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第三部  導なき世界の中で…… (C.E.72年-C.E.75年)
87  業を背負う者達 -イワト会戦 3


 9月19日。
 対オーブ戦略クレセントの実効性強化の為に水面下で進められていた動きが遂に表立っての動きへとシフトした。地球においては三国連盟を構成する三国の一つである赤道連合が、オーブに近いニューギニア島に海洋艦隊及び陸上部隊、航空部隊を派遣して、直接的な圧力封鎖を実施し始めたのだ。なんでも、陸軍に配備予定されているドゥルガーの数が定数の半分に達した事、緊急展開軍にムラサメが試験導入された事、海軍で使用する水中用BIの運用法が確立された事や先行量産されたマリーネAが艦隊に配備された事を受けての措置らしい。
 この結果、ただでさえオーブに寄港する事が激減していた商船は見る陰もなくなった上、強敵である新地球連合以外に直接的な敵を増やしたくない大洋州連合がオーブと距離を置き始めた為、大洋州連合を間に介して、何とか貿易を行っていたオーブ経済は大打撃を受けているようだ。
 無論、オーブ政府はこの赤道連合の動きに対して強く抗議しているようだが……、近い立場にあった大洋州連合が離れ始める程に四面楚歌と呼べる状況であるだけに、無駄な努力だろう。

 21日。
 宇宙……、いや、もっと大きな目で見て、国際関係に大きな変化が起きた。先月来よりアマハラ首長国が仲介し、交渉の席を提供して断続的に続けられてきた、L1デュランダル政権と新地球連合との講和交渉が実り、正式な講和が成立したのだ。
 この講和の結果、ユニウス・セブン落下テロ以降に巻き起こっていた戦争が一つの大きな節目を迎えることになり、L1のデュランダル政権は戦う相手をL5のクライン政権に一本化でき、新地球連合は得るものもなく泥沼化していた戦争から足を洗え、両者を仲介したアマハラ首長国は新しい戦後体制の構築に向けての有力な伝手を手に入れたことになる。ちなみに、この両者の講和交渉は先にあった大洋州連合がオーブと距離を置いた理由の一端であったりもする。

 27日。
 オーブのマスドライバー、カグヤⅡより九隻の艦船……イズモ級三隻とコーネリアス級輸送艦六隻が立て続けに打ち上げられた。その小艦隊は、静止軌道上のアメノミハシラやL3のイワト要塞やタカノアマハラ、封鎖部隊が展開する地球-L5航路を避けるようにL4へ向かった後、月裏側のL2を経てL5に入ったことが、アメノミハシラやタカノアマハラの早期警戒網及び護送船団を形成するSKOからの通報、大西洋連邦軍やプラント国防軍からの連絡で逐一確認された。
 この動きを受けた国防省は直近の情勢も含めたオーブやL5の状況から、近々L5クライン政権とオーブが何らかの行動を起こすと判断し、アメノミハシラに駐留している第一艦隊に出撃準備に入るよう命令を出している。

 29日。
 L5の動きを注視していたアメノミハシラやL3の早期観測網が大規模な軍事行動の兆候を示す多数の熱源が探知する。この事から、アメノミハシラより第一艦隊が出撃してL5側の動きに備えると共に、L3のイワト要塞でも駐留する第二艦隊が臨戦態勢に入り、地球-L5航路で封鎖任務に当たっていた即応部隊もまた、一時的に任務を中断して、L5の行動に備えて厳重な警戒態勢を取ることになった。


 そして、30日未明。
 L5より、クライン政権軍とオーブ軍とが合同したと思われる大凡三十隻程度の艦隊がL3方面に向けて発進した事が確認された。この動きに合わせて、第一艦隊及び即応部隊もL3に向かうことになる。


 ◇ ◇ ◇


 9月30日。
 L3外縁部……地球方面の玄関口に位置するイワト要塞が管轄する宙域において、第一艦隊及び即応部隊は侵攻してきたL5クライン政権軍とオーブ軍の合同艦隊に立ち塞がる形で対峙している。前面に第一艦隊、その背後に即応部隊が付くという形だ。

 今回の戦闘では前線で第一線を担う第一艦隊や即応部隊の他にも、イワト要塞に駐留する第二艦隊がイワト要塞とタカノアマハラ間に、ハガネ級で構成された宙域防衛戦隊と一個防衛MS中隊がタカノアマハラ近くに展開しており、L5及びオーブの侵攻軍が前線を突破した場合に備えている。
 簡単にアマハラ国防軍側の布陣を前線から順番に説明すれば、最前線に第一艦隊と即応部隊、第二線に六個BI編隊、第三線にイワト要塞と二個防衛MS中隊、第四線に第二艦隊、第五線に六個BI編隊、最終線に宙域防衛戦隊と一個防衛MS中隊って感じである。まぁ、先の戦争で何度も経験したように防衛線を多重にすることで、L3に唯一存在するコロニーのタカノアマハラを確実に防衛する為の措置って奴だな。付け加えれば、第二艦隊は状況によっては追撃戦や穴埋めを行う為の予備戦力として扱われもする。

 むー、普通に考えたら三十隻程度では六重に渡る防衛線の内、精々三枚目ぐらいまでしか抜けないと思うというか……、それ以前に、このL3にアマハラ国防軍のほぼ全軍が集結しているから、アメノミハシラの防備は大丈夫なのかと思わなくもない。
 そんな思いに対応するかのように、先の佐官級ブリーフィングの際に、奥さんが妊娠したらしく一段と男振りを増したトウラン司令が政府筋から伝わってきた話として説明した所によると、今回のL5の戦力が減少した機会を活かす為に、L1のデュランダル政権がプラント国防軍艦隊を動かして、L5へと侵攻するという事だから、アメノミハシラが狙われる恐れは少ないとの事だった。

 いやはや、ここに至るまでの経緯やL3の防衛体制、L1のプラント国防軍の動きを鑑みて、前線に立つ身から言わせてもらえれば、後方……首脳陣が真っ当だと、安心して前を向いていられるというのが本音だ。というよりも、前の戦争当時では感じたことがない安心感だ。なにしろ、当時のザフト上層部……今も同じかもしれないが……はコーディ至上主義に凝り固まっていただけに、四月馬鹿のような暴走が起きた事もあって、殲滅戦争に突入する可能性があっただけに、常々、そこはかとない恐怖感があったからなぁ。

 本当に、持つべきものは良識のある指導層といった所だ。

 そんな風に自機のコックピット内で過去と現在を比較していると、【ファルコン】というコードを与えられたフラガが通信系を通じて声を掛けてきた。

「ラインブルグ、まだ、敵は動かなさそうだな」

 その言葉に応えるべく、ザブモニターに映し出しているL5政権・オーブの合同艦隊を観察するが……、確かに、MS格納庫のハッチが開く等の兆候は見られない。

「ああ、まだ動かないようだ」
「……迂回している戦力でもあるのか?」
「いや、それは今の所、確認されてはいない。……どうやら今回も前回と同じで、正面からのぶつかり合いになりそうだ」
「正面決戦か。……前の戦中から思ってたことだけどよ、ザフトって正面決戦が好きだよな」
「ザフト訓練校で教え込まれた、優越種たるコーディネイターが劣等種たるナチュラルに負けるわけがない、真正面から抵抗を排除し、粉々に粉砕せよ、ってな敢闘精神の賜物だろうさ」
「……それ、真面目な話か?」
「ああ、信じられないだろうが、大真面目な話さ。お陰で、あの時は精神的におかしくなりかけたぞ」

 まったくもって洒落にならない話だった。もしかしたら、先の戦中、ザフトによって各地で引き起こされた虐殺もあの狂った教育を受けたことが原因の一つなのかもしれない。あれのお陰で独立戦争がただの相互殲滅戦争へと成り下がりかけたことを考えると、当時の教育担当は比喩ではなく実際に吊るすべきだろう、等と考えていたら、フラガが大きな溜め息をついた。

「んな連中に序盤戦で押し負けていたとは……」
「まぁ、緒戦はMSの優位性が目立っていただけさ。結局は国力の差で生み出される物量で押し負けていた。実際、アラスカでこっちの目論みを叩き潰された後はずっとドン尻で、ヤキン・ドゥーエでの最終攻防戦の頃は潰れる寸前だったしな」
「その物量を担ったり、アラスカで囮を務めていたのは机上の駒じゃなくて、生きている人だって事を忘れて欲しくないもんだ」
「それは俺じゃなくて、当時の戦争指導をしていた連合軍上層部に言ってくれ」

 ……とはいえ、軍を指揮するってのは、結局の所、如何に効率よく相手と味方を殺すのか、って事だからなぁ。余程の冷徹非情でないとこなせないし、中途半端に良心を持っていたら狂うしかないわなぁ。

「だいたい、俺なんて、月とアラスカで二回もサイクロプスに巻き込まれかけたんだぞ?」
「ご愁傷様ってか」
「ちっ、簡単に流すなって」

 フラガと二人してへらへらと緊張感のない話をしていると、【ファントム】のコードを与えられたヒビキが割り込んできた。

「え、えと……、そろそろ、相手が動くみたいなんですけど」
「おっと、しつこい中年は時間を忘れるから困る」
「……なら、お前さんも中年って事だろうよ」
「ぐぬっ」

 そ、その切り返しは胸に痛すぎる!

 戦闘前だというのに心無い言葉によって精神的な打撃を喰らいながらも、健気に敵の動きを観察するアテクシなんて風に、自分を哀れみつつ、動きを見ると……、うん、前回の失敗で懲りたのか、MS隊の一部を艦艇の防衛に残しているようだ。

「さて、どうやらスタンダードな艦隊戦になりそうだな」
「スタンダードつったら……、艦載機での叩き合いか?」
「ああ、艦載機を使った艦艇の潰し合いだな」

 L5・オーブ合同軍の動きに応えるように、こちらでも第一艦隊の機動戦力の基幹であるMS母艦ムラクモから次々にオオツキガタが発進し始め、また、その周囲に展開しているトツカ級からもマリーネが相次いで射出されている。

 この戦闘での第一艦隊の陣形は、旗艦イズモとムラクモ、前の戦闘では間に合わなかったBI運用艦ウワツの三隻がトツカ級八隻で構成されたボックスの中に位置し、そのボックス前面に正八角形の盾を構成するように、八隻のクロガネ級が各頂点に配置されている。また、そのクロガネの盾の更に前面には、ウルドとベルダンディだけで構成された四個BI編隊……一個編隊十二機で計四十八機のBIが散兵の如く展開して、網を張っていたりする。今回のようなスタンダードな艦隊戦で選ばれただけに、この戦闘の行方によってはアマハラ国防軍艦隊の基本布陣になるかもしれない。

 つらつらとそんな事を考えていると、BIの散兵線でビームによる網と火級が次々に発生し始めた。それと同時に各艦艇からも対艦ミサイルや迎撃の為の艦砲を発射し始めたようだ。

「さて、どれだけ削れるか」
「ん? BIはお前さんの実家で作ってる自慢の品じゃないのか?」
「人の適応対処能力に負けるのが現実さ。数が投入できていないなら抜かれるさ」

 マリーネは各中隊毎に前線に向かい始めているし、オオツキガタは……、主戦域を避けて天底極方向に潜るか、側面へ回り込み始めた事を考えると、対艦攻撃みたいだな。オオツキガタを迎撃に当てなかった事やそちらに釣られたL5・オーブのMSが少なかった事を考えると、即応部隊の出撃も早いだろう。

 っと、言ってる尻から格納庫内のアラートランプが赤く点り、パンサー小隊所属機が開き始めたカタパルト口方向へと引き出されていく。なら、そろそろ管制官のワラルから通信が入るはずだと思って待っていると、予想通りに通信が入ってきた。

「ウルブス1、応答願います」
「こちらウルブス1、出撃だな?」
「はい。当初の想定よりも第一艦隊に接近する敵機が多いとの事です。ウルブス小隊及びパンサー小隊の任務はこれらの排除となります」
「了解、ウルブス小隊は艦隊に接近する敵の排除を第一とする」
「では、先行はパンサーになりますので、いま少しだけお待ち下さい」
「ああ、わかった」

 ついでに、フラガとヒビキに声を掛けておく。

「どうやら出撃みたいだし、ちょっと行って来るわ」
「ああ、精々、死なんようにな」
「……か、軽いですね、二人とも」
「なに、いい年した男同士ならこれ位で十分だろう?」
「そういうこったな」

 こんな感じで二人に軽く挨拶をした後、Sパック装備の自機や各種パックを装備したウルブス各機がカタパルトへ向けて引き出されていくのを身体とモニターで把握しながら、本命というべき小隊メンバーに通信を繋ぐ。

「さて、三人とも準備はできてるか?」
「薄情な先輩が仕事をしないでお喋りばかりしているから、私が代わってやっておきましたよー」
「そーよねー、レナの言う通り、お友達とお話しするのを優先して、出撃直前になってから連絡を入れてくるなんて薄情な人よねー」
「あ、あー、いや、その……」
「指揮する小隊を放り出しているなんて、酷い人よねぇ、マユラ」
「ほんと、この期に及んでも自分の小隊を後回しにするなんて、酷な人だと思うわ」
「……す、すいませんでした」

 うぅ、ごめんよぅ、さっきみたいに男同士で遠慮なく馬鹿話する機会って中々ないから、つい……。

 こんな俺の心境を汲んだわけではないだろうが、コードウェル三尉がフォローに入ってくれた。

「あ、あはは……、ほ、ほら、レナさん、マユラさん、少佐も反省しているみたいですし……」
「うー、仕方がないですね、もう出撃ですし」
「むー、そうだね、意識を切り替えないといけないか」

 そう言い切った後、二人の表情がしっかりと切り替わるのがわかった。それを踏まえた上で、生きる執着心を喚起する為にも、一つ約束をしておく。

「ほったらかしにした埋め合わせは帰ってきてからするよ」
「そうですか? なら、期待してますね、先輩」
「うん、たっぷり甘えるからそのつもりで」
「……毎度毎度、ごちそうさまです」

 いや、三尉、いつも、すまん。

 内心でコードウェル三尉に詫びていると、パンサー小隊の出撃は終わったようで、ワラルから連絡が入った。

「ウルブス1へ、ウルブス小隊の出撃準備完了です」
「ああ、世話になるよ」
「いえ、これが私の仕事ですから……。あ、それと、戦況に若干の変化がありました」
「……敵が第一防衛線を越えたか?」
「はい、敵MSがBIの防衛線を越えた為、現在、第一一、第一二護衛MS中隊がそれぞれ迎撃戦闘を開始します。このことから、トウラン司令が先の任務に併せて、これらのフォローを行い、防衛線の維持に努めるようにと」
「了解、前線のフォローと防衛線の維持を行う」

 さて、出撃だ。

「ウルブス各機へ、防衛線の維持は精神的に厳しいことが多い。だが、そういう時こそ、平静を保つ為の減らず口やユーモアを忘れるなよ?」
「ふふ、了解です」
「ええ、わかったわ」
「了解しましたっ!」

 うん、気負いのない、いい返事だ。

「ワラル、ウルブス小隊、出撃する」
「了解、ウルブス小隊の出撃を開始します」

 そうワラルが応えたと同時に、いつもの如くS/Sパックを装備しているレナ機の姿がモニターから消え、俺の機体が電磁カタパルトの出撃位置に着いていた。うん、ワラルもタイミングを図るのが上手になったよね。

「……射出進路クリアです! カタパルトシステム・オールグリーン! ウルブス1、発進、どうぞっ!」
「ウルブス1、出るぞっ!」

 機体後部の係留索が外されると、機体は瞬時に加速され、真っ黒なカンバスと化したメインモニターに星の煌きと命の輝きで彩られた光景が広がった。


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