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第三部  導なき世界の中で…… (C.E.72年-C.E.75年)
75  軍神、立つ -デブリベルト攻防戦 3


 5月18日夕方。
 即応部隊は第一艦隊に先行する形でアメノミハシラを発し、L5-静止軌道間に幾つかあるデブリベルトの一つ、【セメタリーⅡ】の手前まで進出してきた。これはL5のザフト艦隊を牽制し、侵攻を断念させるのが主な目的だが……、現実を見て、冷静な判断ができるベテランが国防軍へと去り、残っているのは敢闘精神溢れるが未熟な若手やコーディ至上主義者ばかりのザフトの事だから、効果はないと考えた方が無難だろう。

 そんな訳で即応部隊はアメノミハシラに向かって侵攻してくるであろうザフト艦隊や先行してくると思われるMS隊の動きを逐一把握できるようにするべく、セメタリーⅡ内に監視衛星を設置している最中である。
 こういった戦域で大活躍する機雷や爆雷等のトラップ系兵器に関しては、国防軍にザフトが使っているモノ程に融通の利く兵器がない上、唯一使える機雷にしても後始末が面倒だし、管制宙域でもない場所に敷設すると外向けのイメージがかなり悪くなる事もあるので、当初より選択肢から外されていたりする。まぁ、機雷はその性質上、無差別性が強いから仕方がない。

 もしも、BI四個編隊を艦載し、前線でノルズを運用する事になったウワツの戦力化が成っていれば、もう少し楽だったんだが……、独立に伴なうゴタゴタで計画が遅れているからなぁ。

 世の中ってのは万事上手く行くようであって、上手くいかない事の方が圧倒的に多い、なんて方向に考えが進み始めたら、デブリ群に入らず、後方より俯瞰して作業宙域全体を監視しているレナから通信が入ってきた。

「ウルブス2よりウルブス1へ、今の所、周辺に異常なしです」
「了解した。引き続き、警戒を頼む」
「はい」

 通信機を使うついでに、監視衛星をセットしている残りの二人に作業進捗を聞いてみる。

「ウルブス3、4、そっちの作業はどうだ?」
「こちらウルブス3。予定通りにセット完了」
「ウルブス4です。すいません、後二つ残ってます」
「了解。ウルブス3はウルブス4に合流して、周辺警戒を担当。後、ウルブス4は落ち着いてやればいい」
「ウルブス3、了解。ウルブス4に合流するわ」
「ウルブス4、わかりました」

 普段通りのマユラと比べれば、コードウェル妹の返事は、これから戦闘になるかもしれないという緊張の為か、張り詰めた声だった。

 ……実戦を経験したのはユニウス・セブン落下阻止戦の一度だけだし、そりゃ緊張もするか。

 コードウェル少尉のフォローについて、レナともう一度打ち合わせしようと心に留めつつ、L5にあるプラント・コロニー群に動きがないかを監視する。もっとも、監視ってのは単調なだけにそれだけしかしていないと、逆に集中力が途切れて、注意力が散漫になってしまう。なので、時折、監視域を視野に収めつつ、セメタリーⅡを構成しているデブリや作業している他の僚機に焦点を合わせて、ちょっとしたリフレッシュもする。

 ここ、セメタリーⅡはL1宙域にも繋がっているデブリベルトの一つであり、宇宙開発時代中期より現在に至る宇宙ゴミに加えて、二年戦争で大量に発生したデブリ……ユニウス・セブンや世界樹コロニーの残骸やザフトや連合軍で使用されていた諸兵器の残滓で構成されている。その為、艦艇が通過するには注意が多分に必要となる厄介な宙域なのだ。
 また、デブリ自体もMSを隠せる大きさの障害物が多数ある事から、戦中にはザフトの独立戦隊が輸送船団を待伏せしたり、戦後においても宇宙海賊による商船襲撃が行われたりしている。こういった事を考えると、セメタリーⅡのような大規模デブリベルトは地球圏内宇宙航路の難所とも呼べるだろう。

 では、アマハラ国防軍の上層部はここでどんな風に迎撃を行うのかを考えてみると……、艦隊でオーソドックスな迎撃陣形を組むか、デブリベルトで埋伏を実施する辺りかな?

 ……むー。

 俺の経験上、MSだけでなく艦艇もデブリベルトに潜ませるのも有りだとは思うが、逆手に取られて浸透されると拙い事態になるし、そもそも、ザフト艦隊が必ずしも俺達が今いる座標を通るとは限らないし……。というか、艦隊みたいな大規模部隊を率いた事が所為か、どうしてもゲリラ的な発想になるな。

 あー、やめやめ、迎撃プランとか、難しい事は上の人達に任せておこうっと?


 あれは……。


「ウルブス1よりイワミ」
「……はい、こちら、イワミ」

 L3制圧戦より長い付き合いとなりつつあるMS管制官のワラル少尉が応じたので、報告を入れておく。

「L5のプラント・コロニー方面に多数の推進炎を観測した。そちらで観測しているか?」
「……はい、今、確認しました。数は……大凡で二十程度ですね」
「進行方向は?」
「今、計算中ですが、地球方面である可能性が高いそうです。…………す。ウルブス1、トウラン司令より、全MS隊に現作業終了後、速やかに各母艦に撤収せよとの命令が出ました」
「了解、ウルブスは現作業終了後、速やかに母艦に撤収する。……他には?」
「ありません」
「わかった、通信終わり」

 さて、動き始めたな。


 ◇ ◇ ◇


 5月18日深夜。
 俺達がデブリベルト内で作業している時にL5方面で観測された艦艇群……アプリリウス軍事衛星港から出港した事から本国艦隊と思われるザフト艦隊が地球方面に向けて動き始めた。これを受けて、アメノミハシラより出撃して、L5方面を警戒していた第一艦隊がセメタリーⅡ手前に展開していた即応部隊に合流することになった。
 その結果、こちら側の動きに呼応するようにザフト艦隊も進路を変えた為、今現在において、セメタリーⅡを挟む形で、ザフト艦隊とアマハラ国防軍の第一艦隊及び即応部隊が対峙している状態である。

 こう言ってはなんだが……、対峙だけに留めるとは、見敵必殺を地で行くようなザフトにしては珍しい動きといえなくもない。つか、こちらの動きを警戒できるだけの頭がザフト艦隊の上層部にあるという事自体がって……、いや、ちょっとこれはザフトの連中を馬鹿にしすぎだな。

 まぁ、そんな訳で、即応部隊にも第二種戦闘配置が発令されており、前衛組は共にAパック(強襲兵装)、後衛組はS/Sパック(狙撃・偵察兵装)FSパック(制圧支援兵装)を装着しており、即時出撃ができるように自機のコックピット内で待機中である。

 しかし……。

「暇だな」
「……はぁ、先輩位ですよ、そんな事言ってるの」

 ちょっとした呟きを耳聡く聞き拾ったレナから溜息と呆れを含んだ言葉を頂きました。

「あはは……、あ、アインさん、余裕だね」
「そりゃ、前の戦争の時より責任の範囲がぐっと減ったからな、表面的には今以上にふてぶてしくなれるぞ?」

 乗艦や艦隊を守る義務があるとはいえ、実質的に命の責任を持つのは自分の小隊員だけだから、精神的に余裕があるのは本当だ。

「うぅ、少佐のその余裕、私にも分けて欲しいです」
「分けることはできないけど、そういう風になれる方法は知ってるぞ」
「えっ、どんな方法ですか?」
「戦時において、突然、百人以上の命と中隊規模の戦力を預かって、一年以上、指揮命令をする」
「……え、えと、それって?」
「信じられないだろうが、あの戦争で、俺が体験した事だ」

 絶句しているらしいコードウェル少尉にニヤリと笑いかけて、更に続ける。

「少尉、こういうのは何事も少しずつの積み重ねていくのが一番楽で健全だと思うぞ?」
「う……」
「そりゃ、命を賭ける以上、不安や恐怖が生まれてくるだろうけど、今の少尉なら絶対に乗り越えられるさ。まぁ、今回も俺やレナ、マユラがフォローするから、まずは自分の命に責任を持って動けるようになれ。そうすれば、ちゃんと心に余裕が生まれてくるから、今は生き残る事を考えるように、な?」
「は、はい」

 少尉の返事に頷き返した後、レナとマユラに目配せして後を任せて通信から外れ、モニターに外の様子を映し出させる。

 様々なデブリで構成されたカーテンの向こう側に、見慣れた艦艇……ローラシア級等の姿が見えた。

 MS隊が作業より帰還した直後に行われた即応部隊幹部会議で情報参謀から伝達された所によると、侵攻してくるザフト艦隊の戦力は全部で二十隻。その内、四隻がナスカ級で、残りは全てローラシア級で構成されているとの事だった。

 いやはや、この艦隊の中に、現在就役している各国軍用艦艇の中で最も強靭でタフなアークエンジェルや例の強力な核動力機を運用する為の母艦エターナルが含まれていなかったのは僥倖と言うべきだろう。本当に、件の新型核動力機みたいな一機当千の化物に出てこられたら、勝つにしろ負けるにしろ、こちらの被害が甚大になったのは間違いない。
 で、強力な戦力を有する両艦がこちらに派遣されなかった理由だが、おそらくは、L1のプラント国防軍や月の新地球連合軍、更にはL3に駐留するアマハラ艦隊に対する抑止力として残したんだろう。何分、二年戦争当時と違って、懐事情が厳しい中での艦隊派遣だけに、自然、プラントの防衛戦力も手薄になるからな。簡単に表現すると、余所を獲りに行っている間に本拠を蹂躙されてしまった、なんて本末転倒な事態は避けたいって所だろう。

 それでも正直に言わせてもらえれば、一応はオーブに属していると思しきアークエンジェルを、アメノミハシラ攻めの名分となるオーブ所属艦をこちらに出張らせなかったのは不思議なのだが……、むぅ……、これはザフトだけでアメノミハシラに打撃を与えるか、制圧までの道筋を付ける事で、L5政権がアメノミハシラに関わる利権関係でオーブよりも優位に立とうとでも考えた結果なんだろうか?

 ……まぁ、どんな理由があるにしろ、脅威となる存在が減るのはこちらには有り難い事だ。

 っと、そろそろ話を戻して……、ザフト艦隊が保有する機動戦力についてだが、艦艇に艦載機を増やす改良が施されていなければ、大凡百二十機程度であり、主力となるMSはほぼ間違いなくザク・ウォーリアになるだろうとのことだった。また、この分析に付け加える形で、グフ(仮)ならぬ、【グフ・イグナイテッド】も実戦デビューして半年近くなる為、艦隊に配備されている可能性も高いとも伝えられている。

 ……しかし、例のグフ(仮)だけど、グフ・イグナイテッドって名前だと知った時は、まさかと驚いたモノだ。

 いや、正確にはグフってのはザクの時と同じで、【Guardian Of Unity Forerunner】の略だったけれど……、本当に、初めて聞いた時は、微妙な顔を浮かべてしまった。

 うーむ、でも、本当に偶然……、なんだろうか?

 ……。

 考えてもわからないし、今現在、詳しい事を知る事もできない以上、そういう偶然もあるって事にしておくしかないか。

 んんっ、この中々に強力と思われるザフト艦隊に真っ向から対峙して、迎撃の意志を露にしているのは、アマハラ国防軍の地球軌道方面軍第一艦隊と緊急展開軍即応部隊である。

 まず、主戦力となる第一艦隊だが、旗艦であるイズモ級イズモとMS母艦ムラクモで構成される第一機動打撃群と、トツカ級八及びクロガネ級八で構成されている第一宇宙戦闘群から成る正規艦隊だ。
 この艦隊が保有する機動戦力は、MA可変機である【M-12A】オオツキガタがイズモの第一精鋭MS中隊に十二機、ムラクモの第一機動MS大隊に四十八機、戦術偵察隊に四機の計六十四機であり、積極的な攻勢や中間域での迎撃を担う。また、俺の実家で製造している【M-2】マリーネが第一宇宙戦闘群の第一一戦隊と第一二戦隊……トツカ級四隻で構成されている両戦隊の各艦に四機ずつ配備されており、計三十二機となる。これらは戦隊単位で運用される事になっており、十六機で成る護衛MS中隊が二個編成されている。
 次に俺が所属している即応部隊だが、旗艦であるイズモ改級イワミとワダツミ級MS母艦ナカツ、ソコツの即応機動打撃群と、トツカ級二とクロガネ級二の即応宇宙戦闘群で構成されている。
 保有している機動戦力は、ナカツ、ソコツのオオツキガタで編成されている即応機動MS中隊が十六機、マリーネがイワミの独立MS小隊が二個で八機、各トツカ級が艦載している護衛小隊が二個で八機の計十六機という具合だ。
 これら第一艦隊と即応部隊を合わせると、アマハラ国防軍は艦艇数が二十五、機動戦力が百二十八となり、ザフト艦隊とほぼ拮抗できる戦力になるという訳だ。

 そして、この両者を有機的に動かす為に全体指揮を執るのは、司令部要員も多い第一艦隊司令部という事が予め取り決められており、艦隊布陣も前衛に第一艦隊、後衛に即応部隊という具合になっている。
 本来ならば、即応部隊が即応と言う名の通り、ユニウス・セブン落下阻止に動いた時のように、真っ先に戦域へと投入されるのだが、今回は相手の動きに上手く呼応できた事で正規艦隊が間に合ったので、予備戦力扱いという事である。

 攻守どちらにせよ、重要な局面に投入される可能性が大なだけに、暇だなんて嘯く位ならしっかりと気を引き締めないといけないだろう。そんな事をキリッとした顔で考えつつ、今度は双方の艦隊陣形に目をやる。

 ザフト側は、十六隻のローラシア級を垂直(天頂-天底)軸に平行するように……、上方から覗き込んだ懐かしきコンビニのおでん鍋……じゃない、正方形の障子のように、三×三の升目を構成するように並べており、その後方中央部にナスカ級が固まっている。素人目で見て取るに、十六隻のローラシア級が主戦力、四隻のナスカ級が予備戦力か決戦戦力といった所だろう。

 対してこちら側は、最前列に並んだ第一艦隊のクロガネ級八隻が第一艦隊防衛線を担う事になるのだが、戦隊毎に天頂及び天底方向に別れ、垂直軸に並行するように菱型に配置されている。これらが電磁式ビームシールドを展開したり、火線網を組む事によって、前方の敵艦からの攻撃を防いだり、敵艦載機の侵入を阻止するべく迎撃するという訳だ。余談だが、この二つの菱型は更に大きく見ると、外側のラインで正六角形を形成している事もあて、内々では〝盾〟と呼ばれていたりする。
 このクロガネの〝盾〟の後方には、第二艦隊防衛線として、トツカ級八隻が立方体の各頂点にそれぞれ位置する〝箱〟が形成されており、この〝箱内〟に旗艦イズモとMS母艦ムラクモが入る形になる。
 そんな第一艦隊の後方には予備戦力的な扱いを受ける即応部隊があり、旗艦イワミを中心に、前方にクロガネ級二、両側方にトツカ級一ずつ、後方にワダツミ級二と、水平(地球公転面)に平行する形で正六角形を形成している。

 こうやって双方ともに整然と艦列を整えて、戦闘に備えている訳だけど……、セメタリーⅡが中間域にあって射線が通りにくい事を考えると、艦隊戦が起きる可能性は低く、どちらかと言えば、MSによる宙域争奪戦と対艦攻撃がメインになるはずだ。
 となれば、双方のMSの性能や戦術が大きく影響してくる事になるんだが……、ううむ、俺が開発に大きく関わったマリーネが今回の大規模なMS戦でどこまで戦えるか……って?

 そもそも、この戦闘自体が、オーブ国防宇宙軍時代から今まで地道の間、サハク首長を筆頭とした国防軍上層部によって築き上げられてきた軍事ドクトリンが、MS戦闘及び宇宙戦の第一人者とも言うべきザフトに通用するかどうか、戦略方針があっていたかどうかの審判が下ると言っても過言ではないのでは?

 ……。

 あー、小難しい事は考えず、自分達が積み上げてきた事を信じて、全力で役目を果たす事を考えよう。


 いい加減、現実に戻る為に一応の結論付けると、メインモニターに映っているザフト艦隊からスラスター光らしき青白い輝きが相次いで確認できた。

 ……。

「レナ」
「あ、はい、ザフト艦隊から出撃が始まったみたいですね」
「ああ。もう今更かもしれんが……、前の戦闘と違って、これからは元同僚が相手になる。お前は大丈夫か?」
「ふふ、本当に今更ですよ。それに、それを言ったら、先輩もそうじゃないんですか?」
「俺は薄情だからな、簡単に割り切れるさ」
「私もそうです。だから、心配無用ですよ」
「……わかった、いつも通りに頼りにさせてもらうぞ?」
「はい!」

 そのレナの返事を聞いた後は、俄かに湧き出てきた私情をもう一度心底に押し込め、ムラクモや各トツカ級から出撃して行くMSが放つ推進炎の光を見つめ続けた。


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