第三部 導なき世界の中で…… (C.E.72年-C.E.75年)
74 軍神、立つ -デブリベルト攻防戦 2
先の独立宣言より一週間。
アメノミハシラで行われた独立宣言の結果、アマハラ首長国の独立を承認して国家成立を認めたのは、首脳が式典に立会い、共に三国連盟を構成する事を宣言した赤道連合と南アメリカ合衆国。国家成立を寿ぐ祝電と公使館等の外交窓口の設置について問い合わせを送ってきた、地中海同盟や月面都市群、L1のデュランダル政権、火星コロニー群。そして、書簡で全権大使の相互派遣等に関わる問い合わせを行ってきた、大西洋連邦やユーラシア共和連邦、大洋州連合、スカンジナビア王国である。
一方、オーブからの独立を承認せず、国家成立を認めなかったのは、当初の想定の通り、オーブ本国とL5のクライン政権であり、両者共に武力行使をもってしてでも徹底的に抵抗を排除し、オーブの資産であるアメノミハシラ及びタカノアマハラを制圧すると宣言していたりする。
とはいえ、係争関係にある本国とL5クライン政権以外の全ての国家が承認したことから、アマハラ首長国が国家として成立し、国際社会の仲間入りを果たしたと言っても過言ではない。そんな訳で一定期間、両国からの攻撃を凌ぎ切れれば、国際社会からの有形無形の圧力が増大していって、両国は継戦能力の限界を迎えるだろう。そこまでいって、初めてアマハラ首長国はオーブから完全に独立できるって寸法だ。
で、この国家成立を受け、オーブ国防宇宙軍は事実上解隊し、アマハラ首長国の国防を担う【アマハラ国防軍】と名を改めることになった。また、これに伴なって組織改編が行われると同時に、階級制度や制服が一新される事にもなっていたりする。
まずは組織改編だが、単純な話、省庁新設の為の人員放出や国防権限の拡大による組織拡張だ。
国家運営を担う新設省庁に放出されるのは基本的に事務方であり、その数も軍が効率的に動かなくなっても困るのでそう多くはないのだが、軍から退役の上での転籍することになっている。
これらの適当な例を挙げていくと、アメノミハシラで軍政を担っていた総務部からは総務省や財務省、内務省等々の全ての省庁へ、情報部からは情報省や財務省に加えて外務省へ、兵站部から財務省や商務省へ、通信部から情報省や外務省へ、衛生部から保険省へ、教育部から教育省へ、技術部から商務省へ、監察部から内務省へと人員が放出され、また、法務官室や会計監査室からも、法務省や財務省に人が投入されている。
次に国防権限の拡大による組織拡張だが、これまであった宇宙軍総司令部と参謀本部が発展的解消をして、国防に関する権限を有し、国家元首であり国防軍総司令官であるロンド・ミナ・サハクを補佐する国防省に生まれ変わったということである。
今も現在進行形で、この国防省の指揮監督によって、アメノミハシラとL3のイワト要塞にそれぞれ方面軍司令部が設立され、その指揮下に駐留艦隊が配属されたり、タカノアマハラの拠点防衛隊の規模が大きくなって、L3全体を防衛する宙域防衛隊が誕生したり、悲しいかな、オーブ軍時代は上級将校の給与が高すぎたとして、経費節減の名目で佐官クラス以上のお給金を下げたり、〝陸戦隊〟が【宙兵隊】という名を与えられて正式に独立した一組織として編成されたり、既存の訓練施設に士官学校や基礎教練校が新設されたりといった事が行われているのだ。
……なんか、途中に俺の本音が混じっていたような気がしないでもないが、多分に気の所為である、うん。
そして、これらの組織拡張によって、今までの階級制度では対応できなくなると判断され、大将や中将、少将といった将官位が設けられる事になった。この将官位制定に合わせて、オーブ軍で使用していた階級や呼称、三佐……三等宙佐とか、二尉……二等宙尉とか、言っていたのを、他国軍と同じく、少佐や中尉という階級や呼称に改められる事にもなっていたりする。
最後に制服だが、デザインを若干変更した上、これまで基調色だった淡いブルーから黒という落ち着きのある色というか、強い色に変更される事になった。
うぅ、お給金下がったのに礼装と常装、共に更新せんといかんとは、サハク首長の地味な嫌がらせ(笑)で出費が嵩みまする……ってな、俺や他の上級将校達の嘆きは置いておいてだな、とにかく、階級呼称や装いが一新される事で、将兵は独立した事を自覚し始めているようだ。
ちなみに、オーブ軍から離脱して、アマハラ首長国に参加する事を良しとしなかった将兵だが、宇宙軍全体の一%程度で収まっており、組織的には特に目立った影響は出ていなかったりする。もっとも、潜在的な離脱希望者が目に見えなかった、或いは手を挙げられなかっただけかもしれないが、とにかく、軍として機能しているのは幸いと言えるだろう。
そんな訳で、周囲の熱に流されず、オーブ連合首長国とオーブ国防軍へと忠誠を示した勇気ある将兵もちゃんと本国へと送り返したし、後は本国とL5クライン政権がここを諦めるまで、万難を排する為に手を尽くすだけの状況だ。
◇ ◇ ◇
5月18日。
ロンド・ミナ・サハクが正式に国家元首……首長及び国防軍総司令官となり、引退を決意していたというウナト・エマ・セイランを無理無理に宰相に据えて、アメノミハシラの第一居住区画やタカノアマハラで新国家設立の為のあれこれが進められている中、アメノミハシラ及びL3の早期警戒線……ノルズの常時観測網によって、L5はアプリリウス軍事衛星港での動き……物資等を運ぶ運搬船や定期運航以外の連絡船の動きが活発になった事が観測された。これと同時に、ヤキン・ドゥーエ要塞からは主にL1方面に分艦隊規模の艦艇群が進出して、遊弋を始めている事も確認されている。
これらの目に見える情報と日々の監視で収集している商船等の動きといった情報から、国防省ではL5クライン政権による侵攻があると判断して、サハク首長にL5から侵攻が行われる可能性が高いとの報告が為された結果、アメノミハシラに司令部を置く地球軌道方面軍の第一艦隊とイワト要塞に司令部を置くL3方面軍の第二艦隊に非常召集が掛けられると共に、各防衛隊も第一種警戒態勢が発令されている。
当然ながら、俺が属している即応部隊……首長というか国防軍総司令官から直接命令を受ける緊急展開軍であり、首長にとっては使いやすい手駒と言うべき直轄部隊にも非番組の召集が掛けられており、部隊員の搭乗が進められている状態だ。
そして、俺はというとMSの機体整備状況のチェック等をレナ達に任せ、イワミ艦内にあるブリーフィングルームにて、MS隊の同僚であるタワラ三佐じゃなかった少佐と駄弁りながら、即応部隊の幹部会議が始まるまでの時間を潰している状況だ。
「なぁ、ラインブルグ君、プラントというか……L5のクライン政権は、もう少し、自分達が多くの他人様に迷惑を掛けた存在であり、世界から歓迎されていない存在である事を自覚するべきだと思わないか?」
「ええ、まったくもって、その通りだと思いますね」
……元ザフト所属だけに、プラントが侵略してくるって事で、肩身が狭く感じる今日この頃である。
「プラントの指導層自体は、独立闘争開始当初はもうちょっとはマトモだったとは思うんですけど、闘争が激化して、実際の戦争が始まってから、一気におかしくなりましたからね」
「そうみたいだね。……戦争が始まって、ユニウス・セブンに核攻撃が為された事は確かに非道だとは思ったけどさ。それ以上に、プラントの報復措置は……、中立国を巻き込んだエイプリル・フール・クライシスはもっと酷かったよ」
「ええ、俺も、何を考えてアレを為したのか、当時も、今も、まったくわかりませんよ」
「……あのニュートロンジャマーの無差別散布について、何も聞いてなかったの?」
「ええ、あの時は白服じゃなくて平隊員の緑でしたし、ザフト中枢の秘密主義は今以上に徹底していたみたいです。当時の上司だった艦長も何も知らなされていなくて、無差別投下が為されてから知ったそうですよ。……本当に、あの時、無差別投下が行われたって聞いた時は、目の前が真っ暗になって、上層部の正気を疑いましたね。本当に、独立する気があるのかって……」
「あはは、確かに、君ならそうなるって、想像できるね」
いやいや、本当に、笑い事じゃなかったですって……、等と口に出そうとしたら、タワラ少佐は更に言葉を重ねてきた。
「なら、今回の独立の動きは、まだマシって感じかい?」
「ええ、遥かにマシですよ。言い分もこっちからは特に変な事を言ってないし、正当性もあります。実際、国際社会からの支持も得ていますからね」
「その正当性や国際社会からの支持を得られたのも、本国政府の自爆が主な原因という辺りが、元々住んでいた国だけに悲しい所だよ。……とはいえ、それのお陰で船底に大穴が開いた泥船から逃げ出す事ができたんだし、アメノミハシラやタカノアマハラに住んでいる市民から見れば、オーブが割れて助かったと言うべきかな?」
「どうでしょう?」
アメノミハシラを選んだ人の中にだって、オーブと言う国に帰属意識や愛着を持つ人がいるのは間違いないから、一概には言い切れない部分だ。
「でも、早い所、関係が落ち着いて欲しいよ」
「というと?」
「僕も嫁さんも、親がオーブ本国のカグヤ島に住んでいるんだよ。だから、今の状況だと、簡単に行き来できないって訳さ」
「なるほど。……そう言えば、オーブから第三国経由でアメノミハシラにやってくる移民希望者が続出してるって情報部の伝手から聞いたんですけど」
「あー、その話は僕も聞いたよ。大洋州連合から南アメリカ合衆国を経由するらしい。でも、うちの親は高齢だから、ちょっと厳しいだろうなぁ」
「そうですか」
うーん、やっぱり、タワラ少佐みたいな人って、多いだろうなぁ。
……。
もしも、オーブ政府がアマハラ首長国や国防軍に参加した人達の肉親や親族を、人質のように扱ったらどうなるだろう?
そう考えた瞬間、理性が、そのような非道を為したら、国際社会……というよりもこの世界に住まう市民からの信用を失い、オーブという国は真の意味で終焉を迎え、歴史の中でしか生きられない存在となり、アマハラ首長国は無事に独立を果たす所か、本国をも手中に収める事すら可能になるだろう、だなんて嘯くのがわかった。
このあまりにも醒めた考え方を、即座に立ち上がった情の部分が〝落ち着け、話はこれからだ〟と説得し始めたのを受けて、最悪の方向をあえて考えないようにするべく、楽観的な意見を述べる。
「まぁ、こう言っては何ですが、俺達が属する国……独立した国家の名前がアマハラ首長国である事を考えると、オーブに復帰する事も可能なはずですよ。何しろ、オーブってのは〝連合〟首長国なんですから」
「……確かに、そういう事も可能かもしれないね」
その為には、アメノミハシラと本国の両政府の上に上位機関を設ける等して、二重政権構造を解消しないと不可能だろうがな。
「でも、それが叶うかどうかとなると……、今の本国政府だと難しいだろうね」
「確かに、今のオーブ政府は自分達が絶対的に正しいと信じ込んでいますからね。簡単には妥協しなさそうです」
社会において、他者の意見に耳を傾ける事ができなければ、受け入れる事もできず、自分達の意見こそが絶対的に正しいとごり押ししてくる手合いが……、さぁさ、私の言う事は絶対だから、間違いないから、信じるように、さぁ、信じるんだ、信じろっ! ……何、信じる事ができないだと、ならば、私がスンバらしい説教をしてあげようじゃないか、この拳も使ってね! って感じで迫ってくるのが、一番厄介な存在だ。
……あぁ、なんか、ザフトの訓練校時代が思い出されるわぁ。
そもそもだ……、人間の社会では自分の言い分を述べる事も重要だが、それ以上に、相手の言い分を聞こうとする姿勢はもっと大切なものだと思う。何故なら、人それぞれ、生まれも異なれば生きてくる過程も異なる以上、一人一人考えている事が異なる方が自然であり、当然の事だからだ。
だから、自身が抱いている自論以外にも多種多様な意見がある中で、互いにの意見を尊重しつつ、互いが容認できる妥協点を探り出すのが、社会の中で生きる人間の条件ではないか、と思ったりもする。
相手に自分の意見を容れて欲しいのなら、その事を踏まえた上で、言葉を尽くしての説得、あるいは相手を納得させるだけの材料を用意するべきだろう。
まぁ、それでも、両者共にそれぞれの意見を擦り合わせて妥協点を見つける事ができない場合……、自分の意見をどうしても譲れなくて、自分達の意見をぶつけ合って、共に押し通そうとする場合は、多くは俺とザラ議長があのお茶会の席でぶつかり合った様に、売り言葉に買い言葉って言葉の如く、言葉の応酬が大いにヒートアップしてしまって、手が出てしまう訳だけど……、それもまた人であるが故に、仕方がない事なのではないかとも思ったりもする。
悲しいかな、人はそう簡単に聖人君子にはなれませんって事であり、争いを望んでいなくても、利害や信条の衝突から起きてしまうのが現実だ。
争いを望まずして争う、撃ちたくないと言いながら撃つなんて、大概矛盾しているだろうが、そういう矛盾を抱えるのもまた人という存在か、なんて事を考えていると、タワラ少佐が溜息を付きながら話し出す。
「ラインブルグ君、今のオーブの状態って、歴代の政府が国民から考える力を奪ってきた弊害って奴なのかね」
「国民がマスメディアに容易に踊らされている事を考えると、お上に頼りきり、お上の言うことは絶対に正しいと思い込んでいる所はあると思います」
「……オーブ国民は氏族に負んぶに抱っこされてきたって、誰かが言っていたよ」
「言い得て妙ですね。でも、これまでの統治で上手く繁栄してきた所を見ると、氏族制度自体は有用に機能してきたって事だし、一概に悪いって訳じゃないと思いますよ」
「つまり、政治に対する国民の意識や姿勢の問題というわけか」
「まぁ、それはどこの国でも言えることだとは思いますけどね」
要するに、マスメディアや政府が垂れ流す情報を鵜呑みにして踊らされるな、って事なんだけど、結局はどんな情報にしても……、どんなに多くの手段でマスメディア以外から情報を得たとしても、それらの情報が発信される段階で何らかのバイアスが掛かっている以上、加工されていると考えるべきだろう。
なら、どうすればいいかというと、知りたい物事に関する情報を多くの発信源から収集して、自分なりに物事の全体像を作り上げ、自分という存在が持つ情動や信条、倫理、価値観で確立される観点からそれに触れればいいんだ。
要するに、多くの情報に触れて、安易に流されてしまう事なく、一度は自分で考えろって所かな?
常々、自分で意識している事を思い返していると、しみじみとした口調でタワラ少佐が呟く。
「ある意味、ウズミ・ナラ・アスハの時代は幸せだったんだろうねぇ」
「強い指導者、国民に光明を与える偉大な指導者を信じていれば、繁栄が到来したんですから、確かに幸せだったでしょう」
「うん、確かに幸せだったよ。ウズミ・ナラ・アスハが掲げた理念の下で、コーディネイターとナチュラルの流血沙汰……双方の過激派が起こす弾圧やテロが起きていた他の国と違って、コーディネイターとナチュラルが極普通に隣りに暮らしていて、互いに手を取り合って国を発展させていた稀有な国だった。だから、僕は、本国の人達がウズミ・ナラ・アスハを……、アスハ家を支持する気持ちもわかるよ」
ここで一息入れたタワラ少佐は、自らの思いを噛みしめるように続ける。
「でも、前代表の施政は上手くいきすぎたんだろうね。そして、前代表が生み出した平和と繁栄は、オーブの国民性も相まって、麻薬に似たようなものになってしまった」
「……繁栄と平和が長く続いた所為で、オーブ国民はそれが当然だと錯覚してしまった?」
「……うん、オーブ国民は空前の繁栄を実現した前代表に絶大な信頼を預けすぎて、自分達で立つ事を、自分達で考える事を、忘れてしまったんだ。現に今、オーブ国民は、二十歳にもなっていない現代表に前代表の幻想を重ね合わせて、全てを託している事を異常だと気付けていないからね」
……業の深い話だ。
オーブを大きく発展させた偉大な施政者であった前代表と重ね合わせられるなんて、前代表から施政者としての帝王教育を授けられたとは思えない、カガリ・ユラ・アスハには重過ぎる幻想だろう。
その幻想を背負って立たなければならない現代表の事を考えると、前代表のウズミ・ナラ・アスハは、たとえオーブを空前の繁栄に導いた傑物であったとしても、政を担う特権階級にとって自らの施政と同じ位に重要な責務……次世代の教育を疎かにした時点で評価を低くせざるを得ない。
……。
いや、もしかすると、前代表は現代表を施政者ではなく、オーブの象徴のような存在として育てようとしていたのかもしれないか。でもって、二年戦争が起きてオーブも渦中に巻き込まれた事で、その教育が中途半端に終わってしまい、現代表の在り方もどっちつかずの中途半端になってしまった、なんてな……。
決して知ることができぬ故人の意図を想像していると、会議の時間が近づいてきた為か、即応部隊の幹部が集りだしている。
「……まぁ、ラインブルグ君、オーブの行く末については一先ず置いて、今は部下達と自分が生き残れるよう、努力しようか」
「ええ、そうですね」
そう答えた後、昇進するかと思いきや昇進せず、一佐……大佐のまま、イワミ艦長と即応部隊司令を兼ねているトウラン司令がイワミ副長や部隊参謀長を連れて入室してきたのを受けて、頭の中を切り替えた。
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