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第三部  導なき世界の中で…… (C.E.72年-C.E.75年)
71  儘ならぬ現実 -オーブ分裂 3


 4月24日。
 俺が所属している即応部隊は地球軌道に進出し、オーブ本国からマスドライバーを使って次々に打ち上げられてくる往還機の保護に当たっている。通常時ならば、航路安定を第一とするSKOが動く所だが、昨日になって、オーブを取り巻く国内外の状況が大きく変化した事を受けて、軍が出張る事になったのだ。

「こちらウルブス2。ウルブス1、予定ではこの次の打ち上げが最後になります」
「了解した。パッツの推進剤残量はどうだ?」
「はい、予定消費量の範囲内に収まってます」
「わかった。ウルブス2、引き続き、外への警戒を頼む」
「了解です」

 即応部隊を構成する各隊がそれぞれに与えられた任務に就いているように、俺が率いるウルブス小隊も割り当てられた任務……軌道上に上がった往還機を艦艇防御陣の内側までエスコートしている。
 小隊内の分担は、俺とマユラの第一分隊が往還機のすぐ傍で近接護衛に、レナとコードウェル三尉の第二分隊がパッツに搭乗して、少し離れた位置での警戒に当たっている。

 とはいっても、ウルブス小隊の更に外側には即応機動MS中隊のオオツキガタがMA形態で展開し、警邏に当たっているので、実際には軌道上を周遊するデブリが往還船に接近した際の対処というような保険的な存在である。

 おっと、そんな事を考えている尻から、マユラ機がビームサーベルを振るったな。

 デブリでも見つけたか?

「ウルブス3、デブリか?」
「ええ、危なそうな微小デブリがあったわ。……これ以外は特にないみたい」
「そうか。……神経を使うだろうが、後、少しの間、よろしく頼む」
「うん、わかってる」

 マユラのしっかりとした返事に頼り甲斐を感じつつ、こちらも周囲を警戒する。

 そうすると、自然、青い光を放つ地球や遥か彼方で光り輝く太陽、灰色を持って浮かび上がる月といった天体やアメノミハシラやL5の天秤型コロニー、L4のシリンダー型コロニーのような人工物、更には帯のように連なっているデブリ帯が目に入ってくる。

 いい加減、あのデブリの群れも回収した方が安全なんだが、数が数だけに、国際的な協力体制が整わないと無理だろう。それに、スペース・デブリを生み出す最大の要因である戦争も、終わっていない状況だからなぁ。

 独り心中で呟きながら、その戦争の当事者である事実に嘆息する。

 そんな重い気分のまま、視線を即応部隊所属のトツカ級やクロガネ級に守られる形で浮かんでいる四機の往還機に合わせる。

 あの往還機に乗っている人達……セイラン派に属する氏族や所縁の官僚、その家族達はどんな思いで、地球を……、故郷であるオーブ本国を眺めているんだろう?

 故郷を追われた人達の心情を思い量りつつ、先日の状況変化についても思い返す。


 ……。

 前日23日に起きた、オーブを取り巻く国内外の変化は、オーブに事実上の最後通牒を突きつけていたL5のクライン政権が国政を壟断するセイラン家を排除し、カガリ・ユラ・アスハを代表首長の座に戻すとして、オーブに対して正式に宣戦布告した事から始まった。

 この宣戦布告を聞いた瞬間、プラントの国政を壟断するクーデター派を排除し、ギルバート・デュランダルを最高評議会議長の座に戻そうって、言い返してやりたくなったが、プラントに関わると碌な事が無さそうなので、すぐに脳裏から打ち消したものだ。
 まぁ、なんにしろ、今回の宣戦布告の理由って、宰相がアスハ代表の成長を楽しみにしていたとか、先の結婚関連がユウナ・ロマ・セイランの暴走の結果だったとか、アスハ代表が持っていた代表首長としての覚悟とか、詳しいオーブ上層部の内情を知っている者から見れば、大いに呆れるか、失笑するかで、本当に言い掛かりとしか言いようがない。

 まぁ、現実、オーブをプラント経済圏に組み込みたいってプラントの思惑が透けて見える以上、口実なんて、大義名分さえ立てば、どんなものでもよかったんだろう。
 つか、二年戦争で見せたザフトの振る舞い……占領地での食糧収奪とかを考えると、オーブをただ搾取の対象として見ている可能性があるかも……って、いかんいかん、想像がたくまし過ぎる。

 ……。

 でも、コーディネイター至上主義の事を考えると、あながち否定しきれないんだよなぁ。

 ……はぁ。

 とにかく、このプラントの宣戦布告の後、L5側についているカーペンタリアのザフト駐留軍がオーブ本国を狙うかのように基地内で不穏な動きを見せ始めたのだ。
 当然、このザフトの動きにオーブ軍も対応するべき所なのだが、信じられない事に、主力迎撃戦力となるべき海軍の動きは鈍く、他に海洋戦力を有する本土防衛軍もまた、これといって動かず、真面目に対応しているのは、陸軍と空軍だけというお粗末な状況だった。

 いや、確かに、このカーペンタリアの動きは先の珊瑚海海戦から一ヶ月ちょっとしか経っていない事を考えると、受けた打撃から戦力を回復しきれていないはずなので、ブラフに近いモノだとは思う。思うのだが、ちゃんとした対応を見せないと、戦意が不足していたり、対応できるだけの能力がないって事を相手側に見透かされるだけでなく、その他諸外国にも知られるって事だけに、明らかに拙い事だ。
 だから、軍は政治サイドから求められない限り、また求められたとしても余程の事がなければ、政治に絡まず、どのような状況でも国防をまず第一に……って、なんだか、さっきから思考が脱線しまくってるな……、んんっ、こんな感じに、カーペンタリアが蠢動した事でオーブ本国内の緊張が更に高まる中、アスハ派が大きな動きを見せ始めた。

 それは、アスハ派が目に見える形……アスハ派が牛耳っている本土防衛軍が防衛計画以上の戦力を首都オロファトに展開させるという恣意行動で、それとなく武力制圧を匂わす事で、対立するセイラン派やサハク派といった諸派を圧迫し始めたのだ。
 幸いにして、この本土防衛軍による暴走は、サハク派が大勢を占めている陸軍がカウンターパートとして、部隊をオロファト郊外に展開させた事で箍を嵌める事ができた。が、その分だけ、一触即発の雰囲気が本国内に満ちる事になってしまった。

 このように、一歩間違えれば、市民を巻き込んでの騒乱が発生しそうな緊張の極限に至り、宰相であるウナト・エマ・セイランは再建された国内が乱れる事を良しとせず、これまでの失政の責を背負う形で一切の公職を辞する事を表明した。また、この決断に合わせ、セイラン派に属する氏族や官僚、その家族もアメノミハシラに退去する事で、アスハ派に対して敗北宣言を出したと言っても良い程に、大きく譲歩したのだ。
 これに付け加えて言えば、セイラン派の動きに同調して、サハク派の氏族や官僚、その家族も新しく完成するL3の行政に携わると理由をつけて、陸軍に属する者達を除くほぼ全員が退去するとも聞いている。

 このセイラン派及びサハク派の本国退去の動きを、アスハ系メディアはカガリ様がもたらした大勝利だとか、国民の力で大西洋連邦に媚を売るセイランに勝利したとか、アスハ家によってオーブは新しい夜明けを迎えるとか、カガリ様は今は亡き偉大なウズミ様に見出されたSEEDの保有者であり、オーブだけでなく世界も導く存在なのだ、ってな具合に、自画自賛している状態だ。

 つか、こんな所でSEEDなんて、どマイナーな概念が出てくるとは思わなかったが……、なんというか、内容が不確かで都合の良い抽象的なモノだから、アスハ家の神格化の為に利用し始めたって所かね?

 って、また、脱線したな、修正修正……、げふげふ、確かに、今回のオーブ一国を揺るがす国難はセイラン家の不始末……アスハ代表と結婚する為に行ったユウナ・ロマ・セイランの謀りと宰相がそれを止められなかった事が、結果的に、アスハ代表の拉致を許し、プラントに付け入る隙を与えたとも言えなくもないから、セイラン家に責がないとは言えない。加えて、セイラン家が、国を焼き、前代表が自爆する原因を生み出した、オーブ国民にとっては憎き怨敵である大西洋連邦に媚を売っていた事実も確かにあるだろう。

 しかしながら、少なくともセイラン家は戦争で荒廃したオーブを見事に復興させている。

 ちょっと見方を変えれば、これといった利権……例えばマスドライバーの使用権限のような物を与える事もなければ、軍事同盟といった事を結ぶ事なく、大西洋連邦から大金を毟り取って、オーブの経済を立て直し、国力を回復させた立役者と言ってもいい存在だ。
 つまり、今日のようにインフラが再建され、日常が戻ってきたオーブがあるのは宰相の手腕やセイラン派の働きに帰するのが現実であり、セイラン家はオーブ氏族として、その役目を十二分に果たしていたのだ。

 そのセイラン家及びこれまで政府を下支えしてきたセイラン派官僚団……アスハ代表に不足していた国家運営能力を補って、これまでオーブの舵取りをしてきた者達が、ごっそり抜けるという事の、その事の大きさに、アスハ派は気がついているのだろうか?

 それとも、自分達にそれだけの事ができるとでも思っているのだろうか?
 
 オーブという国がアスハ家だけでなく、セイラン家やサハク家といった他の五大氏族の協力もあって支えられてきた事実を考えると……、こう言ってはなんだが、それだけの力がアスハ派に……、これまでの行動を見るに政治音痴にしか見えないアスハ派にオーブ一国を支える力があるとは、到底思えない。
 無論、野に埋もれていた才が発掘される事もあるだろうけど、少なくとも、直近で国家を支える事ができるだけの経験と能力を持った人物が、アスハ派の中にいるとは思えないのだ。

 そもそも、こういう事態に陥った根本を探れば、前代表がアスハ代表に国家代表として絶対的に必要な為政者としての教育を施すのを怠ったのが一番の元凶のはずなのだ、って、これ以上はただの愚痴になるだけだから、ここで切っておこう。

 ……。

 まぁ、つらつらと考えてきたが、結局の所、今回のオーブ本国での騒動もプラントの騒動と同じで、国家運営の主導権争いであり、主義信条や各種の利権、社会的栄誉を求める虚栄心等々が複雑に絡み合っているが、その本質は権力闘争に過ぎない。

 今頃、本国ではアスハ派の連中が目に見える形でセイラン派やサハク派といった政敵を退けた事で、カガリ様バンザイ、アスハ家バンザイ、俺達バンザイ、バンザイ、バンザイ、バンバンザイ、って感じに勝利の凱歌を揚げ、得意の絶頂だろう。
 で、後に待ち受けているのは、絶頂からの転落……、不得手な外交で国際的な信用を回復できず、プラント以外の国家との貿易が大きく減少し、経済が立ち行かなくなるか、上手い具合にプラントから国内利権を漁られるか、下手をすれば、プラントにマスドライバーを渡したくない大西洋連邦辺りから攻撃を受けるかもしれない。

 もちろん、そうならない可能性もあるだろうが……、前代表が遺した理念優先のアスハ信奉者に、シビアな現実……様々な思惑が入り混じる国際社会を相手にした、大立ち回りを演じる事ができるとは思えない。

 ……。

 でも、まぁ、この道を選んだのは国民……、アスハ派を強力に後押しした本国市民だし、プラントにいいように利用されて、結果的に国を没落或いは滅ぼす事になったとしても、それはそれでいいだろうさ。

 こっちに……、アメノミハシラに影響がなければ、だけどな……。


 そう考えた後、既に迷惑を被っている現実に気付き、自然と口元が歪む。

 この儘ならない現実に対処するには、どうすればいいのか。

 ……。

 いっその事、前の拉致騒動の後、総務部のキウナ二佐が言い掛けていたように、オーブ本国から離れた方がいいんじゃないか?

 実際、アメノミハシラ自体、独立してやっていけるだけの力はある。

 アメノミハシラが静止軌道上に存在している事から、地球と宇宙とを繋ぐ拠点として、地球圏内のハブ宇宙港として、安定した港湾利用収益が期待できる。また、内部居住区画にも既に三十万以上の人が居住しているだけに内部経済も順調に回り始めていれば、拠点を置く企業群からの税収も安定してきている。実際、アメノミハシラ及び宇宙軍はこれらの収入を自分達の運営資金にしつつ、本国にある程度は回しているって話だしな。
 そんなアメノミハシラ以外にも、来月頭から居住区画の本格運用が始まるL3のタカノアマハラに既に二万人が居住している。これに加えて、居住希望者も今の段階で国内外のオーブ系市民の移住希望者が三十万を越えていれば、伝え聞く限りだが、国外からの移民希望者も増え続けているらしい。そして、これら居住希望者の受け皿となるタカノアマハラの居住可能人口は最大五百万と、限界が近いアメノミハシラと違って、これまた発展の余地があるし、L3宙域もまだまだコロニーを造れるだけの空間が存在している。
 各種資源にしても、電力に関しては太陽光発電でほぼ無尽蔵だし、経済を支える鉱物資源だって、旧ヘリオポリスで使用していた資源衛星のように、火星-木星間のアステロイドベルトから小惑星を取ってくる事も可能だ。絶対的に必要になる水資源だって、オーブ本国以外にも宇宙に進出したい国家だってあるだろうから、その国から融通してもらえるだろうし、ちょっと現実的ではないかもしれないが、土星辺りまで足を延ばして、〝わっか〟から氷の塊を幾つか頂いてくれば、独力で得られない事もない。
 普通なら重く圧し掛かる国防経費にしても、地上軍を抱えるプラントと違って、宇宙軍しか必要としない事から、そこまで酷いものにはならないはずだ。

 そう、独立もできないことではないのだ。


 それが為されないのは……っと、通信、レナだな。

「こちら、ウルブス1」
「ウルブス2よりウルブス1へ。最終便の打ち上げが確認されました」
「了解。後、少しか……」
「ええ、後少しですが……、ウルブス1」
「なんだ?」
「動きが散漫です。……考え事も程々にしてくださいね?」
「……了解」

 どうやら付き合いの長いレナには、俺がどういう状態だったか、お見通しだったようだ。

 警戒を疎かにしていたつもりはなくても、結果的に注意が散漫だった事実に反省しながら、通信に切る。

 ……思考に埋没してしまうのは俺の悪い癖だな。レナからしっかりと釘を刺されたことだし、今後の事は任務の後に考えよう。

 そんな事を考えつつ、エスコートしてきた往還船が防御陣内に入ったのを確認した後、マユラ機にハンドサインで合図を送り、機体を次の往還船とのランデブーポイントへと向わせる。

 と、マユラから通信が入ってきた。

「どうした、ウルブス3」
「……ウルブス1、考え込む気持ちはわかるけど、レナが言ってたように、今は目の前の事に集中しようよ」
「ああ、そうだな。……にしても、二人とも、よくわかるな」
「ふふ、当然よ。ウルブス1に関してだけは、動き一つ見たら、どういう状態なんてすぐにわかるんだから」
「へぇ、そうなのか?」
「そうなの。特に浮気なんてしたら、すぐに見抜いてあげるわ。二度とそんな気にならないように、他所の女に目が行かないように、たっぷりと調教してあげる」
「……おお、怖い怖い」

 マユラの物言いに、我が息子が、調教だと! の、望むところだっ! って、奮起しようとしているが、心底に住まう獣君は、ブルブルと震えて、尻尾を丸めてるわぁ。

 うん、こうやって馬鹿な事を考えているくらいが、俺には丁度いいのかもしれない。

「さて、戯言もここまでにして……、そろそろ上がってくる船が確認できるはずだ、周辺警戒を始めよう」
「ええ、わかったわ」

 ……さて、マユラ達のお陰で上手く気分転換も出来たし、もう一仕事、頑張るとしよう。


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