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第三部  導なき世界の中で…… (C.E.72年-C.E.75年)
66  謳われる理想 -デスティニープラン 2


 早くも一月が行ってしまい、二月になったが……、夏真っ盛りのオーブ本国は、今、熱く燃えている。

 なんとなれば、先に復活が宣言された議会で国民に開放される下院、その二百ある議席を巡って、大アスハ共栄党とか、四島連合とか、オーブ共産党とか、獅子と百合とか、国民労働戦線とか、カガリ様を護る有志の会とか、民主共和党とか、ハウメア社会統一同盟とか……、主だったものだけでも、片手指で足りない数の政党が擁立した、六百人以上の候補者達が、流石に〝実弾〟は飛び交っていないが、各々の主張を熱弁し、熾烈な選挙戦を繰り広げている為だ。

 もっとも、〝名義上〟はオーブの宇宙施設であるアメノミハシラやL3で建設が続いているコロニーだが、本国と距離を置く半独立国的な存在であるという事情に加え、実質的指導者であるサハク准将が健在で、特にこれといった問題も起きていない事もあって、オーブ本国の国政選挙には加えられていない。

 この辺りは、先の話し合いで取り決められた事なんだろう。

 そういう訳でアメノミハシラに関しては落ち着いた感があるのだが、居住区画に店を開いた公認ブックメーカーによる当選者や政党別の当選者数を当てる賭けが行われている事から市民からの注目が集っており、それなりの関心が持たれているそうだ。

 まぁ、注目する動機が不純かもしれないけど、関心が集らないよりはいいよね、うん。

 とにかく、オーブ行政府はこの国内の熱い状況を外交で巧みに利用しており、議会開設によって云々、これまでのオーブから脱却云々、権力の分散によって云々、国民視線から監視云々、議会による更なる調査を約束云々と、失墜した国際信用を回復させるべく、形振り構わぬ外交攻勢を仕掛けているようだ。

 そんな外交攻勢は、責任者の詰め腹や実際に展開されている選挙戦といった事実もあって、功を奏しているらしく、自身も後ろ暗い所がある大西洋連邦やその手下である新地球連合構成国は早くも矛を収め、他のユニウス条約加盟諸国からの批判も和らぎ、爪弾きにされそうだった状況から加盟各国の査察官で構成する合同査察団を受け入れるべきだとする論調に変化している。
 また、〝聞かん坊〟なプラントにしても、ジャスティスの件は既に過ぎたことである上、下手に突き過ぎて、サトー達テロリストがザフトの一派と繋がっている件を再び蒸し返されては拙いとでも判断したのか、合同査察団を受け入れれば、許してやんよ的な声明を発表していたりする。

 国民の政治への関心が俄かに高まり、これを利用して他国からの批判の矛先を逸らしているオーブから視線を世界へと移すと、新地球連合とプラントとの戦争は、双方共に敵本拠地への攻勢に失敗した為か、地球と宇宙、両戦域において、以前と同じく、巡回中の遭遇戦や勢力圏が接する箇所での小競り合いに終始する状況……、つまりは、小康状態に入っている。

 だが、少し落ち着いているとはいえ、ユニウス・セブン落下テロを切っ掛けに始まった、この戦争は、被災地の復興に必要となる物資を入手し辛い状況を生み出しているだけに、地球市民の間に厭戦ムードが徐々に広まっており、これに伴なって、両国への視線が厳しい物になってきている。
 そんな空気もあって、戦争を煽ろうとするブルーコスモス強硬派や懲りずに武力弾圧を繰り返しているファントムペインのような過激派に対する風当たりが強くなる一方で、コーディネイターの存在は容認できないが戦争もまた望まない市民の間では、コーディネイターをナチュラルに自然回帰させる事を目指すブルーコスモス穏健派への支持が広がり始めている。

 うむむ、昔からある、北風と太陽の寓話に似た匂いがする話だよなぁ。


 ◇ ◇ ◇


 2月17日。
 俺とレナ、それにマユラが国防宇宙軍による召集期間の終了まで、後一ヶ月弱になったが……、非常に残念な事が総司令部から通達された。

 新地球連合とプラントとの戦争が終わらず、余波で攻撃を受ける可能性が残っている事から、予備役召集期間が一年延長されることになったのだ。

 ……すぐ近くで戦争が行われているって、予断を許さない状況だけに仕方がないとはいえ、ゴールまでの距離が大きく延長されてしまい、切ないわぁ。

 はぁ、いつになったら、給料泥棒の日々がやってくるんだろう。

 だなんて事を思いながら、宇宙軍が占有するエリア内にあるMS用シミュレータールームで、レナが指揮するウルブス小隊とアメノミハシラ防衛隊防衛MS大隊第二中隊所属機との戦闘訓練を監督している。

 こういう訓練をする余裕ができたのも、日常的な小競り合いが続いていたL1戦線が、旧ユーラシア連邦軍と旧東アジア共和国軍の艦隊戦力がユーラシア共和連邦軍に統合再編する為にアルテミス要塞やL4に退いたり、大西洋連邦軍もまた、リ・ジグルを主力とするプラント国防軍の一大攻勢によって相当の打撃を被り、L4への撤退に追い込まれた事で落ち着いた為だ。

 戦力で劣っていたプラント国防軍が大西洋連邦軍を撃退し、L1を保持できたのは、やはり、リ・ジグルの強さ……というよりは、ザフトと同じ国に属しているとは考えられない程に、堅実なのに外連味があり、個々でも強いのに組織的に動けるという、他国軍のMSパイロットより明らかに一段上なMSパイロット達の力量やそれを支え続けられるだけの裏方、更には、ユーラシア共和連邦軍が再編の為に退くって幸運があったからだろう。

 本当に……、ベテラン揃いのプラント国防軍だけは、敵に回したくないもんだ。

 化け物染みた元同僚達と戦うという想定を脳裏に浮かべて、怖気を感じていると、遊び、もとい、防衛隊のMS隊や俺抜きのウルブス小隊の戦力把握に来ているアサギが話しかけてきた。

「……強いですね、ウルブス」
「ああ、それぞれがそれぞれに強みがあるからな、上手く噛み合った時は強力だ」

 俺が抜けたウルブス小隊は、前衛として近距離での強襲を仕掛けるマユラと中・近距離での射撃でマユラの援護を行うコードウェル三尉の二人を、後衛のレナが小隊指揮を取りながら、中距離での射撃で支援している。

「けど、それも、全ての面で一定以上の技量を持っていないと、連携が崩された時に脆い。レナは近接格闘戦が弱点だし、マユラは逆に中距離射撃戦での読み合いが甘い。コードウェル三尉は技量的な面では特に弱点はなくて、全てに対応できると言えるが、まだ経験が足りてないから、周囲や状況を把握する能力が低い」

 まぁ、レナに関しては、ずっと俺の僚機を務めてきたから、仕方がないといえば仕方がないんだが……、これからの訓練では、弱点の補強もしていった方がいいだろう。

「え、えと……、さ、三佐? 私から見れば、三人とも、十分に、一定の技量を持っているように見えますが?」
「えっ、そうなのか?」
「は、はい。宇宙軍では、トップクラスの腕だと……」

 うーん、そうなのか。

 ……でも、例え、そうだとしても、だ。

「いや、一尉、仮にそうだとしても、命が懸かる戦場では絶対はない、何が起こるかわからない場所だ。なんらかのアクシデントで、自身の能力を十全に発揮できないかもしれない。でも、地力が底上げできれば、生き残れる可能性は高まる。なら、腕を磨けるなら、とことん磨き抜いた方がいい」

 これはプラント保安局時代に叩き込まれ、ザフト時代の訓練方針の基礎となった物なんだけど、当たり前のことだし、誰でもやっていることだと思う。

「……ん、どうした?」
「あ、いえ、ザフト時代の三佐と、その部隊が精強だった理由がわかった気がします」
「いや、普通の事だぞ?」
「口で言うだけだと容易いですけど、実際に為し遂げてみせたのとでは、大きく違います」
「あ、あー、それは、俺の部下が自覚して、必死に努力した結果さ」

 あ、いや、そ、そんな凄い人を見るような目で見ないでぇ!

 思わず身悶えしそうになるほどに恥ずかしさを感じていると、それを察したのか、アサギは話題を変えてくれた。

 このあたりの機微を量れるあたり、アサギって、ええ女やわぁ。

「そういえば、今日はどうして、レナさんが指揮を?」
「今日は訓練監督っていうか、訓練と戦力評価をするからってのもあるが、レナの指揮を客観的な立場で見てみたかったんだよ」
「レナさんの指揮を、ですか?」
「ああ。撃墜されるつもりは更々ないんだが……、現実はそう甘いもんじゃないし、前の時みたいに突発的な用件で俺が指揮を出来なくなる時だってある」
「……撃墜される事はあまり考えたくはないですが、そうですね」
「だろ? でも、その時のレナの指揮が拙かったら、他の小隊員の命まで危険に晒す可能性が高くなる」
「では、この後のデブリーフィングでは、レナさんの指揮を主に?」
「まぁ、全体の評価が終わって、向こうの中隊長……ナカセ一尉と今後の訓練方法を話し合った後でになるけどな」

 でも、レナの小隊指揮は、ザフト時代にやった模擬戦の時よりも段違いに良くなっている。

 ……アメノミハシラに移ってからは、後衛として狙撃や周辺警戒をする為に、戦域を俯瞰していた事が役に立っているのかもしれないな。

 っと、そうこう言っている間に、レナがマユラの足元に潜り込もうとした一機を撃ち落しているっていか、今ので第二中隊全機が撃墜ないし戦闘不能か。

 本日、二回目の戦闘は、一回目の戦闘で成功した、数の利を活かした包囲殲滅戦を行おうとした第二中隊に対して、レナ率いるウルブスが高速機動戦を展開すると共に、ダミーバルーンを上手く使ったトリックプレイで翻弄して、中隊から小隊、小隊から各個という具合に分断した後、立て続けに撃破していった形で終了した。

 これを損失なしで成し遂げたのだから、レナの指揮能力は十分といえるだろう、だなんて事を考えながら、各シミュレーターに通信を繋いで、以後の予定を告げる。

「こちら、ラインブルグだ。これを持って、模擬戦闘を終了する。二十分後に、デブリーフィングと訓練評価を行うので、両隊隊員はブリーフィングルームに集合するように。……以上だ」

 各シミュレーターからの了解の声を聞きながら、俺に、手伝いますと一声掛け、シミュレーター用管制端末から先の模擬戦闘に関わるデータ類を携帯端末に移しつつ、説明に使用する分をアウトプットし始めたアサギに、気になっている事を尋ねてみる。

「……アスハ代表の行方は、まだ、わからないのか?」
「はい……、依然として、行方はわかっていません」
「そうか」

 碌な追跡もしなかった上、現場部隊から報告された内容にしても信憑性が薄い為、アスハ代表を拉致したジャスティスと〝足つき〟……アークエンジェルの行方は、自国内で事を収拾できなかったという恥を忍んで、他国の協力を得て、情報の提供を受けたり、捜索に協力してもらったりしているのだが、まったく把握できていない。
 もしかしたら、他国の物も含めた偵察衛星や観測衛星からの写真にも写っていない所から考えて、海にでも潜ったのかもしれないな。

 ……。

 しかし、望まない結婚式から好いた男に拉致っていうか略奪されるのって、どんな気分だろう。

 うーむ。

「このまま見つからないままでいた方が、アスハ代表個人にとっては幸せかもしれんな」
「三佐?」
「なに、独り言だ」

 思わず出てしまった言葉を誤魔化す為にそう言い繕うと、アサギは明らかに演技が入った物悲しげな視線をこちらに流しつつ呟いた。

「私がいるのに、独り言なんて……、酷いです」
「おっと、これは失礼した」
「なら、先程の言葉の意味を教えてください」
「いや、言葉通りの意味さ。女として、好いた男と一緒にいられる方が幸せなのかなってな」

 そう言った俺に対して、アサギは、今度は本当に寂しそうな表情を浮かべて言った。

「そうかもしれませんが……、カガリ様はそれを良しとしないでしょうね」

 氏族としての、代表首長としての責任感って奴か……、偉い人も大変だ。

 オーブ氏族、そのトップに立つ人達を知るにつれ、感じるようになってきた感慨を抱きながら、話題を少し逸らす為に、口を開く。

「でも、実際、どうなんだ?」
「なにがですか?」
「いや、アスハ代表が拉致された状況なんだけど、女としてみたら、ああいう風に望まない結婚式で好きな男から略奪されてみたいものなのか?」
「うーん……、ああいう事に憧れがないわけじゃないですけど」
「……けど?」
「はい、略奪する方が面白そうです」

 えー。

「ふふ、アインさん、半分は冗談ですから、そんな顔をしないで下さい」

 そうは言ったが、アサギから発せられる、色がタップリと込められた視線に絡め取られそうな錯覚が……。


 その後、データを準備する一連の作業を終えて、管制室から出るまで間、アサギのちょっとした仕草さにドギマギさせられると共に、さり気なく耳や首筋に吹きかけられる吐息や挑発するかのように押し当てられる胸の膨らみといった事に、我が息子や胸奥の獣が大いに刺激される事になった。

 ……いや、本当に、次の予定がなかったら、マジで、襲ってた可能性が高かったわぁ。
11/12/23 誤字修正。


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