第三部 導なき世界の中で…… (C.E.72年-C.E.75年)
70 儘ならぬ現実 -オーブ分裂 2
四月中旬。
先の戦闘で、アークエンジェルがプラントで確認された事を受けて、オーブ本国がL5政権に、アスハ代表の所在やアークエンジェル及び拉致犯の引渡しといった事の問い合わせを行っていたが、その返答がラクス・クラインによる声明発表という形で届いた。
その公式発表によると、セイラン家によって代表首長としての実権が奪われていたカガリ・ユラ・アスハ代表首長は、自身の意に反して、ナチュラルとコーディネイターとの対立を深める対応を見せる大西洋連邦及び新地球連合に擦り寄る姿勢を見せていた現在のオーブ政権の在り方に深い憂慮を抱いていたそうだ。
そんな状況において、ユウナ・ロマ・セイランとの婚姻が進められた事によって、自身が完全にセイラン家に取りこまれそうになったので、緊急回避的に自身の直属部隊であるアークエンジェルを使って婚姻をぶち壊し、オーブの国政を自身の手に取り戻す為に、自身の意思で、縁があるラクス・クラインとプラントを頼りに亡命したとの事だ。
そう踏まえた上で、プラント政府は国政を壟断しているセイラン家から、オーブを正当な代表主権者であるアスハ代表の手に取り戻す為に行動する用意がある、とも付け加えており、最早、返答ではなく、オーブに対する最後通牒とも呼べる内容だった。
いやはや、誰が描いたかは知らないが、この声明文といい、シナリオといい……、なんとも、プラントにとって非常に都合の良い内容なこと。
何しろ、アスハ代表は新地球連合に組しないってメッセージを本国のアスハ派に伝えて、反新地球連合的な動きを扇動すると共に、アークエンジェルをアスハ代表の直属部隊にする事で、世界からテロリストと目されている連中とアスハ代表との深い関わりを……まぁ、事実なんだろうが、とにかく示唆して、プラントしか頼れない状況を作り出しているし、アスハ代表の意思により、オーブの実権をアスハ代表の手に取り戻すとする事で、一応、ザフトによるオーブ侵攻の大義名分も成立しているから、本当に、始末が悪い。
明らかにL5政権はオーブを自身の影響下に、もっと直截に言えば、支配下に置く事を主眼にしているとしか思えない。
けれども、今現在のプラントが抱えている国内事情……戦時国債の返済や移民及び難民救済政策、L1再開発で必要となる費用、他国に対抗する為に増大した軍事費、更には戦費を調達する為に随時行われる増税に対する不満、旧理事国との貿易が減少して独立前よりも振興しなくなった経済状況、先の戦争で自分達よりも劣っているはずのナチュラルの国家に明確に勝てず、傷ついたままの自尊心といった諸々の事を考えたら、そうせざるを得ないのだろう。
……昔から、外征ってのは国民の不満解消や権力維持の常套手段だからなぁ。
もちろん、オーブ本国だって、このプラントの置かれた状態や意図には気付いているので、アスハ代表がこんな事を言うはずがない、拉致犯やテロリスト、それにプラントのクーデター政権が自分達の有利になるように御託を並べているだけだと、至極、まっとうな声明を国内外へと発表するといった対応を取っている。
しかしながら、俺から言わせれば信じられない事なのだが……、本国では、拉致事件での不始末で所属将校が左遷されたり予備役に編入されたりして、軍内での影響力を削がれていたアスハ派がこれ幸いとばかりに、これこそがカガリ様の御意思だ、オーブ国民ならばカガリ様の言う事に従うべきだ、と大々的に主張していたりする。
そんなアスハ派の主張に議会でも多数派であるアスハ系政党が同調している上、アスハ寄りのマスメディアも大西洋連邦に接近するセイラン家は追放して、カガリ様を代表に復帰させるべきだ、なんて論調で国民を扇動し、政府に圧力を掛けていたりするから、本当に信じられない。
結果、おそらくはL5政権が企図した通りに、見事なまでに、本国内では軍官民のそれぞれで、アスハ派と中道派及びセイラン派、サハク派との対立が発生しており、社会に不穏な空気が流れ始めている。
もう、オワタというか、アスハ派の連中の好きにさせて自滅させてみたら、と言い出したくなる所だが……、半独立状態とはいえ、アメノミハシラもオーブを構成する一部だけに、そうも言っていられない状況だ。
アメノミハシラから見れば、プラント……L5政権に組み込まれた場合、国際的な孤立からハブ宇宙港としての機能が損なわれ、衰退するのが目に見えている以上、百害しかないのだ。
まぁ、それでも、これまでの様に半独立状態を維持できるなら、まだ影響は抑えられるだろうが……、二年戦争末期やデュランダル政権と違って、権勢欲が強い連中ばかりが揃っている今のザフトの事だ、戦略的な価値が高いアメノミハシラを自分達の手に欲したいと思わないわけがない。
つまり、オーブ本国はともかく、アメノミハシラとプラントとの間では高い確率で戦争が起きるという訳であり、戦闘に参加しないといけないと言うことだ。
まったくもって泣きたくなる事態だが、これも今現在のアメノミハシラを維持する為に必要な義務だと割り切るしかないだろう。
それにしても、前にも思ったことなのだが……、プラントの〝お姫様〟が俺にとっては疫病神的な存在っていうのは、どうやら間違いなさそうだ。
◇ ◇ ◇
4月17日。
オーブ本国内において、アスハ派とそれ以外の派閥との間で緊張感が高まる中、即応部隊の旗艦がウワツから新造艦に更新される事になり、小隊メンバーや他の乗組員達と共に引越し作業に追われている。
とはいえ、軍港エリア内に新旧両旗艦を横に並べてあるし、無重量空間で作業だけに、それ程の手間は掛かっていない。MSの運搬も整備班の手によって既に終わっているし、実質的には身の回りの物……私物や小隊備品位なものだ。
そんな訳で今は、マユラと共に、個々人の荷物や小隊備品を収めた最後の小型コンテナ・ボックスを持って、ウワツ内の通路を進んでいる最中だ。この場にいない他の小隊メンバー……レナとコードウェル三尉には、新しい小隊詰所というか事務室での荷解きと整理整頓を任せている。
荷物越しに見慣れた通路を眺めて、今日でここともお別れか、等と感慨に耽っていると、マユラが声を掛けてきた。
「アインさん、これでウワツともお別れだね」
「そうだな。でもまぁ、ウワツの大元が輸送艦だった事を考えると、仕方がないさ」
即応部隊結成以降、ウルブス小隊の母艦として何かと世話になったウワツから離れるのは少々寂しいが、即応部隊の旗艦としては防護性において脆弱すぎる面があったのは事実なのだ。
「それに、ウワツ自体は退役するって訳でもないみたいだしな」
「うーん、だとしたら、次の配属先に考えられるのは、練習艦隊か輸送部隊……、後、揚陸部隊かな?」
「さて、その辺りは俺も聞いてないわ」
最近、オーブ本国やL5の動向に神経を尖らせて、それに関連する情報ばかりを収集していたから、今回の旗艦更新も三日前に知ったくらいだし……。
とは言うものの、これは俺に限った事ではなく、パンサー小隊のタワラ三佐や整備班も知らなかったみたいだし、おそらく、皆が皆、昨今の状況変化や先に就役したムラクモ級の存在に気を取られていて、気付けなかったんだろう。
「でも、今回の更新、何にも事前情報がなかったから、本当にびっくりしたよね」
どうやら、マユラも俺と似たような事を考えていたのか、今回の更新に関する事を口に出してきたので、応じる事にする。
「そうだな。今回の更新には驚いたよ」
「アインさんも知らなかったの?」
「ああ、俺も知らなかった」
「意外……」
いやいや、神でも司令官でもないこの身、なんでもかんでも知っているわけではありませぬ、なんて事を思いつつ、肩を竦めて見せる、っと……。
「そろそろ、出入り口だからな、人に衝突しないように気を付けろよ?」
「うん、わかってる」
あちこちの部署が一斉に荷物を運んでいるだけに、出入り口は混雑しており、今も、見知った主計科の面々が俺達が持っている物と同じコンテナを運び出している最中だ。
「少し時間が掛かりそうだね」
「何、すぐに終わるさ」
と、そう答えている間に運び出しを終えたようなので、マユラに目配せして、周囲に注意しながら、艦内から外に出る。
即応部隊の母港となっている第二宇宙軍港内は、便宜上〝天井〟となっている部分からの照明によって明るく照らし出されており、その光の下、即応部隊の所属艦艇であるトツカ級やクロガネ級、陸戦隊を運ぶ揚陸艦隊のコーネリアス級が浮かんでいる。
そんな艦列の中、ウワツの直近に、新しく即応部隊の旗艦となる【SBB-16A】イズモ改級六番艦MS艦載型宇宙戦艦イワミの姿があった。
このイワミなる艦艇はイズモ改級と銘打たれたように、これまでのイズモ級をより宇宙戦艦として強化するべく改修されたモノだ。とはいえ、ベースがイズモ級であることには変わりがない為、六番艦という位置付けになるらしい。
イズモ級はオーブの宇宙戦力で旗艦級主力艦に位置付けられる存在だけに建造費も高く、ムラクモに続いてよく建造できたモノだと思ったものだが、二日に一回は顔を出すか通信を入れてくれるアサギの話では、海軍が建造しようとしていたタケミカヅチ級大型航空母艦二番艦の建造予算を分捕る事に成功した事で実現できたとのこと。
うむむ、そんな話を聞くと、国防予算の配分を巡って、国防省内での各軍の熾烈な争いが目に見えるようだ。
ちなみに、イズモ級はイワミが六番艦とあるように五隻が既に就役している。その内の二隻……一番艦イズモと三番艦イナバが国防宇宙軍所属艦として、アメノミハシラとL3に駐留している。後の残り三艦……先の戦争でアスハ代表の乗艦となった〝困ったちゃん〟の二番艦クサナギにアスハ家が私費を投入してまで建造させた四番艦スサノオ、昨年、本土防衛軍が年間予算の三分の一を使って造った五番艦ツクオミは、代表首長の直轄部隊でもある本土防衛軍所属として、本国にあるカグヤ宇宙港に係留されているそうだ。
……。
それにしても、このイズモ級に付けられてる名前って、法則性がないんだけど、一体、誰が命名しているんだろう?
むむむぅ、って、いや、これ以上に気になる事があったな。
ここ最近、気になっている事……、それは、今回のアークエンジェルや二年戦争後のクサナギやアークエンジェルが、いつ、どんな手段を使って、様々な監視の目を潜り抜けて、宇宙と地球とを移動していたかってことだ。
本当にこの事を考えると、アークエンジェルの背後に得体の知れないモノが潜んでいそうな気がして、不安のあまりに夜も眠れなくなる……というのは嘘だが、どう考えてもわからない事があるんだし、命名に法則性がない事なんてたいした事じゃないよな、うん。
まぁ、世の中には不可思議な事がある、という事で一先ずは納得しておいて、イワミは宇宙軍に所属している他のイズモ級……イズモとイナバと同様に、黒を基調に塗装されている。だが、その姿形は〝改級〟となっただけあって、姉妹艦とは大きく異なっている。
まず、艦首にあった艦載機出撃用の電磁カタパルトが廃され、トツカ級やクロガネ級の艦首が描くような流線を持つ、これまでのカタパルト部とほぼ同じ長さの艦首部が取り付けられている。
この新しい艦首部には、オーブ軍宇宙艦艇の定番となりつつある電磁式対ビームシールドが装備されている他、従来のイズモ級には二門装備されている主砲のローエングリン……陽電子破城砲という物騒な〝大砲〟を一門減らして、艦首艦上部に一門だけ収納されている。また、艦首両側舷には汎用ミサイル発射管が各八セル用意されており、対MS・MA制圧用のヘルダート改や対艦ミサイルのライデンを運用できるようになっているそうだ。
そして、新しく生まれた内部空間には艦主砲や発艦用カタパルトの運用で必要となる膨大な電力を生み出す小型MHD(Magneto-Hydro-Dynamics:電磁流体力学)発電機が二基設置されているのに加え、補助兵装用の燃料電池システムやそれの燃料タンク、非常用大型バッテリー、電磁式対ビームシールドで使用する金属粒子のタンク、ミサイル庫といった物が配されている。
そんな艦首部の後方にはある艦体艦橋部だが、艦首部と従来の艦体部をまたがる艦上部に、艦体中央線上に位置する形でトツカ級やクロガネ級で採用されている二連装ビーム砲のゴットフリートMk.72が前後に二門連なっており、先のローエングリンと合わせて、他国軍の艦艇に撃ち負けないだけの火力をイワミに与えていると言えるだろう。
そんな主兵装を固めるのは、これまでCIWSとして採用されていた旧来のバルカン砲塔システムが、副砲クラスならともかく、近接防衛用に大口径実体弾を運用するのは効率的ではないという事で廃された結果、ビームファランクスが採用されている。これが艦上と両舷に数基ずつ配置されており、イワミのMSやMA等の機動兵器やミサイル等への対処能力……近接防御力を高めている。
後、艦底部だが、艦首電磁カタパルト部が廃された事で移動したMS等の艦載機の発着艦システムというか、発着艦の時だけ、ワニが薄く口を開くように展開される開閉式の新型電磁カタパルトが装備されている。
その為、艦艇部にはビームファランクスといった近接兵装が装備されておらず、一見して弱点に思われるのだが……、実は外部装甲に電磁式対ビームシールドが装備されている事に加え、開閉式という電磁カタパルトの構造上、二重装甲になる為、実の所、他の部分よりもかなり強力な防御力を持っていたりする。
で、その内部だが、艦全体の需要を賄う生命維持関連装置や大型燃料電池システム、それの燃料用大型タンク類、各種倉庫がある他、これまでの格納庫よりも艦首側に空間が拡張された格納庫があり、マリーネ用のアタッチメント装着システムを備えても、最大で十六機までMSを艦載できるみたいだ。
更に後方に下がって艦橋があるバイタルエリアだが、基本的に従来と構造は変わっておらず、艦橋直下にCICや乗員居住区画、予備の生命維持関連装置やバッテリーが設置されている他、最終防衛兵装として、12.5mm近接防御機関砲を装備した新型CIWSが艦橋近くに数基装備されている。
このバイタルエリアの両側舷には、これまた従来のイズモ級と変わらず、大型側舷スラスターが装備されているのだが、新たな近接防護兵装としてリングシステムが取り付けられており、後方に回り込まれたり、艦底部に潜り込まれたいたりした場合に対処できるようになっている。
最後は艦尾メインスラスター部になるが、内部に推進剤タンクやメインスラスターを防護する為にビームファランクスや30㎜連装ビーム砲が数基ずつ、艦上艦底部に装備されている。
イワミの諸元を一通り思い出し、改めてその姿を見てみると……、やはり艦型が流線になった所為か、従来のイズモ級よりもスッキリと洗練された感がある。
しかしながら、洗練されたとはいえ、このイワミにだって、従来のイズモ級よりも劣っている部分があったりする。一番わかりやすい例で言えば、従来よりもミサイル発射セルの数を大幅に減らし、主砲も一門減らした事で火力が大きく落ちている事に加え、宇宙戦艦として必要になる艦体剛性を向上させる為に、これまでのイズモ級に備えられていた連結機能をなくしており、運用の多目的性……平時における地上との連絡船運用や分割しての輸送艦運用といった事ができないのだ。
だが、もしも自分の命を預けるのなら、これまでのイズモ級と改級、どっちにすると尋ねられたら、多くの人が改級を選ぶのは間違いないだろう。
おっと、そろそろ、イワミの出入り口だな。
……。
ちょっと、臭い物言いかもしれないが、マユラに一声掛けておくか。
「マユラ、新しい母艦……俺達が帰る場所だ。どんな事態になったとしても、傷つけられる事がないように、精一杯、努力しような」
「もちろんよ」
マユラはそう言ってしっかりと頷き返してくれた所で、イワミの艦内に入った。
艦内通路の真新しい内装を見ながら、内心で嘆息する。
今回の旗艦更新で、即応部隊もより強力な部隊になるだろう。けれど、活躍の機会がないに越した事はないし、できれば、今からでも奇跡が起きて、戦争が回避されたらいいのに……、というのが本音だ。
……しかし、現実は非情ってどっかで聞いた言葉にあるように、恐らく、叶わない願いだろう。
ならば、俺は仲間達と協力しながら自身の全力を尽くし、自分達の今の暮らしを……、仲間達との生活や自分が住まう世界を守るしかない。
そう、ここまできたら、降りかかる火の粉は全力で振り払い、事の元凶を叩き潰すだけだ。
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