第三部 導なき世界の中で…… (C.E.72年-C.E.75年)
77 疼痛と幻痛 -七四五戦略大綱 1
5月20日。
第一艦隊と即応部隊は先日の戦闘終了後……双方のMS隊が引き揚げた直後、オオツキガタによる対艦攻撃をまともに食らい、大打撃を受けたザフト艦隊がL5へと撤退し始めた事を受けて、デブリベルト【セメタリーⅡ】内で生存者の捜索と新しい偵察衛星の設置を行ってから、アメノミハシラに帰還する事になった。
帰還及び任務報告を行った際に、南国美人風な奥さんと非常に仲が良いトウラン司令から教えてもらった所によると、ザフト艦隊が援軍を待たずに撤退を選択したのは、L3のイワト要塞に駐留している第二艦隊がL5方面に出撃して、同時にザフト艦隊側面を窺う動きを見せた事に加え、L1のプラント国防軍も虎の子である駐留艦隊やいつの間にか宇宙に上がっていたミネルバを動かして、L1外縁部L5方面に展開させた事が大きかったそうだ。プラントって国は元より人口が少ない上、度重なる戦闘で兵力も損失しているのだから、多方面への対応なんて悪夢としか言いようがないだろうしな。
でもって、このL1の動向……アマハラ首長国に利する動きへのトウラン司令の見解は、対L5クライン政権に関して、アマハラ首長国と連携したいという、L1デュランダル政権からのメッセージかもしれないとの事だった。共通の敵……敵の敵は味方って考え方でいくとあり得る事だけに、同意しておいた。
更に同意した理由を付け加えると、実生活において、隣人を選ぶのなら様々なトラブルを引き起こす人よりもマナーと良識がある人の方を選びたいのと一緒で、隣国を治める相手を選ぶなら、常識的な見識を持つ相手の方が付き合いやすいからだ。要するに、L5のクライン政権と何らかの妥協をして講和するぐらいなら、L1のデュランダル政権を支持して、L5政権を叩き潰した方が遥かにマシって訳だ。
大体だな、プラントって国は、無闇矢鱈に敵を増やしても良い事がまったくない事を先の二年戦争で体験済みのはずだし、事実として、地球連合と言う大きな相手と戦って、凄く大変な思いをしたはずなのだ。だというのに……、L5の連中に関しては、相手の神経を逆撫でするというか、国際的な信義に悖るような事を平気でするから困る。
常識的に考えて、同じような過ちを繰り返すようでは人類の新種云々を名乗る資格なんてないと思うというか、経験から学ばないならサル、いや、この世に生きている大部分の生物より劣ると言わざるを得ない。
……ちょっと毒が出てしまったが、俺もいい加減、ドンパチから離れて、落ち着いた生活に戻りたいのだ。難癖つけて、いらん喧嘩を吹っ掛けてきた相手に対して厳しくなるというか、多少は黒くなるのも仕方がないのだ、うん。
ちょっと話がずれてしまったが、まぁ、L1とどういう付き合いをしていくかに関しては、後方で全体指揮を執っているサハク首長とそれを補佐する政府や国防省が間違いなく、しっかりとやってくれるはずだ。
そんな訳で話を軍事方面……先のセメタリーⅡ会戦に戻して、一連の戦闘で発生したアマハラ国防軍の損害に関してだが、トウラン司令より渡された戦闘損害報告書によると、第一艦隊防衛線を担っていたクロガネ級三隻と艦載MS……オオツキガタ三十機とマリーネ十二機を損失した他、ザフト殿軍部隊……決死隊の集中攻撃を受けたクロガネ級一隻が大破、決死隊最後の一機によるバンザイアタックを喰らったトツカ級一隻が中破しているようだ。
この少なからぬ損害の対価であるザフト艦隊に与えた打撃だが、各MS隊より提出された戦果報告書に加え、MSに装備されているガンカメラの記録や各艦艇が収集記録していた戦域情報、更には戦闘後の観測によって調べられた結果、艦艇はローラシア級四隻とナスカ級一隻を撃沈、ローラシア級三隻を大破させ、艦載MSも大凡で六十機から七十機程度の撃墜を確認している。
両者の損害を比較すると、アマハラ国防軍の判定勝ちといった所だろう。
……。
こっちの損失というか、MSに被撃墜数なのだが、明らかにマリーネよりもオオツキガタが多いのが気に掛かる。いや、対艦攻撃任務を請け負った事もあるので一概には同条件とは言えないかもしれないが、被撃墜の差という目に見える形で見えてしまうと、M1アストレイ系列機の防御力の弱さは問題だと感じるのだ。
それに、戦闘後の生存者捜索でセメタリーⅡ内で撃墜されたマリーネはパイロットを二人救出できたのに対して、オオツキガタがゼロだった事も考えると……、もうちょっと強固な装甲に変えるか、アンチビームコーティングを施すか、脱出機構の信頼性を向上させるかしないと、拙いような気がする。
まぁ、それはモルゲンレーテじゃなかった、サハク家やミハシラ銀行、ラインブルグ・グループの支援を得て、モルゲンレーテから正式に分社し、同時に子会社のモルゲンレーテ・エアロテック社を吸収した【ミハシラ・アドバンスドテック】社に任せる事だな。
とにかく、マリーネの脱出機構は極僅かかもしれないが戦死者を減らしたみたいだし、脱出機構の構築に関わっていたマユラも喜ぶだろう。
◇ ◇ ◇
5月21日。
ノルズのBI群やアメノミハシラ防衛隊の防衛戦隊の出迎えを受け、各々が普段より停泊している軍港エリアに入ったが……、久しぶりの大規模戦闘を経た所為か、身体から疲れが取れない。それどころか、気だるい身体の疲れが精神に影響して、思考のベクトルが自然とマイナスに傾く始末だ。
その為、小隊事務室で下船前にしておくべき細々とした書類仕事……重散弾カートリッジや小型ミサイルの補給申請書や各小隊員の実戦評価といった事に勤しんでいる今も、生きて戻って来れなかった者達と遺された肉親や親しい人達の嘆きや悲しみが胸中に燻ぶると同時に、自身や仲間を生き残らせる為に相手を殺した事で、その殺した奴の家族や親しい人に嘆きを強いている事も頭に浮かんでしまって、更に気が滅入ってくる。
治安関係者として、また軍属として、人死に関わる経験を度重ねてきたが……、殺しを割り切る事は出来ても、やはり完全に慣れることができない。
……でも、これも所詮は生者の傲慢だろうな。
そもそも人の命、人の可能性を奪った段階で、殺しを厭っているのに殺す事しかできないあたくし、だなんて具合に、悲劇的な境遇に酔う資格なんてないし、そんな風に悲劇的に酔って自分を慰めるくらいなら、殺した相手を生き返らせて、代わりにお前が死ねっ、って罵られてお仕舞いな話だしな。
それでも……、そういった事も踏まえても言いたい。
殺し合いってのは不毛で、精神的にガリガリと削られてしまって、本当に嫌になるのだ。
それはもう、簡単に殺しをする奴は死んでしまえって、どこかで聞いたような、ちょっと矛盾した物言いの意味がわかってくる位に。
つか、これだと、俺も死ななきゃいかんか、って……。
倦んでしまっている精神のあまりのマイナス方向への傾き具合に、ちょっとエヴァ先生に気合を入れてもらいに行こうかなぁ、なんて風に心中で自嘲していると、傍で同じく書類仕事をしていたレナが静かに声を掛けてきた。
そのレナの顔を見るに、隠しているつもりでも疲れが表面に出てしまっているらしく、心配をさせてしまっているようだ。
「先輩、ユカリちゃんですが、マユラからの連絡だと大分落ち着いたみたいで、医務室で薬を処方してもらって帰ってくるそうです」
「ん、そうか。軍医を信頼しないわけじゃないが、念の為にエヴァ先生の所にも連れて行って欲しいな」
「ええ、わかりました。エヴァ先生に連絡を入れて、アポイントメントを取っておきますね」
「ああ、頼む」
いつも通りを意識して答えると、レナは何かを躊躇しつつも更に口を開いた。
「……あの、先輩?」
「ん?」
憂いで翳ってしまっているエメラルドの瞳が俺を見つめてくるが……、幾ら、レナとは心身を許して合っている仲とはいえ、男の見栄的に、できれば弱音は吐きたくない。そう、弱い姿を見られたくない、隠したいのが男っていう見栄っ張りな生物なのだ……って、ちょ。
「あ、あー、レナさんや……、これはちょっくら恥ずかしいのですが?」
出会った頃よりも遥かに大きく柔らかく膨らんだ胸の内に、頭を抱きこまれてしまった。
「……私がこうしたいと思ったからしているんです。だから、先輩は大人しくしていて下さい」
「こ、こうしたいって……」
「これは、私の我が侭です」
そう言い切ったレナの声に圧されてしまって、つい、全身から力を抜いてしまい、頭をレナの胸に委ねてしまう。
レナの胸から響いてくる、トクリトクリとゆっくりと鳴る優しい心音を聞いていると、マイナスに振れて、荒らんでいた心が落ち着いていくのがわかる。
……男って、いくら見栄を張っても自分が考えているよりも心弱くて単純だから、最後には女に負けるよなぁ。
うぅ、本当に、ほとほと情けない姿を晒してしまっている自分に涙が出そうだって、実際に目尻から涙が出てきたみたいなので、それを隠す為にも柔らかな胸の狭間に深く顔を埋めて隠す。
「んっ、……先輩」
なんだ、と答える代わりに、微かに頭を動かす。
「……疲れている時は、ちゃんと甘えてください」
いや、俺、結構、甘えてるよ、的な意味を込めて、首を縦に振ってみる。
「ぁん、……仕事の事じゃないです」
暗に、先輩は精神的に弱いんだから無理するなって言われた気がした。
とっくに見抜かれていたのかと、ショボーンとした気分のまま抗議の意を表すべく、首を微かに横に振る。当たり前の如く、頬に当たる柔らかさに口元が緩むって……、俺、男の中でも特に単純なのかもしれん。
「んぁっ。も、もう一度言いますよ? 私だけじゃなくて、マユラも、ミーアちゃんもいますから、弱った時はちゃんと頼ってください」
でもね、男って生き物はさ、女に甘えてしまうと際限がなくなってしまうのだよ、なんて心の中で呟きつつ、表面的には頷き返しておく。
「……嘘は駄目です」
ちょっ! 何故にばれるのって、頭を絞めちゃ駄目っ! 鼻と口が埋まって、い、息がっ!
タップ、タップ! ってな具合で、空いていた手でレナの背中を叩くが……、効果なし!
それどころか、レナの巧みな微調整によって、軽い酸欠の一歩手前の状態に置かれつつ、眠りに付きたくなるような柔らなか温もりと男を誘うような女の芳香に包まれている所為で、癒されつつ生殺しという両極端な状況に……。
れ、レフェリー、ヘルプっっ!
「ただいま~って、レナっ、何してるのよ!」
お、おおっ、祈りが届いた!
ドアが開く圧搾音と共に聞こえてきたマユラの声が福音に聞こえるっ!
「おかえり、マユラ。これはね、私達に素直に甘えようとしない先輩への正当な制裁よ」
「……あ~、なら仕方がないわね」
「ふががっ!」
「んぁんっ、マユラも先輩の調子がよくない事に気が付いていたんですよ?」
……俺、もっと感情を隠す練習をするわ。
とはいえ、ポーカーフェイスは習得済みだし、これ以上のこととなると……、いっその事、仮面でも被ってみるか?
うーむ、もし被るとしたら、顔全体を隠す鉄仮面式がいいか、目元を隠すだけのタ○シード仮面風がいいか、それとも……。
「もう、先輩、まだ反省していないみたいですね」
いや、レナさんや、この状態でどう反省しろと言うのか、逆に小一時間は問い詰めたい気分です。
「……マユラ」
「おーけー」
レナの、何故か据わった声音での呼びかけに、マユラは非常に楽しそうな声音での返答をかええええ。
「ふふんっ、どう? アインさん以外は味わえない、至福の感触は」
後頭部に、ありえない程の柔らかな弾力がって、この感触は、マユラの我が侭な膨らみっ!
「はぁ、私もちゃんと大きくなってるのに……、マユラのは反則よ」
「別にいいじゃない。そもそも、大きさで言うなら、私よりも上がいるのよ?」
「うっ、確かに、ミーアちゃんが一番の大反則ね。私達の中で一番若いのに……」
「本当に、あの大きさなのに、ちっとも垂れないのは反則よねぇ」
頭の上でレナとマユラがやいのやいの言っているが、聞こえない振りをしてというか、つい先程まで、俺の心理状態に合わせてちっこくなっていた我が息子が、うひょー、やっと俺の出番だぜぃ、って感じで飛び上がったり、心底に暗い澱みが発生したのを受けて、片隅に緊急避難していたケモノ君が四肢を駆使してドロドロにぬかるんでいる澱みをせっせと埋め立て処理を開始しているのがわかった為、それらを制御するのに一杯一杯だ。
「んっ、先輩の鼻息が荒くなった」
「ねぇ、このまま、ここでヤッちゃおっか?」
「……それも刺激的でいいかもしれないわね」
いや、刺激的って……。
「でも意外よねぇ、レナの事だから、流石にそこまではしないっていうかと思ったのに」
「目の前に御馳走があるのに食べないのも勿体無いじゃない」
「……実は、レナって、結構えっちよね」
「別にいいわよ、えっちでも。そうなるのは先輩限定だから」
「わ、私だってそうよ?」
「ふふ、わかってるって」
いやいやいや、二人ともちょっと待って欲しい!
特にレナは最初と明らかにのりが違うというか、思考回路が〝むふふ〟モードになってるぞっ!
確かに俺はどうしようもない助平だがっ、時と場所は心得ている健全な女好きである以上、自宅やホテル等ならともかく、オフィスで本番を致す等、けしからん、けしからん、実にけしからん事であって、絶対に許しませんぞぉっ!
「じゃあ、レナはそのまま顔を押さえておいてね」
「わかったわ、でも、先輩のことだから、絶対に暴れるから、手早く脱がせてね」
「ええ、任せて」
「むぐぐぐぐぐっ!」
「ぁん、せ、先輩、大人しくしてください」
ちょ、だめ、マユラ、ベルトから手をはな、ズボンをずらおふぅぅぅ。
「んふふ、インナーをこんなに盛り上げて……、アインさんもやる気満々じゃない」
くやしい……、でもっ、びくんびくんって、いや、まじでやめ、やめーーーーーーーーっ!
「ま、マユラさんに、レナさんっ! な、何をやってるんですかーーーーーーっ!!!!」
こ、この声は、コードウェル少尉っ!
た、助かった!
俺のこの考えはあながち間違っていなかったようで、レナとマユラの手から力が抜け……ることはなかったが、ある程度、情欲の狂熱から醒めた様で取り繕う声がいつもの声に戻っていた。
「え、えーと、ユカリちゃん、これはね」
「そ、そう、これはね、アインさんをね」
「アメノミハシラに無事に帰ってくることができて、精神的に昂ぶっているお二人がそういう風になる気持ちはわかりますがっ、もう少し我慢してください! 私だって、サイ君の所に行くまで我慢しているんですからっ!」
あれー、良い事を言っているようで、煽ってるだけのように聞こえるのは気のせいなのかなー。
「そ、そうね、ユカリちゃんの言う通り、もう少し我慢するわ」
「た、確かに、今は我慢した方が後でより燃えそうよね」
「そうです。私もこの一年で、男と女が愛し合うのは自然だということを知りましたし、全員が納得していれば、同じ人を好きになってシェアする事も構わないという事も納得しました。ですがっ、やはり時と場所を考えるべきですっ!」
うんうん、そうだそうだ。
「そう、時と場所さえ考慮すれば、どんなことをしても……、縛っても縛られても良し、鞭打っても打たれても良し、色んな道具を使って攻めるも受けるも良しっ、普通使わない部分を使って色々するのも良し! つまり、どれだけアブノーマルでも構わないのですっ!」
「「おおーー!」」
……い、今、色々とぶっちゃけたよね、この子。
つか、コードウェル妹も、初めて会った時の潔癖具合から考えたら、絶対に変わりすぎだろう。
戦闘の興奮がまだ残ってるのかって、薬を処方してもらってるはずだし……、むー、考えられるとすれば、サイ・アーガイルとの出会いとお付き合いがそれ程までに衝撃的であったということだろうか?
……。
まさか、アーガイルの奴、温厚な見た目と違って、夜は猛々しいのか?
……。
よし、後学の為にも、今度、アーガイル本人に、アーガイルって鬼畜ぅ、って、聞こえるようにボソリと呟いて、反応したら色々と情報を引き出してみるか。
そんな具合に下世話な考えを抱いた後、コードウェル少尉を含めた我が小隊の女性陣が夜のセイ活方面の話題で大いに盛り上がることとなり、結果、話のネタになった事で、別方面で精神的なダメージを喰らう事になりました。
もっとも、色事という別の事を強制的に考えさせられた上、女性陣の話にゲストとして参加した事で、人殺し云々といった鬱々とした感情もかなりマシになっていたりする。
こういった事で回復に向うあたり、実に男……というよりは、俺という存在はやっぱり単純なのだと思ったモノだが、マイナス方向に思考を傾けるよりも万倍マシだし、健全だと思う事にしよう、うん。
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