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第三部  導なき世界の中で…… (C.E.72年-C.E.75年)
72  儘ならぬ現実 -オーブ分裂 4


 五月。
 オーブ本国がアスハ派の手で新たな親プラント政権が樹立され、国内が落ち着き始めたのとは対照的に、元より本国と距離を置いていたアメノミハシラは、本国とプラント……特に宇宙戦力を有しているL5の動向に神経を尖らせている。

 その為、アメノミハシラでは駐留する第一艦隊は即応態勢を維持したままだし、ノルズによる常時観測だけ出なく、ハガネ級から成る防衛戦隊による哨戒も行われている。
 また、今月一日から本格運用が始まったスペースコロニー【タカノアマハラ】があるL3においても、タカノアマハラに先立つ形で完成していた軍事拠点【イワト】……旧ヘリオポリスの資源衛星をベースに造られた宇宙要塞に駐留する第二艦隊がL5方面の外縁部宙域に戦隊を派遣して、警戒に当たっている状態である。

 こういった宇宙軍の行動や発せられる緊迫感から、自然、アメノミハシラ内の空気もピリピリとし始めており、居住市民も不安を隠せないようだ。

 そんな風にアメノミハシラの空気を悪くしてくれる困った存在、オーブ本国とL5政権についてだが、さり気に、アメノミハシラよりも切羽詰った状況に置かれつつある。

 まず、オーブ本国の現状だが、一連の騒動を経て、アスハ代表が亡命している事もあって、政権を担うアスハ派が外交姿勢を新大西洋連邦から親プラントに大きく方針転換したオーブ本国にしても、外交努力で国際的な信用の回復を図っていたセイラン派を放逐し、プラントと、しかもL5政権と手を結んだ事もあって、再び諸国からの信用を失墜させている。
 それだけで済めばまだ良かったのだが、今月の頭には、現オーブ政権は国際社会が求めたアークエンジェル等のテロリスト秘匿に関する説明に応じない所か、更なる支援を行おうとしているテロ支援国家であると断じられてしまい、目に見える形で、しかも、セイラン家と深い繋がりがあった新地球連合だけでなく、ユーラシア共和連邦や地中海同盟、赤道連合、南アメリカ合衆国といった、プラントと距離を置く国家が対オーブの輸出入を大なり小なり制限し始めており、経済の失速が始まっているみたいだ。

 各国も今までオーブ国内が内戦状態に近い状態だったから、内政不干渉の原則云々で黙っていたんだろうが、国内の施政方針が定まったと見て、行動に移したということだろう。
 地球に存在する国家なら、ユニウス条約破りの核を秘匿保有したり、テロリストの隠蔽及び支援を行っていたにも関わらず、堂々と開き直っているだけでも腹立たしいのに、エイプリル・フール・クライシスを主導したシーゲル・クラインの娘……クラインの姓を持つ者が首班を務めるL5政権を支援する、ってだけで、十分な理由になるもんなぁ。

 そう、国際社会から見れば、どう考えても社会不安の源になるような事しかしていないんだから、今の状況は仕方がないとも言えるし、新しいオーブ政権がそういった事情も考えずに突っ走った結果に過ぎない。国際関係よりも国内事情を優先させるのは勝手だが、自ら詰みの方向に突き進むのは如何なものか、って本国のアスハ派に言いたい所だ。

 ……言ったとしても、アスハ派って一種の狂信者に近い存在だから、無駄に敵意や隔意を買うだけだろうがな。

 本当に、狂信者の類は視野狭窄や自らを客観視できない状態に陥っている事が多いから、自らを顧みず、周囲を悪と断じて、それこそ狂犬のように噛み付くから手に負えない。

 おっと個人的な意見が入ってしまったが……、んんっ、今回のオーブに対して実施されている経済制裁だが、新地球連合やユーラシア共和連邦が実施している全面的な経済制裁までいくと、流石にやり過ぎである。
 なんとなれば、あまりにも締め付け、追い詰めすぎると、大昔の第二次世界大戦当時の日本みたいに、行き詰った状況を何とかする為に、溜まりに溜まった市民の不満を解消する為に、激発してしまう事になりかねないからだ。

 では、何故に新地球連合やユーラシア共和連邦がそのような事を仕掛けているかを考えてみると……、新地球連合にしてみれば、テロ支援国家云々以外にも、オーブを経済的に締め上げて国内を干す事で親大西洋連邦系のセイラン派を放逐した現政権への報復になるし、儘ならない国際外交や経済状況に現政権が音を上げるか、崩壊するかして、元のセイラン政権に戻るなら影響力を再び確保できる。
 加えて、アメノミハシラが保有している静止軌道上のハブ宇宙港やL3の権益を手に入れるべく、オーブ本国がなんらかのアクションを起こせば、南アメリカ合衆国へのMS輸出のように、自国の戦略を妨害するような忌々しい動きをしていたアメノミハシラの力も削り取れる可能性もあるって踏んだとも考えられる。

 一方、ユーラシア共和連邦だが、旧理事国であり、先の戦争や今回のユニウス・セブン落下でも大きな損害を被った事情もあって、プラントという国家に好意的ではない事から、当然、それを大々的に支持するような国家を好むはずがない。名分としてテロ支援国家に対する制裁という正当な理由もある以上、躊躇する理由もないって所かな。
 後、まったくもって明らかに逆恨みでしかないのだが、先のユーラシア連邦崩壊の端緒を生み出したアメノミハシラの所属国であるだけに、大いに締め上げる事でアメノミハシラにも負担を強い、〝ぎゃふん〟って言わせたいって思惑があるのかもしれない。

 まったくもって、大国らしい老獪な連中だ……。

 っと、大国の忌々しい動きはここまでにして、アメノミハシラにとってのもう一つの脅威、プラント……L5政権が置かれている状態についてだが、L1にデュランダル政権と言う政治的に大きな敵手を抱えている上、未だに大西洋連邦率いる新地球連合との戦争は終結したわけでもないから、常にL1と月方面への警戒が強いられている状態であり、それ程、戦力に余裕はないと考えられる。
 更に付け加えれば、先に挙げた事情から地球国家からは総すかんを喰らっており、デュランダル政権下で立ち直りつつあった経済はオーブ以上に急転直下の様相を見せており、これ以上、外交で下手を打てば、二年戦争の悪夢が再来する可能性もある。

 もっとも、アメノミハシラから見れば、何だかんだといっても結構な宇宙戦力を保有している事もあれば、先の新型MSのような化物が存在する以上、ある意味、オーブ本国以上に脅威であるといっても過言ではない。

 そもそもの話というか、何度も繰り返しているかもしれないが、L5政権がオーブに欲するのは……、宣戦布告理由をただの大義名分とするならば、代替も可能なマスドライバー以外は重要でもない上、同じ加工貿易業を営むような無資源国のオーブ本国ではなく、静止軌道という地球圏での戦略上、また、地球-宇宙間の物流や流通上、重要な位置にあり、更には〝金の卵〟も産むアメノミハシラにあると考えた方が自然だ。

 また、オーブ本国にしても、今以上に国際的に孤立して、経済的に苦しくなってきたら、こちらにとっては迷惑な話だが、オーブ本国を救う為に宇宙植民地から搾取する方向に動いたり、サハク家からアメノミハシラを取り上げて本国体制の支配下に組み込み、世界に対して一定の影響力を保とうとしたりする可能性も考えられる。


 ……。


 こうやってオーブ本国やL5政権の事情を踏まえて考えると、アメノミハシラを巡って、オーブ本国とL5政権とが対立を引き起こす可能性は高い。

 となると、先の新地球連合とユーラシア共和連邦の動き……一連の経済制裁は、アスハ政権とL5政権、それに現住のサハク政権を争わせる為に……、三者に一泡吹かせる為に狙ってやっている面もあるのかもしれない。

 むぐぐぅ、さすがはたいこくひょうめんはすましたかおをしてるのにやることはきたない。

 ……はぁ、結局の所、どうやっても当事者になって、踊らないといけないのは間違いなさそうだ。

 まったく、〝嫌よっ、嫌っ! どうしてあんな無様な踊りしかできない馬鹿共と一緒に踊らないといけないのよっ〟って、大声で言いたくなるわぁ。


 ◇ ◇ ◇


 5月2日。
 オーブ政権側の受け入れ体制が整った事を受けて、アスハ代表がプラントから本国に戻る事になった。とはいえ、アスハ代表はザフトに守られる形で、アメノミハシラに立ち寄らず、本国に直接降りるようだ。
 このアスハ代表の動きに伴なって、L5政権がアメノミハシラやタカノアマハラを接収する為の戦力を派遣してくるかもしれないので、アメノミハシラ周辺宙域には第一艦隊が、タカノアマハラには第二艦隊が展開して、厳戒態勢が敷かれている。

 というか、実際に、ザフト艦隊がこちらに……、静止軌道に向う軌道を取っていたのだが、L1方面で動きがあった為、その艦隊は途中で方向転換して、今日の破局は回避された状態だ。

 やれやれ、今日は戦闘にならなくて良かったと、第一艦隊の後方で予備戦力として控えていた即応部隊はイワミの艦内、自機のコックピットで安堵していたら……、何故か、俺一人だけが、トウラン司令の命によって、アメノミハシラの総司令部に赴く事になった。

 首を傾げながら機体を宇宙港の一画にあるMS用発着場に寄せれば、そこで待ち受けていた将校……何だかんだと情報を交換するようになっているイシカワ三佐の案内で、パイロットスーツに軍用ジャケットを羽織るという姿のまま、総司令部の一室に通されて、宇宙軍総司令部の参謀でもある各部の部長及び部長級といった宇宙軍のお歴々や課長クラスの将校連に加えて、俺の親父やモルゲンレーテのスズキさんといった居住区画の名士達に囲まれる破目になったかと思いきや、いったい何故にこうなったのかわからないまま、簡易で重大な説明と共に、アメノミハシラの偉い人達からある〝特別任務〟を押し付けらじゃない、与えられる事になり、どうしてこうなったってな感じで混乱したまま、さぁ行け、やれ行け、とっとと行けって感じに首席副官であるフルヤ三佐と共に放り出されて、司令官室前である。


 ……俺、こんな扱いを受けるような、ナニカ悪い事したかな?

 つか、特別任務が准将のご機嫌伺い+αとは……、いったい、どうなってるんだ?

 しかも、明らかに、サハク准将を激怒させそうな物騒なモノまで大量に押し付けられたし……。

 ぎぎぎ、最近、准将がとっても不機嫌って話はアメノミハシラ中の噂になってくるくらいなのに……、さしずめ、俺は炭鉱のカナリアか捨て駒って所か?

 それに、俺を生贄に差し出す事を決めたメンバーに親父までいたのがまた……。

 まったく、息子を死地に見捨てる、もとい、積極的に売り払うとは、酷い親父もいたもんだ。


 内心で大いに嘆きの声をあげるが、困難は自分からは去ってくれないので、自らの手で取り除く事にする。

「……ラインブルグ三佐、準備は?」
「ええ、いつでもいいですよ」

 以前と違い、今日の司令官付首席副官殿は若干優しいようで、睨まれる様な事はなかった。

 フルヤ三佐が一言二言、端末に向って話すと、扉が開いた。

 促されるままに中に入ると、俺の姿を見て驚きの表情を浮かべたアサギと後背のスクリーンに映った地球を見つめているサハク准将の姿が目に入ってきた。

 と、そうしている中に、フルヤ三佐がアサギを手招き、部屋の外に連れ出すと、扉が再び閉じられた。

「……む、どうしっ、……ラインブルグ、前線にいるはずのお前が、何故、ここにいる?」
「……正直、俺の方が教えてもらいたい気分ですよ」
「何?」
「いや、今日、俺がここに来たのは、サハク准将の機嫌が悪いから、お前、生贄になって少しは機嫌を取って来いって奴です」

 あながち嘘でないことを俺が述べると、自分の客観的な状態には気付いていたらしい准将は、思わずという感で失笑を漏らしている。

「そうか、ご苦労なことだ」
「本当ですよ。……それで、ここ最近、准将の機嫌を大いに損ねる事でも立て続けてでも起きましたか?」
「ふっ、アスハ派の馬鹿共が考えなしに行動した時から、実に不愉快な事ばかりだな」

 そりゃ、普通、自分が考えていた大戦略を崩されたら、愉快ではいられないわな。

「今日もL5の動きを見て慌てたのか、本国から傲然とした〝命令〟が来たぞ。ザフトではなく、我々にアメノミハシラとタカノアマハラを引き渡せとな」
「やれやれ、怖いもの知らずって、いるんですねぇ」

 っと、いつもの准将なら不敵に笑って、その通りだって応えそうな所なのに、反応はなしなんて……、珍しいっていうか、あんまり心理的な余裕はないって事かな。

「それで、准将はどうするおつもりですか?」
「無論、ここをザフトにも本国の連中にも譲るつもりはない。……ないが、このままでは無視し続ければ、オーブは割れるだろうな」
「……地球と宇宙に、割れますか?」
「ああ。……我としては、できれば、オーブを割りたくはないのだ」

 うーん、この物言いを聞いた感じ……、割れる事も覚悟済みなんだけど、他に道はないかと模索していて、煮え切らないって所かね。


 ……。


 はぁ、ここは准将の本音を探る為にも、藪を突いてみるか。


 それにしても、どうして、たかだか三佐風情の俺が、こんな神経をすり減らす事をしないといかんのだ?


 普通なら、参謀陣あたりがするべき仕事だろうに……。


 風前の灯である己の命を儚みつつ、覚悟を決めて、その言葉を口に出す。

「准将、分裂なんて事を考えず、もういっそのこと、この機会に、オーブから独立してしまえばいいのでは?」
「ッ! ……はっきりと言うな、ラインブルグ。……実に、気に食わん物言いだ」
「ははっ、別に気に食わなくて結構ですよ。俺は軍での栄達なんて興味はないし、そもそも、オーブという国に誠心誠意に忠誠を誓っているわけでもないから、正直、どうなろうと知ったこっちゃない。軍に属しているのだって、アメノミハシラを根拠地にして活動している実家に迷惑を掛けない為の義務感が半分です」

 ……お、おおぅっ、す、凄い、准将の目が底光りしている!

 こ、これは、中々の圧迫感だっ!

「……我の前で、よくぞ言ったものだ」
「嘘偽りのない本音ですが、何か?」
「くくっ、我の気分一つで、お前を捕らえ、殺すことなど、造作もないのだぞ?」
「ま、その時はその時でしょう」

 命を惜しむ気持ちは非常に多分に持っているが……、今まで他人の命を奪って長らえてきた事を考えると、死に場所に贅沢は言えんしな。
 って、あらら、極普通に肩を竦めて見せたら、准将は肩透かしを食らったみたいな顔をしてるわ、じゃなくて、今の虚を突かんと、マジで殺される可能性が出てくるわぁ。

「あっと、言い忘れてましたけど、軍に属しているもう半分の理由は、サハク准将が上に立っているからです」
「……何?」
「以前、初めてお会いした時に語ってもらった国民を思う気持ち……、自らが貶められたとしても、何としても国民を守ろうという気概には痺れました。付け加えれば、口だけじゃなくて、実行に移すだけの行動力まで持っているんだから、ああ、この人を支える為なら頑張ろう、って思いましたよ」

 よしよし、顔つきを見るに、上手い具合に怒りが抜けたってか、怒りとは違った不機嫌オーラが凄く滲み出ている所を見るに、こっちの意図を気づかれたかな?

「ならば、わかるはずだ。その国民にはオーブ本国の者達も含まれる事はな」
「ええ、わかってます。……ですが、このままでは、オーブ本国に引き摺られる形でアメノミハシラとタカノアマハラも共に沈む可能性があります」
「……だから、本国の者達は見捨てよと?」
「ある意味、本国は本国なりに、自分達で道を決めていますから、責が無いわけじゃないんです。准将の手はオーブを率いる人の中で一番長いですが……、限りなく長いわけではないはずです」

 一度、言葉を切り、口元を引き締め、もう一度、腹に力を入れてから、口を開く。

「ですから、まずもって、准将を真に頼りにしている人を守りきる事が先決なのでは? 本国を救おうにも、自分の足元を守れずして他所様を守れるとは思えません」
「だが、我は……、オーブを……、本国も含めた存在がオーブである以上、氏族として見捨てる事はできぬ」

 確かに、他人の意見に簡単に、ころっと転がるような人では指導者とは言えないだろう。

 だが、今は、決断の時なのだ。

 このまま、ずるずると今の関係を続けるか、一度、清算して新しい関係を始めるかの……。

「それは……、オーブ氏族としての義務だから、ですか?」
「……ああ、そうだ」
「正直に言わせてもらえば、人が普通に生活して、穏やかに暮らしていけるのなら、オーブって国に拘らなくても良い様な気がしますがねぇ」
「しかし、我がオーブ氏族であるからこそ、民は我を頼るのだ」

 あー、これが……、イシカワ三佐達が言っていたように、これまで市民に認められていなかったサハク家である事がコンプレックスになっていて、一層、オーブ氏族であることに拘っているって所なのかなぁ。

 そんな考察をしつつ、手持ちの札を切り出す事にする。

「准将、なら、これを……、ご一読ください」
「む……?」

 懐からお歴々から預かってきた書類一を取り出し、サハク准将に手渡す。即座に准将は読み始めるが……。

「……ッ!」
「ご覧になった通り、オーブから独立して、サハク准将を首班とした新しい国家を立ち上げたいって事と、どこまでもサハク准将に付いて行き、新しい国家に忠誠を誓うって事が書かれた……宇宙軍上層部からの請願書兼誓約書みたいな奴です」

 ああ、更に眉間に皺が……。

「我に、クーデターをせよと?」
「まぁ、そうなるんですが……、次に、これを読んでくださいな」

 続けて、アメノミハシラに住まう市民の皆様から預かったという、書類二と記録媒体を渡す。

「……ッ!!」
「読んで貰えればわかると思いますが、アメノミハシラの居住市民は本国政府の統治、或いはプラント経済圏に組み込まれる事を良しとせず、オーブからの独立も視野に入れた徹底的な抗戦を望むって要望書兼署名簿です」

 おお、眉根が跳ね上がった。

「まさか、スズキまでもっ!」
「本社のお守はもう勘弁、だそうですよ。で、更にですが……」

 今朝になってL3はタカノアマハラに移住してきた皆様から届いたという、書類三と記録媒体を差し出す。

「……ッ!!!」
「えー、何と言いますか、サハク准将が差配してくれないと安心して住めないから、早急に何らかの手を打って欲しいって、嘆願書兼署名簿です」

 おぅ、口元が引き攣った。

「引き続きまして……」
「……ラインブルグ、まだ、あるのか?」
「はは、これが最後ですよ」

 参謀本部の監督の下、コガ一佐のような年嵩な幹部連中(うるさ方)及びスズキさんがサハク准将に気取られないように、それとなく水面下で進めていたという、とんでもない内容が書かれた書類四を提出する。

「馬鹿な……、三国、連盟、構想、だと? その案件は却下したはずだっ!」
「その事も聞いてますから、そういう反応を示す気持ち、わからないでもないです。実際、俺も命令もなく動いていた事を聞かされた時には、すぐに信じられませんでしたからね。……でも、準備はできてるみたいです」

 この【三国連盟】構想とは、アメノミハシラの友好国である赤道連合、南アメリカ合衆国との間で締結する対外軍事協力機構であり、経済的な互助も行う国家連合構想らしい。
 というよりも、現実、新地球連合、ユーラシア共和連邦、地中海同盟と、勢力再編が進んでいる今の国際社会を考えると、ある程度の国家が纏まって、対抗できるだけの国力を持って均衡状態に持っていかないと、大国の草刈り場にされてしまう危険性がなきにしもあらずなのだ。だから、赤道連合にしろ、南アメリカ合衆国にしろ、この構想には飛びついたと思われる。

 そんな事を考えていると、一度激して頭が冷えたのか、サハク准将は表面上は普段と変わりない様子で話し出した。

「……ふぅ、これは、あまりにも、独断専行が過ぎるな」
「俺もそう思いましたよ。だから、幾らなんでも、こんな事をするのは職務から逸脱しすぎじゃないかって聞いたんです。そうしたら、お歴々の一人が『軍の将校としてではなく、オーブ氏族として動いた』って言ってました」

 准将には言わないけど、サハク首長がこの皺首を差し出せと言うならば差し出そう、ともな……。

 ……。

 しかし、文民と軍人とが明確に分かたれていないオーブ氏族にはそういうことができるって理屈なんだろうが、実際にはそんなことをする権限はないはずなのだ。ないはずなんだが、こうもやってのけるあたり半端じゃない覚悟だったと思うし、アスハ派の事も合わせて考えると、オーブって国の政体は、何事にも歯止めが効かない、やろうと思えば、容易に暴走可能な怖い国だとも思ったものだ。

「……そうか」
「はい。……准将、はっきり言ってしまえば、今のオーブ……特に本国は、国家としての滅びの淵に立っているように感じます。これを救う為に無理をして、前代表がやってしまったように、今、准将を寄る辺にしている守るべき民を放置し、無責任に、華々しく心中しますか?」

 一呼吸置いて、更に続ける。

「准将がオーブに拘るならば、こう言い換えましょう。オーブという存在を今後も継続させる為にも、今の本国政権が崩壊した後、オーブを再び蘇らせる為の種を残す必要があります。そして、その種を守るのが准将の役目であり、氏族としての義務であると」
「……ふん、まったく、お前は口が上手いモノだな」
「褒め言葉と受け取っておきますよ」

 しかし、俺も大概、無責任で酷い事を……、決断に伴なう全ての責任を負うのは、サハク准将だというのに、サハク准将の信念を押し曲げて、想いを踏みにじった上で、本国を見殺しにしてでも足元を守れだなんて無責任な事を言っているよ。

「……最早、これまでか」
「予想外の事態で今回の騒乱に巻き込まれた事に加え、主導権があちらにあった以上、オーブが割れる事を回避するのは不可能かと……」

 苦渋と言う言葉しか浮かんでこない表情を浮かべた准将には、余計なことだろうけど、更に付け加える。

「でも、准将なら、オーブを割る事はもちろん、割った後の事も、以前から考えていたのではないですか?」
「確かに……………………、これまでも…………、考えぬ事もなかった」

 そう応えたサハク准将は、どこか吹っ切ったように、それでいて、寂しそうな表情を見せる。

「いや、認めよう。アメノミハシラが本国から離れても、やっていけるだけの準備をしてきたと……」
「……一度、国を焼かれた経験から、常に最悪を想定して、準備してきたってことですよね?」
「ああ、そうだ。三国連盟構想も、その中に含まれていた」

 はー、この人、マジで凄いわ。

「しかし、その準備が、このような形になるとはな……」
「まぁ、確かに先走りすぎてるとは思いましたが、それだけ、サハク准将を評価して、賭けている人がいるってことだと思いますし、ここ最近の准将の行動を歯痒く思っていた人が多かったって事ですよ」
「……ふん、言ってくれる」

 おっと、顔つきが、いつもの不敵なものに変化してきたな。

 どうやら、調子が戻ってきたって所かな?


「ラインブルグ、事がここまで進められている以上、我に逃げ場はないようだ。……アメノミハシラとタカノアマハラはオーブから独立し、赤道連合と南アメリカ合衆国と共に、三国連盟を構成する事にする」


 その私情を押し殺しての決断に……、しかも、即断即決に、自然と敬意の念が沸き起こり、頭が下がった。


 数秒して、再び顔を上げると、サハク准将が今まで見た事が無い位に黒い笑みを浮かべていたので、内心で思いっきり退いた。

「それにしても、今回の件でわかったぞ。我は宇宙軍の幹部達を過小評価しすぎていたようだ。……よくぞ、この我の耳目を逃れて、事を運んだものだ」
「ま、まぁ、准将に気取られず、国際条約の締結寸前まで持っていってますしね。……つか、あの人ら、准将の説得っていう、一番大切な事を最後まで後回しにした上に、自分達でやらないで、今日まで何にも知らなかった俺に、いきなり押し付けるような困った人達ですから、絶対に、処分してくださいね?」

 いや、今日はマジで、命が磨り減ったからな、その分は報復しないと気が済まん。

「くくっ、安心しろ、宇宙軍でこの件に積極的に関わった者は今年一年の俸給を五十%、首謀者の幹部連中は百%カットにして、精々、過労死直前までこき使ってやる」
「おお、素晴らしい考えですね、それ」
「ふっ、これの他にも何らかのペナルティを考えておかんとなぁ」
「いいですねぇ、絶対に行うべきです」

 一頻り、黒い笑いを浮かべた准将に付き合った後、〝特別任務〟も終了したと判断して、元の任務に復帰する事にする。

「では、准将、俺は本来の任務に戻ります」
「ああ、今日はご苦労だった」
「いえ、准将の責務に比べたら軽いもんですよ」

 准将に敬礼を施し、引き揚げることにするが……、独立かぁ。


 ……いやはや、生涯において、二度も独立運動に関わるとは思いもせんかった。

 まぁ、何があるかわからないからこそ、人生は面白いのかもしれない、なんて事を考えながら、司令官室を後にした。


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