第三部 導なき世界の中で…… (C.E.72年-C.E.75年)
85 業を背負う者達 -イワト会戦 1
八月。
依然として、主要各国によるオーブとL5クライン政権に対する経済封鎖が継続されている。ネット等での書き込みや有名どころのメディアネットワークのニュースを見るに、ほぼ全ての国によって実施されている今回の経済封鎖はじわじわと効力を発揮し始めているらしく、オーブやL5では断末魔に似た悲鳴が上がり始めている。
貿易立国であるオーブでは、幸いな事に大洋州連合の食糧援助があって直接的には飢えてはいないものの、L5と大洋州連合、月面都市群以外の取引相手を失った企業がバタバタと倒産して、大量の失業者が生み出されている。結果、国内経済が一層冷え込み、日に日に活力が失われていっているようだ。無論、アスハ政権もアマハラ首長国や大西洋連邦を敵に据えてのプロパガンダを実施しているが、現在の苦境に陥る原因が、現政権の外交での信用失墜と無為無策による完敗であることが市民の間で浸透し始めており、アスハ政権への批判や不満が高まってきている。
権力に擦り寄ったマスメディアに踊らされたとはいえ、今の苦境が自らの選択の結果だという事を都合よく忘れている国民の姿が、前世に住んでいた国や国民性を思い出させてくれるわぁ。
というような俺の何とも言えない複雑な気持ちはともかくとして……、実際の所、市民の間に広がっている不満がアマハラ首長国や他国ではなく、アスハ政権にも向っている事を考えると、イシカワ少佐が前に言っていたように、情報省か軍情報部あたりが地道に世論誘導を仕掛けているんだろう。
こんな具合で徐々に追い詰められているオーブと比べ、L5はより深刻な状況を迎えつつあるようだ。何しろ、二年戦争当時とは比べてものにならない規模で経済封鎖が行われており、常に中立を掲げている月面都市群を経由して、水や資源といった必需物資を何とか手に入れているものの需要を大きく下回る量しか確保できず、戦略備蓄の切り崩しが始まっているって情報が多方面から伝わってきている位だ。
無論、L5側が意図して流している欺瞞情報の可能性もあるが、こちらよりもより深く実情を把握しているL1からも同様の分析情報が流れてきているだけに、本当である割合の方が高そうだ。
後、他にL1を通して伝えられた事を付け加えれば、物資欠乏に関連して、一部のザフト幹部による不正行為……ザフト幹部やそれに関係する連中への物資の不公平分配が発覚しており、外に向っていた市民の怒りがクライン政権へと向き始めている。おそらくだが、これもイシカワ少佐が言っていた足元を騒がせる策の一環なんだろう。
うん、オーブにしろ、L5にしろ、確実に国力が低下しているし、後少しで根を上げるか、激発して大きな掛けに出るはずだ。
俺としては、できれば根を上げて、さっさと降参してほしいモノだが……、オーブのアスハ派の蒙昧さとアスハ家への信仰心、L5のザフト上層部の驕慢さと権力への執着心を考えると、ドンパチは避けられそうにない。
はぁ、また戦場に立たなければならないなんて、もう、本当にいやな話だ。
なので、そんな嫌な話から離れ……、いや、離れていないが、別の話をするとして、今や国家権力から追われる身にまで転落したファントムペインとブルーコスモス過激派の動向だが、過去の栄光は何処に逝ったという奴で、世界各国や地球圏各地で構成員が治安当局によって検挙されたり、銃撃戦の末に射殺されたり、自爆テロを引き起こして多数の巻き添えを生み出したりと、非常に血生臭い展開が続いている。
これらの中でも特に極めつけなのは、八月十日に発生した大西洋連邦大統領ジョゼフ・コープランドの暗殺未遂だ。これはコープランド大統領がブルーコスモス穏健派が開いた集会に参加した際に起きた事件であり、群集に紛れていたファントムペイン構成員に至近距離から発砲された上に手榴弾を投げつけられるという非常に恐ろしいものだった。コープランド大統領にとっては幸いな事に、職務と忠誠心に溢れた身辺警護官達による捨て身の護身の結果、本人は奇跡的にもかすり傷程度で済んでいる。
本当に、元治安当局関係者として、身体で銃弾を食い止めたり、手榴弾に覆いかぶさったという身辺警護官達の勇気と献身に敬意を表したい。
……。
この暗殺未遂事件によって、自らの目的を達する為には如何なる犠牲を厭わないというファントムペインの狂気が、一国の大統領の暗殺未遂という形で世界に広く知れ渡った事に加え、絶大な権力を握るターゲットを殺しきれなかった事から、ファントムペインの命数は絶たれたと言えるだろう。
なにしろ、自身が暗殺されかけた事に加え、巻き添えで自国市民からも多くの死傷者を出しただけに、コープランド大統領の怒りは凄まじく、自らの権限で特別捜査官を任命して、政府機関や軍上層部に入り込んでいるブルーコスモス過激派や強硬派の洗い出しとパージを厳命すると共に、ファントムペインが専有利用していた月裏側に位置するダイダロス基地の即時制圧を命じた程だ。
この大統領命令によって生み出された粛清の嵐が政府機関や軍上層部から失業者を生み出す一方、大西洋連邦月方面軍がL4駐留艦隊の支援を得てダイダロス基地に進出し、制圧作戦を行っている。
この制圧作戦では、大西洋連邦軍がダイダロス基地に立て篭もっていたファントムペイン実働部隊と三日間にわたる激しい戦闘を繰り広げたのだが、結局の所、最後まで降伏を拒んだ構成員の手により、基地そのものが自爆させられてしまったそうだ。その自爆による爆発は凄まじく、L2にて地球圏外への発進基地として、D.S.S.D……深宇宙探査開発機構によって運営されているジェネシスαからも肉眼で観測できる程に、それこそ、悪魔の如き鬼畜な働きをする局地的大規模破壊地雷お……じゃない、戦略兵器サイクロプスを使用したの同じ位に凶悪なモノで、月方面軍の突入部隊やL4駐留艦隊の一部が巻き添えを喰らったとのこと。
いやはや、ここまでくれば、普通、そこまでするか、と問うべき所だよなぁ。
本当に、ファントムペインの連中が見せている狂気や主義への狂信は、プラントで蔓延っているコーディネイター至上主義者の連中と相通じるものがあるように感じられる。そう、起点や過程、目的が異なっていたとしても、実質的にやってることは一緒という辺り、ナチュラルだろうがコーディネイターだろうが、結局はヒトという種の枠から外れないってことなんだろう。
まぁ、俺の考えは置いておくとして……、このダイダロス基地での一戦でファントムペインの実働部隊は事実上壊滅するに至ったのだ。そして、この事を受けて、ネオ・ロアノークの証言や奪取してきた資料によって、ファントムペインに大きく関わっていた代表格と目されたジブリール財閥の総裁もコーディネイター難民の虐殺を指示したり、ステラ・ルーシェを生み出したような非人道的な実験を推進したとする人道に対する罪や大西洋連邦政府や軍内のブルーコスモス強硬派を買収した贈賄、非人道的な実験の被験者に行ったコーディネイター殺害を是とする刷り込みを指示した事から殺人教唆、ファントムペイン運営資金調達の為に行っていた脱税、等々の名目で捕まった事で、ファントムペインという組織そのものも崩壊している。
……むぅ。
こうやって見ていくと、いかにも、コープランド大統領やその政権が正義のように見えるが、これまでの経緯……ファントムペイン設立や対プラント戦争での両者の関係を鑑みるに、コープランド政権とファントムペインやブルーコスモス過激派とがかなり深い部分で繋がっていないとは考えられないし、自然、連中が行ってきた非人道的な実験を知らないはずがない。
何が言いたいかというと、この大西洋連邦内の騒動は大西洋連邦ひいては新地球連合の主導権を巡っての、番長たるコープランド大統領と裏番たるジブリール総裁の権力闘争に過ぎず、コープランド大統領がある日突然〝正義に目覚めた〟とかいう話ではないということだ。今の動きもまた、勝者が歴史を作るという一つの真理が体現されているだけであり、昔の言葉にあるように勝てば官軍って奴である。現実として、ファントムペインという組織は壊滅し、その母体だったブルーコスモス過激派及び強硬派は世間一般でいう〝悪者〟にされてしまい、その力は大きく削り取られているしな。
とはいえ、こういった連中はしぶといのが常だから、ファントムペインやブルーコスモス過激派の残存戦力は反コーディネイター組織として地下に潜るだろう。なので、これらへの対応というか、地道な虱潰しは、各国公安当局等の今後の働きに期待するしかない。
こんな風に大西洋連邦が内々で揉めているのに対応する形……なのかはわからないが、L1のデュランダル政権でも動きがあった。その動きとは、デュランダル議長主導による、ザフト軍事部門の解体と国防軍への正式編入である。
これは、ミネルバがアメノミハシラに表敬訪問した際、国防軍編入に伴う組織改編のテストケースとなり、前艦長が部隊司令になった事から副長より艦長となったという元ラインブルグ戦隊員アーサー・トラインから直接聞いたり、そのアーサーから手渡されたユウキからの私信を読む限りで知った事なのだが……、実の所、ユウキが軍制改革を試みた頃から、デュランダル議長はザフト軍事部門の解体を考えていたそうだ。
けれども、権力を握っていた旧来のザフト上層部はこれを頑として肯んじえず、ザフトの影響力を極力排したプラント国防軍の設立という形で妥協する他なかったらしい。
というのも、当時のデュランダル議長は日常の諸政務に加え、ザフト内の派閥調整や借款返済の為に行われた増税措置で発生した市民の不満の抑制、考えなしに市民を煽るコーディネイター至上主義者や対ナチュラル強硬派への牽制、国力回復の一助になると思われた地球からの移民と従来の居住市民の軋轢や対立の解消、独立によって大きく悪化していた旧理事国との外交関係の改善、戦後になって大幅に減った貿易相手の開拓、跳梁跋扈していた宇宙海賊対策、国防に必要な軍事力の整備、資源を安定確保する為の小惑星帯や火星への調査団派遣といった諸問題に追われていたそうだからな。
いや、本当に、もしも、移民と市民を一つにまとめて国民として団結させるような象徴的な存在、或いは、人々の目を直近の不満から逸らせるだけの熱狂を生み出すような存在がいれば、幾つかの問題は起きなかっただろう、と、デュランダル議長本人がまだFAITHだった当時のユウキに、この所、頭頂部が薄くなり始めている気がするよ、とか、最近、白髪が増える一方だ、とか、毎朝、枕を見るのが辛くなるとは思いもしなかった、とか、様々な愚痴とも取れる言葉と共に吐き出した程に、多忙だったらしい。
で、その多忙を極めた日々も一定の成果をあげたり、問題解決の目処がついたりして、ようやく現場に目を……、新造艦ミネルバの進宙式に心安らかに出席して、他国の元首に簡単なレクチャーを施す事で利益を引き出せる位の余裕が生まれたと思ったら、件の〝ドラ猫〟による襲撃と新型MSの奪取事件が起きたとのこと。
これだけでも大問題だというのに、プラントが管理責任を負うユニウス・セブンを使った落下テロが発生した上、そのテロにザフト内で大きな顔をしている対ナチュラル強硬派やコーディネイター至上主義者が関わっていたという、もはや乾いた笑いすら浮かんでこない冗談のような現実が待ち受けていたのだ。
流石のデュランダル議長も議長職に就任して以来、自身が度重なる苦悩を重ねながら地道に汗水を流して、ようやく落ち着き始めた諸外国との関係を一瞬で水の泡にされた事もあり、最早、テロ屋としか形容できないザフト一派の考えなしの行動にはいい加減にぶち切れたらしく、外の力を使ってでも絶対に排除しようと固く決心したらしい。
この辺りの書き口にユウキの私情……FAITHとしてザフト上層部と衝突して苦労してきただけあってか、デュランダル議長への同情心が多分に透けて見えたのにはつい笑ってしまったが、後に続いた内容には笑えなかった。
〝ドラ猫〟追跡から本国に帰還した後、ユニウス・セブン落下テロにザフトの一部が絡んでいる事を知ったデュランダル議長は、国際信用の失墜に伴う国難の窮地に追い込まれたプラントが諸外国と新しい関係を構築する為には、コーディネイター至上主義に染まりきってしまった旧来のザフト上層部を切り捨てる必要があると判断し、計画を練り始めたそうだ。
その計画の概要だが、まず、今後、間違いなく発生するであろう対外戦争に対ナチュラル強硬派を優先して戦場に送り込む事で権力中枢より切り離し、旧来派の勢力削ぎ落としを図る一方で、ザフト内でも良識を持っていたり、現状を憂慮している人材を抜擢する事で自らの権力基盤の拡張を目指したのとのこと。
そして、戦争の趨勢を慎重に確認しながらだが、戦域にザフトの戦力を逐次投入する事で弱体化を図りつつ、ザフトから距離を置き、政治的な中立性を保つプラント国防軍との関係を強化して、旧来派の追い落としを実行する為の戦力を確保したり、L1のアイリーン・カバーナ行政局長に協力を要請して、新地球連合との戦争の落し所や諸国が納得できるユニウス・セブン落下に関わる補償内容を探ってもらいながら、ザフトとデュランダル政権の目指す方向性が異なる事を諸外国に仄めかしてもらったりして、前準備を整え始めたそうだ。
これらの面で一定の成果が得られたり、準備が整ったと判断できたら、最後に、自らの施策の一つとして準備していたが、思う所があって一時凍結していたデスティニープランを利用し、ザフト旧来派を挑発して激発した所を保安局を使って一気に叩き潰し、L1より招き入れた国防軍の手でザフト軍事部門の解体を行う、というようなものだったらしい。
もっとも、実際の所はこれまでの事態の推移が示すように、この計画通りには進まなかったって話だ。
ザフトの旧来派はデュランダル議長の何気ない動きから、野生動物の如き勘で、自らの権力の削ぎ落しに掛かっている事に気づいたらしく、デュランダル議長に対抗する目的で、水面下で対ナチュラル強硬派や旧クライン派を問わずに一致団結したとのこと。
また、この際に、旧クライン派が未だにプラント市民の間で根強い人気を誇るラクス・クラインを議長として招致する事を提案したそうだ。なんとなれば、旧来派にはデュランダル議長に匹敵するだけのカリスマと実務能力を持つような旗頭となる人物が不在ということもあり、プラント市民の不満や怒りの矛先が真っ直ぐに自分達に向く事を嫌ったからだ。
なんとも情けない理由で、飾り物の旗頭としてのラクス・クラインの招致に動き始める一方で、保安局内のシンパからデュランダル議長の動きや保安局内の情報を得ながら、クーデターによる政権奪取の準備を整え始めたらしい。
で、時期が到来したと動こうとしたデュランダル議長を出し抜く形でクーデターを起こし、デュランダル議長を捕らえる事には失敗したものの、ラクス・クラインを招き入れる事には成功して、以後の紆余曲折を経て、現在に至るという訳である。
ちなみに、クーデター側の動きだが、旧クライン派に存在する二重スパイからの情報や某匿名ジャーナリストから聞きだしたネタから推測したものらしい。
……。
むー、ユウキはこう書いてるけど……、ユニウス・セブン落下テロ前のように手が回らない状態が続いて、油断していたとも取れる状況ならともかく、今のデュランダル議長がそう簡単に出し抜かれるとは思えんよなぁ。
……。
或いは、これを奇禍として、プラントが抱える負の遺産を始末する為に、一箇所にまとめたのか?
……。
いやはや、あのデュランダル議長なら〝そんな事は有り得ない〟と言い切れない辺りが怖いもんだ、っていうような思いは一時棚上げしておいて、とにかく、ユウキによると、ザフト軍事部門の解体はザフトというテロ組織もとい民兵組織上がりの政党を清浄化し、よりマトモな存在にする為の第一歩であり、プラント国防の主導権を素人の義勇軍からプロの国軍へと移したって画期的な内容という事らしい。
更に付け加えれば、L1デュランダル政権が新地球連合と講和の為の予備交渉を始めたともあったし、以前は脳筋的な解決策しか選ぼうとしなかったザフトやプラントも、ようやく、マトモな政党や国家に成りつつあるって事だな。
まぁ、そんな訳で八月中は、アマハラ首長国や戦争相手であるL1クライン政権とオーブでは特に大きな動きはなかったが、それ以外の国で大きな動きがあった月だった。
こういった動きがこちら側にとっての追い風になれば、いいんだけどねぇ。
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