第三部 導なき世界の中で…… (C.E.72年-C.E.75年)
64 愚者の夢想 -オーブ代表首長婚礼 4
アスハ代表首長がジャスティスに乗ったアスラン・ザラ……じゃない、アレックス・ディノによって拉致されてから一夜明けたのだが……、その行方はようとして知れず、オーブ国内は何処も彼処もてんやわんやの大騒ぎだ。
オーブ政府がアスハ代表の拉致に関わる正式な見解を一切示さずに沈黙している中、国内のマスメディアは挙って、アスハ代表が拉致された時の映像を繰り返して放送すると同時に、結婚式会場の警備体制の不備やユウナ・ロマ・セイランの情けない姿、拉致を許した国防軍の動きが批判しつつ、実行犯が何者なのか、動機は何なのか、いったい何処に連れ去られたのか、といった事を、コメンテーターや評論家がドヤ顔で話をしている。
また、市民の間では、あれはカガリ様が仕組んだ狂言でユウナ・ロマ・セイランとの結婚が嫌で逃げたんだよ、とか、代表が拉致されたら国の舵取りは一体誰がするんだ、とか、セイラン家が権力を我が物にする為に大西洋連邦と組んでやった陰謀なんじゃないか、とか、だから、俺はずっと前から言ってだろう、この結婚は駄目だって、とか、今回の件ではっきりとわかった、無能な軍は解体してユーラシア共和連邦に参加させてもらうべきだ、とか、所詮、氏族連中がトップの首を挿げ替えるだけで俺達には関係ない、とか、あのMSに乗ってたパイロットはきっとカッコいいイケメンだって、私の乙女心が叫んでるわ、とか……、実に様々な意見と無責任な噂が混沌と溢れ、社会に更なる混乱を呼び込んでいたりする。
もっとも、オーブを取巻く状況は、国内マスメディアが垂れ流す情報やオーブ国民が考えている程にはお気楽なものではなく、予断を許さない状態だったりする。
というのも、会場を襲撃した二機MSの内一機……ジャスティスが核動力で動くMSであり、また、逃走したジャスティス等が行き着いた先というか、機体を収容したのが、先の戦争以来、長らく行方知れずになっていた〝足つき〟……アークエンジェルであったからだ。
あ、いや、これだけだと、特にオーブにとっては問題ないとも取れるんで、より正確に表現すれば、そのジャスティスとアークエンジェルがアカツキ島……モルゲンレーテ社がアカツキ島に所有する施設から出現した事を、複数国の偵察衛星によってばっちりと観測されてしまった事が、非常に拙い事態を引き起こしているのだ。
なんとなれば、ジャスティスはオーブも加盟しているユニウス条約に違反する核動力機であり、アークエンジェルは大西洋連邦軍から脱走した後、掲げる旗色も鮮明にしないまま戦争に乱入してきた、第一級の国際テロリスト達の乗艦というか、戦力だからだ。
昨夜は情報収集の為に、オロファト市内や官庁街で色々と動き回っていたらしいイシカワ三佐から聞いたが、オーブ外務省には早くも旧連合構成国、特に大西洋連邦大使館からアークエンジェルに関する問い合わせが来ている他、プラントからもジャスティスに関する問い合わせが来ているらしい。
更にはユニウス条約加盟各国からも、ジャスティスってMSは確か核動力機と聞いた覚えがあるんだが、それってユニウス条約違反の代物じゃないか、どうして、そんな物を持ってるんだ? しかも、前の戦争からずっと秘匿していたなら、最初から条約を守る気なんてないってことじゃないか、っていう指摘と遺憾の意が相次いで届いているとの事で、担当者の間では、もー、おわたー、的な空気が流れているそうだ。
まぁ、今回の騒動で、これまで新地球連合とプラントとの戦争を収めるべく、積極的な仲介といった事に乗り出して、地道に築き上げてきた実績どころか、これまでの国際信用が一気に吹き飛んだからなぁ、外務担当者がそういう気持ちを抱くのもわかる気がするよ。
実際、今回の件に関して、納得がいく説明がない限り、オーブの仲介で停戦なんてできるわけがないって、新地球連合とプラントから通告っていうか、見切りをされているみたいだしね。
……何にしろ、昨日の今日で、オーブって国は国難の時を迎えたって事だよなぁ。
そんな具合に、他人事のように、オーブ本国を取り巻く状況について考えている俺だが、今、オーブ行政府にいたりする。
とはいっても、別に何かをしているわけではなく、アスハ代表が拉致された事で、また、付随して発生した数々の問題と今後の政権運営について、政府の対応を決める会議に臨席しているサハク准将のお供の一人としてである。
という訳で随員控え室にて会議が終わるのを待っているのだが……、予想以上に行政府の内部はピリピリとした空気が流れており、下手に他の随員と話をする事もできず、ただ、黙して会議の終了を待っている状況だ。
今日の会議に出席しているのは、五大氏族……アスハ代表がいなくなった為、四つの首長家家長の他、各省庁のトップ、中級及び下級氏族から若干名、である。
ちなみに、この会議に軍部代表者が参加していないのは、先のアスハ代表が拉致された際に、軍部隊が捜索や追跡行動をサボタージュする動きに出た為だそうだ。
更に付け加えれば、昨日の段階で雁首を揃えて置きながらアスハ代表が拉致されるのを許してしまった責を問う形で、既に宇宙軍を除いた四軍の上層部の更迭及び刷新と当直指揮官や警備担当、追跡任務責任者の予備役編入や左遷が決められていたりする。
そりゃ、自分の所の元首が拉致されたってのに、ワザと見逃すなんて、普通、考えられないよなぁ。
っと、特別会議室の扉が開いたって事は、俺の感覚的には長かった会議も終わりかね?
首席副官であるフルヤ三佐が開いた扉から出てきたサハク准将に素早く付き添うのを眺めつつ、隣に座って居眠りをしているイシカワ三佐を揺すり起こす。
「んぁ? ……もう会議が終わったのか、ラインブルグ三佐」
「ええ、終わったみたいですよ」
「なんだ、もう少し踊るかと思ったんだが、意外と早かったな」
「いや、今の状況だと、そんな余裕はないでしょうよ」
「それは違いないんだが……、なんていうか、お気楽な国民の皆様を見ていると、そう感じてしまってなぁ」
……納得である。
でも、ここまで国民がアレなのって、やっぱり、氏族に政治を任せっきりにしてきたからなんだろうか?
それとも、歴代の首長が、自身の施政をしやすいように、国民の愚民化でもしてきたからか?
不思議不思議と、頭の中でオーブの謎をクルクルと回していると、今度はイシカワ三佐が俺の肘でつついて、サハク准将の移動を知らせてくれた。
「ラインブルグ三佐、俺は旧友達にちょっくら挨拶してくるから、サハク准将のお相手を頼む」
「……フルヤ三佐がいれば大丈夫だと思いますけど?」
「あー、奴はここ一年の間で准将の熱烈な信奉者になったからな。能力はあっても、どうしても、イエスマンにしかなれないから、話し相手としては不足さ」
「へぇ、そうなんですか」
「ああ、だから、ラインブルグ三佐が一番の適任さ」
「いやいや、俺も結構イエスマンですけどって、そうじゃなくて、イシカワ三佐なら、准将の相手を十分に務められるでしょう?」
「それ、よく周りから言われるけどさ、サハク准将の覇気に当てられると、今みたいな調子を出せなくなるんだよ」
「本当ですか?」
「本当さ。この三年程で、准将もかなり柔らかくなったっていうか……、寛容的になってるから、意見や報告をしやすくなったのは確かだけど、これまで以上に覇気も感じられて、圧倒される事が多いんだよ。……まぁ、ラインブルグ三佐、これも適材適所って奴さ」
イシカワ三佐はニヤリと曲者めいた笑みを見せると、密やかに行政府の廊下へと消えて行った。
その姿を見送った後、短い付き合いだけど、そうは見えないよなぁ、等と考えながら、俺も准将と合流すべく歩き出した。
◇ ◇ ◇
オーブ行政府からサハク家本邸……実質的には、アメノミハシラの在オーブ本国公使館的な存在と化している場所へと移動した後、随行団の佐官組が集められ、准将から今回の問題へのオーブ本国政府の対応について、簡単な説明を受けた。
その内容を簡略にまとめると、アスハ代表の捜索と奪還、アスハ代表が有していた国家代表権の一時停止、宰相のウナト・エマ・セイランの代表代行就任、形骸化していた上院下院の復活、議会への権限付与、失態を見せた国防軍上層部の刷新、モルゲンレーテ本社社長とアカツキ工場長の詰め腹、アスハ代表の傍らにいながらも護れなかったユウナ・ロマ・セイランの無期限謹慎、といった事が決定したそうだ。
それぞれの内容を細かく見て行くとして、まずアスハ代表に関わる事だが、捜索と奪還は当然の事として、代表権の一時停止というのはテロリストに強制されて国政を混乱させる恐れがある為の措置で、無事にテロリストからの奪還が叶い、心身が職務に耐えられると判断された後は解除されるとのことだ。
また、アスハ代表の代表権一時停止措置に伴なって、空位となる国家代表は宰相のウナト・エマ・セイランが代表代行として務める事になった。だが、これだけだと国民から、今回のアスハ代表が拉致されたのはセイラン家の陰謀だとか、セイラン家の事だから国政を私するのは間違いないだとか、いらぬ疑惑を招いてしまう為、形骸化していた上院下院を復活させ、基本的な権限……国内法の制定、予算の決定、決算の認定、意見表明権、検査権、監査権、調査権といった物が付与し、行政府を監視させることになった。ちなみに召集される議会は、上院が中・下級の氏族及び有識者で、下院が国民から選出された代表で、それぞれ構成されるって話だ。
最後に、軍上層部の刷新とモルゲンレーテ上層部の詰め腹、それにユウナ・ロマ・セイランの無期限謹慎の三つだが、一連の騒動で犯した失態の責任を取らせる為の措置である。
軍上層部に関しては自分の国の代表が拉致されたというのに追跡も満足にせずに見逃したという事もあり、当然というべき処断だが、モルゲンレーテ上層部とユウナ・ロマ・セイランには同情の余地がある。
何しろ、モルゲンレーテ社がアークエンジェルやジャスティスを秘匿していたのは、アスハ代表やそれに連なるアスハ派の連中が決めた事であったそうだし、花嫁を奪われたユウナ・ロマ・セイランなどは、まさに泣きっ面に蜂とも言うべきだろう。
まぁ、でも、どんな組織にしろ、上役というか責任者は責任を取る為に存在しているんだし、ユウナ・ロマ・セイランにしても、護るべきアスハ代表の後ろに隠れるような姿や腰を抜かした姿をマスコミに流され続けている以上、仕方がないだろう。
……でも、半国営とはいえ、一企業のトップと施設管理者の首を切ったくらいでは、アークエンジェルとジャスティスの件で大きく失墜した国際信用を回復させるなんて事は無理だろうなぁ。
そんな訳で、その点をサハク准将に意見してみたって……、うぁ、なんか、サハク准将斜め後ろに立っているフルヤ三佐が、サハク准将のパートナー役を務めたからって、調子にノンなよ、てめぇ、的な鋭い目でこっちを見てる気がする。
……いや、でも、これは知る機会があるなら、知っておきたい事でもあるので、気にしない気にしない。うん、そう、イシカワ三佐から前もって熱心な信奉者だって吹き込まれた事もあるから、そういう風に感じてしまっているだけで、ただの被害妄想かもしれないしな、うん。
それでも背筋にちょっとした悪寒を感じていると、サハク准将が一つ頷いて応じてくれた。
「ふむ、お前の言う通り、その詰め腹で事態が収拾されるわけではないのは確かだ」
「では、何らかの追加対応を?」
「代表代行がウナトである、と言えば、わかるだろう?」
……今の比較的に中立的な立場から、より新地球連合に近づくってことか。
確かに、大西洋連邦はユニウス条約を破っているって国際的に見られているから、上手くやれば、お仲間にしてもらえそうだな。
「……舵を切るってことですか」
「ああ、貿易立国であるオーブは他国から干されたら仕舞いである故に、少なくとも国際的な孤立は避けたい」
ジャスティス……というよりは、それに乗せられている軍事用ニュートロンジャマーキャンセラーの秘匿は、他国の警戒心を煽るのに十分すぎる代物だ。加えて、アークエンジェルとそのクルーの隠蔽は国際テロリストを支援していると判断できるから、軍事制裁まではいかなくても経済制裁の発動は十分にありえる。
「他の方策は?」
「早急に政府としての方針を打ち出さねばならぬ現状では、他に方策はないな。……今でもギリギリの所であり、ウナトの手腕に懸かる所も大だ」
そう言いながらも、眉間に皺を寄せている准将は、きっと今回の決定で、新地球連合とプラントの戦争にオーブが巻き込まれる事を懸念しているのだろう。
サハク准将の心情を推し測っていると、随行団事務方のリーダーである総務部のキウナ二佐が怜悧な目付きを和らげている眼鏡を押し上げながら、質問の声を上げた。
「では、閣下。今後、アメノミハシラをどのように動かすおつもりですか?」
「我らは表に出ず、あくまでも間接的に本国を支援する」
「……それで、よろしいのですか?」
「ふっ、気に食わぬか、キウナ?」
「今ならば、本国から……」
ちょーっと、危険な発言をしそうだったキウナ二佐の口を縫い止めたのは、サハク准将から真っ直ぐに向けられた眼差しだった。
そして、准将は静かに、まるで幼子に言い聞かせるかのように、自身の思いを述べた。
「聞け、キウナ。我はサハクであり、オーブの氏族である。そして、氏族であるがこそ、今の地位を得て、また、占め続けている。ならば、オーブの為に動く事は義務であり、道理なのだ」
「……出すぎた事を、申しました」
何とか、そう応えたキウナ二佐だが……、歯がゆいって顔つきだな。
だが、准将はそれを見事なまでにスルーして、締めくくる様に声を発した。
「思わぬ事態で混乱が起き、南アメリカや赤道連合との交渉も流れかけているが、本国政府への支援を行う為にも、必ず行わねばならぬ。しかし、宇宙も新地球連合とプラントの小競り合いが続く、油断ならぬ状況である以上、滞在期間もまた延ばせぬ。……よって、期間内に予定を終わらせる為にも、お前達の働きに期待させてもらうぞ」
周りの人達はキリッとした顔で立ち上がって、サハク准将に敬礼するので、一応、それに合わせるが……、なんてこった、一番、なったら嫌だなぁって、想定していた事態だよ。
うぅ、手隙人員だけに、こき使われる事になりそうだ。
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