第三部 導なき世界の中で…… (C.E.72年-C.E.75年)
67 謳われる理想 -デスティニープラン 3
二月が足速く逃げていったかと思うと三月もまた既に半分を過ぎていた摩訶不思議、っていうのはさておき、先月下旬に行われたオーブ下院議会選挙の結果が発表された。
第一党として、前代表ウズミ・ナラ・アスハや現代表カガリ・ユラ・アスハ、その両者を輩出したアスハ家こそがオーブを大きくしたと賛美し、これからもオーブとアスハ家は共に繁栄して行くべきだと大々的に訴えた大アスハ共栄党が議席全体の四割を占める事になった。
ついで第二党にはウズミ・ナラ・アスハとカガリ・ユラ・アスハ個人を信奉する獅子と百合、第三党にオーブを構成する群島地域の有力者を擁立した四島連合、第四党以下は順に、ハウメアの教えに基づいた行動を国民と国家に求めるハウメア社会統一同盟、カガリ・ユラ・アスハ個人に対する信奉を色濃くしたカガリ様を護る有志の会、共産主義社会樹立を目指すオーブ共産党、国内企業の労働組合が連合して結成した国民労働戦線、セイラン家や大西洋連邦系資本が入った企業が後援した民主共和党、その他諸々といった具合だ。
でもって、各政党を大まかに系統分けして、獲得議席の割合を見てみると、アスハ系の政党……大アスハ共栄党、獅子と百合、カガリ様を護る有志の会が七割、中道系の四島連合とハウメア社会統一同盟、国民労働戦線が二割で、残る一割にオーブ共産党と民主共和党、その他諸々って、所になる。
これこそが今のオーブ本国の国民が抱いている意識であり、求めているモノだとは、アサギを通して伝えられたサハク准将の談なのだが……、これはちょっと異常というか、アスハ系が強すぎるというか、とにかく前代表時代に経済を地道に伸張させたり、最近でも戦後復興を成し遂げたりして、アスハ政権の下支えしてきたセイラン家の人気が無さ過ぎる。
まぁ、アサギが個人的な意見として、前大戦で本土防衛戦を経験し、大西洋連邦による占領と統治を経た結果、本国に居住していたコーディネイターがプラントや月面都市群といった国外に逃げ出したり、本国を守りきれなかったアスハ政権と後先考えずに自爆して果てた前代表に失望した市民がアメノミハシラを頼って宇宙に上がったりして、本国の非アスハ或いは反アスハ系市民が大きく減少した結果でしょうって言っていた事を考えると、この惨敗も仕方がないのかもしれないな。
とにかく、この選挙で選出された二百名の議員から成る下院と互選された氏族や有識者から成る上院が召集され、オーブ議会が開催される事になった。その結果、下院においては早くも、アスハ代表を護る所か背後に隠れる姿を晒したユウナ・ロマ・セイランはアスハ代表に相応しくないとして、アスハ代表とユウナ・ロマ・セイランとの婚約解消を求めると共に、アスハ代表が拉致された事案に対する行政府への責任追及や捜索要求、ウナト・ロマ・セイランが率いる行政府が行っている大西洋連邦への接近に対する不満表明を行っており、闊達(?)な議会活動が始まっている。
今の所、氏族や各種専門家で構成されている上院が良識的であり、オーブの国益を損なうような下院の動きを牽制しているが、今後はどうなるものか……。
……。
それにしても、何故に下院議会の皆さんは、アスハ代表を拉致されるだなんて失態を許した国防軍やジャスティスやアークエンジェルを隠蔽した事への追求をしないんでしょう?
うーむ……、理由として考えられるとしたら、アスハ系政党のバックには、軍部が……、特にアスハ派の連中がいるからなのかもしれない。なにしろ、責任を取らされて予備役に編入された連中まで議員になってるしなぁ。
そんな俺の感慨は置いておいて……、オーブ国内が今後の施政や外交に対する不審、代表を拉致された責任問題の追及といった事で揉めている最中、オーブ近海というか、ソロモン諸島南方に広がる珊瑚海において、新地球連合軍太平洋艦隊とザフト・カーペンタリア駐留軍とが、懲りずに激突し、一大海戦が行われている。
詳細は省くが、空でバビと空戦仕様ウィンダム、空母から発進した【スピアヘッド】なる戦闘機が互角の空中戦を展開する中、海上では空や海中からの攻撃を避ける為に回避運動を取る新地球連合軍艦艇から、カーペンタリア基地への巡航ミサイル攻撃や海中に潜むボズゴロフ級への対潜ミサイルによる爆雷投射が盛んに行われ、また、目に見えない海面下でも静やかで激しい戦闘が繰り広げられたようだ。
で、この海戦の結果だが、戦域後方に待機していた補給艦や輸送艦を何隻か沈められた新地球連合軍側がハワイに撤退したことで、プラント側の勝利で終わっている。
……要するに、珊瑚海が新しいトレジャースポットじゃない、ジャンク漁りのスポットに加わったって事だな、うん。
◇ ◇ ◇
3月20日。
月初めから地球では大きな戦闘があったが、宇宙ではL1のプラント国防軍による反撃以来、落ち着いた状況が続いている。それに伴なって、地球や月、各ラグランジュ・ポイントを結ぶ宇宙航路は比較的に安定し、宇宙海賊が跋扈するような事態も起きていない。
ようやく一安心というか、このまま戦争も下火になって停戦にでも落ち着いてくれたらいいのになぁ、なんて事を考えながら、定期検査の為に第一居住区画内にある宇宙軍病院、そこに勤めるちっこくておっかない主治医を訪ねた。毎度の如く、各種検査が恙無く終わり、特に異常も見られないということでホッとしたのも束の間、ちっこい先生が伝手を使って手に入れたという、プラント最高評議会議長であるギルバート・ディランダルが国内向けに発表したという政策構想論文を手渡される事になった。
で、今なのだが、一通り論文に目を通した事もあって、目前で優雅に足を組んでいる、おっかない主治医……エヴァ先生に感想等を述べる次第だ。
「この〝でぃすてにーぷらん〟構想の目的って、就労年齢に達した国民の遺伝子を解析して、先天的な適正を調べて、最適な職を斡旋するって事ですよね?」
「ああ、そうなるが……、ラインブルグ、もう少し、マトモな発音をしろ」
「おっと、こりゃ失礼しました」
国防宇宙軍において二佐相当の医務官を務めているエヴァ先生の指摘通り、舌足らずで妙な発音をした所為でなんだか色物めいた代物のように感じるが……、このでぃすてにーぷらん、もとい、【デスティニープラン】なる構想は大層な名前こそ付けられているが、資料を読む限りでは、単純な話、国があなたの遺伝子を解析して向いている職業斡旋しますよ、個人それぞれが有する遺伝子が〝得意〟とする分野や職への就労をお勧めしますよ、って事だったりする。
要するに、社会のセーフティネット的な存在に似ているのだが、なんとなく……。
「これって、婚姻統制法に近い臭いがしませんか?」
「何、現実的にプラントの人口は少なく、また、出生率も低いという事実がある上、昨今の戦争での磨耗も激しいようだからな、この構想のように思い切る事で、よりマンパワーを有効利用しようという腹だろう」
「確かに……、プラントって人口が少ない上、遺伝子の不適合が影響して出生率も先細りみたいだからなぁ。でも、そういう思惑があるということは、斡旋された職業への就労は任意、とは銘打っていても、半強制的なものですね」
「自然とそうなるだろうな」
もしも、このデスティニープランが実際に法律化されて施行された場合を考えてみると……、メリットとしては、各個人個人がそれぞれ得意分野に関連する仕事に就く可能性が高まる事で、資源としての人を有効利用できる可能性も高まり、各々の分野や職でより効率的に大きな成果を出せるようになって、非常に効率的な社会が実現する可能性が大きくなる事だろう。
逆にデメリットとしては、先に言った通り、効率的な社会を実現する為に自身の意思……遺伝適正が自身の望む方向と違っても、その仕事に就いた方が良いとする社会的な圧力を受ける事、つまりは、個人の意思……特に職業選択の自由を制限されたり、デスティニープランで斡旋された仕事を嫌った人が、結局、社会や国家から圧力を受けて強制されたり、淘汰や排除が為される危険性が生まれてくることかな。
更に付け加えれば、遺伝子の優劣……何を持って優劣となるのかはわからないが、とにかく、全てを遺伝子が決める完全管理社会を招きかねない所も怖い。
「しかし、これが法律として整備施行されるとなると、プラントは、今でもかなり階層化が進んでいるのに、より一層の階層社会化が進みそうですね」
「ああ、これが施行されて、社会がそれを容認した場合、最後に行き着く所は政府に管理された新しい身分制度社会……遺伝子を絶対的な根拠とする固定階層社会だろうな」
もっとも、固定階層社会が到来したとしても、意思と自由を奪われた人がそれを座視したままでいるとは思えないし、その身分制度社会も最終的には崩壊するとは思う。
つか、遺伝子を絶対的な根拠にするって考え方自体がアレだよな。
「でも、エヴァ先生、遺伝子が全てを決める考え方って、あまりにも今を生きる人を……、人の生や人の意志、人が積み重ねる年月や経験を、人が織り成す社会を、ヒトという生物の可能性を馬鹿にしていませんか?」
「くくっ、その通りだ、ラインブルグ。遺伝子の優劣で全てが決まるような世界ならば、既にコーディネイターが世界を制しているさ」
非常に楽しそうに嘲笑を浮かべるエヴァ先生だがって……、本当に楽しそうだな、おい。
「だいたい、コーディネイターという存在は少々遺伝子を弄って、生物としてのヒトの能力が引き出しやすいように強化されただけであって、人である事には変わりはない。当然、様々な形で磨かれなければ光る事もない」
「そこに努力がなければ、宝の持ち腐れ、豚に真珠、猫に小判、って奴ですか?」
「そうだ。プラントでよく謳われている、コーディネイターなのだからナチュラルよりも優れた超人であるのは当然だ、という主張は、ファースト・コーディネイターであるジョージ・グレンが示した一連の活躍から生み出された、一種の幻想に過ぎん」
流石は毒舌家、等と思いながら俺も口を開く。
「いやはや、随分、たくさんの人がその幻想に踊らされてますね」
「ふん、まっとうな歴史……古い家柄や連綿と続く血脈を有する者達はそんな甘言に踊らされてはおらんさ。踊ったのは、一代の成功者や時流に乗り、新しく興隆してきた者達だ」
「あー、つまり、周囲から成り上がりと謗られない為に、何らかの社会的なステータスを求めている人達ですね」
「そういう事だ」
成り上がりが本当の意味で上級階級の仲間入りするのって、大変だって聞くからなぁ。
「その者達が挙って投資した結果、第一世代となるコーディネイターが次々に生み出された。そして、第一世代コーディネイターの内、一流の教育環境を得た者達が、各分野で一定の実績を残したのだ。……それがまた、先のコーディネイター幻想をより強化したのだろうな」
そう言って、一度言葉を切ったエヴァ先生は、再び、口元を歪める。
「だが、そういった成功の影で、ナチュラルよりも頭一つ抜けた程度の能力しか得られなかった者達が数多くいた」
「成功の影の失敗って奴ですか?」
「この場合は勝利者の下に積み重なった敗北者とも呼べなくもないな。……そういった連中が、高みに達する事ができぬ自分達を慰める為にも、自分達を他よりも優れた存在であるとする、コーディネイター超人信仰を強く信じ始める」
「なるほど、劣等感で傷ついた自尊心を回復させる為に……」
「ああ、自分達と周囲に数多くいるナチュラルと対比する事でな。そして、それが、様々な分野で成功を収めているコーディネイターを嫉視し始めていたナチュラルとの間に更なる軋轢を生み出し、亀裂を深める要因にもなった。そして、今に至るナチュラルとコーディネイターの関係が生み出された訳だ」
うへぇ、デス・スパイラル、ここに発生って感じだ。
「やれやれ、人類の新種を名乗ろうが、所詮は、業深き人、ってことですか」
「新種と言うよりも、むしろ身体だけ大きく強くなった子どもに近い存在だろう。だいたい、考えてみろ、コーディネイターを生み出した遺伝子コーディネイトにしても、不完全な存在である人が作り出した技術だぞ? 不完全な存在から生み出される存在も不完全のものしかできないのが自然であり、当然の理だ」
エヴァ先生の語った内容に頷き返すが……、コーディネイターであるエヴァ先生と俺が、コーディネイターに対して否定的な意見を持つのも面白い話だよなぁ。
っと、そろそろ、話を元に戻すか。
「でも、エヴァ先生、このデスティニープランって、上手く使えば、社会のセーフティネットとしては使えそうですよね?」
「うむ、確かに、社会のセーフティネットとして、また、自身の遺伝的適正を知り、就労の際の参考にする上でも、非常に有用だろうとは思うが……」
「……思うが?」
「ふんっ、お前らしくない、見落としだな」
「えっ?」
「……ここだ。本当に、さり気なく、面白い事が書いてある」
エヴァ先生の綺麗に手入れされた細い指先が、資料の一点を指差したので、読んでみる。
「なになに……、デスティニープラン構想実現の為に、四月までに全ザフト党員を対象に遺伝子適性検査を実施し、それぞれの適正にあった役職へと配置転換する事で、その効果を確認する事にする、ですかって……、もしかして、これ、ザフトのリストラですか?」
「そうだ。実にしたたかだな、ギルバート・デュランダルという男は」
確かに……、自身の施政の邪魔になる連中を排除する、良い口実になるな。
「とはいえ、今のザフト構成員が、特に権力を握っている連中が、黙したまま、容認すると思うか?」
「……ないでしょうねぇ」
あんたの遺伝子は政治家として不向きだから、明日からは別の仕事をしてね、だなんて言われる危険を、今の支配層が、特になんでこんなのが幹部をやっているんだ、って疑問符が付くような連中が容認する可能性は非常に低い。
「くくっ、おそらく、プラントで……、特にL5で、何らかの事が起きるぞ、ラインブルグ」
悪辣な笑みを浮かべたエヴァ先生が言い放った言葉は、十日後、現実に実証される事になる。
プラント本国……L5コロニー群でのクーデター発生の報である。
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