第三部 導なき世界の中で…… (C.E.72年-C.E.75年)
68 謳われる理想 -デスティニープラン 4
四月。
エヴァ先生が言い放った予言がザフトによるクーデターという形で的中したが、このプラントでの武力蜂起は、オーブ本国やアメノミハシラにも大きな影響を及ぼす事になった。
と、オーブに与えた影響云々の前に、クーデター発生以後の流れを簡略にまとめておこう。
3月30日。
L5はプラント本国において、デュランダル政権に対するザフトのクーデターが発生したとの情報は、予め、そうなるように仕向けられていたかの様に、瞬く間に地球圏を駆け巡った。
電撃的にプラントから発信された情報によれば、クーデターを起こした連中……クーデター派が武力蜂起による政権転覆の大義名分として掲げたのは、戦争開始から半年近く経つというのにこれといった成果を得られていないギルバート・デュランダルの戦争指導に対する不満、怨敵である旧地球連合諸国に迎合する形でザフトに対する強制捜査の実施しようとするギルバート・デュランダルの対ザフト強硬姿勢に対する不信、劣等種であるナチュラルが牛耳っている地球諸国から捜査への査察を受け入れるというギルバート・デュランダルの弱腰な外交姿勢に対する憤怒、といった所らしい。
……。
な、なんというか、クーデター派はもう少しマトモな理由を考える頭はないのか?
明らかに個人に対する怨恨染みた、これらの主張の何処に政権転覆の正当性が見つけられるんだよ。
……いや、それとも、俺の感覚が異常なんだろうか?
なんて具合に、クーデターを起こした論拠を見聞きした瞬間に自身の感覚や常識を疑ってしまったが、エヴァ先生との会話を思い出して、クーデター派にとっては自分達の権力維持こそが目的であって、表立っての理由なんてどうでもいいことなんだと思い直していたりする。
まぁ、それは置いて……、このプラントでの政変勃発の報を受けて、アメノミハシラでは更なる情報収集を行うと共に、L1の睨み合いが終わって、少し落ち着いた感があった第一艦隊に第一種警戒態勢が発令される事になり、事態の推移を見守る事になった。
翌31日。
L5からL1方面へと高速で向う六隻程の艦艇群がアメノミハシラの常時観測網で捕捉された。その観測の際には、ザフト所属機同士で激しい戦闘が行われている事が確認されており、L5でのクーデターが本当である可能性が高まったと判断されている。
これと時を同じくして、宇宙ではL4に駐留している新地球連合軍やユーラシア共和連邦軍の小艦隊がL1の動きを警戒するようにL4外縁部での巡回をし始め、また地上においても、不測の事態に備えてだろう、ジブラルタル基地周辺には地中海同盟軍が、カーペンタリア基地周辺には大洋州連合軍が、それぞれ展開して包囲を開始している。
月が変わって、4月1日。
ザフトのクーデター派に制圧されたプラント本国において、デュランダル政権を構成してきたこれまでの最高評議会の解散が宣言され、新たな最高評議会議員が選出された。
新しくプラント最高評議会を構成する十二名の議員の内、対ナチュラル強硬姿勢が目立つ者が五名、中立中道的な者が三名、対ナチュラル穏健路線を掲げる者が四名と、意外にも、対ナチュラル強硬派が過半数を占めるような事はなかったようだ。
まぁ、一応は外面は取り繕ったと言うべきだろうが……、それらの議員を決めるのが、コンピュータ様の偉大な意思だけに、ただの茶番である。
そんな事よりも、もっと驚嘆すべき事が、選出された議員の構成リストには含まれていた。
それは、最高評議会議員の一人として、また、プラント最高評議会議長として新しく選ばれたのが、〝プラントの歌姫〟こと、ラクス・クラインであったということだ。
いやはや、流石に、これには驚いた。
どれ程、俺が驚いたかというと、最高評議会の議員リストをアメノミハシラ内にあるシミュレータールーム……当日はソキウス小隊との模擬戦闘訓練だったのだ……まで、わざわざ伝えに来てくれたアサギの顔に、口にしていたITIGOオレを盛大に吹いてしまったぐらいに……。
お陰で、マユラは大笑いし、コードウェル三尉には苦笑され、レナから厳しい叱責を受けました。
だが、レナの叱責よりも恐ろしかったのは、髪や顔、制服をITIGOオレまみれにされて、困った顔をしつつも、三佐、これは借り一つですねと、艶やかに微笑んでペロリと唇を舐めて見せたアサギだったりする。
……いったい、何を対価に求められるのか、今から戦々恐々って、これはクーデターとは関係ないな、うん。
んんっ、とにかく、〝プラントの歌姫〟がプラント最高評議会議長に選出されたのは、非常に驚くべき事だ。
なにしろ、ラクス・クラインは、ザフトで一派閥を率いた元最高評議会議長シーゲル・クラインの娘であるとはいえ、先の二年戦争中に、プラントの対地球連合戦略に関する重要情報を漏らしたり、キラ・ヒビキにニュートロンジャマーキャンセラーを搭載したフリーダムを引き渡したり、緊急展開用の新造艦を強奪したり等々と、実に気侭に国内を引っ掻き回して、あやうくプラントを敗戦の道へと追い込みかけた上、どんな詐術を使ったのかは知らないが、独自戦力を整備して、戦争の行方を決める決戦の最中に、プラントと旧地球連合の両者に喧嘩を売るような真似をするだなんて事をした、プラント国内だけでなく国際的に見ても、十分に犯罪者と呼べる存在である。
そんな輩を最高評議会議長……、一国の元首に据えるなんて、いくら世の中というか、社会には摩訶不思議な物事が溢れ、罷り通っているとはいえ、これはちょっと異常すぎる。
いったい、どうなっているんだろう、プラントって国は、と思わず溜息をつきたくなるよな感想は棚上げしておいて……、このクーデターによって政権首座を追われる形になった、本来のプラント最高評議会議長ギルバート・デュランダルだが、先のL5からL1へと逃走した艦艇群に搭乗していたらしく、L1拠点である世界樹の種において、生存が確認されている。
というのも、デュランダル議長本人がプラントで新たに最高評議会が成立したのを受けて、クーデター派と新しい最高評議会をを非難する声明を発表したからだ。
デュランダル議長が見覚えのある部屋……〝世界樹の種〟の防衛司令室において、自身の側近に加え、リューベック司令やユウキといったプラント国防軍の幹部達を背景に行った演説で、今回、武力蜂起して、自身を追い落としたクーデター派は何の展望もなく、ただ徒に戦乱を拡大しようと考えるだけの集まりに過ぎず、同様に、新たに成立した政権にしてもクーデター派が権力を私する名分を与える為の存在に過ぎないと断じた上で、政権中枢に先の独立戦争でプラントを敗戦に追い込みかけた犯罪者であり、戦後、社会不安の中で混乱するプラントに何ら寄与しなかったラクス・クラインを据える等、到底、許せるものではないと述べて、最後に、クーデター派にはプラントの施政を行う資格もなければ、国家運営を担う正当性もないと、厳しく糾弾している。
……確かに、デュランダル議長は、本人がほぼ同じ過程で選ばれた事に目を瞑れば、非常に正しい事を言っているとは思う。
思うのだが、クーデター派がザフトという強大な軍事力を有する組織を押さえている事に加え、ラクス・クライン本人が最高評議会議長の職権を手に入れた以上、クーデターを起こした連中やラクス・クライン及び子分であるクライン派の犯罪は公に無かった事にされて仕舞いになるはずだ。
でも、まぁ、権力闘争ってのは何処でもこんなもんだろう。
そう、これはプラント内部の権力闘争であって、人々の自由を守る為とか、世の中の正義を体言する云々と言った話ではないということだ。
クーデター発生から四日目になる、4月2日。
プラントがL5のクライン政権とL1のデュランダル政権とに分かたれ、事実上、二重政権状態になった事を受けて、プラントの在地球駐留部隊も、大戦力を有しているカーペンタリア基地がクライン政権に、ユーラシア西方の要衝を押さえているジブラルタル基地がデュランダル政権に、それぞれ支持を表明し、旗色を鮮明にした。
両拠点の旗色に差異が生じたのは、おそらく、両者が置かれている環境の違い……ジブラルタルが周囲を仮想敵国に囲まれているのに対して、カーペンタリアは後背に新プラント国家である大洋州連合がある上、仮想敵国の領域から離れているという辺りからだろう。
要するに、周囲から常に圧力を受け続けるジブラルタルがこれまで現実的な国際協調路線を示してきたデュランダル政権を支持したのは必然であり、友好国という後背地を持ち余裕のあるカーペンタリアがクライン政権、いや、クーデター派が打ち出した強硬路線を支持するのも納得できるというわけだ。
こんな具合で、プラントは宇宙と地球それぞれで領域を二分する形になったのだが、この分裂劇に対する世界というか、プラント以外に住まう市民の反応は、事態急変に対する大きな困惑と戦火が拡大するかもしれないという先行きへの不安、災禍を立て続けに引き起こした上、更なる混乱を引き起こそうかとするようなプラントという国への不審、人類の新種を謳うコーディネイターの内実がナチュラルと何ら変わらない事実に対する嘲笑、地球市民にとっては怨敵とも言えるシーゲル・クラインの娘を政権首座に据えた事への憤怒と侮蔑といった、負の感情に塗れた暗色で染められている。
……なんとも、嘆かわしいことだが、それだけプラントという国が、他所様から多くの怨恨を買ってきて、今もまた憎悪の種を売っているという事なんだろう。
そんな市民の声を汲み取ったのか、或いは、両者を比較対照して、ある程度は信頼できて、話が通じる方が良いとでも考えたのか、はたまた、テロリストを首班に据えるような政権を相手はするべきではないと判断したのか、世界各国はデュランダル政権を正当政権と認識する国が圧倒的に多いようだ。
具体的に言えば、カーペンタリア駐留軍に領土を荒らされては困る大洋州連合と何故かはわからないがスカンジナビア王国がクライン政権を正当だと認め、その他の国々は、プラントと戦争中の新地球連合構成国であっても、現実路線のデュランダル政権を正当だと認めたという事である。
まぁ、傲然と周囲を見下して、何をしてくるかわからない相手より、比較的良識があって、話が通じる相手の方がいいのは当然の事だろう。
4月3日。
今度はL5政権のラクス・クラインが世界に対して、メッセージを出した。
例の如くミーアに似た声で……。
『昨今、世界が見せている対プラント姿勢は余りにも行き過ぎたものであり、その周囲からの有形無形な圧力から自国を守る為に、自国の平和を守る為に、プラントは強硬的に応じているに過ぎないのです。もちろん、私達、プラントもすぐに強硬的な姿勢を見せる部分を直さなければならないでしょう。
ですが、世界がプラントに対して示している、強硬的な姿勢を弱めれば、自然とプラントも強硬的ではなくなるのです。
私は平和を望みます。
先の戦争を引き起こした要因の一つに、ナチュラルとコーディネイターの違いが叫ばれていましたが、両者は共に人である事に変わりはありません。
そう、ナチュラルとコーディネイターは共に生きる事ができる、手に手を取り合える存在であり、共に平和な時を生きる事ができる存在なのです。
今、私達が……世界が厳しい姿勢を見せて、抗すべきなのは、この両者を対立を煽り、争いを起こさせようとする存在や、今のナチュラルとコーディネイターの関係を生み出した要因に対してこそ、必要なのです。
今一度、考えてください。
ナチュラルとコーディネイターの差異と、変わらない部分を……。
今一度、振り返ってください。
何故、ナチュラルとコーディネイターが合い争う様になり、どのような存在が、それを助長してきたのかを……』
……なんて具合に、切々と訴えかけたのだ。
うん、実に素晴らしい内容だと思う。思うのだが……、この〝お姫様〟の持つ前歴が前歴だけに、額面通りに、素直に受け入れられないんだよなぁ。
いや、でも、人って存在は、何らかの切っ掛けを得て、精神的に成長していくって事実がある以上、当然、ラクス・クラインだって成長して行くだろうから、本心から言っているのかもしれないし……、でも、クーデターで実権を握った事に違いはないし、うむむぅ。
という感じで、ラクス・クラインに対する評価を見直すべきかと、半日近く、内心で悩んだが、どちらにしても情報が足りないという事で、もしかしたら、現実を見据えて理想を目指すという、茨の道を歩き出したのかも、ってな評価で落ち着かせておいた。
というのも、その翌日に新たな動きがあって、のんびりと考え事に耽る余裕がなくなった為だ。
4日未明。
L4の新地球連合軍……大西洋連邦軍艦隊が出動し、L1方面へとじりじりと接近をし始めるのに合わせて、プトレマイオス基地壊滅後に建設された月面基地アルザッヘルから、前年、プラントへの攻撃を目指した艦隊とほぼ同戦力を有する艦隊が進発し、L5へと侵攻を開始した。
前年十一月から連続して発生している大規模戦闘で、新地球連合とザフト、双方の戦力は磨り減っている状態だが、元より回復力に難があるザフトが戦力を確保するのに苦労するのに対して、国力で勝る新地球連合には余裕が、具体的にいえば、消耗戦に耐えられるだけの予備戦力を有しているという事実を元に考えると、納得できる動きである。
要するに、新地球連合から見れば、プラントがL5とL1とに分裂している状況下にあって、ザフトに大打撃を与えれば、ユニウス・セブン落下で起きた被害に関する賠償協議や講和の席で、L5とL1、どちらの政権が相手であっても、何らかの譲歩を引き出せる可能性が高いだけに、通常よりも多く犠牲が出たとしても、攻めるべき時だと判断したってことだ。
いや、まぁ、断定的に言ってしまったが、あくまでも俺の勝手な推測に過ぎない。過ぎないが、おそらくはそんな意図を持っているであろう新地球連合の侵攻に対して、これまで担っていた調停役から滑り落ちたオーブ本国は失墜した国際信用の回復に、アメノミハシラは完成間近になったL3のコロニー建造にと、自らの事で手一杯であった為、静観の構えを見せていたのだが……、先に延べたように、そうも言っていられなくなる事態が起きてしまった。
なんとなれば、新地球連合軍を迎え撃つザフト艦隊の中に、〝足つき〟……アークエンジェルの姿が、アスハ代表首長を拉致した存在が確認された為である。
……以後、オーブはプラントの内乱に巻き込まれる事になり、争乱という悲喜劇の舞台へと押し上げられる事になる。
11/10/21 誤記及び一部表現を修正。
11/12/23 誤字修正。
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