第三部 導なき世界の中で…… (C.E.72年-C.E.75年)
78 疼痛と幻痛 -七四五戦略大綱 2
6月1日。
オーブ本国……いや、オーブやプラントに動きが見られない事を受けて、先の戦闘で戦力を減らした第一艦隊への補充及び再訓練が行われている最中だ。その為、俺が属している即応部隊もL5や地球方面への警戒をノルズ早期警戒網やハガネ級で構成されている防衛戦隊に委ね、地道に第一艦隊の再編に協力していたりする。
まぁ、要するに、毎度の如く仮想敵任務という奴だ。
とはいえ、ずっとそういった事をしているわけではなく、L5やオーブに加え、世界各国の動きといったモノを把握し、自分はどういう状況に置かれ、この先どうなるかを見通す為にも、各国主要マスメディアの報道を見聞きし、広大なネットの海に飛び込んでは溺れながら世論の動向を把握しつつ、情報部の伝手からより確度の高い情報を仕入れたり、サハク首長付武官兼秘書官となったアサギに講義してもらったりしている。
で、今日はというと、艦隊MS隊に補充された新人達と既存人員との連携を深める為に、アメノミハシラ内にある大規模訓練施設を使って、大々的に行われている模擬戦闘訓練での仮想敵を務めている。もっとも、仮想敵という事で、ザフトの小隊編成である三機小隊に合わせる為、コードウェル三尉以外の三人の中から順番に一人抜けて参加しており、今現在は俺が抜けている状態だ。
なので、ウルブス小隊に割り当てられたシミュレーターの管制室にて、戦闘の様子をモニターで観戦しながら、エネルギー補給をしていた所、アサギがひょっこりと顔を出したので、アマハラ首長国が独立を達成する為に行う一連の行動……大戦略についてご教授して頂くことにした。ちなみに、俺への情報開示はサハク首長直々に許可されているそうで、情報漏洩には当たらないとのこと。
そんな訳で、二人して携帯食の中でチープだが人気が高いモノの一つである即席めんを食べながら、マユラが指揮するウルブス小隊の動きと相手方小隊の動きをチェックしつつ、様々な話をしている。
「……そうか、独立実現に向けての大方針が決定したのか」
「はい、先の戦闘でザフト相手に互角以上の戦いが出来た事で、ようやく目処が立ちました」
「詳しく聞いても?」
「口頭でだけですが、構いませんか?」
「ああ、十分さ」
俺の返答に対して、アサギは後ろで一纏めに縛っている髪を一撫でして、ゆっくりと話し始めた。
「先日、アマハラ首長国政府が策定したのは【七四五戦略大綱】と呼ばれる基本方針です」
「七四五戦略大綱……、七四五は差し詰め、74年5月に決定したからか?」
「ええ、そうです。ですが、実際、一般的に使われるコードは【ムーンライト・プラン】になります」
「それまた、何とも雅な名前で……」
「ふふ、実際の所はそんなに雅ではないですけどね」
まぁ、国家戦略なんてもんは大概そんなものだ、なんて事を思いつつ、アサギに先を促す。
「で、どんな内容なんだ?」
「はい、このムーンライト・プランは大きく三つの戦略計画に分かれています」
「三つか……」
おそらく、三つのうち一つは対オーブ、もう一つは対L5だろうが、最後の一つは……って、話を聞こう。
「一つ目の戦略プラン……【クレセント】は対オーブ戦略で、オーブに対する包囲網の構築です」
「包囲網の構築って事は外交攻勢か」
「はい、基本的にはそうなります。この外交攻勢によって三国連盟だけでなく、新地球連合やユーラシア共和連邦、地中海同盟に対してより一層の経済制裁……、いえ、オーブが保有している在外資産の凍結や更なる輸出入の制限を働きかけ、オーブを経済的に干すのが大目的です」
「そんなことすれば、オーブの経済が破綻して、暴発する可能性が大なのに、よく思い切ったな」
「一度決したら果断に実行する辺りが、ミナ様がサハクたる由縁かと」
確かに……。
つか、目的を達する為なら、かつての母国が相手だろうが、腹を括ってとことんやる辺り、サハク首長は本当にコワイ人だ。
「なら、クレセントでは軍事的な圧力は掛けないのか?」
「いえ、赤道連合や南アメリカ合衆国に協力を求め、実効封鎖網の構築が考えられています」
「……具体的には?」
「今の所、偵察衛星による監視とBI水中型による威嚇行動がメインに据えられていますが、ラインブルグ・グループとタンタ・インディア社が共同開発している【マリーネA】がロールアウトした後は、直接的な軍事力の行使もオプションに加えられます」
「マリーネAか……」
マリーネAはBI水中型の開発及び運用経験を基に開発されている水陸両用型MSで、パーシィの話だと、領域に広大な海洋を有している赤道連合とアマゾンといった熱帯雨林を抱える南アメリカ合衆国が心待ちにしているそうだ。ちなみに、マリーネの後ろにあるAはAmphibiousのAである。
っと、話を戻して……、三国連盟という頼もしい味方が動くと言ってくれているとはいえ、まだまだ発足したばかりの若い国家連合組織なだけに、二国を確実に動かす為に何らかの利益を供与しているはず。そう、他国を動かす為には奇麗事だけでは済まされない部分もあるってことだ。
「じゃあ、この協力に対する二国への見返りは?」
「赤道連合に対してはマスドライバー建設での技術協力、南アメリカ合衆国に対しては宇宙開発での技術協力ですね」
「まぁ、アメノミハシラの優位点は地道に培ってきた技術だし、妥当と言えば妥当かな」
赤道連合は以前よりマスドライバーを欲していたと聞くし、南アメリカ合衆国にしても宇宙開発を自国で行うことで、より一層、国内に残る大西洋連邦の影響力を削りたいって感じかな。
そんな事を考えていると、シミュレーター内の動きに変化があった。距離を置いての機動射撃戦から近接戦に推移する段階で、コードウェル少尉が囮の動きに誘い込まれ、火線網に捉えられてしまったのだ。その凶悪な網から救出する為に、レナやマユラは相手の連携を崩そうとしているし、少尉も必死に逃げ回っているが、機体数の差……四対三という事もあり、おそらくは僅差で撃墜されてしまうだろう。
「あー、やっぱり、マユラの指揮はまだ甘いな」
「……どちらかといえば、今のはユカリが油断して誘い込まれたように見えましたけど?」
「少尉を油断させたのは指揮官……、マユラさ」
いや、先のセメタリーⅡ戦の事を考えると人の事を言えないんだが、立場が立場だけに言っておかないと駄目なのよ、なんて風に自己弁護しつつ、一時箸から手を離して、コードウェル機被撃墜→マユラの統率と読みが甘い、叱責、とメモに書き留める。
「ん、話を切ってすまなかった。続きを頼む」
「わかりました。次に二つ目の戦略プランですが、【ハーフムーン】と呼ばれる対L5戦略です」
「これも外交攻勢での、対L5包囲網の構築か?」
「はい、そうなります。このハーフムーンでは、L1デュランダル政権及び新地球連合やユーラシア共和連邦との連携を確立して、L3-地球軌道-L1-月のラインを構築して、プラントの補給線を確実に絶つのが目的です」
「L1との連携が選択肢に入ったのは、例の動きから判断してか?」
「目に見える形で動きましたし、成立する公算が高いと踏みました」
……ふむ。
「とすれば、L1政権が求めるのは、新地球連合との停戦仲介あたりかな?」
「ふふ、流石ですね。情報部でもそう分析しています」
「いや、まぁ、ちょっと考えたらわかるさ。……でも、停戦仲介、上手くいくのか?」
「アマハラ首長国には大西洋連邦に強いコネクションを持つセイラン家と係累氏族がいます。それに加え、新地球連合にしても半年間の戦争で負けが込んで、国内で厭戦気分が高まっている状態ですから、交渉の席を設ける事は可能だと判断してます」
「そうか」
交渉が実現した場合、L1は間違いなく〝魔女〟を出してくるだろうから、停戦は成立するだろうなぁ、うん。
「L5政権を共同の敵とするL1デュランダル政権との連携は可能だと考えるとして……、新地球連合とユーラシアは連携に巻き込めるのか?」
「今現在においては、その二国がL5政権に好意を寄せる理由もありませんし、交渉次第で封鎖程度なら実現可能と見ています」
「……となると、実働はうちとL1が担うってことか」
「そうなります」
むむぅ、新地球連合とユーラシア共和連邦の連中の高笑いが聞こえてきそうだ。
仕方がないこととはいえ、少々不機嫌な心持ちで口を開く。
「補給線を絶つのを基本方針とするって事は、軍は地道に通商破壊をやって、地球-L5の補給線途絶を目指すんだな」
「第一艦隊の補充が終わり次第ですが、そうなります。現状において時間はこちらの味方ですから、基本的にこちらは牽制目的以外に動く予定はありません」
「ああ、俺もその方針を支持するよ。けど、通商破壊戦となると、下手すりゃボディブローの打ち合いになるんだが……」
「一応、SKOに新しいハガネ級の配備して、アメノミハシラの関連航路は防衛力を強化する予定ですし、アメノミハシラを経由する商船に対してもSKOへの加盟も呼びかけています」
……ん?
「なぁ、これってさ、何気にマッチポンプになってないか?」
「……一介の尉官に過ぎない私には、わからないことですね」
ふいとソッポを向いたアサギとの間にびみょーな空気が流れるが、まぁ、確かに現実的な対応だし、これ以上の追及は止めておこう。
一つ咳払いして、びみょーな空気を吹き飛ばして、思考回路を元の真面目モードに戻す。
では、もし仮に、このハーフムーンを実行し、事が上手く運んだ場合はどうなるだろう?
地球-L5航路がアメノミハシラやL3、L1の動きによって遮られると、L5は水や食糧といったモノの輸入が滞る事になる。これに加えて、うちやL1のプラント国防軍、新地球連合軍といった各国軍が常にL5を窺うように牽制に動くとなると、L5政権は間違いなく先の二年戦争よりも追い詰められる事になるはずだから、やけっぱちになって決戦を挑んでくる可能性が高い。
……いや、それが狙いなのかもしれないか。
「一度の決戦で勝負を決めてしまうって腹かな?」
「ミナ様は話されませんでしたが、おそらくは……」
損害が多少増えたとしても一度の大規模戦闘で勝負を決めてしまえば、経済的な損失も一時的なものとして許容できるって考えなのかもしれないが……、できることなら、その戦闘も起きずにL5がポッキリと折れてくれればもっと嬉しいんだけどなぁ、なんて具合に叶わないであろう望みを抱きつつ、最後の一つを聞くべく、アサギに問い掛ける。
「じゃあ、最後の一つは?」
「最後の一つはクレセントとハーフムーンが成功した段階で正式に発動される、【フルムーン】と呼ばれる戦略プランです。これはユニウス体制後の新しい国際安全保障体制の構築を目指す事が目的です」
「ユニウス体制後と来たか……、それはまた、大きく出たな」
だが、新地球連合とプラントが戦争で共にニュートロンジャマーキャンセラーを使っている事に加え、オーブが核動力機を隠匿保有していた事もあるし、加盟各国がユニウス体制に対して不審や疑心……、いや、既に体制自体が破綻し、崩壊したと考えているだろう。そういった事を踏まえて考えると、新しい一定の枷……国際安全保障体制が必要なのは確かだ。
「しかし、できるのか?」
「今現在、戦後復興が軌道に乗り始めた頃にユニウス・セブン落下が発生して、大きな被害を受けて以来、地球市民の間では潜在的に反プラント感情が強くなっています。それを利用するとの事です」
「つまり、マスメディアを使って、反プラントから反L5政権に矛先を変えるってことか?」
「そうなります。マスメディアに加えて、ネットや噂話といったコミュニケーションツールを使って世論誘導することで、L5政権とオーブ、特にクーデターを起こしたザフト一派を地球市民にとっての共通の敵……一種のスケープゴートに設定する事で連帯感を生み出して、国際社会に融和ムードを演出し、ユニウス体制に代わる新条約交渉の切っ掛けを作りたいと考えています」
「んー、そう上手くいくかねぇ」
「ええ、確かにアマハラ一国だけでは難しいでしょう。ですから、三国連盟やL1にも協力を依頼するみたいです」
ああ、なるほど、L1にいるカバーナ女史……〝プラントの魔女〟の手を借りるのか。
だったら成功は間違いないって……、なんか〝魔女〟の名を聞くと、既に成功した気分になるのはなんでだろう?
むー、やっぱり、ユニウス条約締結を巡る一連の交渉で残した輝かしい実績があるからだろうなぁ。
存在だけで成功を確信させるなんて、ほんとに〝魔女〟だよねぇって いやいや、それはそれとしてだな、このマスメディアを利用しての世論誘導って、二年戦争中のワンアース運動を思い出すなぁ。
追い込まれていくように感じて、心身を蝕んだ当時の焦燥を思いながら一つ頷き、最後の塊を口に含む。途端にチープな潮っ気が口腔を満たし、咀嚼する度に安い味覚と満腹中枢が大いに満足を訴えかけてくると、自然と口元に笑みが浮かんでしまう。
……俺って、安い奴だよなぁ。
「ふふ、イイ顔ですね、アインさん」
「そりゃ、人間、食べるって事は生きる事を謳歌しているのと同義だからな」
「その割には、中々、私を〝食べて〟くれませんね」
「げふっ! ……い、いや、まぁ、そういうのってさ、ムードってのが大切だと思うぞ」
ま、まずい! このままではアサギのペースに嵌って、また翻弄される!
「んんっ、それで大尉、ムーンライト・プランはいつから発動するんだ?」
あぁ、おいたをした子どもを見る母親のようなアサギの視線が痛いです。
「……発動は今日、正確には午前零時から発動しています」
「そうか」
ちょっとばかり声が低くなっているアサギさんから僅かばかり視線を逸らしていると、レナとマユラが数の不利を感じさせない巧みな連携によって相手方小隊全機を落とす形で、シミュレーターでの模擬戦が終了していた。
それを見たアサギは再度俺を軽く睨んでから小さく溜息を付くと、いつもと同じ凛々しいながらも柔らかな表情に戻り、口を開いた。
「少佐、シミュレーターが終わったみたいですから、私も失礼しますね」
「ああ、今日も色々と教えてくれてありがとう」
「いえ、これは私の楽しみでもありますから」
そう言って一跳ねし、シュミレータールームの出入口に向うアサギの後姿を見ていると、ふと、以前、約束をしたまま忘れていた事を思い出した。
「アサギ」
「……はい?」
俺の呼び止めえる声に、アサギは小首をかしげながら器用に身体ごと振り返る。
「そういえば、前の詫びをまだしてなかったよな?」
「……あっ、そう言えば、まだしてもらってませんでしたね。最近、何かと忙しくて忘れてました」
「俺もそうさ。……なら、詫びになるかはわからんが、もう少し時間に余裕が出来る状況になったら、何処かに二人で食べに行くか?」
「あ、アインさんからお誘い頂けるなら、考えておきます」
俺の発案を受けて、さっきまでの不機嫌顔や澄まし顔はどこかに消えてしまったようで、アサギは晴れやかな笑顔になっている。
「ん、了解」
「その……、アインさん、色々と期待してますね?」
「あー、できる限り期待に応えたいとは思うけど、無理は言わないでくれよ?」
「あら、私は無理なんて言いませんよ?」
「……そう願ってるよ」
苦笑と共に言葉を返すと、出入口の扉を開く為に止まったアサギが笑顔のまま頷くのがわかった。
……また、国防軍の無妻連中から、モゲロもげろモゲロ~って、呪詛めいた合唱が増えそうだが、もう三人も囲ってる段階で今更な事だし、気にしない方針で行こう、うん。
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