第三部 導なき世界の中で…… (C.E.72年-C.E.75年)
90 再構築への後始末 -世界樹再建
早くも十一月の半ばになった。
先月に意識を回復して以来、術後の合併症といった事も幸いな事に起きることは無く、再生治療を受けた臓器類の調子や折れた肋骨が変に固着していないかをエヴァ先生に注意深く診察してもらいながらも、寝たきりだったことで弱った筋力を回復させる為のリハビリに励んでいる。だから、決して、戦争が終わって、後始末に忙しそうな現場に早期復帰するのが嫌で、病院でのんびりとしている訳ではない。
そもそも、リハビリ室で口調こそ優しいが行動は厳しい療法士の指導の下、減らず口を叩きながら汗水流してリハビリをしていると、時折、透明アクリル板越しに廊下から見られているような……、しかも、お尻の辺りを中心に全身を嘗め回されるように見つめられているような怖気に襲われることがあったりする以上、逆に早く退院したいくらいだ。
……だが、まぁ、リハビリ室の件は、フラガの野郎が妙な事を吹き込んだから気になるのであって、うん、気のせいだろう。
そんな訳で毎日の日課であるリハビリを終え、施術の痕が消え始めた身体の汗を消臭効果もある清潔なタオルで丁寧に拭いとった後、自分の病室に戻ったきた所だ。
以前と違い、最近は見舞い客も落ち着き、ミーアやレナ、マユラを中心とした身内が主になってきている。というか、皆、仕事を抱えている以上、生死を彷徨ったり、死に至るような状態ではないから大丈夫だと断りを入れたのだ。もっとも、こちらからの断りを受けても尚、律儀というか理由があって来ている人もいる訳であり、自分の病室で待っていた人物もその一人である。
「……イシカワさん、今日もサボりですか?」
「そう冷たい事を言わないでくれよ、ラインブルグ君。ここが今、一番、のんびり出来て、ゆっくり寝れる所なんだからさ」
冷蔵庫から取り出したミネラルウォーター……律儀にも自分で買ってきて、冷蔵庫に放り込んでいたりする……を飲んでいた、どこにでも売っているようなカジュアル服姿のイシカワ少佐がそう応じた。実は二日に一度のペースで、諜報部に所属しているイシカワ少佐が昼間にフラリとやって来ては、付添い人控え室と呼ばれる別室で仮眠を取っていたりする。
「まだ忙しいんですか?」
「うん、先週まではプラント関連の詰めで、今週からはフルムーン関係が始まって大忙し」
表面的には何でもないように取り繕っているようだが……、実際の所、身体が異常に強張っているように見受けられるし、目元の筋肉がピクピクと痙攣していたりするだけに、疲れ切っているようだ。
「そうですか。まぁ、軍から何か連絡があった時の取次ぎ役位はしますよ」
「助かるよ、ほんと。ここ最近の忙しさで仕事場は殺気立ってるし、仮眠室は暑苦しい上に男臭すぎるし、寝入った瞬間に叩き起こされる確率が高いし、ここ位しかゆっくりと気を抜いて寝れる場所が無いんだよねぇ」
イシカワ少佐が所属しているという諜報六課は対外工作等を行うだけに表立って見られたくないとかで、無重力ブロックや国防省ではなく、国防軍病院から一街区程離れた位置……国防省からも大凡で一街区程度離れた位置にあるオフィス街の一画に、民間企業を模したオフィスを構えているそうだ。
「はは、つまり、怪我人様々と?」
「そういうこと。ちゃんと、お嬢さん達が来る前には退散するからさ、ラインブルグ君、部屋、借りるね」
「ええ、わかりました」
ミネラルウォーターや栄養剤、軽食が詰まってると思しきコンビニ袋を片手に、ふらふらとした足取りでイシカワ少佐は控え室へと消えていった。
いやはや、情報部も大変な職場のようだ、なんて事を考えながら、イシカワ少佐が起き抜けのリフレッシュがてらに語ってくれる現在の国際状況を思い出す。
十一月現在、ユニウス・セブン落下テロを発端として地球圏で巻き起こっていた戦争は、アマハラ首長国とL5クライン政権との戦争も含めてほぼ終わっており、戦後の混乱等が一部関係国で起きているものの、社会には平穏が戻りつつある状態だ。そんな状況を象徴するように、先月の二十日にL1で再建が進められていた世界樹コロニーが完成している。付け加えれば、カナーバ女史が手を回した為なのかはわからないが、完成式典には反プラントの筆頭格とも呼べる大西洋連邦を含めた各国より特使が派遣されていたりする。
更に更に、非常に驚くべき事に、この式典ではブルーコスモスの事務局からも祝電が届いており、先の大西洋連邦から特使が派遣された事と合わせて、ブルーコスモスや大西洋連邦の変化……対コーディネイター路線の転換や対プラント姿勢の軟化について、かつてない程に協調と平和に向けた機運が高まっていると、各国のマスメディアによって大々的に取り上げられている。
こんな風に国際社会に融和的な空気が醸成されつつある中、今月七日、L1のデュランダル政権はL5を制圧するべく、再び国防軍を動かすことになる。
そして、その結果なのだが……、先程、イシカワ少佐が話していたことに関連してくる。
実は、プラント国防軍艦隊の侵攻とタイミングを合わせて、L5の協力者達が武装蜂起を起こしたのだ。でもって、その協力者達を取りまとめたのが、イザーク・ジュールの母でおっかないエザリア・ジュールとアスラン・ザラの母で今は亡きザラ議長の奥方でもあるレノア・ザラであったりする。
この二人が、かつての対ナチュラル強硬路線より現実路線に転向していた旧ザラ派のメンバーや国際テロリストに牛耳られている現状を忌々しく感じていたプラント保安局の一部を率いて起こした武装蜂起によって、アプリリウス・ワンにあるプラント政庁及びプラント最高評議会が制圧された結果、ヤキン・ドゥーエ防衛隊やプラント防衛隊は戦闘中止を命じられ、一部の暴走で散発的な抵抗こそ起きたものの、プラント・コロニー群は国防軍によって制圧される事になった。
だがしかし……。
そう、だがしかし、非常に残念な事に……、最大の目標である政権首班、ラクス・クラインの拘束に失敗してしまったそうだ。
肝心な頭を押さえるのに失敗するって、どういうことだよ……、と文句も言いたくなるが、協力者達と連絡を取る為にL5に潜入していた諜報六課員からの報告によると、武装蜂起した時分には既に行方知れずな上、最高評議会を我が物にしていたザフト幹部を物理的及び精神的に、更には薬物を使って締め上げても、情報を得ることはできなったらしい。
その為、他国の捜査機関へと応援を頼む程に、総動員してその行方を追っているそうだが……、情報を集約したイシカワ少佐が軽食を食べながら呟いた〝独り言〟によると、先のイワト会戦やヤキン・ドゥーエ宙域での敗戦後、ボロボロになったザフト艦隊が帰還した後あたりから声だけで姿を見なくなっていたらしいから、理由はともかくとして何者かに殺されるか、既にL5から何処ぞへと逃げ出したかの、どちらかだろう。
……。
ラクス・クラインか。
本当に、行動と主張が釣り合わない奇妙な人物だ。
直接、話をしたことはないが……、ヒビキやフラガからの話を聞く限り、ナチュラルとコーディネイターが些細なことから相争う世界の現状を憂いたそうだから、きっと個人的には悪い人物ではないのだろう。
けど、同時に、お嬢様育ちで世間知らず、苦労を知らなそうだったとも聞いているから、自らの望みを達成する為に、まどろっこしくも対話を重ねて相互に理解していくという、今の世に合った方策を取らず、自身がより効率的に感じられた方向に……、自らの主義主張を絶対として、押し付けるような極端に走ったのかもしれない。
無論、これは個人的な意見であり、実際は異なる可能性の方が高い。
背後に隠れた誰か、或いは、天井で繰り糸を操るような人形師に踊らされた人形だったのかもしれないし、ヒビキ達に見せていたのは何重にも被られた猫の皮であり、実際は語るのもおぞましい化け物のような存在なのかもしれない。
……ただ、ミーアと声が似ているだけに、化け物ではないことだけは信じたいもんだ。
んんっ、それはともかくとして、この一連の動きの結果、ザフト旧来派やクライン派は一掃されて、クライン政権が倒れることになり、L1政権首班たるギルバート・デュランダルがミネルバに乗って、アプリリウス・ワンに帰還する事になった。
これで、プラントも二重政権状態……内戦が終わり、デュランダル政権が再び正統政府として復活したというわけだ。
うんうん、国際協調を是とするデュランダル政権が返り咲いた事でまともな外交交渉が期待できるし、クーデターを引き起こしたクライン派やザフト旧来派の連中が早くも血祭りにあげ……もとい粛清されたこともあって、プラント市民の中に潜むコーディ至上主義も鳴りを潜めたし、L5やジブラルタルに残っていたザフト軍事部門が国防軍に接収され始めて、後はカーペンタリアのザフト地上軍を何とかするだけの状況になったし、喜ばしいことだ。
戦争が起こりにくくなりつつある世界の流れに、独り満足していると、新しい客人が二人やってきたようだ。
「よう、ラインブルグ、今日も邪魔するぜ」
「こんにちは、これ、お見舞いです」
今日は非番なのか、白系統の上下で爽やかさを演出したカジュアル服に身を包んだフラガと落ち着いた黒いシャツにデニムパンツ姿のヒビキだ。
ヒビキが差し出した果物と缶詰の盛り合わせを受け取りながら、前から言っている事をもう一度言っておく。
「いや、前から言ってるけどな、ヒビキ、お見舞いはもういいって」
「でも、やっぱり、何か持たないといけないかなぁって」
「なぁ、俺もそう言ってるんだけど、それでも律儀に買ってくるあたり、キラってカワイイ奴だと思わないか、ラインブルグ」
「お前、その妖しい薫りがする物言いは止せって! ただでさえ、アスラン・ザラの擁護の為に派手に動いた影響で、一緒に居る時間を削られたアルスターがお冠なのに、もしも今みたいな話を知られたら過剰反応して、絶対に、ヒビキが刺されるか息子を切り取られるか、腎虚になるまで甚振られるぞ」
あーあー、ほら見ろ、可哀想に、ヒビキの奴、蒼くなって、鋏怖い包丁怖いって、お願いフレイ、もうソコを縛るのはやめて、出させて、破裂しちゃうって、ブツブツ言いながら、光も反射しない程に虚ろな目で震え始めただろうが。
そんな非難の意思を乗せて、フラガをジト目で見ていると、フラガは呆れた顔で一言。
「……いや、今、キラを追い詰めたの、間違いなく、お前だろう?」
えー。
……ちょっと、場がグダグダしてしまったので、見舞いの果物をみんなで食べて、仕切り直し。
甘いものを食した事もあってか、場が落ち着きを取り戻し、話を再開する態勢に戻る。
「それで、アスラン・ザラの方は何とかなりそうなのか?」
「はい、全ての責をアレックス・ディノに押し付ける事になりましたから、今度行われる捕虜の引渡しでオーブに戻せそうです」
「そうか、良かったな」
「これもラインブルグさんが手伝ってくれたから出来たことです」
「いやいや、俺は知り合いに口利きをしただけだからさ、感謝は実際に動いてくれた人達にしてくれ」
そう、俺がしたことは、見舞いの通信を入れてきたユウキに最後の懸念であるクライン政権を潰すに当たって、L5に強力な内応者を作ったら戦闘で発生する犠牲や後に残る怨恨が少なくて済むんじゃないかと囁いたり、イシカワ少佐に手の内にあるアスラン・ザラというカードを利用したら、L1デュランダル政権に貸しを作れるんじゃないかと呟いたり、アスラン・ザラの置かれた状況……アスハ代表を拉致してオーブを分裂させた切っ掛けを作ったこともあり、テロリスト扱いされていて、このままだと物理的に首が飛びかねない、という説明をしたビデオレターを作って、イシカワ少佐に託しただけだ。
……いや、政治に関わるつもりの無いザラ夫人を表舞台に引っ張り出してしまった悪党でごめんなさい。
でも、アスラン・ザラを助命する為には……、先の戦闘でタワラ少佐達を落としたりして、アマハラ国防軍に少なからぬ損害を与えた男を救う為には、血縁者でかつ旧ザラ派に影響力を持つザラ夫人にこれ位の……戦争終結の一端を担う位の仕事をしてもらわないと難しかったんだよねぇ。
まぁ、幸いにして、ザラ夫人が俺が言って欲しかった事を察してくれて、息子の命を助けてくれるならばという条件をつけて、しっかりと動いてくれたから良かったけど……、うぅ、落ち着いたら、ザラ夫人に巻き込んでしまった事を謝りに行かないとなぁ。
まったく、戦後の後始末に関わっていると、俺の非常に清らかな魂が、物凄い勢いで穢れていく気分だ。
……フラガやユウキ辺りから出て来そうな、何を今更、もう既に穢れきっている癖に、という意見は受け付けない。俺にだって、思い込んでおきたいことが一つ位はあるのだ。
心の中で誰にともなく言い訳しつつ、フラガへと話を振る。
「じゃあ、フラガの方はどうだ?」
「大西洋連邦に関してはアークエンジェルを引き渡す事で、中身はこっちで処分するって事で話が付いたらしいんだが、肝心の部分で難しい状況だ」
「……まぁ、艦長だからなぁ」
眉根に皺を寄せ、難しい顔をしたフラガと話をしている内容は、以前、フラガが世話になりたいと言っていた事……、自分が惚れた女を……、アークエンジェルの艦長を務めていたマリュー・ラミアスを助命したいってことだ。
だが、今現在の所、他の乗組員達の罪を一等減じて助命する為に、マリュー・ラミアスをテロリストの中核犯とし、その一命でもって全ての責を贖う方向に話が進んでおり、引っくり返すのは容易ではない状況である。
「むー、なら、L3からアークエンジェルを持ち出すまでの間の話は聞けたのか?」
「そっちはなんとか聞きだすことが出来た」
「聞かせてくれ」
「ああ」
話を要約するが……、マリュー・ラミアスはL3で装備の類をクライン派に預けた後、アークエンジェルのクルーやオーブ軍残党と共にオーブに帰還し、それぞれが偽名と戸籍を得て、暮らし始めたそうだ。ラミアスもマリア・ベルネスという偽名を名乗り、例の〝歌姫〟ラクス・クラインやどういう関わりかは知らないが〝コーヒー狂徒〟じゃない〝砂漠の虎〟アンドリュー・バルトフェルド達と、マルキオなる人物が運営している、アカツキ島の孤児院で共同生活を送りながら、モルゲンレーテ本社で働き始めたとの事。
……これはまた、興味深い名前が出てきたなぁ、等という感慨は置いておいて、続きを聞く。
オーブ本国の戦後復興が進む中、モルゲンレーテ本社に勤めながら平穏な生活を送っていると、だいたい一年後に、フレイ・アルスターを見つけることが出来なかったと、マルキオに連れられたキラ・ヤマトがって、おいっ!
「な、なぁ、今の話って、本当の話なのか?」
「ああ、信じられないが、本当だ」
「僕もびっくりしました。アスランと話をした時もそうでしたけど、ムゥさんと一緒にマリューさんに会いに行った時にも、どうしてプラントにいるはずのキラ君がここにいるのっ! って、盛大に驚かれましたからね」
ドッペルな怪談でもあるまいし……、同一人物が存在するなんて、普通なら考えられないんだが……。
……。
普通じゃないって事は、裏関係かな?
……。
うん、裏関係に詳しそうな人に聞いてみるのも手か。
「イシカワさん、起きてます?」
俺の問いかけに応えるかのように、〝話は聞かせてもらった〟と言わんばかりにガラッと音を立てて勢いよく別室の戸が開き、面白そうな顔を浮かべたイシカワ少佐が目を輝かせながら出てきた。この突然の登場に、ヒビキは目を真ん丸くしているが、フラガは付き合いがある為か、特に驚いていないようだ。
「何だ、あんた、来てたのか?」
「うん、最近、ここで仮眠取らせてもらってるのよ。……いや、それは置いといて、今、結構、興味深い話をしてたよね」
「ぼ、僕の同一人物っていう話ですか?」
「うん、それもあるけど、住んでいた孤児院を運営していた人も訳ありでね」
……マルキオってのは、やっぱり、あのマルキオ導師みたいだな。
「で、先に言っておくけど、さっきの話に出ていたヒビキ中尉に瓜二つなそっくりさん、多分、【カーボンヒューマン】だと思うよ」
「カーボン、ヒューマン、ですか?」
「うん、俺もこの情報は上の方から聞かされたんだけど……、物騒な話、ある個人のパーソナルデータを別人に複写して生み出す、複製人間みたいなもんだ」
俄かに信じがたく、俺、フラガ、ヒビキ、三人揃って、ポカーンとした表情を浮かべてしまう。俺達の顔を見たイシカワ少佐は、わかるわかると何度も頷いた後、更に付け加える。
「はは、難しい事は置いといて、とにかく、同一人物を作り出せるだなんて物騒な技術があって、そういう存在があるのだと思って頂戴な。で、この人格どころか、生体のパーソナルデータを丸々写すってことはさ、自然、移す側のパーソナルデータを潰してしまう事に繋がる訳で……、当然ながら、人を殺すのと同義であるわけだ」
そ、そりゃ、ある一人の人間を別人に上書きして、別の存在にするわけだから、出生前の遺伝子操作とはレベルが違うわな。
なんて風に、倫理観が欠如した恐ろしい話だと、背筋に怖気を感じていると、イシカワ少佐は話した内容が浸透したと判断したのか、更に話を続ける。
「そう、人物の複製が殺人に相当する以上、当然、現在の法律……プラントを含めた各国の法律で違法になる。……ヒビキ中尉、ラクス・クラインかマルキオって人と関わってから、大怪我したことない?」
「……あります」
「じゃあ、その時にパーソナルデータを取られたんだろう。……君の存在は裏ではとても有名だからね」
……なにそれこわいって、いかん、ヒビキの奴が蒼白になった上に怖い顔してる。ここはフォローしておくか。
「イシカワ少佐、今のはちょっと」
「おっと、確かに不躾すぎたな。ヒビキ中尉、謝罪する」
「……いえ、覚悟していたことです」
「いやいや、そんな悲壮な覚悟もなしで。サハク首長や情報部の上層は君の事情を知っているし、中堅クラス以上も、サハク首長からこっちの都合に巻き込む以上、君の身辺には十分に留意せよって言われている。今日は好い機会だから、それを知っておいて欲しかったんだ」
この物言いだと、防諜関連がヒビキの周辺に網を張って、ヒビキと周辺を守ってる……庇護下に置いているみたいだな。まぁ、逆を言えば、ヒビキ自身やヒビキの周辺で事が起きないように監視しているって事だけどね。
「そう、ですか。……ありがとうございます」
なるほど……、確かに、ヒビキって素直に人の言葉を受け取るタイプみたいだから、フラガの言うように好感を持てるわ。
そんな事を考えながら、紙皿の上に残されていた食した後に残された様々な果物の種をそのまま紙皿で包み込んで、ゴミ箱に捨てる。それで場が仕切り直されたと判断したのか、イシカワ少佐が話を戻してきた。
「じゃあ、話を戻すことにして……、このカーボンヒューマンが存在するってことだけで一級の犯罪になることはわかってくれたと思う。なら、何故、法を犯してまで、誰が、何の目的で、ヒビキ中尉のカーボンヒューマンを作ったのか? ……っていう風に、普通なら話が進むんだろうが、ぶっちゃけると、別にそんなことはどうでもいい」
おおっ、ヒビキよ、ガクッと前につんのめるなんて、中々にいいリアクションを見せてくれるじゃないの。
「あの……、僕にとっては、結構、気になることなんですが」
「ヒビキ中尉、残念ながら、組織においては、組織の目的に沿うか、益にならない限り、個人の望みは叶えられにくいんだ」
……シビアだけど、それが現実。
「だから、俺から言わせてもらえれば、そのカーボンヒューマンが、マルキオに連れられてきた事の方が重要」
「で、でも、マルキオって人がカーボンヒューマンを作った事に関わったとは限らないし、偶然、見つけて連れてきたって事も……」
「そうかもしれないし、そうでないかもしれない」
あー、この物言いだと、白であろうと灰であろうと、黒にしてしまいたいって事かな。と、イシカワ少佐の考えを推測しているとフラガが口を挟む。
「なぁ、イシカワさんよ、マルキオって、あの有名な宗教家の事だよな?」
「うん、フラガ大尉の言う、世間的には高名な宗教家で通っている人だよ」
「世話になってたって言うマリューから話を聞いているのもあるかもしれないが、そんな事をするようには思えないんだが?」
「世間的に見たら、或いは、一面だけ見れば、そうなるだろうね。……でも、先の戦中に、サハク首長から〝マルキオの動きを探れ〟って指示を受けて以来、地道に調べてきたんだけどさ、現物はかなり胡散臭い奴なのよ。事実として、二年戦争の真っ最中に、ジャンク屋ギルドを設立に協力した際に普通なら考えられない程の特権を与えるように各国に働きかけてジャンク屋の支持を取り付けたし、ヤキン・ドゥーエでの最後の戦いで軍事介入を企図したラクス・クラインをジャンク屋ギルドを介して資金面や人材面で支援してる」
ふむ……。
「ラクス・クラインと繋がりがあるんですか?」
「元を辿れば、クライン家とって事になるけど、二年戦争前から繋がりがあるみたいだよ。で、その繋がりを使って、地球連合とプラントとを往復する和平仲介人みたいな存在になって、各国上層部からそれなりの声望を得ていたりする。……話を戻すけど、戦後になってからも、アークエンジェルをL3からオーブに移動させるのに手を貸したり、各国政府に入り込んでいる自身のシンパを使って、各国の機密情報を手に入れたりしていたようだ」
「そ、そんなことをしている人だったんですか?」
「そうなんだよ、ヒビキ中尉。それに、今回は今回で、ラクス・クラインこそがSEEDを持つ救世主だとか、カガリ・ユラ・アスハもSEEDを持つ者であり、人類を導く一人だとか、各国で吹聴して回ってくれたお陰で、L3で戦闘が起きた頃には、オーブやプラントに対する制裁はやり過ぎだって声が各国政府内で出始めていたよ。ほんと、宗教家なら世俗の事に関わりすぎるなって言いたい程に、傍迷惑な存在さ」
「……イシカワさん、その調べた情報の裏付けは?」
「各国諜報機関から合法非合法を問わずに得た情報と各国に派遣したうちのエージェントによる直接調査、サハク首長が使ってる裏で一番の情報屋、それに俺自身の伝手であるフリージャーナリスト」
なら、ほぼ黒って考えてもいいな。
……。
フラガの案件……、これを使ってみるか?
「イシカワさん、もう、マルキオって人には、少々強引な手を使ってでも、表舞台からご退場頂きません?」
「奇遇だねぇ、俺もそうなって欲しいと思っていたんだよねぇ」
そう、マルキオは犠牲になるのだ、マリュー・ラミアスを助ける為のな。
ふふふ、と内心で黒い笑みを浮かべていると、俺の顔を見て、若干、腰が引けたような姿になったフラガが声をかけてきた。どうやら、黒い部分がちょっと表に出てしまったようだ。
「お、おい、ラインブルグ、大丈夫なのか?」
「まぁ、上手くいかないで失敗したら……、そん時はそん時で、お前がラミアスと一緒に死んでやれば良いじゃない」
「なっ! おまえっ! 他人事だからって、そりゃないぜっ!」
「仕方が無いだろう? 元々、死刑にするしかない奴を助けろだなんて、無茶振りをしてきたのはお前なんだからさ」
「そ、そりゃそうだがなっ、その、もう少し、他に言いようがあるだろう?」
他にどう言えと、と答えようとしたら、何やらしみじみとした風情でうんうんと頷いていたヒビキが声を上げた。
「ムゥさん、愛する人と一緒に死ぬって言うのも、意外と悪くないような気がしませんか?」
「え? い、いや、待て、キラ! お前はお前で、フレイの嬢ちゃんに毒され過ぎだっ!」
ちらりとイシカワ少佐を見ると、俺の視線に気づいたのかニヤリと口元を歪め、茶々を入れてきた。
「うんうん、心中ってのは、昔から文学とかで取り扱われてる程に一般的だし、良いかもねぇ」
「なら、イシカワさん、失敗したら、フラガとラミアスで描く新世紀の心中劇……差し詰め、ミハシラ心中って所ですか」
「ははっ、上手く二人きりにして、ナイフでも差し入れしないといけないね」
「そうですね。もし、それが無理でも、心中に後追いを付ければ良いですしね」
「だーっ! たくっ、お前ら、不吉なことばかり、言うなってっ!」
と、こんな感じに盛り上がってしまった結果、四人揃って看護士やエヴァ先生に叱られる破目になってしまった。
まぁ、マルキオって人、これまで明瞭に非難されたことが無い事を考えると、相当に慎重で世渡りが上手いみたいだから、どうせ上手く逃げ出して地下に潜るだろうから、遠慮せずに利用しようか。
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