、ビアンカ・スタンフォードがロベルタの金色の尻尾を軽く引っ張る。
「へぅっ」
のけぞった拍子でロベルタの柔らかい胸がより押し付けられた結果、シンの股間の強張りは最早隠せない状態だ。
「ほら、いい加減に離してあげなさい」
そう言うと、ビアンカはロベルタをシンより引き離す。ようやく生殺しな拷問より解放され、シンはホッとしていいのか、男して惜しむべきなのか、若干、悩むが……、そこはやはり男である、ラッキーだったと割り切ることにしたようだ。
「あの失礼ですが……」
寸劇めいた突然の展開に、置いてけぼりを受けていたレイが何とか声を振り絞る。
「ああ、ごめんなさいね。私はビアンカ・スタンフォード。そっちの暴走した子はロベルタ・フェスタと言って、プラント国防軍でMS教導官をしているわ」
「それでそれで、アスカ君の初めての人なのです!」
ばばん、と、効果音がでそうな程に大声でロベルタは宣する。
瞬間、ラウンジにいた他の者達やラウンジ近くを通りがかった者も含めて、全ての動きが止まった。
誰の趣味なのか、アナログな壁掛け時計の秒針を刻む静かな音だけが、空間に響く。
そんな時が十数秒続いた後、レイが何とも言えない顔で声を振り絞る。
「シン、お前……」
「い、いや、違うっ! 俺はまだ童て、じゃなくてっ! 教官っ、あんたって人はっ! 初めてっていうのは、俺の初等教育担当教官って意味でしょうがっ! 紛らわしい言い方をしないでくださいっ!」
と、キレ気味にシンが文句を言うが、問題発言をした当事者はビアンカに〝修正〟を受けた後だったようで、頭頂部を押さえて蹲っていた。
「ふふ、ごめんなさいね、アスカ君。後でもう一度、ちゃんと言い聞かせておくから」
「い、いえ、問題ありません、なぁ、レイ」
「あ、ああ、気にするな。俺は気にしていない」
二人の様子に満足したのか、ビアンカは冷たくて強い笑みを本来の微笑みへと変じさせた。そのビアンカだが、光を反射する銀色の短髪にスレンダーな体つきな上、切れ長な目とスラリとした鼻梁もあって、女性というよりは中性的とも呼べる姿恰好だ。だが、それが逆に、他の女性にはない妖艶な雰囲気を醸し出していたりする。
「うぅ、酷いよ、私、本当のことを言っただけなのに……」
「あなたは言葉が足りないの、もう少し具体的に話をしなさい」
もっとも、その雰囲気もロベルタとの姉妹じみた掛け合いで薄れてしまっているが……。
そんな二人の微笑ましい光景に、レイは相手が年上である事も忘れ、軽い笑みを浮かべる。その厭味のない微笑みは、たまたまラウンジにいて目撃した国防軍の女性兵士をボンヤリと惚けさせる程だ。
一方のシンだが、その光景にかつて妹と過ごした日々を思い出してしまい、感傷が沸き起こってくる。当時の楽しかった日々が、例え、どれだけ欲したとしても、もう決して返らない事を悟っている為か、二人の掛け合いを見る顔はとても儚い。偶然にもその顔を目撃してしまった先とは別の女性兵士が胸を切なく締め付けられ、身悶えする位に庇護欲を掻き立てられる程である。
このように、一部男性諸氏を若干前屈みにさせたり、一部の女性兵士を惑わせたりして、注目を浴び始めた彼らに、声をかける者達が現れた。
「何を漫才しているんだ、ロベルタ、ビアンカ。……悪目立ちしすぎだぞ」
「いやいや、いいじゃないっすか、これはこれで愛嬌っすよ」
「そうねよねぇ。いつまでも可愛い後輩でいてほしいわ」
聞こえた三つの声の内、一人の声に聞き覚えがあったシンは咄嗟に振り返り、その人物を認めて目を見開いたかと思うと、即座に敬礼する。
「リー教官っ!」
「……え、お前、アスカか?」
「はい!」
「これはまた……、いい顔になったな。はは、見違えたよ」
シンに応えたのはグエン・リー。短く切り揃えた黒髪に深みのある青い瞳を持つ男で、士官学校入学当初、何もかもが足りていなかったシンを一から鍛え、今日に至るまでの基礎を作ってくれた教官だ。
士官学校でリーの教導を受けていた時の事を、シンは今でもすぐに思い返せる。
士官学校に入学した当時……、様々な幸運や偶然の縁を得て、プラントに移民し、士官学校に入学できた当初は、オーブ本土での戦闘で家族を失った事を嘆き悲しみ、その瞬間、空に在ったMSの姿に自分達家族を不幸にした存在だと怒り、自分達を戦争から守ってくれなかったオーブという国を恨み、戦火から妹を守れなかった自身の力の無さと不甲斐無さを呪い、自分の世界の何もかもを一瞬で崩壊させた戦争を憎み、けれども、それら全ての感情が、想いが飽和してしまい、これから先をどうすればいいか、皆目見当もつかないといった具合で、今のシンにとっては恥ずかしい所であるが、胸を焼く焦燥から自棄を起こしてしまい、感情にばかりが走っていた。
だから、シンは自らの内で暴れる思いを吐き出すように、周囲の全てに対して、ただただ、狂犬のように噛みついていた。
そんな手を付けられない状態だった自身の前に、見える形としての〝壁〟として、いや、〝敵〟として、現れたのがリーだったのだ。
何しろ、初日から、ちょっとした事でリーに歯向かって即座に鉄拳を喰らって医務室に送られて、意識を回復して戻り、また歯向かって再び鉄拳を貰い医務室に送られて、と何度も繰り返したのだ。自然、シンはリーに対して更なる反発心を抱いた為、彼の心身で猛っていたあやふやな形をした狂熱に、一定の方向性が出てきたのだ。
単純に、絶対に、こいつにだけはキャン言わしたる、と……。
これもまた、今のシンならば赤面してしまう所だが、当時は何事も深く考えることができなかったのだ。
こうして内から溢れ出た反発心や敵愾心をその勢いの赴くままにリーに向けた結果、シンの事を〝狂犬〟と馬鹿にしていた同期生達が引く程に、リーから言葉の暴力とも呼べる罵声や甘えを一切許さない叱責、時には拳でもって修正されるという苛烈な教練を、心身が折れそうになる寸前の苦しみを、連日連夜受ける事になってしまい……、ふと、彼が気づいたら、入学当初、どん底だった成績がトップに近くなっていた。
自分でも信じられない程に成績が上がっていた事に唖然呆然とするシンに、新設されるプラント国防軍へ移籍することになったと、リーが告げた際、こう付け加えられたのだ。
「シン・アスカ、お前が望み、求めるモノは、ちゃんとお前の中に根付いているはずだ。だから、まず、それを自覚しろ。そして、その望みを実現する為にはどうすればいいのかを、考えることができる力を持て。それが俺がお前に課す最後の課題だ」
と……。
それ以来、シンはトップクラスに入ったことで知り合ったレイ・ザ・バレルというライバルを得て、士官学校で研鑽を重ねる一方で、混沌としていた己の心やわだかまりと向き合い、少しずつ整理してきたのだ。
もっとも、すんなりと整理できたわけではない。シンが自身の想いを整理しきる前……、アーモリーワンでの初陣の後、気が昂っていた時に、プラントを訪れていたオーブ元首たるカガリ・ユラ・アスハの言動に触れて、つい感情を抑える箍が外れてしまい、外交問題になりそうな暴言を吐いた事もあったりする。
その場ではシンにとっては幸いな事に、実戦を経た新任パイロット達の様子を見に来ていた、当時は副長だったアーサー・トラインが即座にシンに〝修正〟を入れて、部下の暴言の責は自分にあると庇ってくれた上、場に居合わせたデュランダル議長もアスハ代表に対して柔らかく取り成してくれたから助かったのだが……、後で真っ蒼な顔で胃を押さえて呻いていたアーサー・トラインの姿を見て、シンは短慮で動く事が他人に迷惑を掛ける事に繋がるという事を思い知らされ、それと同時に、これでは狂犬と呼ばれていた頃と変わらないと、大いに反省したのだ。
話を現在に戻して、とにもかくも、リーから見れば、シンは数いる訓練生の一人だったのかもしれないが、シンから見れば、リーは己の心と向き合う切っ掛けをくれた恩師である。だから、シンにとってリーに敬礼するという事は極自然な自身の心情の発露なのだ。
「アスカ、取り敢えず、もう敬礼はいいぞ。それよりも場所を移さないか?」
「そうっすね、ここは目立ちすぎるっす。そっちの君……、レイ・ザ・バレル君もそれでいいっすか?」
「……何故、俺の名前を?」
「あはは、ザフトMS隊のエースである君を知らない奴はMS乗りとしてはモグリっすよっと、こりゃ、ちょっと不躾すぎたっすかね、自己紹介もまだったっす。俺はフェデル・デファンで、隣のこいつがグエン・リー、そんでこっちが……」
「私はサリア・ベルナールよ。リーやこの浅黒男、そっちのロベルタやビアンカとはある部隊で同僚だったの」
山吹色のショートカットに澄んだ蒼瞳の女、サリア・ベルナールはそう言うと、レイに微笑みかける。顔立ちはそこそこといった所なのだが、その表情には人の心を解すような愛嬌があった。
「では、同僚だった皆さんが集まるという事は、何かの会合か勉強会ですか?」
「あはは、そんな固い事じゃなくて、三か月に一度開いてる、憂さ晴らしも兼ねた交流会みたいなものよ」
あっけらかんにコロコロ笑うベルナールの姿を見ていたレイは、常に張り巡らせている警戒心が不思議と機能せず、逆にリラックスし始めている自分がいる事に驚いていた。
「ま、あっちはあっちで募る話もある見たいっすから、まずは落ち着く場所に移動するっす」
その為か、フェデル・デファンと名乗った男の提案に、深く考えもせず、レイは頷いたのだった。
◇ ◇ ◇
シンとレイが五人組に連れられていったのは、同じ擬似重力区画内でもっとも古い場所にある第一食堂とも呼ばれる中規模ホールだった。そこに入ると、立食形式のパーティが開かれているようで五十から六十人位の男女がわいわいと歓談していた。人々の背格好もバラバラなら、身に着けている服も軍服やそれ以外の服が入り混じっており、明らかに勉強会といった風情ではない。
その人垣へ向けて、先頭を歩いていたデファンが代表するかのように声をかける。
「お~い、デファンその他が来たっすよ~」
その他の面々が気を悪くするような事を言うが、けっ、てめーは呼んでねー、俺たちが呼んだのはお耳の恋人なサリアちゃんや癒しの天使たるロベルタちゃんや我等がお姉さまのビアンカさまだけだー、おとこはこれ以上いらねー、任務で来れないアーサーやマクスウェル達、フォルシウス艦長達がいない分、おとこ率が下がってるってのに来るんじゃねーよ、というか、綺麗所を三人も囲ってるどこぞの好色隊長はモゲた上で爆発するべきだが、同様に、ロベルタちゃんとビアンカさまに二股かけてるリーもモゲるべきだー、そうだー、サリアちゃんと付き合い始めたてめーは一度爆発するべきだと思わないか、そうだそうだー、妹的な存在なミーアちゃんだけでなく、パイロットスーツのボディラインが素晴らしかったレナちゃんやどこかエロスを感じさせる声のマユラちゃんまで掻っ攫っていったスケベ隊長共々絶対にもげて大爆発するべきだー、そうだそうだそうだー、という無情な声が報いとして返ってきた。
「……おれ、泣いていいっすか?」
「隊長はともかく、押しかけられてるだけの俺まで、なぜ……」
ガクリと肩を落とす男二人を更に追い込む為か、はたまた、この場にいない〝彼らの隊長〟を擁護する為かはわからないが、ブーイングがあがる中より、一つの女声が上がる。
「あなた達、このパーティの費用、半分は隊長から届いている事、忘れてないでしょうね?」
そうよ、リュウお姉さまの言う通りよ、あー、確かにそうだなー、隊長って俺達の事も気にしてるんだよなー、ひゅー、甲斐性ある隊長さいこー、遠くにいても俺達の心を鷲掴みにする隊長かっこいいー、払いがいい男ってしびれるー、でも三股とはかんけいねー、そうだーもげろー、と、上がる声が混沌とし始めた。
このように複数の男達から湧き上がる嫉妬からの熱気と殺気によって殺伐としつつも、基本的に和気あいあいとしているという不可思議な雰囲気が満ちた会場の空気を肌で感じ、自分達の存在は場違いではないかと、シンとレイは困惑する。その二人にベルナールが会場の空気を擁護するように話しかける。
「あ、あはは、ふ、二人とも、今のは恒例の挨拶みたいなものだから、あまり気にしないでね」
「ですが、あまり部外者が入るというのも……」
レイが少し困った顔で声を上げると、会場内の見知った顔に手を振っていたロベルタが割り込んでくる。
「んー、そんなこと、別に気にしなくていいのに、バレル君は固いなぁ。ほら、あそこ見てごらんよ」
と、ロベルタが指差した先には、彼も知る人物……プラント国防軍で首席教導担当官を務めるヴィットリオ・ロメロが幾人かの女性に囲まれ、嬉しそうに笑いながら盛り上がっていた。
「後、あそこにも」
次に指差した先には……。
「なぁ、レイ。あれって、ユウキ隊長だよな?」
「……ああ」
シンとレイの双方が知る人物が十数人の男女の中で熱弁を振るっていた。微かに耳に入る声から、BOuRUの曲線が如何に女性のそれを上回るかについて、意見を述べているようだ。
「こ、ここでも、BOuRU談義を聞くことになるとは……」
と、レイは溜め息をつく。実はミネルバのMS整備班長は大のBOuRU贔屓で、整備班員達を日々洗脳しており、その余波がMSパイロットにも届いていたりするのだ。そんなレイの心情を酌んだのか、シンがこちらも若干微妙な顔つきでフォローを入れる。
「でも、レイ、ユウキ隊長がBOuRU好きなのは有名な話じゃないか」
「だが、BOuRU好きが昂じて、BOuRUをデブリ除去やコロニー用の作業建機に選んだと聞いたことを考えるとな」
「い、いやいや、何を言ってるっすか、二人とも。幾らユウキ隊長がBOuRU好きでも、それだけの基準では選ばないっすよ」
ガクリと肩を落としていたデファンが、流石に聞き捨てならないとばかりに、俯けていた顔を上げて、二人の話に割って入る。
「そうなのですか?」
「そうっすよ。なぁ、サリアって、居ねえっす!」
「今更何を言ってるんだ、お前は……、三人はもう話の輪に入って行ったぞ」
リーの言葉通り、女三人はゲストの相手を男二人に任せて、女性陣が集まっている場所に突撃していったようだ。
「お、置いてくなんて、酷いっす」
「いや、今日は普段、顔を合わせる事ができない奴と話すのが普通だろ?」
「そ、そりゃそっすけど、一言も声をかけずに放っていくなんて……、俺の繊細な男心はずたずたっす」
「隊長と小隊を組んでた奴が繊細な訳あるか」
「ひどっ! あ、でも、その言い方だと、レナも繊細じゃなくなるっすね。くくく、レナに教えてやろー」
「……お前、黒い所とか、隊長に似てきてないか?」
この言葉を耳にした瞬間、ガツンと一発、顎に一撃喰らったかのように、デファンがよろめく。
「うぅ、元はちょっと陰があるけど、素直で純真だった俺がここまで穢れてしまったのは、絶対に、先輩のせいっす」
「はいはい、言ってろ。さて、二人とも悪かったな、話を切ってしまって」
「い、いえ」
「んんっ、それで、ユウキ隊長がBOuRUを導入した理由についてですが……」
リーの言葉に乗るようにレイが話を本題へと誘導すると、デファンも顔付きを真面目なものへと変じさせる。そのデファンの急激な変化に、シンは内心で驚きつつ、話し始めた内容に耳を傾ける。
「うん、ユウキ隊長がBOuRUを導入した理由っすけど、まず、一番の利点は、BOuRUがミストラルよりも安い事っすね。切ない話っすけど、プラントの財政は戦時借款の返済に追われていて、とても潤沢とは言えないっす。当然、L1に回されてくる資金も少なかったっすから、数を揃えるには安くないと困るっす」
「それはわかります」
「じゃあ、次に操作性と作業性の高さっすね。何しろ、ナチュラルでもコーディネイターに負けない位の作業ができるっす。大凡で四十時間程の実地練習で、よっぽど不器用じゃない限り、ナチュラルも一人前になれるっす。マニピュレーターも自分の手と同じの動きをさせることもできるっすから、使い勝手が良いっすよ」
「ならば、従来、建機として使われていたミストラルは?」
「昔は熟練するまで六十時間程度っすね。今はBOuRUってライバルの登場で奮起したのか、五十時間程で習熟できる位に操作性が改善されたらしいっすけどね。でも、マニピュレーター関連や装備の充実度はBOuRUの方が上っす」
デファンはレイからの質問にも淀みなく答えつつ、更に利点を述べる。
「そして、宇宙で作業する際に一番大事な面、生存性の高さっすね。BOuRUは少々の事故でも大丈夫なように、小型の割に複数の生命維持装置を備えて、装甲も頑丈にできているっすよ。元の出所は不明っすけど、ミストラルとBOuRUを正面衝突させると、BOuRUが残るって言われてる程っす。あー、でも、確か、どこかの金持ちな暇人が確かめる為に実際にやったらしくて、BOuRUがミストラルをぶっ潰した動画がネットにアップされたこともあったらしいっすけど、そういう情報を上げられては困る筋からの要望で、すぐに消されたそうっす」
「そ、そうですか」
「んで、最後に、作ってる会社っすね。ミストラルが大西洋連邦のアズラエル財閥系企業が作ってるのに対して、BOuRUはアメノミハシラにあるラインブルグ宇宙工業が作ってるっす。大西洋連邦が旧プラント理事国である以上、プラントと対立する事も多いっすから、部品を調達しにくいというか、時によっては部品を手に入れる為に中継地を経由させたりする必要が出てくるから、コストが割高になり易いっす。それに対して、アメノミハシラは基本中立の立場っすから、こっちが馬鹿な事さえしなければ、そこに拠点を置く企業もちゃんと取引をしてくれるっす。これに付け加えれば、ユウキ隊長の同期が宇宙工業を抱えているラインブルグ・グループの重役っすからね、本体調達時に少し多めに割引いたり、部品調達で融通を利かせてくれるって事もあるっすね」
ラインブルグの名にレイは成程と頷き、シンも聞き覚えがあるのか首を傾げつつ、口を開いた。
「そのユウキ隊長の同期の人って、ラインブルグさんって、元ザフトの人、ですよね?」
「ああ、元ザフトで、俺達が前の大戦時に所属していた部隊の隊長だ。停戦後、ザフトを除隊して、実家があるアメノミハシラに移ったんだ。でも、アメノミハシラがL3奪還に動いた頃に軍に召集されて、ユニウス・セブン落下テロの時も阻止に動いていたって聞いてるから、今もまだ軍にいるんじゃないか?」
「レナから届いたメールだと、あのテロの首謀者を捕えたらしいっすから、多分、そうっすね。やれやれ、新天地で地歩を固めるのも大変っすねぇ」
しみじみと呟くデファンの姿を見ながら、シンはその話の内容から、ユニウス・セブン落下テロで戦場を共にした黄色いMSを、テロ首謀者が乗るジンM2型と黄色いMSが共に地球へと落下していくのを見送る事しかできなかった時の事を、同僚二人に抑えられて、ミネルバへと帰還した後、何もできなかったと荒れる自分に対してレイが教えてくれた事……テロ首謀者と共に大気圏に突入していった黄色いMSが見事にテロ首謀者を捕えた事を、それを為したのがアイン・ラインブルクという人物である事を、芋づる式に思い出していく。
そして、最後に、シンは記憶の中にある顔を……、初めてアプリリウス中央国際衛星港に降り立った時に偶然出会い、レイ・ユウキを紹介し、今の自分に至るまでの切っ掛けをくれた人物の、その顔と名を思い出す。
「実は、俺をユウキ隊長に引き合わせてくれたのは、その、ラインブルグさんなんです」
「へぇ、それも縁という奴かな?」
「確かに、先輩の事だから、こうやって言葉を交わしたのも縁だからって、お節介を焼いたって所じゃないっすかね」
ありあえる話だと、年長の二人は笑いながら頷き合うと、シンとレイに声をかけ、会場の中へと入っていた。
◇ ◇ ◇
シンとレイは会場内の人混みに入った後、デファンやリーによって、様々な者達に引き合わされたのだが、その誰もが、L1防衛隊や駐留艦隊のMS隊で小隊長を務めていたり、駐留艦隊艦艇の副長や各科の班長だったり、防衛隊の主任MS管制官であったり、後方支援関連部署で総務や広報、経理、衛生等々の担当官だったり、世界樹の種工廠で設計技師を務めていたり、艦艇整備ドックのドック長だったり、L1行政府や再開発局で課長クラスの役職に就いていたり、世界樹の種生命維持プラント管理部の現場主任だったり、世界樹の種で一番人気な食堂の店長だったり、世界樹コロニー建設ブロックのブロック管理担当者だったり、BOuRUメンテナンス施設の施設長だったり、引き合わせているデファン自身もリ・ジグルというプラント国防軍主力MSの開発に大きく関わったりと、プラント国防軍やL1運営に深く関わる職で一線を担う者達ばかりであった。
途中、ロベルタを筆頭とした女性陣に何故か取り囲まれて〝おもちゃ〟にされたことで、後方から殺気に満ちた視線を複数感じる事になり、辟易する破目になったシンはともかくとして、多様な分野で一線を担う者達から様々な話を聞くことができたレイには良い刺激になったようだ。
その二人も会場を半分回った辺りで一息という事になり、脇の方に設置されたテーブルの一つに座り、デファンから渡された受け皿に用意されていた食べ物……ビュッフェ形式の為、自分で適当に選んだモノを乗せ、口に運んでいる所である。
「ふぅ、ようやく解放された」
「シン、そう言う割には満更でもなさそうに見えたが?」
「……もしも、そんな風に見えていたなら、俺は眼科にいく事をお勧めするぞ」
とは返したものの、シンとて男である。傍から見ていたら、レイが言ったように見えていたかもしれないと思い至る。すると、なんとなく、地球に降りた際の一時だけだが、濃厚な時間を共に過ごしたステラ・ルーシェや、新地球連合の一拠点ガナルハンを攻略する為、現地に潜入し、MSを調達して内部攪乱を担うことになった際に親しくなった現地抵抗組織の少女、最近、気になる存在になりつつあるMS小隊の同僚に対して、申し訳がないような気持ちが心底に生まれてきた。
そして、申し訳ないという気持ちを抱いた対象が三人もいたことに……、自分が自身で思うよりも気が多い事に気づいてしまったシンは、少年らしい潔癖さとも相まって、更にモヤモヤとした罪悪感に苛まれてしまう。
シンが自分自身の多情さを認識して自らを追いつめていると、デファンが短い黒髪の男……プラント国防軍で首席後方支援担当官を務めるレイ・ユウキを伴って帰ってきた。その二人が空いている席に着くと、早速、デファンが口火を切る。
「丁度、ユウキ隊長のBOuRU説法が終わったから、来てもらったッすよ」
「バレル君にシン・アスカ……、二人とも、元気にしているようだな」
「はい、本当にお久しぶりです、ユウキ隊長」
「ユウキ隊長もお元気そうでなによりです」
二人からの返答に頷いたユウキだが、じっと二人の顔を見つめたかと思うと、軽く笑みを浮かべ話し始めた。
「こうやってゆっくりと話すのは私が国防軍に移る直前以来だが……、二人とも逞しくなったな。以前とは顔付きが違うぞ」
「そうでしょうか?」
「レイが言ってますけど、自分ではわかりません」
「かもしれないな。……だが、士官学校の頃とは比較にならないのは確かだ」
ユウキからの思っても見なかった褒め言葉に、レイは軽く赤面し、シンも気恥ずかしげに頬を掻く。
なにしろ、レイ・ユウキとは、先の二年戦争中期から末期において、各地で劣勢を強いられて崩れそうになるザフトを主に軍政面で……、裏方として支え続けていた実績を持つ男である。
特に末期においては、ザラ議長が仕切るプラント最高評議会はともかくとして、様々な派閥の様々な思惑が絡まりあう事から物事が進みにくい軍事組織ザフト内で派閥間調整と抵抗派閥の弱体化に奮闘し、それと同時にプラント防衛の為に必要となる新たな兵器を前線部隊に送り込んだり、戦略兵器ジェネシスに必要となる物資を地球連合に察知されないように水面下で調達したり、非常事態に備えて各コロニーに備え付けられている脱出艇の定数を増やしたり、ヤキン・ドゥーエに構える総司令部の質を向上させる為に負けを経験した部隊から人員を引き抜き抜いたりと、様々に手を打ち続けるという、普通の者なら責任の重さのあまりにストレスで倒れるか、精神を病んで発狂する事は間違いなしの仕事をやり遂げたという、今現在のザフトにおいても仕事ができる男として、ザフト屈指のエース、ラウ・ル・クルーゼと並び、名を知られている存在なのだ。
もっとも、戦後において、FAITHという軍事組織ザフトにおいては高権限を有する地位を投げ打って、プラント国防軍を創軍する為に動き、L1のみだがその国防権限をザフトより奪取して、見事に立ち上げた事から、軍事組織ザフトの上層部からは嫌われている為、クルーゼ程には表立っての評価はされていなかったりする。
「光栄です、ユウキ隊長にそう言って頂けるなんて」
「はは、私など、自分自身の仕事に追われて、それを何とかこなしてきただけの男さ。実際、私よりも評価されるべき奴がいる」
レイの言葉を受けて、ユウキが発した言葉……自身よりも評価するべき奴という言葉に、シンは興味をそそられる。
「ユウキ隊長、その評価されるべき人というのは?」
「ああ、アイン・ラインブルグといって、クルーゼと同じく私の同期だ」
再び出てきたラインブルグという名に、名前こそ知っているものの、当人の為した功績について全く知らない事に、シンは気が付いた。
「あの、ユウキ隊長。ラインブルグさんについて、教えて頂けませんか?」
「なに、知らな……、ああ、そうか。奴もザフトに何の未練なく除隊して国外に移ったから、私と同じくザフト軍事部門から不興を買っていたんだったな。なら、奴の事はあまり知られていないだろう」
然もあらんといった風情でユウキが頷くと、どこか渋みが感じられる苦笑を浮かべる。
「いい加減、ザフトも実力主義を標榜するなら、良い例は示すべきだろうに……、っと、すまない。では、ラインブルクという男について、私の知っている事を少し話してみようか」
愚痴とも言える言葉を漏らした後、ユウキは改めた口調で話し始めた。
「ラインブルグは私やクルーゼ、あそこにいるロメロと同じくザフト士官学校……、当時は訓練所だったが、それの第一期生だ。元は保安局にいた事から警備か防諜の方へ進む予定だったらしいが、MSパイロットとして重要視される空間把握能力が高めだったので、急遽、MSパイロット養成課程に組み込まれた変わり種だ」
「へぇ、先輩って、元々はパイロットになる予定じゃなかったんっすか?」
「ああ、私もFAITHになってから、アカデミー関連の仕事に携わった際、第一期生の判定資料を調べたから間違いない。もっとも、訓練所当時、奴のMS操縦技能はお世辞でも良いとは言えず、落第ギリギリの所だった。これだけでも目を付けられるというのに、奴は自分がしたい事に関しては貪欲なものだからな、よくMS教導官の〝ありがたい〟教導を無視して、血圧を上げさせていたものだよ」
シンの中に、劣等生できかん坊というイメージが生まれてくる。
「とはいえ、同期としてフォローしておくが……、当時のMS教導はMS自体が黎明期という事もあって、大概、精神論的な部分や実戦を想定しない〝美しい〟機動に終始していたのは事実だ」
「それで、その結果が、あの模擬戦の映像っすか?」
「……ふ、あの時は、私も若かったものだ」
デファンが挙げた内容にはあまり触れたくないのか、ユウキは誤魔化すようにそう述べると、一つ咳払いして話を続ける。
「とにかく、最終試験で行われた模擬戦の内容を受けて、訓練校でのMS教導の内容が再考されることになった。これが奴の一番最初の功績だ。この後、〝バレンタインの悲劇〟が起きたプラント防衛戦や第一次ヤキン・ドゥーエ防衛戦で所属艦の艦長に意見具申して、間接的に作戦に関与したりしているが……、あの事に比べれば霞むな」
「なんだか、思わせぶりっすね」
と合いの手を入れたデファンに、ユウキは少々迷う表情を見せるが、今日という日も良い機会だと考えたのか、これまで腹の内に収め、秘めていた話を切り出した。
「おそらくは信じてもらえないかもしれないが……」
「……が?」
無意識のうちに、シンが声を上げて先を促すと、ユウキは応えるように言葉を繋ぐ。
「ああ、ラインブルグの奴、当時、プラント最高評議会で国防委員長を務めていたザラ議長に、面と向かって戦争方針に異を唱えて、殴り合いをした事がある」
聞き手の三人の間に沈黙が生まれた。
その沈黙の深さは、会場に満ちているざわめき声が大きく聞こえる程だ。
「あ、あの、ユウキ隊長、冗談、ですよね?」
少々、震える声でレイがその言葉の真偽を質す。
「いや、これが実は本当なのだ、バレル君。幸い、私的な場であったことに加え、ザラ夫人の取り成しやザラ議長本人が公私の分別をしっかりとできる大人であったから、その場限りの話で済んだのだ」
絶句するレイの隣で、シンは二年戦争を指導したプラント最高評議会議長について思い出す。
パトリック・ザラ。
当時は対ナチュラル強硬派として一大派閥を率いており、対ナチュラル穏健派(?)のシーゲル・クラインと並ぶ、プラントの最高実力者とも呼べる存在だ。
そんな相手と殴り合いをする。
シンは自分に置き換えて想像してみようとするが……、結論から言えば、どう考えても保身が先に立ち、無理だった。
年少者の二人が揃って信じられないという表情を浮かべて黙り込んでしまう一方で、デファンが呆れたように声を上げた。
「先輩って、な、なんというか、命知らずっすよねぇ」
「ああ、あの時ばかりは、流石に肝が冷えたが……、今から考えると、奴のことだから、下手をしたら、ザラ議長を人質にして国外逃亡、なんてことを考えていたかもしれんな」
「……先輩の為人を考えると、意外とありえそうで怖いっすね」
シンの頭の中で、ラインブルグという人物像に、結構、危ない人という言葉が付け加えられた。
「だが、それが切っ掛けとなって、ザラ議長に目を掛けられ、白服になったのには、私も驚いたというか……、真っ向から自身の信条と対立する意見をぶつけてきた若造を登用するザラ議長の懐の深さに痺れたものだ」
懐かしい物を思い出すように語るユウキの姿に、シンは驚きと共に、やり手として知られているこの人も、オーブに住んでいた頃を懐かしむ自分と同じく人なのだという事を実感する。
「とにかく、奴は白服となり、戦隊を持つことになったのだが……、実は成績優良者たる赤服の者ですら白服に採用しにくい状況なのに、緑の者を白にするのは如何なものかという意見が出ていた」
「旧来ザフトのセクトっすか?」
「ああ、主に黄道同盟時代から参加していた者達から疑問が出ていた。何しろ、ラインブルグは訓練所の成績では下位だったからな」
「……先輩、手を抜く時はとことん抜くっすからねぇ」
「そのお陰で私も苦労をさせら……、んんっ、そういった反対意見が出ていたのだが、緑服が白服になれる前例を作るのも、組織の活性化に役立つだろうと、ザラ議長は押し通したのだ。その結果、今のここがある」
そのユウキの言葉にシンは首を傾げるが、その隣のレイにはわかったのか頷いている。このシンの様子を見て取ったのだろう、ユウキは苦笑を浮かべつつ、シンに声をかけた。
「世界樹の種を最初に構築したのはラインブルグだ、シン・アスカ」
「え? そ、そうだったんですか?」
「ああ、そして、その作業に従事したのが、デファン君や、今、この場にいる旧ラインブルグ戦隊の面々だ」
「ということは、リー教官も?」
「無論だ。……ところで、デファン君、さっきからリー君の姿が見えないが、彼はどこへ行ったんだ?」
「あー、リーの奴なら無彩男共のガス抜きの為の尊い犠牲になったッす。でも、お遊びの範疇というか、形を変えた祝福(?)ともいえるんで、気にしないでいいっすよ」
もう一人のホスト役だったリーはいつの間にやら連行されて、無彩男の集団に取り囲まれており、彼が置かれている境遇……ロベルタとビアンカとルームシェアしている現状への追及を受けている。かつての隊長が買っている嫉妬分の発散目的もあってか、容易には解放されなさそうだ。
「そうか……、彼も大変だな」
「ま、いいんじゃないっすか、こういうストレス発散の場は貴重っす」
「確かに……。っと、すまないな、話を続けるか。ここの構築が終わった後、ラインブルグ戦隊は地球-月間の航路に進出し、大凡で半年間、地球連合の通商路を遮断する任務に従事することになるのだが、この任務で地球連合軍に要らぬ出費を強いたり、降伏した連合軍部隊に紳士的な態度を見せた為か、地球連合で名が知れるようになったらしい」
「ユウキ隊長、ザフトではなく、地球連合で、ですか?」
「その通りだよ、バレル君。当時のザフト、いや、今もあまり変わらないかもしれないが、正面決戦でナチュラルを打ち破り、コーディネイターの優秀性を知らしめるのだ、というような考え方が一般的でな……。地味に相手の力を削り取るような戦略は表立って評価されなかったのだよ」
ほとほと困った顔を浮かべるユウキは大きく溜め息をつく。シンはその溜め息の大きさに、ユウキがしてきた苦労を垣間見た気がした。
「とにかく、この通商破壊戦で存在を知られるようになった所に、他に参加した二回の低軌道会戦やL1防衛戦での活躍もあって、地球連合軍では、クルーゼと並ぶ程に名が知られるようになったそうだ」
「なるほど、その異名が〝黄狼〟って奴っすね」
「そうなるのだがな、デファン君。後に、カナーバ女史から聞かされた話だが、他にもデブリ帯での活躍が多かったせいか、〝暗礁の魔物〟という名も付けられていたそうだ」
「うへぇ、もう一つあったッすか? ……先輩の事だから、別の意味で泣いて喜びそうっすね」
デファンが茶化すように話題の人物が取りそうな行動を述べると、ユウキもまた、かもしれないな、と笑いながら頷いた。と、そこにレイが質問の声を上げる。
「ユウキ隊長、デブリ帯での活躍というのは?」
「ああ、通商破壊戦での待伏せやさっき挙げたL1防衛戦、それとボアズ要塞が陥落した後の撤退支援戦だな。特に、ボアズからの撤退支援戦では多数のMSを相手に、短時間とはいえ、大立ち回りを演じて、相手の度肝を抜いたそうだ」
「あー、あの時の事っすか。あの時は二十機から三十機はいる所に、不意打ちとはいえ、俺が囮になるって言って、単機で突入していったんっすよねぇ」
地球での戦闘で、自身も十数機のMS相手に立ち回りを演じたことがあるシンだったが、その数を聞き、背筋に冷や汗を流す。僅かなミスが即座に死に繋がる状況になるというのに、よくぞ突っ込んだものだと、自身の事を棚に上げて、その無謀さに呆れが生まれてくる程だ。この感想はレイも同じだったようだが、ちらりと隣のシンを見る目が生暖かいのは気のせいではないだろう。
そんなレイの視線を感じつつも丁重に無視したシンは、一人のMSパイロットとして気になることを問いかけた。
「では、ユウキ隊長、ラインブルグさんって、MSパイロットとして、どれくらいの強さなんですか?」
「……ふむ、難しい質問だな。私やクルーゼは安心して背中を預けることができたが……、いや、これでは答えになっていないか」
一旦、言葉を切ったユウキは自身の中で評価を整理すると再び語り出す。
「おそらく、操縦技能だけで考える絶対的な〝強さ〟ならば、間違いなく、君たち二人より劣るだろう。しかし、奴には常に状況や環境を利用する〝強かさ〟や時に手段を選ばずに相手の意表を突く〝意外性〟、動ける限りはどこまでも喰らいついていく〝しぶとさ〟がある。それらを踏まえて考えると、一対一という条件であっても、君達でも落とすのは難しいかもしれないな」
「でも、そもそもの話、先輩って一対一になるような事は……、単機で行動するような事はしないっすからねぇ」
「そうだな、そういう慎重さも奴らしい所だな」
エースクラスの人が安心して背中を預けることができる上、強かで意外性を持ち、しぶとく慎重であるという言葉が、シンの脳裏に入り込み、ラインブルグの名を持つ人物像に付加されていく。このようにシンの脳内で、ラインブルグ像が色付けされていく最中、ユウキが更に言葉を重ねる。
「もっとも、ラインブルグを真に評価するならば、一MSパイロットとしてではなく、部隊運用者としての評価するべきだな」
「と言いますと?」
「バレル君、今、プラント国防軍MS隊で採用されている小隊や中隊戦術、それにMS教導訓練は元を辿れば、奴が戦隊で使用していたものだ」
「えっ?」
「ラインブルグ戦隊は創設以来、他部隊以上に数多の激戦を潜り抜けてきたが、MS隊……、いや、部隊そのものから一人の死者も出さなかったんだぞ? これ以上の実戦証明はないという訳で幹部会議で満場一致で採用されたのだよ」
俄かには信じられず、シンは疑念の声を上げる。
「ユウキ隊長、ラインブルグ戦隊って、本当に、戦闘を経験してるんですよね?」
「宇宙戦においては、参加しなかった戦闘の方が少ないな」
「そ、それで、一人も死者を出さなかったって……、す、凄いですね」
「そうだな……、あの頃のクルーゼ隊が他者の追随を許さぬ最強部隊ならば、ラインブルグ隊は無敗を誇る優良部隊と言えば良いかな?」
軽い笑いを含ませたユウキの言葉に、その部隊員であったデファンが神妙な顔で一言述べる。
「部隊員だった俺から言わせてもらえれば、出撃して運悪く戦場に行き当たる度に、冷や汗をかかされたものっすけどね」
「だが、君達は最後まで生き残った。奴がザフトを辞めると告げた時に、私に〝人を残す〟と言っていたが、今になってその意味を実感している所だよ。我々プラント国防軍やL1行政府は、君達が、元ラインブルグ隊のメンバーがいるお陰で、とても助かっている」
「あ、あー、そんな風に言われると、ちょっと気恥ずかしいっすね。俺達は俺達で、自分達の居場所を守りたいだけっすから」
ユウキの率直な物言いに、照れの為か、デファンは頭を掻いていた。場の空気がなんとなく朗らかになった所に、新たな風が吹き込むように、外から新たな声が入り込んできた。
「よぅ、女っ気もなく男が四人も揃って、何を話をしてるんだ?」
「む、ロメロか?」
「おうよっと、こりゃ珍しい顔が二つもあるじゃねーか」
「不躾だな、自己紹介位しろ」
「はいはい、俺はヴィットリオ・ロメロだ。一応、国防軍で首席教導担当官ってのを務めてる」
浅黒い肌と光沢のある黒髪を持つ男、ロメロの言葉を受けて、シンとレイが自己紹介をしようとするが、手振りで制すると彫りが深い顔、その口元に不敵な笑みを浮かべ、更に続ける。
「いやいや、自己紹介はいいさ。シン・アスカにレイ・ザ・バレル、お前さん達二人のザフトでの活躍は見聞きしているからな。そりゃもう、経歴から嗜好まで、手に入れられる情報の全てを頭の中に入れてるわな」
「お、お前な、だから、そういう不躾な態度は……、いや、色々と言いたいことがあるが、取り敢えず、役職の前に一応を付けるな」
「おいおい、謙遜表現を知らんのか、同期首席殿」
「……私にはお前の中に謙遜という言葉がある事自体が驚きだ」
穏当だと思っていたユウキが見せた毒に、シンとレイは揃って瞠目する。だが、その毒もロメロには通じなかったようで、何でもないように、四人に問いかける。
「で、何の話をしてたんだよ。面白い話なら、俺も混ぜてくれ」
「はぁ……、ラインブルグの話をしていた」
「あー、あの女を三人も囲ってる色男の話ね。男に生まれたからには、あれ位の甲斐性を持ちたいもんだ」
スッと空いている席に座ったロメロはニヤニヤと厭らしく笑うが、少し潔癖の気があるシンにとっては意外な事に、悪印象は受けなかった。不思議な雰囲気を持つ人だと感じるシンを余所に、デファンがロメロの言葉に意見を述べる。
「傍から見れば、ただの好色男っすけどね」
「いいじゃねぇか、奴には女を囲めるだけの財力もあるんだし、少なくとも路頭には迷わせるような事はしねぇだろ」
「まぁ、ロメロ隊長の言う通り、面倒見がいいのは全面的に認めるっすよ」
「社会的にはけしからん事をしているが、この会の費用を半分持っている事もあるし、私もデファン君の意見に同意しておこうか」
年長者達の意見がまとまったと感じた所で、レイが新たな人物に対して問いを発する。
「ロメロ……「隊長でいいぞ、慣れてるからな」では、ロメロ隊長から見たラインブルグさんはどのような人ですか?」
「あー、そうだなぁ。実績を残したことで、緑だった俺が白服になる切っ掛けを作ってくれた恩人であり、幾つかの戦場で肩を並べて戦った頼り甲斐のある戦友であり、三度の飯よりも女が大好きな俺の貴重な理解者であり、どんな苦境でも常に余裕な態度を見せ続ける強靭な精神力を持つ男であり、三人も女を囲うだけの甲斐性を持つ好色野郎、といった所だな」
「ロメロ隊長、好評価のようで、微妙にそうでもないような気がするっすけど?」
「おいおい、何を言ってるんだ、デファン。俺から見たら、物凄い好評価だぜ?」
確かに女好きと公言するこの人から出た言葉ならば高い評価になるな、と、シンは一人納得しつつ、口を開く。
「ラインブルグさんって、その……、色々と、凄い人、なんですね」
「あー、待て待て、勘違いするなよ? 確かに、ラインブルグの奴は実績こそ残したが、人間的にはそんな立派な奴じゃないぜ? 何しろ、創設されたばかりのMS隊じゃ、クルーゼとそこにいるユウキを含めた三人で、三馬鹿烏って言われてた位だからな」
「ま、また、貴様は、言わなくてよい事を……」
「と、同期首席殿に怒られたくないので、この話はなしということで」
「いや、ちょっと、気になるんっすけど……」
「じゃ、三馬鹿烏について触りだけ言っとくとだな、ラインブルグが事を起こし、クルーゼが上手く煽り、ユウキが美味しい所を持っていきつつ後始末する、ってのが黄金パターンだったな」
「異議ありっ! 私はあの二人の暴走に巻き込まれただけだっ!」
興奮して立ち上がったユウキに対して、ロメロは色々と知っているのか、ニヤリと笑う。
「ほほぅ、ラインブルグがナンパに失敗した女に謝罪しながら上手く言い寄って、夜の街へと一緒に消えた行ったのは誰だっけなぁ」
「ッ! そ、それは、クルーゼのことだな」
シンは、なんとなくだが、ユウキの眼の動きや声音の震えから、その言葉が嘘だと感じた。
「じゃ、ラインブルグが排泄装置を壊して、クルーゼが汚水を逆流させたトイレに、BOuRUを侮辱したMS隊付文官を放り込んで、気持ち良さそうに口笛を吹いていたのは誰だったっけ?」
「ぬ……、それは……」
「ナチュラルがー、コーディネイターがー、とか、どっかの劣等種と違って俺は優良種だー、って、一々うるさかったパイロット連中と模擬戦をした時に、ラインブルグが口だけなら何とでも言えるって小馬鹿にして挑発し、クルーゼが絶妙な慇懃無礼さで合いの手を入れて逆上させ、これ以上ないストレス解消だと、高笑いしながら、相手が泣いて懇願してくるまで、機体全体をペイント塗れにしていたのは誰だったっけかな?」
「ぐ……、なぜ、それを……」
ラインブルグ像とかいう前に、シンの中にあったこれまでのユウキ像が、頼りになる立派な大人としての像が、ガラガラと音を立てて崩れていった。隣のレイを見ると、向こうも同じなのか、唖然とした表情をしている。
そんな二人の心情を代弁するように、デファンが、うぅ、過去の黒い歴史が私を追いつめると、と訳の分からないことを呟くユウキを横目に、ロメロに話しかける。
「み、皆、け、結構、ヤンチャだったんっすね」
「だろ? とはいえ、俺や他の連中も三人が問題を起こす陰で、色々と悪さをさせてもらったけどな」
「なんというか、創設期のMS隊の話が今にまったく伝わってないのも納得するっす」
「ま、ザフト上層部から見れば明らかに汚点だらけだろうし、MS隊にいた連中もほとんど戦争で死んじまったこともあるから、これからもきっと伝わらないだろうさ」
さらりと重い事を言ってのけたロメロは明らかに落ち込んだ様子のユウキを見て、再びニヤニヤと笑いながら立ち上がると、シンとレイの二人に告げる。
「さて、なんちゃって首席教導官から若い二人に、ま、要らないかもしれないが助言しておくとだな、今日みたいな場を活用して、できるだけ貪欲に情報を収集した方がいいぞ。情報が揃う事で、今まで見えていなかった部分が見えてくることもあるからな」
「わ、わかりました」
「ご、ご助言、ありがとうございます」
「あー、それと、どんな物事でも、見る視点や観測者の立場によって、色々と姿を変えることもあるってことを忘れるなよ。……っと、一番肝心なことを忘れていたな。折角、男に生まれたんだから、女の尻を追いかけるのも気張れよ?」
「「は、はい」」
そう言い残すと、ロメロは女性陣が多くいる方向へと去って行った。
一方、残された四人だが、台風一過といった感じには、約一名が精神的に瀕死である事から、残念ながらならず、少々空気が濁っている。その空気を何とかする為だろう、デファンが二人に話しかけてくる。
「さて、ちょっとばかりというか、結構、ユウキ隊長のダメージが大きいみたいっすね。……ユウキ隊長が回復するまで、折角っすから、今、ロメロ隊長が言ったように、二人は色んな人と、色んな話をしてきたらどうっすか? 今日しか会えないって人もいるっすから」
「……シン、ここはお言葉に甘えよう」
「そう、だな……。それでは、デファンさん」
「うん、あ、でも、真面目になりすぎて楽しむって事を忘れたらダメっすよ?」
「はい」
「わかりました」
二人は立ち上がり、デファン達に軽く頭を下げるとテーブルを後にする。
「ユウキ隊長、傷はきっと浅いっすよ」
「ふ、ふふ、私が地道に築き上げてきたいめーじが……、一瞬で……」
との会話を聞きながら……。
「なぁ、レイ」
「なんだ?」
「ユウキ隊長の事、胸に秘めておいた方が、いいよな?」
「ああ……、その方が、いいだろうな」
そう返した後、レイが微かに呟く。
「しかし、ユウキ隊長だけでなくラウまで……」
「どうした?」
「……いや、なんでもない」
一つ首を大きく振った親友からの返事に、ならいいんだがと返しつつ、シンはユウキ隊長のイメージが崩れ去った話の前、アイン・ラインブルグという人物像について思い返す。
取り敢えずは、味方よりも敵方に評価され、今のL1の状況にも大きな影響を与えた凄い人だという人物像が定着しつつあったが、同時に、女三人も囲うような好色な人であり、三馬鹿烏と人に呼ばれる程に、色々と問題を起こす困った人というイメージが像の周りを漂っている。
もう少し他の人から話を聞いたら、今のイメージも明瞭になるかな、と考えたシンは、とりあえず、ラインブルグさんについて聞いてみようと、レイと共に近くのグループに参加すべく歩き始めたのだった。
この時、神ならぬシンは気付いていなかった。
間接的に自分に影響を与えているラインブルクが再び暗躍した事で、ミネルバがアメノミハシラを親善訪問する事になり、その訪問中に企図されている〝とある計画〟の中に一要素として自身が組み込まれている事を……。
その結果、訪れたアメノミハシラにて、全身に生傷を拵えつつも大いなる喜びを経験し、後々まで、とある中年のおっさんに絡まれたり、世の男共から嫉妬されたりするような贅沢な苦悩が待ち受けていることを、知る由もなかった。
11/12/23 誤字修正。
※以下、後書き※
本編の幕間話にお付き合い頂きまして、ありがとうございました。
今回、外伝として書かせて頂きました話ですが、第三部の80話と81話の間を想定しております。
慣れぬ三人称の為、長々と書いてしまいましたが、少しは本編や主人公像の補完になったら良いのですが……。
次に、読んで下さった方々にお詫びを。
本編最終話の後書きにて書きました、読者の皆様に気を持たせるような内容ですが、あくまでも、もしもこの世界で話が続いていくならば、続編はこんなのではないかと、皆様に妄想してもらう為の種であり、筆者に書く予定はございません。
気を持たせておいて、それはないだろうとのお怒りもあるだろうと思いますが、ここは何卒、ご了承ください。
追記
この外伝や本編において、特に書いていない部分につきましては、読者の皆様のご想像にお任せする次第でございます。
書き手としては身勝手な物言いかもしれませんが、書かれていない部分を想像するのも読む側の楽しみの内ということで、ご理解の程をよろしくお願いいたします。
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