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第三部  導なき世界の中で…… (C.E.72年-C.E.75年)
69  儘ならぬ現実 -オーブ分裂 1


 4月7日。
 ウルブス小隊の母艦であるウワツ内の小隊詰め所で、トウラン司令から即応部隊の佐官級に配布された、一昨日、ヤキン・ドゥーエ要塞月方面前面宙域で発生した、新地球連合軍とザフト艦隊の二度目の大規模衝突に関する報告書、というよりも、観測情報を元にした一連の推移詳報を読んでいる。

 情報部や作戦部隊が収集した情報を基に参謀本部で作成されたこの資料によると、月のアルザッヘル基地を飛び立った新地球連合軍は、MAを運用する300m級……アガメムノン級が二と、外観はアガメムノン級に似ているが対艦兵装を有していない大型艦艇……別添によるとアガメムノン級をベースに新規建造されたという、MSを36機運用できるらしい【メネラオス級MS母艦】が一、主力艦であるMS艦載型ネルソン級が八、補助艦のドレイク級は、MS艦載型が八、ミサイルランチャーの射出方向が側舷を向いた近接防御型が十二、従来型が二十といった戦闘部隊に加えて、後方には後方支援部隊らしきコーネリアス級が十以上と、機動戦力を増強された一個艦隊規模の戦力だったとの事だが……、いやはや、ザフトやオーブ宇宙軍の一個艦隊が二十隻未満で構成されるのと比べたら、先の二年戦争から変わらず、潤沢な戦力だとしか、言いようがないよなぁ。

 ますます強力になった新地球連合軍……実質は大西洋連邦軍に対して、迎え撃つザフトだが、ヤキン・ドゥーエ要塞から、ローラシア級十六で構成された一個艦隊とアプリリウス軍事衛星港からの増援部隊として派遣されたと思しきナスカ級三と〝困ったちゃん〟のアークエンジェル、明らかに迷彩を意識していないピンクという侠気じゃない狂気染みた色のエターナルが前面宙域に出て、迎撃の構えを見せると同時に、要塞自体の防衛システムが稼動していたようで、表面に多数の熱源が確認できている。
 そんなヤキン・ドゥーエ要塞後方では、先に核攻撃を許した反省からか、本国艦隊や独立戦隊らしき三十近くの艦影が、プラント・コロニー群を守るように展開していたようだ。

 何らかの隠し玉……、それこそ、先のジェネシスを隠蔽していたような事がなければ、まぁ、損傷艦がドック入りしていたり、新造艦を建造している可能性も考えられるので、本来はもう少し多いかもしれないが、実質的にこれらが今現在のプラントの全機動戦力だと推測できた。


 で、この両者の間で激しい戦闘が繰り広げられるはずだったのだが……。


 一つ首を振って資料から目を離し、部屋の中を見渡す。

 難しい顔をしたレナが端末に向って訓練計画の原案を起こしている傍らで、マユラとコードウェル三尉が、今俺が読んでいる資料に添付されていた戦闘の観測映像を室内で一番大きなモニターに映し出して、真剣な面持ちで見つめている。

 俺も、マユラ達が見ている映像……一度見た驚愕の戦闘映像を遠目で眺める。


 一機のMS……フリーダムに似たMSが、断続的に、装備している兵装で射撃を行う度に、大西洋連邦の新鋭機であるはずのウィンダムがシールドを貫かれたり、四肢を撃ち抜かれてたりして、撃破されていき、また、機動力で振り切ろうとしたメビウスやエグザスを予測射撃で撃ち落としてく。

 やはり……、一機のMSが無双をしている姿は、幾らラウとプロヴィデンスという存在を知っているとはいえ……、いや、その希少性を知っているからこそ、俄かには信じられないモノだ。


 そう、当初、予想されていたような激戦は起こらず、エターナルより出撃したたった一機のMS……フリーダムに似た新型機が初っ端から戦域の一部を制圧した事で、あれよあれよという間に戦闘の趨勢がザフト側へと傾き、これといった大きな損害を受けることなくザフトが大勝利を収めているのだ。
 それどころか、今回は、ザフトMS部隊があまりにも想定外過ぎる事態に戦域からの離脱が遅れたらしい大西洋連邦軍艦隊への突入に成功しており、新地球連合軍はアガメムノン級二を含めた多数の艦艇を沈められ、壊滅状態になっている。

 大西洋連邦が一度の戦闘で、しかも、ワンサイドゲームの形でこれ程の大打撃を受けたのは、先の戦争で行われた第一次低軌道会戦以来だろう。
 いや、本当に、また、明日から一からの戦力再建の日々が始まるお、なんて嘆きの声が大西洋連邦軍幹部や政府の財務担当者から聞こえてきそうな損害を被ったのに対して、相手に与えた損害が少数のMSだけという非常に軽微なものだっただけに、幾ら国力が高い大西洋連邦であっても、今後の対プラント戦略に影響するはずだ。


 しかし、いい加減、ヤキン・ドゥーエの周辺宙域では、幽霊が出没しておかしくないと思うの……。


 そう俺が結論付けた所で、端末と睨めっこしていたレナが、唐突に、全てを投げたかのように清々とした表情で、両手と共に天を仰ぐというで珍しい姿を見せた。

「レナ、どうした?」
「うふふふふ、先輩ぃ~、む~り~で~す~」
「……無理か?」
「はい~、あの新型~、これといった弱点が見当たりませんから、対抗策を考えられません」

 でも、緩かった調子も途中から真面目な声音に変わるあたり、レナらしいと思いながら、そうか、と応じる。

 実は、アスハ代表を拉致したと思われるアークエンジェルがプラントに存在していた事から、オーブ本国やアメノミハシラからL5のクライン政権へと、アスハ代表の所在確認と拉致犯引渡しの要請を行っている最中なのだ。
 けれども、先の戦争でアークエンジェルがテロリスト認定された経緯を考えると政権首班を務めている〝お姫様〟との関係が深いことは間違いない上、事実として極普通にザフトの一員として戦闘に参加している事から、アークエンジェルがプラントへの亡命を希望したので受け入れた、とでも言い出しかねない。
 従って、アスハ代表の所在次第で色々と変わってくるだろうが、仮にアスハ代表がプラントに存在するのならば、下手をすれば、アスハ代表がプラントに亡命したのはオーブでの実権を取り戻す為だとか言いだして、この先、アメノミハシラがプラントと戦う可能性も無きにしもあらずである。なので、レナには例の新型に対抗する為の訓練計画を立てるように言っておいたのだが……、無理だったか。

 俺よりも頭が良く回るレナが言うだけに、様々な事を想定したんだろうが、一応、自身の見解を示して、攻略の糸口を探せないか試してみる事にする。

「例の新型はフリーダムと違って、シールドを装備していないから防護面が弱そうなんだけど、その辺りはどうだ?」
「確かに弱いといえなくもないですが、機体にダメージを受けそうなデブリも避けませんでしたから、フリーダムと同じく、PS装甲を装備してるみたいです」
「……なら、宙域制圧や実弾系は基本的に通用しないって考えた方が良いってことか」
「ええ、それにあれだけの高出力ビームを撃ちながら一会戦を戦いきった継戦能力を考えますと核動力機である可能性が高いですし、防護面を補えるだけの機動力と撃ち勝てるだけの火力もあります。……それに苦手な距離もなさそうなんです」

 確かに、例の新型は、両肩から伸び出た二門の大出力ビーム砲と連結式ビームライフルによる長距離砲撃戦、両腰部のレールガンに連結を解除した二丁のビームライフル、胸部の強力なビーム砲での中・近距離射撃戦、頭部機関砲や二本のビームサーベルに加え、ビームサーベルを連結すると通常のビームサーベルよりもリーチの長いビーム刃を使用できる近接格闘戦と、基本的に不得意な距離がないとも言えるだろう。

 いやはや、前の戦争で本国への攻撃に神経を尖らせ、絶対阻止を掲げていたザフトが、一機当千を真面目に目指して開発したMSの一つ、フリーダムの後継機と思われるだけに、プロヴィデンスに通じる強さを感じさせてくれる。

 ……。

 プロヴィデンスという言葉で思い出したが、もしも仮に、ドラグーン・システムが装備されていたら、手が付けられない非常に恐ろしい存在になっていたかもしれないな。

 というか……、

「レナの言う通り、PS装甲を持って、これだけの兵装を運用しているとなると、この新型はフリーダムと同じで核動力機なんだろうなぁ」
「バッテリー機だと、背中のビーム砲を一回撃っただけで干上がりそうですから、ほぼ間違いなく」
「秘匿開発してきたって所かね」
「はい、本国防衛の切り札なのかもしれません」

 レナの感想に一つ頷いて応えると、あの強力な火力を遮る方法を考えてみるが……。

「電磁式シールドの出力を全開にして突撃しても、大出力ビーム砲を喰らった場合は落ちそうだしなぁ」
「実際、ウィンダムはシールドを貫かれてます」
「化け物みたいな高出力だな」

 高機動を持った上で、長距離の高出力ビーム、中距離以後は手数を持つなんて、実に厄介だ。

 しかし、相手の機動力が高い以上、接近するのが難しいし……。

「……今は、大型の隕石を盾に接近を図って、ある程度近づいてから突入するぐらいしか、思いつかんわぁ」
「さ、流石に、それは難しいのでは?」
「だよなぁ」

 むー。 

「それで、先輩、対新型MSの訓練計画、どうしましょう?」
「真正面から行っても落されるだけだし……、数で連携して動かないといけないのは間違いないんだが、下手をしたら、各個撃破されるだけだしなぁ。もう少し、皆で意見を持ち寄って、詰めてから作成しよう」
「わかりました」

 一番の有効策と思しき、四方八方に散る事で一網打尽にされる危険性を減らしつつ包囲し、連携を取りながら個々に攻撃を仕掛ける方法だが、相手だって高い機動力でもって動くのだ。もしも、一対一の状況に持ち込まれたら、性能で劣っている現実もあるし、ただ各個に撃破されるだけだろう。

 もし、この方法で上手くやろうと思ったら、アレを使うのが一番だ。

「ドラグーン・システムがあればなぁ」
「それって、プロヴィデンスが使ってた特殊兵装ですよね?」
「ああ、簡単に言えば、メビウス・ゼロが使っていたガンバレル・システムの無線版だ」
「……確かに、有用でしょうが、そんな技術ないでしょうし、使い手も限られるんですよね?」
「なんだよねー」

 ない物強請りはできないから、素直に別の方法を考えると……、やっぱり機動力でもって対抗することになるんだけど、あの機動力に対抗できるだけの機動性と火力を回避できるだけの運動性を備えさせるとなると、大型スラスター追加兵装で備えさせる位だろうなぁ。

 ……けど、これも耐Gや度胸、高機動状態での射撃能力、先読みといった諸々の面から乗り手が限られそうだ。

 しかし、追加兵装かぁ。

 追加兵装っていったら、やっぱり、大型の……、む?

 むむむむっ!

 これは、〝我が侭な美女〟の出番かっ!

「レナ、超大型の兵装ユニットを作るのはどうだろう?」
「……具体的には?」
「地上から単独で宇宙に離脱できるような推力を持って、ビームやミサイルが少々当たっても屁でもないような多重装甲を装備した上で、兵装に小型ミサイルを大量に詰め込んだ大型ミサイル・コンテナとか、MSを十機ぐらいまとめて吹き飛ばせる大出力ビーム砲とかっ、PS装甲を一撃で無効化できる大口径レールガンとか! 300m級を軽くぶった切れるだけの超大型ビームサーベルとかっ!」
「推力はなんとかなるかも知れませんけど、それだけの兵装を支えられるだけの動力源がありませんよ。だいたい、作ろうにも開発期間や予算が必要だということを思い出しましょうね、先輩」
「……はい」

 むー、残念っ!

「……なら、もっと簡単に、MS用の大型突入盾でも開発してもらおうかな」
「突入盾?」
「ああ、イメージは特殊部隊が強襲する時に使うような盾のMS版みたいなもんだ。対ビームコートを三重位にした大型シールドに、電磁式を組み合わせれば、あのビームの直撃を浴びても耐えられるはず」
「……な、なんだか、艦艇のビーム砲でも耐えられそうですね」
「まぁな。……これだと、既存技術ばかり出し、開発するのもそう時間もいらないだろうから、一応、特別装備的な扱いで作れないか、上に意見書でも出してみるわ」

 うん、なんだか、できそうな気がしてきたし、さっそく、上申書を書いて送ろう。

「でも、先輩、それって、隕石を利用するのと同じで回り込まれたら、終わりのような?」
「その辺は、また考えようさ。あんまり根を詰め過ぎると、さっきのレナみたいになるし」
「うわっ、先輩、ひどっ!」

 むきゃー、と怒ってみせるレナを構いつつ、端末を弄っていると、マユラ達も戦闘映像を見終わったらしく、こちらを振り向いた。

 ……二人揃って、虚ろな目をしているのはご愛嬌。

「アインさん、何、アレ? 吸い込まれるように命中するなんて、絶対におかしいわよ」
「そうですよね。まるで、時間が止ったみたいに当たるなんて、信じられません」
「けれど、実際にそういう結果が出ている以上、現実さ」

 俺がそう答えると、二人の首がカクリと前に倒れたかと思うと、マユラが、もー、どーにでもなれー、的な晴れ渡った笑顔で顔を上げた。

「あれじゃない? あの新型のパイロットは、一瞬だけ時間を止めてるのよ、きっと」
「時よ、止まれぇーっ、てか?」
「そうそう、そんな感じ」
「ま、マユラさんに、三佐、流石にそれはどうかと……」
「はは、冗談さ」
「うんうん、冗談よ。……でもさ、実際、あんなに簡単に敵を落とせたら、苦労しないよね」
「そうだな」

 んん、簡単に落とせるって事は、逆に落ちる側の回避能力が甘いってことも考えられるんだが……、もしかして、大西洋連邦も前の戦闘で受けた痛手から回復しきれていなくて、新兵が主体だったんじゃ?

 ……。

 いや、こんな自身に都合の良い、安易な想像は俺だけじゃなくて、この三人も殺す事になるよな。今回は出てこなかったみたいだけど、アークエンジェルに艦載されているはずのジャスティスや【ルージュ】なるストライク系MSが戦力としてあるんだし……って、あれ?

 アークエンジェルは出ているのに、何で、ジャスティスが出てこなかったんだ?

 アスハ代表を拉致した時に、あれだけシャキシャキ動いていた事を考えると故障ってのはちょっと考えられにくいし……、連中の中で意見の不一致でも起きているんだろうか?

 ……むぅ、わからん。

 わからんが、現実としてアスハ代表の行方に深く関与しているアークエンジェルがL5に存在していて、それがオーブやアメノミハシラの今後に関わる以上、アスハ代表という〝駒〟がL5政権に使われる事を踏まえて、対策を練るべきだろう。

「まぁ、とりあえずは最悪の事態を想定してだな……、新しい訓練計画ができるまでは、従来の訓練に加えて、個々人の回避機動と機動射撃の技能向上をメインにしておいてくれ」
「わかりました、三佐」
「わかったわ」
「わかりました」

 三人それぞれから了解の返事を聞いた後、俺は上申書を書く為に端末にテンプレートを呼び出しながら、胸中で嘆息する。


 ……プラントと戦争にならないといいんだけどなぁ。
11/10/21 誤記及び一部表現を加筆修正。


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