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第三部  導なき世界の中で…… (C.E.72年-C.E.75年)
完  導なき世界の中で…… -五大勢力時代


 C.E.75年1月1日。
 L1は世界樹コロニーにて、新しい国際安全保障条約が締結される運びとなった。

 【世界樹条約】と呼ばれるこの新しい国際安全保障条約に参加する国家連合対及び国家は、新地球連合、ユーラシア共和連邦、三国連盟、地中海同盟、プラント、大洋州連合、オーブ連合首長国となっている。
 条約の内容は基本的にユニウス条約の焼き直しであり、前より少し延びた五年の時限条約なのだが、先のユニウス体制崩壊の反省を活かす為にも、各国が人員と装備を供出して条約参加国を監査する国際機関を世界樹コロニーに設立するという点が大きく異なっている。
 参加国から人員等を供出する以上、その監査機関内で各国の主導権争い等が発生するのが目に見えているが、以前のような相互監視体制よりは胸襟を開いて付き合っていかざるを得なくなるはずだし、D.S.S.D(深宇宙探査開発機構)みたいに成功している機関もあるのだから、プラス方向に働く事を信じておこう。
 また、この条約では各国の保有軍事力比率の見直しが行われ、新地球連合が5(大西洋連邦:3、南アフリカ統一機構:1、中東イスラム同盟:1)、ユーラシア共和連邦が4、三国連盟が4(赤道連合:2、南アメリカ合衆国:1、アマハラ首長国:1)、地中海同盟が3(西ユーラシア連合:2、アフリカ共同体:1)、プラントが1、大洋州連合が1、オーブ連合首長国が1というように改定される事になった。
 一見すると、大西洋連邦とユーラシア共和連邦の保有軍事力が大きいように見えるが、これは地球と宇宙の両方に領域を有する等して、保有領域が広いが為に過ぎない。実際、宇宙と地上とに戦力を割ると軍事的には適度なバランスが取れているから、これからはドンパチではなく、外交が活発になる……はず。

 まぁ、この辺りは各国の指導層の良識と政治力に期待する事にしよう。

 そんな事を考えつつ、先月の中旬に退院して、帰ってこれた自宅のリビングにて、レナ達と一緒に条約締結式典の様子をテレビで眺めている。各国元首が居並ぶ中で代表最後の仕事として、調印に訪れたアスハ代表の姿を認めることができた。先の復帰式典で見た時よりも、更に血色が良くない顔を見るに、オーブが割れてから今日まで相当の無理をしてきたのだろう。

 何故だかその姿が……、経験も適性もない仕事に携わるとどうなるかを体現しているかのように思えてしまった。

 憐れみという、おそらくはアスハ代表を侮辱するような事を感じていると、俺の右側に座っていたレナがポツリと呟いた。

「先輩、これで世界が落ち着き始めますね」
「まぁ、とりあえずは一段落といった所だな」
「でも、このまま協調路線を維持して欲しいな。そうしたら、もう動員されなくて済むもんね」

 左側に座っていたマユラが言った言葉に応じるように、俺の両足の間に潜り込んでいるミーアも口を開く。

「うん、できれば、もう、兄さん達の心配をしなくていいようにして欲しい」

 ずっと家で待つ立場だったミーアの心情……、その不安や心細さを、俺には察することが出来ない。だから、ミーアを引き寄せ、昔と変わらぬ温もりと柔らかさ、昔とは比べ物にならない位に女を感じさせる肉感とを併せ持つ身体を懐に抱き込んで呟く。

「ああ、俺も、本当に、もう、戦争はこりごりだよ。でも、今の状況だと、そう簡単に戦争は起きないだろうし、国防軍の陣容も整い始めているから、もうすぐ予備役の動員も解除されるはずだ」
「先輩、動員解除は一月中だそうですよ」
「そうなのか?」
「うん、アサギがそう言ってたわ」

 うむむ、いつもならアサギに教えてもらえそうだけど、サハク首長付きだけあって多忙なアサギとはあんまり入院中には会えなかったし、最近は最近で、テレビやネットのニュースに噛り付いていた事が多かったから知らなんだわぁ。

「なら、兄さん、動員の解除日は、前みたいにみんなで騒ごうね」
「そうだな……、うん、そうしよう」


 と、そこに、式典を映し出す映像にニュース速報を伝えるテロップが浮かび上がった。


 その内容は……、テロ支援組織に機密情報を漏洩した疑いが持たれていたユーラシア共和連邦政府高官が首都近郊の森林で自殺した、ねぇ。


「そういえば、兄さん、最近、色んな国で偉い人が自殺したとか、逮捕されたとか、行方不明になったとか、かなり多いね」
「そうだなぁ。……まぁ、今みたいな状況だし、色々と旧悪が明るみに出るようなことも起きるんじゃないか?」

 そう言って誤魔化したものの……、む、むぅ、まさか、フラガの頼み事を何とかする為に色々と動いた結果が、ここまで大事になるとは思っても見なかったなぁ。


 身体のあちこちで浮かび上がる冷や汗や引き攣りそうになる顔を三人に気取られないように注意しながら、十一月下旬から十二月中頃までの動きを思い返す。


 十一月下旬。
 イシカワ少佐との話し合いの結果、フラガの願い……マリュー・ラミアスを助命が可能かどうかを判断するにも、とりあえずはマルキオを突付けるかどうか、スケープゴートにできるかどうかを調べないと駄目だろうということになり、ここ最近のマルキオに関わる情報を更に収集しようということになった。もっとも、イシカワ少佐と違って、門外漢な俺が出来ることと言えば、プラントにいる知り合いに連絡を取ることだけである。
 なので、内応者を作る為に個人的に手伝った分の借りを返してもらおうだなんて嘯きながら、ユウキに連絡を取り、怪我の状態やアメノミハシラの様子といった近況報告もそこそこに、ラクス・クラインの支援者であるマルキオを潰したいので、その糸口になりそうな、マルキオとテロ組織もといクライン派との繋がりを探りたいから、プラントが有しているクライン派に関する情報を提供して欲しい、とぶっちゃけてみた。
 するとユウキの奴が〝何やら、クライン派に打撃を与えられそうな気配がするから、こっちも一枚噛ませろ(意訳)〟と非常に乗り気になった為、急速に話が転がる事になり、プラント保安局からかつての我が上司……セプテンベルの支局長から更に出世して本局の防諜部長になっていた元課長……が、お見舞い名目で情報を携え、わざわざ訪ねてくれる事になった。
 十一月の終わりに叶ったこの訪問で元上司とイシカワ少佐を引き合わせた所、思わぬ化学反応を起こしたというか……、それぞれが有していた情報……世界各国に散らばっているクライン派の細胞がマルキオが各国から情報を得ているシンパとが重なるか、或いは、近しい位置……同じ職場での同僚や上司部下だったり、ご近所に住んでいたり、商業上の取引のある相手だったり、上級教育機関の学友だったりすることが判明したのだ。
 その為、元上司とイシカワ少佐はマルキオを支援している組織とクライン派とが、ほぼ同一か限りなく近いという認識で一致し、これはエライこったと、元上司はユウキを通じてデュランダル議長に報告を入れ、イシカワ少佐も情報部やサハク首長の元へと相談しに走りる事になる。

 この結果として、サハク首長やデュランダル議長達との間でどんな話し合いが為されたのかまでは知らないのだが……、俺の病室が丁度良い連絡場所だと言うことで、十二月一日に晴れて退院するはずが、二週間も退院が延期されてしまった。
 まぁ、幸いにして、サハク首長から連絡を受けたエヴァ先生が上手いこと理由を……、俺にとってはちょっと嫌な理由だったが、体内に気になる陰を見つけたから念の為に検査するって付けてくれたから、事情を知らない人、例えば、退院を楽しみにしていたレナ達も徹底的にお願いしますという方向に流れ、怪しまれずに済んだけどね。

 それはさておき、浮き彫りになったクライン派とマルキオのシンパ、後に分かった【ターミナル】と呼ばれる組織……この名はどこかで聞いた覚えがあるのだが、思い出せない……との繋がりなのだが、情報を持ち寄っただけで簡単に透けて見えるような、あまりにもお粗末な防諜態勢に首を傾げてしまった。というのも、フリーダムやエターナルの強奪、アークエンジェルの隠密移動、L5でのクーデター等々でわかるように、秘密裏に動く事には定評があるクライン派がターミナルとの繋がりを隠匿しなかったのは変だと感じたからだ。

 なので、その疑問をイシカワ少佐にぶつけてみた。

「うーん、あくまでも個人的な見解だけど……、先の戦争の結果、プラントという国が世界から嫌われているから、プラントとその以外の国の諜報機関が共同歩調を取るなんて事態を想定していなかったんじゃないかな? ユニウス条約で地球連合という大同組織が崩壊して、構成各国がそれぞれ独自路線を歩き始めた事で各国の諜報機関も鎬を削っている状況でもあるから、余計な事を調べる余裕もないはずだ、なんて予想もあったのかもしれない。……まぁ、単純に認識が甘かったとも考えられるけどね」

 という考えを教えてもらえた。

 確かに、プラントが割れるまでは、共同歩調を取るなんて考えられないことだったよなぁ。

 つか、そもそもの話、ターミナルって組織にしても、大本になるマルキオに疑いを持って注視しないと見えてこなかった存在だし、マルキオ自身にしても、普通ならば疑いの目で見られるような存在ではない。何しろ、世界的に高名な宗教家であり、東アジアと赤道連合の戦争を未然に食い止めたりしていただけに、知っている人は〝まさか、あの人に限ってそんなことはしないだろう〟って先入観があるだろうし、知らない人は存在自体を知らないか、メディアで報じられる名前位しか知らないはずだ。
 要するに、世間一般の人ならば、マルキオがターミナルだなんて全世界規模の諜報ネットワークやテロ組織と目されるクライン派とが繋がっているとは考えもしないか、まったくもって知らないというのが普通って訳だな。

 次に実際のマルキオとクライン派との関係だが……、イシカワ少佐が調査した所によれば、マルキオとクライン派というよりは、その領袖であるクライン家と二年戦争前から繋がりがあり、戦争前までは月に一、二回の頻度でマルキオがクライン家を訪問していたようだ。
 毎月のように訪問するとなると、それなりに親しい関係を持っていたと考えられるだろう。そして、その関係は二年戦争を経て、クライン家の当主がシーゲル・クラインからラクス・クラインに代替わりしても変わらなかった……、いや、現在に至るまでの動きを考えると強化されていたと……、ラクス・クラインだけでなく、クライン派とも接触して、関係を強めたと考えるのが自然か。

 まぁ、なんにしろ、このラクス・クライン及びクライン派とマルキオの関係性については、サハク首長がイシカワ少佐に指示を出してマルキオについて調べさせたり、カガリ・ユラ・アスハを巡るユウナ・ロマ・セイランとアスラン・ザラの恋の鞘当て、もとい、若い暴走から始まる一連のプラントやオーブでの分裂劇の結果、アメノミハシラがオーブやクライン政権と対立したからこそ、関係者の目に見える形で浮かび上がってきたことであり、普通ならば見えてこなかった部分だろう。

 うーむ、それにしても、先の二年戦争中から、マルキオを監視しろってイシカワ少佐に言い含んでいたサハク首長って、半端じゃない人っていうか、本当に、カナーバ女史に感じるモノと通じるような怖気を感じてしまうな。

 っと、話を元に戻して……、各国政府内部にクライン派に協力するターミナルが浸透しているという情報を得たサハク准将は、七四五戦略大綱……ムーンライト・プランの最後の仕上げであるフルムーン・プランに使えると判断し、各国に戦後体制構築を呼びかける為に派遣する特使に、各国の歓心を買う為の〝下らないモノ〟もとい〝お土産〟として、持たせたそうだ。

 で、そのお土産を貰った各国指導者はこれは憂慮すべきことだと、或いは、欺瞞情報かと疑いつつも自国の諜報機関に調べさせた結果、各国に浸透し根を張っていたクライン派とターミナルの構成員が芋蔓式に掘り起こされる事になった。
 テロ支援組織とも呼べるクライン派やそれと秘密裏に繋がっていたターミナル構成員の多さもあって、各国指導層が抱いた危機感は相当に大きかったらしく、通常では考えられない程に素早く、思い切りの良い処断が為される事になる。

 各国の十二月をダイジェストにすると……。


 次から次に浮かび上がる各国政府高官達の裏切りっ!

 まさか、あいつが……、と頭を抱える各国首脳達っ!

 裏切りへの怒りと嘆きの中、巻き起こる粛清の嵐っ!

 表と裏で、徐々に追い詰められていく裏切り者達っ!


 と、いうような感じだな。

 そんな訳で先のテレビで出ていたテロップのような事が続き、大いに各種マスメディアや世間を沸かすことになる。それでも年の瀬だけに、クリスマスまでにはこの騒動も少しは落ち着くだろうと思っていたのだが……、どうやら甘すぎる見通しだったようだ。

 このように各国政府が内部の粛清に忙しい中、サハク首長は三国連盟で理事を務める赤道連合と南アメリカ合衆国の元首達やL5に返り咲いたデュランダル議長と連携しながら巧みに動いたようで、世界に安定をもたらす為にも、崩れてしまったユニウス体制に代わる新しい安全保障体制を構築するべきだと各国に説いて、新しい監査機関を設けたり、保有軍事力比率を改定すること以外は、基本、ユニウス条約の焼き直し……更新という形にする事で話を取りまとめたらしい。
 こうして、今日、C.E.75年1月1日に、新しい年を迎えると共に新体制を発足させるべく、戦後からの再建を象徴する世界樹コロニーに各国首脳が集い、調印式典が開かれる事になったのだ。

 正直に言わせて貰うと、国際協調ムードが高まっている今こそ、二年戦争前にあった国際連合のように国家間調停も担えるような全世界的な国家連合組織が結成されたら良いのにと、俺は思っているのだが、大西洋連邦が地球連合を隠れ蓑に好き勝手した影響か、残念ながら、そういう話は聞こえてこない。
 でも、国際連合時代から燻り続いていた国家間の軋轢と対立が、二年戦争や四月馬鹿によるエネルギー問題、地球連合の誕生と崩壊といった事を経て、表面化して爆発してしまった以上、仕方がない事なのだろう。今回の世界樹条約を機に、また地道に相互理解を深めていくしかないということだな。

 できればより良い方向に進んで欲しいと考えていると、画面が条約調印会場から切り替わり、大小様々な船に囲まれた、コーネリアス級よりも三倍は大きい宇宙船とジェネシスαが映し出された。

「あ、小惑星開発団が出発するみたいね」
「ああ、そうみたいだな」

 世界樹条約が締結される記念に、加盟各国が共同で小惑星帯に基地を設置したり、地球へと資源衛星を持ってくる事になったそうで、D.S.S.Dの支援の下、開発団が派遣されるのだ。


 そして、その開発団の中には、全地球規模の大疑獄事件を生み出した大本、根っこ部分に相当する人物……マルキオがいる。


 表面的には長い旅路を経て、危険な作業を行う開発団やD.S.S.Dや民間が送り込んだ木星系開拓団の慰撫を行う為となっているが、これは体の良い言い訳であり、実質は地球圏からの追放である。

 ……いや、各国政府がマルキオ本人に面と向かって、〝テロ組織を支援したあんたを追放する〟と突きつけてはいないから、逃亡の方が正確かもしれない。

 実は地球圏市民の間でそれなりの声望を得ている事に加え、東アジアと赤道連合の衝突を未然に防いだり、二年戦争中も地球連合とプラントとの橋渡し役として和平の道を探ったりと、これまでも戦乱の気配を治めたり、平和の為に貢献してきたことも事実なだけに、各国首脳はマルキオを収監しない方針を採ったのだ。とはいえ、収監しないだけでマルキオを厳しい監視体制下に置く事には、関係各国全てが合意した為、地球圏というカゴに入れられたのと同じである。
 この各国の方針を察したか、或いは、クライン派の細胞やターミナルのメンバーが次々に摘発されている事実を知った為かはわからないが、マルキオが外惑星帯で危険と隣り合わせで開拓に従事し、制限の多い生活している人達を励まし、精神的に支援したいと表明し、例の開発団に加わったのだ。

 という訳で、マルキオ本人を塀の内側に落とせなかったのは残念だが、一時的にでも表舞台(地球圏)から引き離す事に成功した以上は、一定の評価を与えるべきだろう。

 付け加えてというか、本来の目的であるマリュー・ラミアスの助命も、一番の責任を取らないといけないカガリ・ユラ・アスハやアスラン・ザラが公に罪に問われていない事実を下地に、マルキオ本人やラクス・クラインと関わって暮らしていたことで、その類稀なカリスマ性の影響を受けてしまい、洗脳された状態に陥ってしまったと強引に理由付けされたり、オーブで匿われていた事でカガリ・ユラ・アスハの求めを断れない立場にあったと判断できると考慮されたりした結果、情状酌量の余地ありとして、死罪は免じられる事になった。
 とはいえ、大西洋連邦からアークエンジェルの乗組員の処遇を委ねられた際に、艦長級の責任者だけは厳刑で処断して欲しいと言い含められている事もあったので、マリュー・ラミアスは刑場の露と消え、偽の人物たるマリア・ベルネスが生き残る事になった。

 ……要するに、アスラン・ザラでやった後始末とは逆の方法って訳だ。

 しかしながら、これで無罪放免と言うわけではない。死んだはずの本人が公の場に出てもらっては、アマハラ首長国にとっては都合が悪すぎる話なので、ムゥ・ラ・フラガを身柄引き受け人として、アマハラ国防軍に技術士官として組み込まれることになった。
 そして、ラミアスもといベルネスが国防軍以外の人間……、特に情報部によるクリーニングが行われていない外部の人間と接触する等の動きを見せた場合は、軽い不注意ならば、警告や営倉入り、フラガにも連座させて俸給の一から十割までの間で数か月間カットといった程度だが、故意に行った場合は、問答無用で、ベルネス本人の額に物理的に穴を開けるという方向で話は進んでいる。

 まぁ、自分がアークエンジェルを動かしたことで引き起こした迷惑の大きさや死傷者の数を考えれば、優し過ぎる破格の扱いってもんだ。

 そんな事を考えていると、恐らくは予め録画されていたのだろう、例のマルキオが、マスメディアの質問に答える映像が画面に流され始めた。


『……はい、この五年の間に立て続けて起きた戦乱は、ナチュラルとコーディネイターとの軋轢や人々が剥き出しにした我欲だけで引き起こされたものではなく、我々、人類がこれからどのように進化していくのかを迷った結果、起きたものでもあります』


 ……。


『今の戸惑いの中にある人類を導くのがSEEDを持つ者だと、私は言い続けてきましたが……、残念な事に、力の足りなかった導き手は世界の重みに負けて姿を消し、人類の進むべき道は閉ざされたままです』


 ……閉ざされたまま、ねぇ。


『ですが、望みは失われたわけではありません。いつの日か、必ずや、SEEDを持つ者が現れて、私達を……、いえ、この世界を導くことになるでしょう』


 はぁ、預言者気取りって奴か。 


『ですから、今は待ちましょう。SEEDを持つ者が現れて、世界を導く日が来るのを……』


 やれやれと首を一つ振ると動きの振動を感じたらしく、ミーア達が不思議そうにこちらに顔を向けた。

「いや、なんでもないよ」

 その一言で、三人はそれぞれの表情で頷き、再び、視線を画面へと戻した。その三者三様の姿を愛でつつ、心中で嘆息する。


 マルキオも、もう、いい加減、SEED云々で人を誑かすのは止めて欲しい。……というか、そもそも、大切な中核部分が固まっていないSEEDを当たり前のように語るなよなぁ。
 そもそもの話、SEED云々を声を大にして言いたいなら、少なくともエヴァ先生みたいに、まずは〝SEEDとは何か〟って考察を重ねた上で、SEEDとはどういうモノなのかを、一般に向かって分かり易く話をして欲しい。

 まぁ、不確かな神秘性こそがマルキオにとってのSEEDであり、拠り所なのかもしれないけど、極端な話、マルキオが語っているSEEDを持つ者とそれ以外の人との関係って……。

「俺、SEED持ってんだぜ!」
「えっ、あの有名な人が言ってるSEED?」
「そう、その有名な人公認のSEEDだ。凄いだろ?」
「うん、すげぇーーっ!」
「そうだろうそうだろう。……なら、その凄い俺の言うことをもちろん聞くよな?」
「うん、有名な人が言ってるSEEDを持ってるあんたは凄い人だから、俺、言うこと聞くよ!」

 ……こんな感じだからなぁ。

 ほんと、マルキオが語るSEEDを信じる人達って、思考停止しているとしか言いようがない。

 いや、逆に言えば、そういう人達を引っ掛ける為にも、あえてマルキオはSEEDについて詳しく話していない可能性もあるもしれないか。まぁ、なんにしろ、宗教を騙る詐欺師の手管に近いものだわ。

 後、マルキオが唱えている形を変えた救世主思想に安易に縋るような人にも、まずもって自力本願……自分の力で自らの未来を切り開く為に徹底的に足掻いて、それで駄目なら周囲の力を借りてでも未来を掴む努力をして……、それでも無理で力尽きてしまい、前のめりに倒れてしまってから、縋れと言いたいな。

 仮に救世主を求めるのならば、安易に堕する事無く懸命に人事を尽く切った後……、人知を超えた得体の知れぬ神に縋るのと同じで、本当に最後の最後だけにするべきだろう。霊長を名乗る以上、それ位はしないと、万物に申し訳ない。

 ……。

 そうだな……、もしも、今度、マルキオが語ったみたいなSEED理論を振りかざしたり、妄信的に信じている奴に会ったら、SEEDってモノがどういうものなのかを考えさせたり、どういうものなのかを語れるかどうかを確かめる為にも、挑発がてらに言ってやろうか。



「えっ、その種って……おいしいの?」



 って、な。








 第三部  導なき世界の中で…… (C.E.72年-C.E.75年) 了

 えっ、その種って……おいしいの?  完


 後書き
 以上を持ちまして、【えっ、その種って……おいしいの?】は完結でございます。
 まずはこの場を借りて、メッセージにて貴重なご意見や誤字脱字の報告、様々な感想をお送り下さいました方々に厚く御礼を申し上げます。御陰様でモチベーションを維持する事ができ、無事に完結に至ることができました。

 さて、本作は一つの区切りにて完結となりましたが、世界自体は以後も続いていきます。
 そう、行方知れずになったラクス・クラインがどこからともなく新たな軍勢を率いて、地球圏に攻めてくる【劇場版 機動戦士ガンダムSEED -ETERNAL PEACE-】かもしれませんし、作中に出てきた宇宙クジラが実はとある異星人の難破船で、それを異星人が探しに来た事で一騒動が起きる【機動戦士ガンダムSEED外伝 -The Visitor from Deep Space-】かもしれませんし、ちょっとした軋轢から過去の火種が再燃し、五大勢力間で戦争が勃発する【PS2版SLG 機動戦士ガンダムSEED Chronicle -地球圏統一戦争(おまけとして、二年戦争編や五大勢力形成編が収録されてるよ!)-】かもしれませんし、ステラに会う為にアメノミハシラにやって来たシンが偶然にもキラと邂逅し、互いの立場を知らぬまま、様々なことを静かに問答する【機動戦士ガンダムSEED DESTINY外伝 -あの日、あの時-】かもしれませんし、地下に潜っていたファントムペインの残党が大西洋連邦軍施設より核を奪取し、憎きコーディネイターを殲滅する為にプラント・L5コロニー群への攻撃を企てる【OVA版 機動戦士ガンダムSEED C.E.78 -モータルペイン-】かもしれません。

 まぁ、全部、口からの出任せ……ウソですが、こんな感じに、多くの可能性を生み出せそうな世界観だというのに、平成のファーストガンダムはDESTINY以降、まったくもって新しい展か……、いえ、なんでもありません。

 そ、それでは、途中で少しばかり暴走した所もありましたが、筆者の〝こんなのだったら良かったのになぁ〟的な妄想に長らくお付き合い頂きまして、ありがとうございました。


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