第三部 導なき世界の中で…… (C.E.72年-C.E.75年)
62 愚者の夢想 -オーブ代表首長婚礼 2
1月19日。
今日、執り行なわれる一つのセレモニーを前に、首都オロファトがあるオーブ本島……ヤラファス島は、いや、オーブ連合首長国を構成する群島は、密やかなざわめきに満ちている。
とはいえ、そのざわめきというのも、お祭り騒ぎ的な物は極々一部だけで、大部分は、こんな大変な時期に結婚式するなんてとか、ああ、俺のカガリ様が汚されるとか、これで景気が上向くのかなとか、ユウナ・ロマ禿げろとか、大西洋連邦に尻尾を振るセイランの薄汚い陰謀だとか、カガリたんにビンタされたいよはぁはぁとか、これってセイラン家が代表首長を簒奪する為の第一歩じゃないのとか、あのお転婆姫が私より先に結婚するなんて、嘘よ、夢に決まってるわよねとか、とにかく、マイナス的な意見が大勢を占めている結果のようだ。
これも、一昨日、昨日、今日と三日続けてオーブ各地を〝観光巡り〟してきたらしいイシカワ三佐が話したことだから、まず、間違いない。
ちゃんとハウメアの護り石を三つ……それも、御丁寧に、赤、青、白だった……買ってきてくれたイシカワ三佐が他に話した事を付け加えれば……、カグヤ島のとある街の広場で大規模な結婚反対の集会が開かれていたり、オロファト市街で色んな宗教家が辻説法をしていたり、一部の軍部隊が警護任務をサボタージュしそうな気配があったり、国家元首の結婚式という一大セレモニーがあるという事で、操業が停止されているはずのモルゲンレーテ本社工場に、いつものように大量の資材が運び込まれたり、同じくモルゲンレーテの、先の侵攻での反省を踏まえ、アカツキ島にも新しく建設された工場でも業者の出入りが多かったり、警備する治安機関の人手が足りておらず、
一国の元首の祝い事にしては警護が甘かったりと、とにかく、今日は常日頃のオーブとは違う状態である事を示す出来事が多いようだ。
……ううむぅ、これは、本当に、何かが起きても、おかしくはないような気がしてきた。
本当に、早いうちに警護担当責任者と事が起きた際の対応……一番すぐ近くにいる俺が〝肉の盾〟を務めている間に、警護班がサハク准将の回りを固め、危機対応班が脱出手段と脱出ルートを確保して、安全な場所まで連れ出すって、打ち合わせっていうか、手順の確認をしておいて正解だったなぁ。
そんな事を結婚式が行われるハウメア教の古神殿へと移動する車内で考えていると、本日は公式行事という事もあって、オーブの正式軍装である白い制服を身につけてはいるものの、常の黒いマントは身に纏っているサハク准将が話しかけてきた。
「既にイシカワから聞いていると思うが、やはり市井の者は此度の結婚を喜んではおらぬようだな」
「どうやらそのようですね。まさか当日に結婚反対の大規模集会まで開かれるとは思ってもいませんでした」
「それだけ、放蕩娘……カガリが国民に愛されているという事であり、ユウナ・ロマが好かれていないという事でもある」
「まぁ、ユウナ・ロマ・セイランが有能なのは実績が物語ってますけど、確かにウザイですよね、あの人」
「ふっ、正直な奴だ」
准将は軽やかに笑っているが、あの人、傍らで見ているだけでも本当にウザイんだわ。
「でも、あれだと、人気が無いのもわかります」
「本来はそこまで悪い奴ではないのだがな。……奴も焦っているのだろう」
「焦っている?」
いったい、何に?
「ああ、奴とカガリは婚約者であるとはいえ、それは親が決めた事に過ぎぬ。代表首長の絶対的な権限を持ってすれば、話をないものとできなくもないのだ」
「へぇ、そうなんですか?」
「うむ、それだけ代表首長の権限は強いということだ。……もっとも今回の場合だと、カガリにユウナ・ロマやウナト・エマの協力なしで、国を動かせるだけの力量があれば、あるいは、それに成り代われるだけの存在がいればの話になるがな」
あ、あー、今の代表首長には無理かもしれんなぁ、って、なら、何故に焦るんだ?
「なら、何故、焦る必要があるんですか?」
「……む、そういえば、カガリの内情については話していなかったな」
「ええ、聞いてません」
「ふむ。……まぁ、お前なら構わぬだろう」
何が構わないんだろうと、首を捻っていると、更にサハク准将は話を続ける。
「……実はな、カガリにはユウナ・ロマではなく、別に相愛の男がいるのだ」
「ちょっ! ええぇっ! い、今から結婚式なのに! す、凄く、スキャンダラス臭がプンプンとっ!」
「何、そこまでドロドロとしたものではない」
その一言で、ちょっと頭が冷えたが……、ドロドロとしたものではないとすると?
「あー、では、どのような?」
「先の戦争の際、カガリが連れ帰った男でな。互いに好きあってはいるが、立場上、踏み込んではいないようだ」
「プラトニックって奴ですか……。それで、アスハ代表が連れ帰ったって事は、例の一味?」
「そういう事だ。だが、中々に面白く、悪くない男を拾って帰ってきたのだぞ? 本当に、その点だけは評価しても良い」
「悪くない男? ……詳しく聞いても?」
「……ふふっ、お前もその男と多少の縁があるな」
縁?
「その男の名はアレックス・ディノ。現在、カガリの警護官を務める男だ」
「……あ、ああ、覚えてます。アスハ代表の警護官だったコードウェル一尉と交代して、結果的に一尉が宇宙軍に移る切っ掛けになった男ですよね」
「そうだ。……そして、本来の名をアスラン・ザラともいう」
……吹いた。
「ふふ、中々のサプライズだったようだな」
「げほっ、ごほっ」
「……しかし、その様子だと、ザラの一人息子の生存を知らなかったのか? ザフト中枢に近かったのなら、知っていてもおかしくはない情報のはずだが?」
「いえ、初耳です。……停戦後は、ザフトを円満に除隊する為にも、できる限り、得る情報を制限してましたからね」
「ふむ、そういうことか」
なるほどなるほどと、納得したように何度も頷いているが……、なんとまぁ、ザラ家の一人息子は生きていたのか。
……でも、ザラ夫人は知っているんだろうか?
むむむっ、ザラ夫人に知らせるべきか知らせないべきかと内心で悩んでいると、話を続ける為だろう、准将が更に口を開いた。
「それで、そのアスラン・ザラだが、先のプラントでの一件でも常にカガリの傍を離れず、その身に怪我一つ負わせずに守りきってカガリとオーブへの忠誠を示した事もあって、素性と事情を知る者の間では、これは悪くないと組み合わせだと囁かれ始めているのだ」
「……プラントの最高評議会議長として一大戦争を指導し、負けるギリギリの所で踏み止まって停戦に持ち込み、講和までの道筋を切り開いて独立を勝ち取った男の息子だけに、ですか?」
「そうだ。……どのような分野でも遺伝というものが影響する故にな」
「努力や教育……経験でカバーできる事でもありますけど、確かにそれも一面の事実ですね」
まぁ、どれだけ才能があったとしても、本人の努力が足りなかったり、周辺の環境が悪かったりしたら伸びないし、逆に言えば、才能がなかったとしても、本人の努力が十全で、周辺の環境が整っていたら伸びるはずだ。
っていうか、人は様々に経験を重ねながら成長していくと、自然、その身体と記憶に年輪の如く、経験が蓄積されていくのだから、才能がなかったとしてもある分野で大成できることだってあるはずなのだ。
そして、身体と記憶が蓄積した経験から、その何かに適した存在を生み出す為に、あるいは対応できるようにする為に、遺伝という形で次代に引き継がれていく事が、本来、人が……生命が数え切れぬほどに繰り返してきた、進化の歴史でもあるはずだ。
「ふっ、やはり、才があろうと、磨かねばいつまでもくすんだままであり、才がなくとも、磨き続ければ輝きを得る事もある、ということだな」
「ええ。磨かれる過程で様々な価値が付加されていって、ただ、それだけにしかないような、唯一ってものが得られるんでしょうね」
……あれ、なんでこんな話に?
「……意外とロマンティストだな、ラインブルグ」
「そ、そういう准将こそ」
なんとなく気恥ずかしさを感じて黙ってしまうと、准将もなんとなく顔が赤くなっているような?
車内に微妙な沈黙が訪れたので、それ以上のアスラン・ザラについて聞く事ができず、乗っていた車もまた、本日のメイン会場であるハウメア教の古神殿に到着したのだった。
◇ ◇ ◇
ハウメアの古神殿はハウメア火山の山腹に傾斜を利用して造られているらしく、山から流れ出た水が流れ落ちている滝の手前に、神殿の中心というべき本殿が据えられ、そこに至るまでの参道が麓から段々に続いている。
また、古神殿自体もそうなのだが、参道にしても一定の大きさの石を器用に組み合わせたものであり、これを造った昔の人は頑張ったんだなぁと思わされる逸品だ。
でも、誰なんだ、いったい……、一種、世界遺産にでもなりそうな古神殿にMS……M1アストレイを並べるなんて事を決めた奴は?
こんなもん、MSなんて使わずに、儀仗兵を出せば良いだけの話だろうに、それともあれか、見栄え重視なのか?
何ともいえない顔で、神殿の中程で屹立する数機のM1アストレイを眺めていると、それに気付いたサハク准将が声を掛けてきた。
「ラインブルグ、露骨に呆れた顔を見せるな」
「これは失礼しました。……しかし、神殿にMSを並べるだなんて、この演出を考えた奴は、あれですね。自分の権力を誇示したいか、スタイリッシュを追い求めたか、どちらかですね」
「強力な戦力を有している事を国民や他国に誇示する事も、国事行事には重要な事なのだが?」
「いや、やり方って言うより、見せ方の問題ですよ」
少なくとも、MSは隠しておくか、気の利く人間なら気付くような場所にそれとなく置いておく位の方がいいと思うんだけどなぁ、等と考えつつも、必要ないだろうが、一応はサハク准将をエスコートしながら、神殿の本殿に向う。
サハク准将の後方や周囲を警護班がそれとなく固める中、長い階段を上って行くが……、広大な神殿の各所には、警備担当らしき治安当局の職員や軍属が持ち場のチェックをしていたり、テレビ局の中継スタッフらしき人間が走り回っていたり、M1アストレイの足元に整備員とパイロットが立ち話をしていたりと、中々に賑やかだ。
危険な存在がないかと、周囲へと視線を配りながら、准将に一つ疑問に思っていた事を聞いてみる。
「そういえば、官邸での祝賀披露会には出席しなくてもいいんですか?」
「ふっ、我が行けば、周囲が花嫁以上に気を使う故にな」
「……あー、なるほど、それでですか」
「ああ、主役より目立っては、カガリやユウナ・ロマの面子を潰す」
「なんとも、難儀な事ですね」
「構わんさ、見せ掛けだけのパレードに参加するというのも、性に合わん」
はー、やっぱカッコいいわぁ、この人。
そう感じたところで、最上段である神殿の本殿がある場所に到達した。
「……ふむ、ここまで見た限りだと、警護も形だけは整っているようだな」
「みたいですね。……かなり、やる気がなさそうに見えるのが問題ですけど」
「〝我らの姫様〟が〝ぼんぼん息子〟に奪われるのだからな、そうなるだろう」
准将の的を射た発言に苦笑していると、本殿から白い貫頭衣を身にまとい、赤いストールを首に掛けた老境の司祭が姿を現した。そして、その老司祭はサハク准将の姿を認めると、ほぼ白くなった髭に隠れてはいるが、口元に笑みを浮かべたようだ。
「おお、これは、ミナ様ではございませんか、お久しゅうございます」
「ああ、久しいな、長老。此度はカガリが世話になる」
「いえ、喜ばしい事です。ハウメア様もお喜びでしょう」
儀礼的なやり取りから会話が始まる中、内容に耳を傾けつつも、念の為に警護班に倣って周辺を警戒する。
「それに亡きウズミ様も、今日というカガリ様の晴れの日を、お喜びのはずです」
「……そうかもしれぬな」
あー、アスハ代表の内情を知ってると、そういう反応になるわなぁ。
「時にミナ様」
「む、何だ?」
「ミナ様には御良縁がございますかな?」
「ふふっ、今の所、我はそういった事を考えておらぬよ。サハクの名を守るのも、養子を取って継がせるという手もあるのでな」
「なるほど、それもまた一つの道でしょう。……ですが、人生は長い。時に、ハウメア様のお導きがあるやもしれませぬ」
「その時はその時だな。我も長老の世話になろう。……故に、身体をいとえよ」
「……勿体無いお言葉です」
心底から嬉しそうに言葉を返すと、その老司祭はサハク准将に頭を下げ、神殿の中に戻っていったが……、厭味を感じない、中々できた人だったな。
「ふむ、折り良く、長老への挨拶も済んだな。後は主役の二人が着くのを待つだけだが……」
「……まだ、時間もありますし、警備本部で休みますか?」
「いや、それでは警備の者達が仕事になるまい。……たまに、本物の自然の中で構想を巡らす事も一興か」
サハク准将のその言葉を受け、警護班のリーダーである陸戦隊のオーバ三佐……その厳つい顔を持つ中年の偉丈夫と視線を交わすと、准将から見えない事を良い事に、少々呆れた顔で〝似合わんよ〟的に肩を竦めてみせた。
くぅっ、保安局時代に鍛えられた顔面制御術が、こんな所でまた役に立つとはっ!
「ふむ、オーバ」
「何でしょう、司令官」
「警護班が安全を把握した範囲はどれくらいだ」
「このハウメア神殿全域をクリアーしております」
「そうか。……では、近場を散策をする。お前達には負担を掛けるが、よろしく頼むぞ」
「了解です」
そのオーバ三佐の返事と共に、サハク准将が歩き始めたので、俺も随行して、話し相手になるか、身辺警護に務める事にする。
……それにしても、情報部のイシカワ三佐といい、陸戦隊のオーバ三佐といい、アメノミハシラっていうか、オーブ宇宙軍って、結構、変な奴が多いよなぁ。
むー、あれかな、他の四軍だと上手くいかなかった連中……規格外な連中ばかりが放り込まれた結果なのかねぇ。
興味深い事だよなぁ、だなんて考えを深めつつ、主役が到着するまでの時間を神殿内や流れ落ちる滝近くの散策で過ごしたのだった。
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