第三部 導なき世界の中で…… (C.E.72年-C.E.75年)
83 再帰する時 -SEED Holder 3
七月下旬。
大西洋連邦の治安当局がブルーコスモス過激派の支援母体である関連企業群……主にジブリール財閥系企業と民間軍事組織ファントムペインを、人道に対する罪……国内にある幾つかの難民キャンプで発生した難民虐殺の責を問うという口実で告発し、大々的な捜査を開始した。
というのも、アマハラ首長国政府が正式なルートで、ネオ・ロアノーク改めムゥ・ラ・フラガが持ち出したファントムペインの暗部資料……ファントムペインの不正規戦闘にブルーコスモス過激派やジブリール財閥が直接的に関与している事を示す証拠資料を、大西洋連邦政府に引き渡したからだ。
イシカワ少佐の話によれば、大統領のジョゼフ・コープランドは様々な形で自身の施政を邪魔するブルーコスモス過激派やファントムペイン、特にジブリール財閥総裁の横槍にはウンザリしていたとのことでで、その影響力を大きく削げる今回の資料提供をとても喜んだそうだ。その喜びようは、この資料を持ち出したムゥ・ラ・フラガが二年戦争中に行った一連の軍規違反を大統領令で恩赦を与えて無罪放免にし、アマハラ国防軍への移籍を二つ返事で認めた程である。
ちなみに、この資料提供だが、ムゥ・ラ・フラガの恩赦を引き出す為に使われたのではなく、大西洋連邦とL1デュランダル政権との講和交渉の席を設ける為の駆け引き材料として使われたものであり、フラガの恩赦は付随して発生したおまけだったりする。
と、話を戻して……、政敵というか邪魔者を追い落とす材料を手に入れたジョゼフ・コープランドは連邦捜査機関の特別捜査官を中心とした特別捜査チームを使い、ブルーコスモス運営事務局やジブリール財閥系各企業を徹底的に捜査させている。また、この捜査と同時に、大西洋連邦に忠誠を誓う非ブルーコスモス系の国軍部隊を使い、国内各地に存在するファントムペインに所属する実働部隊の武装解除を進め、非正規戦やコーディネイターの武力弾圧に関わった構成員を拘束したり、関連施設の接収を開始している。
この大西洋連邦の思い切った動きに同調するように、新地球連合や地中海同盟、ユーラシア共和連邦、三国連盟でも、ブルーコスモス過激派やファントムペイン構成員の一斉摘発が行われ、それらの関係企業にも大々的な捜査が行われているようだ。更に付け加えると、アメノミハシラやタカノアマハラにおいても、保安隊によるファントムペインの構成員やスリーパーの一斉検挙が行われており、先の失態を補う活躍を見せていたりする。
とはいえ、こういった各国の動きに対して、ブルーコスモス過激派やジブリール財閥、ファントムペイン側も唯々諾々と従った訳ではない。各国の政府や議会においては、ブルーコスモス過激派の息が掛かっていると思われる政治家や議員を使って、体制側の動きを行き過ぎた行いだと非難させたり、ジブリール財閥系企業が与党への政治献金を取りやめたり、メディアを使って政権与党やブルーコスモス穏健派へのネガティブキャンペーンを大々的に行ったり、武装解除の際に部隊によってはMSをも使用する程に対抗したり、施設を制圧された際には秘密保持の為に爆破したり、摘発から逃れた構成員が地下に潜るとネットを通じて徹底抗戦を訴えたりと、様々な抵抗を見せている。
もっとも、この抵抗も直に終わるだろう。
何故なら、ネオ・ロアノークによる生々しい一連の実態証言や見た目が可憐なステラ・ルーシェが受けた非人道的な扱い……特に、人為的な遺伝子操作で生まれたコーディネイターを排斥する為に、ナチュラルを薬物等で人為的に改造していたという本末転倒な事実が世間一般に広く知れ渡った所に、ファントムペインにとって不都合な事実を知るロアノークが白昼堂々とファントムペインの刺客(偽)に暗殺された事もあり、これまでブルーコスモス過激派やファントムペインの行動に一定の支持を表明していた地球市民が狂熱から醒め、見限りつつあるからだ。
更には、この動きを加速させるように、ブルーコスモス穏健派が〝ナチュラルへの緩やかな回帰〟を謳い文句に新しく展開し始めた運動……遺伝子不適合による不妊や第三世代以降の低出生率というコーディネイターが抱えている問題を市民に広く伝えると同時に、プラント以外の国家で基本的に制定されている〝遺伝子コーディネイト制限法〟を厳正に運用することを各国政府に求める運動に対して、サイレントマジョリティーの間で静かな賛同が広がり始めている。
無論、ブルーコスモス穏健派が社会に訴えている〝このままほっとけば、コーディネイターは勝手に滅びるんだから放置しとけばいい〟という方針も、遺伝子不適合による不妊や低出生率問題が更なる科学技術の進歩で解決されたり、コーディネイターによって再びユニウス・セブン落下テロみたいな大規模破壊行為が引き起こされたりしたら、先細りになる可能性もあるだろう。
また、当の当事者であり、コーディネイター国家であるプラントから見れば、ナチュラルへ回帰するという事は、ある意味、自分達のアイデンティティーを放棄するという事でもあるだけに、自然、それを回避しようとする可能性も高いし、この辺りから新たな火種が生まれるかもしれない。
そういった事を考えると、結局は、ナチュラルとコーディネイターとの軋轢や諸問題を先送りにしているだけとも言える。
……。
けど、今は……、今現在の融和的な空気を……、ここ数年の間でも最も落ち着いた雰囲気を、素直に歓迎する事にしよう。
◇ ◇ ◇
7月31日。
二度目の地球-L5航路遮断任務が終わり、アメノミハシラに帰還することになったのだが、その帰還途上、常に粋な男の余裕を崩さないトウラン司令から呼び出しを受けた。何事かと思って艦長室に出向いてみたら、中々に興味深い話というか、とある任務についてだった。
その任務というのは……。
「ミハシラ・アドバンスドテック社で開発している試作機の視察、ですか」
「ああ、技術部とは別に、多くの機体に乗った事がある実戦経験豊富なパイロットの意見を聞きたいそうだ」
「でも、うちの実家って、一応、ミハシラ・アドバンスドテック社のライバルになるんですけど、いいんですかね?」
「上の話では先方からの指名でもあるらしいから、軍務に就いている君が姑息な真似を働くような事がないと信頼しているという事だろう」
えー、それって、疑われるよりもシンドイんですけど……、なんて具合で、言葉に出さずにげんなりとしていたら、トウラン司令が男前な笑い声を上げた。
「はっはっはっ、何、先方も隠すべき所はしっかりと隠しているはずだ。そんなに心配する事はないだろう」
「……それもそうですね」
うん、そんな間抜けな真似をスズキさんが許すわけがないよね。
「では、トウラン司令にちょっとお聞きしておきたいのですが、試作機について何か御存知ですか?」
「私が耳にしている限りだと、ストライクをベースにした機体とムラサメをベースにした機体の二種を開発しているらしい」
「M1ではなく、ストライク、ですか?」
「ああ。……君も知っていると思うが、先の戦争中、モルゲンレーテは大西洋連邦と組んでMS開発に関わっていた」
「ええ、ヘリオポリスでの事ですね」
難しそうな顔をしたトウラン司令が重々しく頷いてみせる。
当時はザフトに所属していただけにオーブの破約を不愉快に感じたものだったが、今ならば少し客観的に見る事ができる。あの頃……戦争開始直後から大凡一年の間、大方の予想を覆し、少数に過ぎないザフトが物量を誇る地球連合に対して優勢な状態だった。
そうなった要因としては、ニュートロンジャマーを地球へ投下した事による原子力発電所や従来のインフラ群への致命的な打撃、それに伴なう生産性の低下といった事が主なものとして挙げられるのだが、MSという機動兵器も一役買っていたのもまた事実だ。
それだけに対抗手段としてMSを欲するのは当然の事であり、中立を大々的に掲げた事で自分達の力だけで自国を守る必要があるオーブにとっても、喉から手が出る程に渇望したという事だろう。
だから、自国でMSを生産できるだけの技術を手に入れる為に、大西洋連邦のMS開発に関わったというのも、止むを得ないことだったということはよくわかる。が……、中立要件から違反するからには、外に漏れないように防諜を徹底するべきだったとも思うのだ。そうすれば、ザフトに襲撃されることもなく、ヘリオポリスだって破壊されるような事も起きなかった可能性もあったと考えられるからな。
まぁ、実際の所、オーブ側の防諜は徹底していたけど、ザフト側の諜報能力がそれより上だった可能性もあるから、筋違いな批判かもしれないけどね。
そんな事をつらつらと考えていたら、トウラン司令が苦しそうな口調で話し出す。
「余り言いふらして良い事ではないが……、あのMS開発の際に、当時のモルゲンレーテはオーブ上層部の意向を受け、大西洋連邦からMSの設計図や関連技術を掠め取っていた。もしも、そうやって大西洋連邦の技術を手に入れていなければ、アストレイや系列機であるM1は完成できなかっただろう」
……ふむ。
「オーブもやるべきことをちゃんとやっていたということですか」
「……ふふっ、君がサハク首長に気に入られるのがわかるな」
「世の中、奇麗事だけで済んでいたら、軍隊なんて物騒な組織も存在しませんからね」
俺の物言いに思う所があったのか、瞬間、トウラン司令は苦笑を深くしたが、直にいつもの男らしい顔に戻し、咳払いをしてから口を開いた。
「んんっ、話を戻すが、とにかく、ミハシラ・アドバンスドテック社に勤める知人から聞く限り、M1よりもストライクの方が機体素性が良いそうだ」
「大西洋連邦のダガー系列やウィンダム、ユーラシア共和連邦のライゴウがストライクから派生した事を聞き及んでますし、納得できる話です。でも、大西洋連邦系企業の技術を使用してもいいんですか?」
「その辺の事は上の方で話を付けたそうでな、気にする必要はないらしい」
……使用条件はなんらかの技術協力、或いは、完成機の稼動データの提供、それとも、ファントムペイン関連の資料提供への見返りって所かな、って、いやいや、今の俺の立場を考えると、上の取引がどのようなものかは気にする必要はないや。
とにかく、M1アストレイがストライクの影響を大きく受けている事を考えると、ミハシラ・アドバンスドテック社は原点回帰を目指したいって所だろう。
「任務はいつ頃になりますか?」
「アメノミハシラに帰還次第という事になっている」
「わかりました、準備しておきます」
というような話があって、翌日の8月1日。
即応部隊は予定通りに第二軍港エリアに帰港し、トウラン司令から労いの言葉と休暇中も節度ある生活をするようにといった簡潔な注意、再召集の日時を告げられた後、部隊員は五日間の休暇を与えられ、下船する事になった。もっとも、急な任務が入った俺は、今日一日丸々は削れるのは確定しているので、実質的には四日間である。
で、今はというと、ツーンとした表情のレナとプックリと頬を膨らませたマユラと分かれて、第二軍港のロビーで凹みながら一息入れている所だ。
実は下船前に私物をまとめて帰宅準備をしていたレナとマユラに急な任務で休暇が一日だけ削れる事を告げたら、どうにも〝むふふ〟な事を非常に楽しみにしていたらしく、傍で見ていたコードウェル少尉が呆れ返る程に、盛大なブーイングを浴びせられてしまったのだ。
いや、もちろん、二人なりの甘えだというのはわかっているのだが……、もう少し仕事に出向く俺に優しくして欲しいと思うのは贅沢だろうか?
……そういう相手がいない人がいる現実を考えると物凄い贅沢なんだろうなぁ。
なんて具合に、いろんな人からドテッ腹を何度も繰り返して突き刺された上に抉られそうな事を考えていたら、ロビーの出入り口からキョロキョロと何かを探しているらしい見知った顔を見つけた。慣れない周囲を気にしてか、落ち着きのない姿は茶色い髪も相まって、どこかリスのような小動物を思わせるのだが……、身に着けているのは、何故かアマハラ国防軍の軍服だったりする。
まさかの事態を想起しつつ、その男……キラ・ヒビキに声を掛ける事にした。
「おーい、ヒビキ」
「あ、ラインブルグさ……少佐」
露骨にホッとした表情を浮かべて、ヒビキが近づいてくる。さっと見たところ、ヒビキが着込んでいる国防軍の黒い制服には、M1アストレイのシールドとビームライフルを組み合わせたMSパイロット徽章と中尉である事を示す帯一本に星二つの階級章が付けられているのが判った。
「こんな所で何しているんだ?」
「ラインブルグ少佐を迎えに来たんです」
「迎え? ……いや、その前に、お前さんのその格好、もしかして召集されちまったのか?」
「……ええ、一週間ほど前に通知が来て、四日前に召集されました」
「そうか。俺達の力が足りないばかりに、戦うのを嫌がってたお前まで、また、戦場に……」
「あ、いえ、そんな……。今、アメノミハシラが置かれている状況は理解しているつもりですし、僕にとっても、アークエンジェルは大きな関わりがある船ですから、気にしないで下さい」
だが、戦争はもう嫌だと言っていたヒビキを引き込んだ責がある以上、その言葉に甘んじるわけにはいかないだろう。その事を胸に刻み込んでいると、ヒビキは更に言葉を続けた。
「それに、フレイからも言われたんです。これも良い機会だから、前の戦争で自分がやった事の結果を……、過去を、一度、清算した方がいい、って」
「清算、か……」
「……はい」
少しだけ湿っぽい空気になったので、意識して空気を切り替えることにする。
「じゃあ、迎えに来たと言っていたけど……、総司令部付きなのか?」
「いえ、違います。ミハシラ・アドバンスドテック社で試作機のテストパイロットをしています」
「なるほど、テストパイロット、ね」
アーガイルやアルスターから聞いていたヒビキの経歴から考えると、確かに適役とは思うのだが……、例の新型機……フリーダムの後継機やジャスティスが出てくるかもしれない事を考えると、正直、それで終われるとは思えなかったりする。
ヒビキはそんな俺の懸念を察したか、或いは前もって誰かから話を聞いていたようで、初めて会った時よりも更に引き締まった精悍な顔で頷いて見せた。
「はい、今の所はテストパイロットです」
「事によっては実戦に参加するって事か……」
「ええ、彼我の戦力状況では実戦にも参加してもらわねばならぬだろう、って、直接、サハク首長から伝えられました」
……そうか。
「俺達が不甲斐ないばかりに……」
「あ……、い、いや、その……、本当に、気にしないで下さい。さ、さっきも言いましたけど、これは僕自身のけじめでもあるんです」
「だが……」
「それにっ! それに……、公にはなっていませんけど、カガリ・ユラ・アスハは、僕の双子の妹か姉ですし……、アスラン・ザラも幼年学校時代からの友達です」
な、に……?
「だから、僕は……、自分のけじめとは別に、兄弟として、親友として……、手段を間違えた事で世界から孤立して、迷走してしまっている二人を止めたいんです」
「そう、か……」
今の言葉……、自ら語った願いは、ヒビキ自身が決断した結果、生み出されたものなんだろうが……、やはり、親友であるアスラン・ザラと戦場で戦わせる事になるかもしれない以上、ますますもって、頭を下げなければならないだろう。
「ヒビキ、辛い決断をさせてしまって、本当に……、すまない」
「あ、いえ、その、僕は……、そ、その……、えと……、と、とにかく、話はこれくらいにして、もう、行きませんか?」
うぅ、こっちが気を使わないといけないのに、年下に気を使われてしまった。
自身の不甲斐なさと情けなさにショボーンとした気分で、ヒビキに案内される形でロビーを後にした。
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