第三部 導なき世界の中で…… (C.E.72年-C.E.75年)
65 謳われる理想 -デスティニープラン 1
これでもかっ、これでもかっ!
っていう位に、事務方と警護方の両方からこき使われた、オーブ本国滞在が終わり、アメノミハシラに帰ってきたが……、滞在期間中の、命を削るような、凶行スケジュールでの仕事はもう二度としたくない。
いや、本当に、二十四時間どころか、四十八時間に渡る、睡眠休憩なしでの心身のフル稼働状態は、流石に鬼っていうか、酷すぎるとしか言いようがなかった。まったくもって、イシカワ三佐がさり気に差し入れてくれた、一箱のリ・バイパーがなければ、絶対に倒れている所だった。
そんな調子でなんとか帰宅した際には、俺の余りにも疲れ切った表情にレナやマユラ、それにミーアから、大いに心配されてしまったモノだが、その晩に、疲れすぎて元気になっていた我が息子共々、風呂で寝床で、三人からゆっくりと癒してもらったので元気です、はい。
げふげふ、そんな俺のけしからん近況は置いておいて……、代表首長が拉致されるという前代未聞の醜態を晒したオーブ本国だが、ウナト・エマ・セイラン宰相の下、各国への必死の弁明が行われる中、議会の復活が宣言され、今は下院議員の選出選挙に向けて、大童の状況らしい。
代表不在の状況を何とか補う目的で召集される事になった議会に対して、オーブ国民は戸惑いと不安、それに期待といった心情で揺れ動いているようだ。
まぁ、今まで代表首長や五大氏族におんぶに抱っこの状態だったのが、突然に、お前らも政に参加せぃ、ってお上に言われた状態だから、わからないでもない。
わからないでもないが、これもまた、起きてしまった事を収める為に止むを得ない事であり、言い方は悪いが、自分達の国の大事や面倒事を他人に全て任せ、ぬるま湯につかってきた代償って奴だ。
本国に住まう国民の皆さんには、頑張っていただきましょう。
……まぁ、アメノミハシラも、他人事じゃないけどね。
◇ ◇ ◇
1月25日。
自身の小隊に復帰し、即応部隊の一員としての通常任務に戻ったのだが、初っ端から興味深い情報が入ってきた。
「ほら、先輩、これです」
「……ほー、こいつが、L1での小競り合いで観測されたって言う?」
「ええ、哨戒に当たっていた防衛隊のハガネ級が観測、撮影したものです」
ウワツ内の待機室にて、レナから見せられているのは、ダガーLに対して有利に戦闘を進めているグレイ系の染色を施した一群のMSの姿だ。
そのMSの少し細めの頭部には、ヨットのメインセイルの如く、直立して突き立っている放熱板を兼ねていると思しき黄色いセンサーブレードとモノアイが見える事から、間違いなく、ジンやシグー、ゲイツといったMSに連なるものだとわかった。
「プラント国防軍の新型みたいだな」
「はい、なかなか、手強いみたいですよ」
「……ああ、確かに、手強そうだ」
MSの全体的なシルエットだが、ジン系列が多用するような曲線にゲイツやその改修機が持つような直線を組み合わせるというか、シグーにゲイツを足して割ったっていうか……、うーむ、ゲイツにジン系列とシグーの特色を加えて、そこから極限まで贅肉を削ぎ落とした感があるのだが、それがまた、ザク・ウォーリアとはまた違った骨太さっていうか……プロヴィデンスにも通じる、マッシブさを感じさせる。
それに加えて、装備している兵装にしても、背中にザク・ウォーリアで採用されているのと同じバックパックを背負っていたりするが、右手に形状こそ異なるが、ビームアサルトの速射モードのように断続的にビームを撃ち出すビーム兵装を装備し、反対側にはゲイツが装備していた攻防盾に似たシールドを装備するだけと、至ってシンプルだ。
後、股間のバーニアが目立つのも特徴的だよなぁって、ん、んんっ……、それにしても、本当に、シンプルな兵装しかしてないのに、何故か不思議と力強さを感じさせるよな。
「名前はわかるのか?」
「えと……、実は詳細については……」
「【リ・ジグル(Re・Ggul)】よ、アインさん」
答えに窮したレナに成り代わって答えたのは、部屋に戻ってきたマユラだ。
「はい、プラント国防軍のMSに関する情報を、情報部からもらってきたわ」
「おー、ありがとう、マユラ」
ご褒美に頭を撫でて欲しいなぁ、って感じの甘え顔を見せたので、偉い偉いと頭を一頻り撫でてから、資料に視線を落す。
「くっ、やるわね、マユラ」
「ふふん、いつまでも、負けっぱなしじゃないわよ、レナ」
「むっ、き、昨日は、すぐにダウンした癖に」
「あ、あれは、アインさんが元気すぎたからよ」
……あーあー、聞こえなーい。
俄かに始まったレナとマユラのじゃれあいに、コードウェル三尉をパンサー小隊のシミュレーター訓練の見学研修に行かせておいて良かった、だなんて事を考えながら、昨日の今日、観測された為だろう、薄い資料を読み始める。
……。
ふむ、この資料によると、件のMS、リ・ジグルの諸元は全長といった外観しか、わかっていないらしいが、何故か、開発・製造元や国防軍での採用の経緯といった事に関しては判明しているようだ。
何故にそんな事が判明しているのかと不思議に思うが、情報部は情報部なりに、プラント国防軍っていうかL1に情報源があるんだろう。そう結論付けて、わかっている部分だけでも読むと……、このリ・ジグルってMSは【Refined Ggul】というのが正式名らしく、マイウス市に設置されていた旧ハインライン設計局でジンの後継機として設計されていた【ジグル(Ggul)】ってMSが、再設計を経て改修されたものみたいだな。
……リ・ジグルの採用経緯の前に、まず、ジグルってMSについて読むか。
なになに、ジグルはゲイツと平行する形で開発が進められていたMSであり、新技術を積極的に取り入れる方針のゲイツと異なり、ジンやシグー、ジンM型の実戦データを参考に、枯れた技術でジンの拡張性とシグーの運動性を併せ持つように、ジンに次ぐ汎用機として設計されていた。
もっとも、実戦データを収集していた事からゲイツより開発設計が遅れており、ようやく設計が終わった段階で、クルーゼ隊による連合製MSの強奪が行われ、幸運にも連合系MSに使われている技術の収奪に成功する。
連合製MSを手に入れた当時のザフト上層部は奪取した連合製MSの性能……実弾に強いPS装甲やMS用ビーム兵装を実現化した連合の技術に脅威を抱き、対MS戦も視野に入れたMSを短期間で開発すべく、設計局を横断した次期主力機の開発を決定、ゲイツがそのベースとして選ばれた。
更に現有戦力の底上げを目指したジンの改修と先のユニウスの悲劇を繰り返さぬ為、プラント本土防衛用にフリーダムやジャスティス、プロヴィデンスといった核動力機の開発が行われる事になり、ジグル開発計画は凍結され、余人の目に触れることなく、歴史の影にひっそりと消えて行く事となった、ね。
むむむ、そうだったのか、知らんかったって、続き続き。
そのジグルが再び日の目を見る事になったのは、ジグルの設計図を抱えていた旧ハインライン設計局がプラント国防軍創設を機に世界樹の種に移転して、プラント国防軍SWT(Seed of World Tree)工廠設計局になった事に加え、プラント国防軍の主力MSの更新が遅れていたというか……、ザクの正式名称が、Zaft Armed Keeper of Unityと、ザフトの為のMSって明確に位置付けされた為、ザク・ウォーリアを国防軍に配備できなくなるという、子ども染みた〝大人な事情〟からである。
いや、プラント国防軍とザフト軍事部門との仲が悪いってのは知ってたけど、ここまでとは……、て、また脱線したな、続きをっと。
えーと、ザフトからの嫌がらせにより、新型機への更新が望めなくなったプラント国防軍が周辺国が新型MSに更新して行く中、既に拡張限界になっているゲイツ改修型では対抗できないと悩んでいた所に、旧ハインライン設計局がL1に移転する為に行われた荷物整理で、ジグルの設計図が発掘される。
藁にも縋る思いで、ザフトが忘却していたジグルに一縷の望みを託したプラント国防軍は設計図通りにジグルを製造し、フィデル・デファン率いる試験チーム? ……デファンの奴、頑張ってるじゃないのって、まぁ、これは後でレナとの話題にするとしてだな、んんっ、フィデル・デファン率いる試験チームが試験運用して、ジグルの問題点や欠陥を洗い出す事になった。
その地道な試験運用で洗い出されたジグルの問題点や欠陥情報と先の戦争でのMS運用から得た多種多様なノウ-ハウ、更には僅か数年の間で劇的に進歩したMS関連技術を元に、プラント最高評議会議員を辞した後、L1に移住していたユーリ・アマルフィ……ザラ夫人の友人であるミズ・アマルフィの旦那さんに、再三に渡る懇願を行うことで再設計を担当してもらい、国防軍の主力MSリ・ジグルが生み出された、か。
う、ううむぅ、MSを開発する経緯だけでも、ユウキやリューベック司令、ラブロフ隊長にロメロ達の苦労が透けて見えてくる内容だったなって、何だ? ここだけ走り書き?
『私も、完成間近に起きた〝歌姫〟の暴挙によって、凄惨な開発となったプロヴィデンス計画に参加するまでは、ジグルの開発に参加していたので、リ・ジグルという名に不満は無い。無いのだが、わざわざ再設計までして刷新したのだから、景気良く名前を変えてみるのも良いだろうと考え、開発担当技官の一人として【Battledress of Armed Resistance to ZAFT Aggressive Mission】の略で【BARZAM】と名付けたいと国防軍幹部会議の場で申請してみた。が、苦笑するリューベック司令官やラヴロフ防衛総隊長、頭を抱えたユウキ主席後方支援担当官、豪快に笑うロメロ主席訓練担当官等の国防軍上層部によって、わざわざこちらから波風を起こす必要もあるまいと、やんわりと却下されてしまった。ぎぎぎ、国防軍の開発予算を分捕りやがったザフト統合開発局のクソ野郎どもを挑発、げふげふ、せめて一矢報いたかったのだが、非常に残念である』
……うあぁ、生の聞き取り書きか?
し、しかし、本当に、仲が悪いのね。
そんな感慨を抱きつつ、再び、視線を記録映像に移すと……、ダガーLがほうほうの体で撤退して行く所だった。
昨今の状況っていうか、本国の置かれる状況次第で、アメノミハシラもプラントから攻撃される可能性が出てきているが……、できれば、知り合いとは戦いたくはないもんだなぁ。
あまり想像したくない未来について考えていると、俺が資料を読み終えた事に気付いたのか、レナとのじゃれあいを止めたマユラが話しかけてきた。
「そうそう、アインさん、この資料を出してくれた情報部の人……イシカワ三佐が、よろしく伝えてくれって」
「ああ、イシカワ三佐がこれを?」
「うん、資料は他の連中には内緒で頼むって。あ、後それと、ラインブルグ三佐を話題にできるお陰で、L1での情報収集は楽だって」
おーい、ユウキよぅ、肝心の諸元が出ていない所を見ると大丈夫だとは思うが、もう少し、プラント国防軍は防諜意識を高めた方がいいと思うぞ。
なんて事を思った手前、資料は焼却処分しておこうと心に決めていると、マユラが神妙な顔をして、また口を開いた。
「ところで、アインさん」
「ん、なんだ?」
「これから、オーブって、どうなるの?」
「いや、それは俺も誰かに教えてもらいたい所なんだけど」
「もー、もったいぶらないでよ」
いや、別にそんな意図はありませんが、マユラも真面目な顔をしているし、ちゃんと答えておこう。
「聞き知った情報だと、どこかの陣営に組する可能性が一番高いな」
「それって、やっぱり大西洋連邦?」
「……不満か?」
「んー、不満って訳じゃないんだけど、複雑」
自身の短い髪を弄りつつ、マユラは続ける。
「戦争だったんだってわかっているけど、国を破壊されたし……、同じ小隊の仲間が落された事もあるから」
「そうか……」
……理性ではわかっていたとしても、どうしても、感情にしこりが残ってるってことか。
比較的冷静というよりは、オーブという国に拘らなくなったマユラですら、大西洋連邦に対する感情が負の面に傾いているのに、戦闘に巻き込まれて被害にあったり、肉親や知人を亡くしている市民や、実際に戦闘した軍属だったら、尚更だろう。
それに軍属に関しては、最大派閥であるアスハ派が前代表が自爆して死ぬ要因を作った大西洋連邦と手を組む事を良しとするとは、到底、思えないんだよなぁ。
まずい事が起きなければいいが……。
今後のオーブの事を考える俺とマユラが黙り込んでしまって、ちょっと固くなってしまった部屋の空気を入れ替えるかのように、今度は、レナが資料を指差しながら口を開いた。
「先輩、話を戻しますけど、L1のプラント国防軍とL5や地上のザフト、使っているMSが違うのって、何故なんでしょう?」
「ああ、その理由なら、この資料に書いてあるよ。後、レナもちょっと驚くかもな」
「……驚く?」
小首を傾げるレナに、頷き返しつつ、資料を手渡す。
「まぁ、読んでみなって」
「は、はい」
「あ、私も」
レナとマユラが二人揃って、資料を覗き込んで読み始めたが……、二人が顔を寄せ合うのを見ていたら、ちょっと、昨日の晩の光景がフラッシュバックして、我が息子が元気に……。
休め……、今はまだ休むべき時だ。
そうだ、次のラウンドまでって、あ、立つなっ。
立つんじゃないっ、おい、こら、まだ早い、立つな!
今は休んで、体力を回復させるんだっ!
だなんて、ボクシング漫画チックに我が息子と戦っていると、レナが驚嘆の声を上げた。
「せ、先輩! デファンの名前が出てますっ!」
「ああ、驚いただろう?」
「は、はい。……そっか、サリアが元気にしてるって言ってたけど、デファン、自分のやりたい事で、頑張ってるんだ」
「むー、二人だけで通じ合わないでよ、もぅ」
「あ」
「す、すまん、マユラ」
口を尖らせているマユラの機嫌を伺うが、ちょっとした不満を表明しただけで、特に怒ってはいないらしく、すぐに普段の顔に戻すと質問してきた。
「それで、このフィデル・デファンって人、二人の知り合いなの?」
「ああ、俺が小隊長として、最初に小隊を組んだ時のメンバーだ」
「ええ、私にとっては、訓練校時代の同期で、先輩の小隊に配属された時からの同僚」
「あー、そっか。私にとっての、アサギやジュリみたいなもんなんだ」
何やら納得したように頷くと、マユラは微笑む。
「よかったじゃない、アインさん、レナ。その人、元気に活躍しているみたいで」
「まぁ、さり気に気配りが利く奴だったし、上手くやっているだろうとは思っていたが、ある意味、プラント国防軍の命運が懸かるプロジェクトに参加するまでになっているとは思ってなかった」
「本当ですよね。でも、こんな所で名前を見るとは思ってもなかったけど、元気そうで良かった」
レナと二人してうんうんと頷いているが……、一人外れているマユラが少し寂しげだ。
……恐らく、小隊を組んでいた仲間の事を思い出しているんだろう。
そのMIA認定を受けた仲間……ジュリ・ウー・ニェンは、未だに発見されることも、生死に関わる証言も得られないままだが、マユラとアサギは生存している可能性を信じ、諦めていない。
俺も少しでも協力しようと、宇宙軍や親父、グループのおっさん連中にも情報収集のお願いをしておいたが……、流石に情報が入ってくる事がないんだよなぁ
マユラから聞きだした時に、せめて知り合いのジャンク屋と連絡が取れていれば……って、そういえば、昨日、シゲさんから、そいつが火星から帰ってきてるって、聞いたな。
……うん、これもいい機会だし、挨拶ついでにジャンク屋の間で何か情報がないか探してもらおう。
協力の対価には、マリーネ用電磁場式シールドの試作品辺りだと喜びそうだなぁ、なんて事を考えつつ、日常業務の一つである訓練計画や経費計算、訓練施設使用許可申請といった書類作成を始める為に、二人に声を掛けた。
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