第三部 導なき世界の中で…… (C.E.72年-C.E.75年)
63 愚者の夢想 -オーブ代表首長婚礼 3
緑に満ち溢れた環境の中、コロニーでは味わえない本物の〝空気〟……ユニウス・セブンの欠片と一緒に落下した後、最初に地上の空気を生で吸った時はその匂いのきつさに思わずむせた……を味わう散策から戻ってしばらくすると、結婚式に臨席する軍官民の出席者達が到着し始め、会場となる古神殿は更なる賑わいを見せ始めた。
そんな賑わいの中、流石というべきか、アメノミハシラという無視できない勢力のトップであるサハク准将の元には、官民の偉い人達がそれなりに挨拶にやってきたりする。
そうなると、自然、サハク准将の傍らに立つ俺にも値踏みや好奇の視線が向けられる事になり、対応に追われる事になってしまった。
その対応っていうのは、極簡単に言うと、ほほぅ、ラインブルグというと、ここ十年で急成長したという? とか、おお、あのラインブルグさんの所の息子さんですか、いや、我が社もお取引させてもらっているのですよ、とか、なるほどなるほど、見合い話を断ると思ったら、サハク卿は既に目星を付けておられたのですな、とか、今日のアスハ代表の婚姻に加え、サハク卿にも何やらご縁がある様子、これならば、我がオーブの先行きも安泰ですな、がはは、というように、相手が振ってくる話に合わせて、できる限り適当に、当たり差し支えなく合わせるという事だ。
何とか、サハク准将の面子を潰さない程度には頑張ったつもりだが……、あー、疲れた。
まぁ、でも、最低限の役目は……、独身であるサハク准将に近づこうとする蝿、つまりは、氏族の独身男達やボンボン息子達を牽制するという役目は果たせたとは思う。
まぁ、今も、じーー、っと、ちらちらとこっちを見て、隙を窺っている〝勇者〟達の姿が見えたりするがな。
……とはいえ、もうちょっとで結婚式の開始予定時刻である以上は、時間切れである。
本日の仕事はこれで半分終了、ってな感じに、のんきな事を考えていると、今日の主役である、カガリ・ユラ・アスハとユウナ・ロマ・セイランが、趣味の悪い白色のエレカーに乗って到着したようだ。
周辺からあまり熱狂的ではない空々しい歓声が起こる中、そのエレカーからアスハ代表首長とユウナ・ロマ・セイランが降り立ち、二人並んで、本殿に向って階段を上り始めた。
アスハ代表の姿はこれまで幾度も写真や映像で目にしていたが、今日この日、ゆっくりと階段を上ってくる姿は……、白のベールが表情や金髪を薄く隠し、かつ、純白のウェディングドレスを身にまとうという、花嫁姿であることも影響しているのか、また違った印象を、ぶっちゃけると、女の色気というものが感じられる。
よって、俺が、そんな花嫁から、つい、レナやマユラ、それにミーアの花嫁姿を連想してしまうのも仕方がないことなのである。
……あー、それぞれに、ぐっと来るというか、ムラムラというか、うん、いいよなぁ。
セレモニーの参列者の一人として、サハク准将の傍らに立ちながら内心で悦に浸っていると、視界の隅に本人的にはキリッとした顔をしているらしい花婿……白いスーツを着たユウナ・ロマ・セイランの姿が……。
何か、その姿を見た瞬間に、一気に現実に引き戻されるというか……、俺も白いスーツを着たら、あんな感じになるのかなぁ、と若干凹んでしまった。できるだけユウナ・ロマを見ないように努めていると、丁度、サハク准将の目の前を通り過ぎようとしていたアスハ代表がその足を止めた。
そして、得意満面の花婿さんが余裕を持ってというか、大物振りたい小物がするように、取り澄ました顔で周囲へと大仰に会釈する中、笑顔に翳があるアスハ代表が、ちょっとハスキーな声で准将に声を掛けた。
「ロンド・ミナ……、まさか、お前が出席してくれるとはな」
「本国とアメノミハシラ、それぞれの路線は違えど、オーブという国を構成する一員である事は確かだ。ならば、代表の大きな節目に立ち会う事も道理であろう」
「ああ、そうだな。……ロンド・ミナ、私は独りでは何事も為す事ができない、自らの望みを達する事もできない、至らない代表だ。どうか、これからも支えて欲しい」
「……善処しよう」
サハク准将がクールに、それでいて、どこか暖かな返事をすると、アスハ代表は小さく微笑み、再び、歩み始めた。その後姿を見送っている准将が、ポツリと呟いた。
「此度の一件で、己の望みを叶える事ができず、一皮剥けたか」
褒め言葉のような感があったが……、それ以上に、哀しみの色が滲み出ている気がした。
俺がその事に気を取られている間にも、花嫁と花婿は赤の帯をたすき掛けした助祭達が立ち並ぶ前を通り、本殿前で待つ先程の老司祭の前に立った。
そして、老司祭は、会場を満たしていたざわめきが自然と収まるまで待つと、厳かに告げる。
「これより、カガリ・ユラ・アスハとユウナ・ロマ・セイランとの婚姻の儀を執り行なう」
◇ ◇ ◇
参列者が静かに見守る中、婚姻に関わる一連の儀式……ハウメア神話の中にある逸話を元にした説教やハウメア教の教書朗読といった事が、恙無く進行して行く。
その間の主役二人だが……、やはり、ユウナ・ロマ・セイランが幸せの絶頂めいた雰囲気を醸し出しているのに比して、カガリ・ユラ・アスハは別に想い人がいるという非常に不本意な状況である為だろう、幸せそうにはとても見えない。
それが、なんとも遣る瀬無い気持ちを心底に生じさせてしまい、つい、アスハ代表の後姿を見る事ができなくなってしまった。
けれども、祝いの席上で、泣いてもいないのに下を向くわけにも行かないので、視線を本殿前の二人から逸らして、周辺へと目を向けることにする。
……。
参列している人達は、皆が皆、息を呑んで、二人をじっと見守っている、が……?
んんっ?
警備担当の動きが、何だか慌ただしい?
そう思った時、視界の隅に見知った警護班員の姿が目に入り……、こちらに向けて、ハンドサインで……、非常事態っ!?
「……て問う。ハウメアに誓いし心に、偽りはないか?」
司祭の慇懃な声が、一瞬で場違いなように聞こえ始めた。
「……准将」
「ふむ、どうやら、何かが起きたようだな」
サハク准将が視線を向ける先には、こちらに向かって走りつつ、大声をあげようとしている警備兵の姿があった。
一応の警戒の為に、准将の一歩前に立って身構えていると、その兵士は、己の肺活量に挑むかのように叫んだ。
「退避をーーーっ!」
退避っって、何それっ!?
そう突っ込む前に、プラント保安局時代の身辺警護訓練で徹底的に叩き込まれた動作が自然に身体を動かし、身を翻したサハク准将の背を守りつつ、周囲を警戒しながら後退する。そして、突然の事態に周囲がついていけない中、手筈通り、偉い人達を掻き分けて傍までやってきたオーバ三佐と警護班員に准将を委ねる。
もはや言葉は要らず、サハク准将はオーバ三佐の先導で避難をし始めッっーーー!
……俄かに、幾つもの光の筋が空から降り注いだかと思うと、並んで屹立していた四機のM1アストレイ、その全機の右肩を吹き飛ばしていた。
右肩部の爆発と共に巻き起こる衝撃。
それに含まれている破片や熱から身を守る為に、身体を縮め、顔を両手で交差させて覆い隠す。
な、何がっ!?
突然の出来事に、悲鳴と叫び声が交錯する中、混乱する頭に冷静になれと命じつつ、再び顔を上げると、そこには、赤いMS……、停戦後、暇潰しにとユウキから渡された資料で見た、フリーダムの兄弟機……ジャスティスが片膝をつく姿があった。
更に、その背後には、連合のMS……ストライクに似た紅色の機体が存在して、周囲を牽制している。
……もしかしたら、今日は何事かが起きるかもしれないって考えていたけど、こいつはちょっと予想外すぎる。
そんな天を仰ぎたくなるような心境に至りつつ、サハク准将が無事なのか、後ろを振り向いて確認すると、右往左往している人々の中にその姿は既になく、速やかな退避に成功したのが確信できた。
とりあえず、サハク准将に関してはオーバ三佐に任せる事ができたので、今度は我が身の安全を確保する為に退避を開始しようとしたら、唐突にジャスティスのコックピットハッチが開き、中から赤いパイロットスーツを着た男らしき影が姿を現した。
「カガリっ!」
「あ、アスラン!」
どうやら、噂のアスラン・ザラらしいって、おいおい、代表首長の警備はいないのかっ!
って、ユウナ・ロマ、護るべき人の影に隠れるなっ、つか、その護られるべき人も危険に近づくなよっ!!
なんて具合に、どう突っ込んだらいいのか、誰に突っ込んだらいいのか、突っ込み方は拳の方がいいのか、それとも裏拳か、等と、まったく意味もなく、また、役に立たない方向に思考が流れる中、二人の会話は続く。
「カガリっ! 来いっ!」
「なっ! お、お前っ! 一体、何をっ! 何故、こんな事をっ!」
「カガリっ! 俺と……、俺とっ! 共に生きてくれっ!」
「ぅぁっぅっ! な、なにを言っている、アスランッ!」
「そんな男に、お前を……、お前を奪われたくないっ! たとえ、何を失ったとしても、お前だけはっ! お前だけは、誰にもっ、絶対に渡さない! 絶対にだっ!」
「あ、アス……ラン」
「だから、カガリっ! 俺と、一緒にっ!」
「だ、駄目だ。……駄目なんだ、アスラン」
「ッぅくっ!」
って、ドラマみたいな現実に、つい、見入ってしまったが……、どうしよう。
「私はアスハの娘……、ウズミ・ナラ・アスハの娘で、カガリ・ユラ・アスハである以上は……、オーブと国民を背負うオーブ五大氏族の一人であり、代表首長である以上はっ、そ、そんな、我が侭は……、ゆ、許され……ない」
「カガリ、聞いてくれっ! 俺はあの時っ! 父上から……、今際の時に、父上から言われたっ! 〝お前はザラの名に縛られず、自由に生きよ〟とっ! あの一言で、父上という大きな存在や周囲からの過剰な期待……ザラ家の一人息子という雁字搦めの呪縛から解放された気がしたっ! だからこそ、わかるっ! カガリっ! お前は、お前のお父上にっ、お父上の影にっ、遺された言葉に、縛られているっ!」
……。
あー、もー、武器もないし、無理しなくていいや。
「ッ! そ、それでもっ! 私はっ! こ、国民の期待を、く、くにを、うらぎる、わけ、には……」
「カガリっ!」
「……あす、ら……ん……、あ、アス、ラン……、お、お前の、き、気持ちは……、こ、こんな、わたしの、ために……、ここまで……、してく、れるなんて……、一人の、おんなとし、て……、と、とても、うれ「だったらっ! この手で奪うまでだっ!」あっ! アスランっ!」
ちょ、おまっ!
お、漢らしすぎるぞ、おいっ!
ある意味、男の……生物としての雄の理想像を体現してみせたアスラン・ザラは、自身が宣言した通りにジャスティスの手を伸ばして、涙を流しているアスハ代表の身体を確保すると、コックピットハッチまで運び、コックピット内に自らの手で引きこんだ。
「な、何をしてるんだっ! は、早く! カガリをっ! カガリを取り戻せぇーーーっ!」
一方、突如迫ってきたMSの鋼鉄の手に驚き、腰を抜かしてしまったユウナ・ロマ・セイランも何とか立ち直って、周囲に向って、叱咤と命令をするのだが……、如何せん、MSに対して、拳銃や自動小銃では無力すぎる。
それでも何とか迎撃態勢を整えようと、兵士達が動く中、コックピットハッチを閉ざしたジャスティスは空に舞い上がり、花嫁を頂いた以上、もうここには用はないと言わんばかりに、紅色のストライクと共に飛び去って行った。
「早く全軍に命令を出せっ! カガリをっ、カガリを取り戻すんだっっ!」
その姿を見送らざるを得なかった花婿さんは、かなり剥きになって、近くにいた将校に詰め寄っているが……、あー、なんか、警備に当たってる連中の中に、ジャスティスが去った方向に敬礼している奴がいたりするんだけど?
……流石に、こんなんじゃ、捕まえんのは無理だろうなぁ。
喜劇の如く花嫁を奪われた花婿に同情めいた視線を送っていると、先程、俺にハンドサインを送った警護班員……アメノミハシラの日常を護る保安隊から選抜されたベテランで、浅黒い肌に黒い髪を持つルブア曹長が近づいてきた。
「ラインブルグ三佐」
「ああ、ルブア曹長、無事だったか。それで、サハク准将は?」
「御無事です。オーバ隊長から、サハク家本邸に退避中との連絡がありました」
「了解。で、俺達っていうか、ここに残ってる連中は何をすれば?」
「何が起こったのか情報を収集し報告せよ、との事です。また、指揮はラインブルグ三佐に委ねるとも」
情報を収集し、報告せよ、か……。
「なら、警備本部の邪魔にならない程度で情報を収集する。時間は一時間を目処、収集方法に関しては、全て下士官組に任せるよ」
「了解です」
軽く不敵な笑みを見せると、ルブア曹長は他の居残り組にインカムで連絡を取り始めた。
その間に改めて周囲を見回すが……、負傷者はいるものの、幸いな事に、重傷者や死者の類は出ていないようだ。
付け加えれば、中破しただけで済んだM1アストレイにしても、コックピットから降りたパイロットが元気にヘルメットを地面に叩きつけているからなぁ。
いや、流れた血が少なくて済んで本当に幸いだった、だなんて事を考えていると、消防や救急、それに治安部隊が近づいてきたのか、サイレンの音が聞こえ始めた。
それと同期したわけではないだろうが、ルブア曹長もこちらに話しかけてくる。
「三佐、今現在、三佐が把握されている情報はどれくらいの物ですか?」
「今の所、俺が把握しているのは、所属不明のMS二機……恐らくはジャスティスとストライク系MSに襲撃され、アスハ代表首長がジャスティスのパイロット……おそらくはアレックス・ディノに拉致されたってことだけだな」
「……今、こっちが得ている情報よりも詳しいもののようですね」
「そりゃ、目の前で花嫁が連れ去られたからなぁ」
「では……、ユウナ・ロマや警備兵が、アスハ代表が拉致されたと叫んでましたが、これは、本当なのですね」
「ああ、本当さ。……むざむざ、目の前で連れ去れるなんて、不甲斐ないかもしれないけど、流石に、生身でMSに立ち向かう勇気は、俺にはなかったよ」
「いえ、お気になさらず、例え、タジカラを着ていてもMSに抵抗するのは難しいでしょう」
「そう言ってもらえると、気が楽になるが……、パワードスーツを着て、MSに立ち向かう連中の勇気には敬服するよ、本当に」
いやはや、動いてるMSの……、それも敵性体の近くで生身で立つだなんて、本当に、得難い経験をさせてもらった。
「まぁ、会場の後始末や拉致犯への対応は警備本部や他の四軍に任せて、俺達は情報を収集して、適度な所で引き上げる事にしよう」
「はっ、了解です」
敬礼して見せたルブア曹長にこちらも答礼すると、また、インカムで居残り組と話っていうか、指示を出し始めたようだ。
その姿を確認した後、ジャスティスやストライク(似)が去って行った方向を眺める。
……ザラ議長、あなたの息子さん、かなり無茶したけど、惚れた女の為に全てを賭けるなんて、中々いそうでいない男に成長したみたいですよ。
そう心中で呟くと、なんとなく、ザラ議長が、〝ふんっ、若造、アレは私とレノアの息子なのだからな、当然だ〟って、不敵に笑って言っている姿が脳裏に浮かんできた。
そんな想像に少しだけ、笑みが浮かんでしまったが……、真面目な話、今後、オーブはどうなるんだろうなぁ。
……。
あー、ヤメヤメ、門外漢は大人しくしておこう。
っていうか、そもそもの話、事の大きさを考えると新参の三佐風情が関われる問題でもないよなぁ。ここは他力本願だけど、サハク准将が何らかの対策を考えてくれる事を期待するしかないか。
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