第三部 導なき世界の中で…… (C.E.72年-C.E.75年)
61 愚者の夢想 -オーブ代表首長婚礼 1
C.E.73年が去って、C.E.74年を迎えた。
去年は残り三ヶ月になってから酷い事になっただけに、今年こそは良い年でありますようにと、我が母やオーブ群島で広く信仰されているという火と豊穣の地母神ハウメアに祈っていたのだが……、その祈りも虚しく、年劈頭から新地球連合とプラントとの間で大きな戦闘が起きた。
カーペンタリアに駐留していたザフト地上軍がプラント本国からミネルバ隊等の増援を得て、アイスランド北西部、その地下に存在する新地球連合軍の最高司令部、通称【ヘブンズベース】を制圧すべく、大規模な部隊を侵攻させたのだ。
その一連の戦闘についてだが、傍から見ても十二分に気力が漲っているトウラン司令から回されてきた、観測衛星やノルズからの映像と偵察衛星の画像付きの情報部からの報告書を読むに、新地球連合とザフト、双方共に大きな損害を出す激戦だったようだ。
戦闘の流れを簡潔にまとめると……。
1月3日深夜。
カーペンタリアから南アメリカ大陸南端にあるドレーク海峡を経て大西洋に入っていた二十隻以上のボズゴロフ級と、ジブラルタル基地からザフトの新鋭艦ミネルバに十機程のヴァルファウ……オーブの〝ペリカン〟と同じような役目をこなす、MSの運搬が可能な大型輸送機、ザフトの空戦用MSディンの後継機でMA可変型MS【バビ】の編隊がアイスランドを目指して行動を開始。
それと同時に、L1宙域でプラント国防軍と大西洋連邦軍との間で断続的な小競り合いが発生する中、地球軌道上に、ザフト艦隊の援護を受けた四隻の降下カプセル輸送艦……この厳重な警戒振りからカプセルの中は降下部隊と思われた……が展開して、カプセル降下に備え始める。
対する新地球連合側も、この段階で、アイスランド近海に防衛艦隊らしい水上艦……ダニロフ級イージス艦十六を展開させ、また、MS用バックパックを装備できる戦闘機【スカイグラスパー】やジェットストライカーなるバックパックを装備した空戦仕様のウィンダムを迎撃に上げ始めている。
4日早朝。
緒戦として、制海権を巡っての海戦がアイスランドの沖合いで始まったと思われるのだが、海中での戦闘だけに観測衛星や偵察衛星では詳細を観測できず、ただ、十隻のダニロフ級が撃沈された他、ボズゴロフ級が撃沈された証拠と思しき大規模な気泡が二つ程で確認されている。
不確かだが、激しい戦闘が行われた海と同様に、空でもアイスランド上空の制空権を巡って、ザフトのバビ編隊と新地球連合軍の空戦仕様ウィンダム及びスカイグラスパー編隊との空戦が始まる。ここではバビが優速を生かして一撃離脱するのに対して、スカイグラスパーが追随して攻撃を仕掛けたり、ウィンダムが連携射撃で迎撃するという、熾烈な空中戦が繰り広げられたようだ。
そんな空戦と同期させるように、ヴァルファウが対空防備が為されていない海岸線から内陸部へと低空で侵入し、新型MS……バクゥに似た四足型MSとザク・ウォーリアに似た二足型MSを空挺降下させている。
4日午前。
空挺降下したザフト新型MS部隊が迎撃に出てきたダガーL部隊を蹴散らし、内陸部や沿岸部の防衛施設群を沈黙させて橋頭堡を得ると、ボズゴロフ級が六隻程浮上して、そこから新たなバビ部隊が放出された。
この増援でバビ編隊が一時的な航空優勢を勝ち取って、沿岸防衛に残っていたダニロフ級をも蹴散らすと、更に十隻以上のボズゴロフ級が浮上し、そこからグゥルに搭乗したザク・ウォーリア部隊が発進し始めた。
このザフトの動きに対して、海と空を抑えられた新地球連合は手出しできなかったようで、ザフトの主力部隊が火と氷と風が織り成す大地に上陸する事になる。
そんな主戦場であるアイスランドからちょっと顔を退いて大局的に見ると、新地球連合の大西洋艦隊がグリーンランド沖からアイスランドに向けて動き始めていたり、太平洋艦隊がハワイから出港してカーペンタリアに向けて舵を切っていたり、宇宙でも月のアルザッヘル基地から宇宙艦隊がL5方面へと出動していたりする。
4日午後。
ザク・ウォーリア部隊が先に降下して上陸を支援していた空挺MS部隊と合流し、ヘブンズベースの出入り口があると思われる地点へ向けて、進撃を開始。
これに対して、新地球連合側も各所に据えられたトーチカや隠蔽された砲兵陣地からの砲撃の他、塹壕に隠れたリニアガンタンク部隊やパワードスーツ【グティ】を装備した装甲歩兵部隊の支援を得た、ウィンダムやダガーLの部隊を展開させて、本格的な応戦を開始する。
結果、実弾やミサイル、更にはビームといった凶悪なモノが戦場を飛び交う中、MS同士の激しい機動戦が展開され、一進一退という言葉がしっくりと来るような戦闘が行われたようだ。
この辺りは、脚部を破壊されて擱座したダガーLの影からザク・ウォーリアに向けて携帯小型ミサイルを撃ち出すグティや随所をレールガンで穿たれつつもリニアガンタンクを蹂躙する新型四足MS、墜落してきたスカイグラスパーに突っ込まれて吹き飛ぶ砲兵陣地、沈黙したと思われていた海岸砲台が火を吹いて撃沈されるボズゴロフ級、空中衝突で相打つ形となり共に墜落するバビとウィンダムといった姿が、アメノミハシラ系マスメディアで放送されたり、メディア紙の一面に写真が掲載されたりしていたから、本当にどれだけの激戦だったかがよくわかったよ。
しかし、あの過密な火線溢れた戦場に出向いて、あれだけの臨場感溢れる映像や写真を撮るなんてなぁ。確か……、撮影したのは、ジェス何とかってフリージャーナリストだったと思うけど、いやはや、世の中、命知らずがいるもんだ。
っと、ちょっとだけ脱線してしまったが、この膠着した状況に業を煮やしたのか、ザフトは最精鋭部隊であるミネルバ隊を投入する。
このエース部隊の参入は大きく、例の〝トリコロール〟……インパルスという名のMSを中心に、赤色の新型MSと鮮やかな紅色のザクに似た、先だって空挺降下した例の新型MS……、こいつが鮮明に映し出されていたので気付いたのだが、これがまた、前世の某SFアニメで見た覚えのある〝グフ〟にとてもよく似ていたので、とりあえずはグフ(仮)として……、とにかく、瞬く間に、ミネルバ隊がウィンダムやダガーLで構成されていた前線をズタズタに引き裂いた事で、形勢はザフト側に大きく傾いた。
これを押し込むチャンスとみたのだろう、ザフトは更に地球軌道上から降下カプセルを投下させており、これで勝敗が決まるかと思われたのだが……、ヘブンズベースから発射された、空を焼く強烈な光線が降下カプセルの大部分を吹き飛ばした事で、再び、流れが変わってしまった。
しかも、一気に引き戻された流れを後押しするように、例の〝ドラ猫〟部隊が出現してミネルバ隊を抑えたり、これもまた、さっきのグフ(仮)と同じく、〝やれせはせん〟の某中将が乗っていたような、漢のロマン臭溢れる巨大なMA可変型MSが出現し、〝破壊の王〟の如く、前線のザク・ウォーリアを駆逐したのだ。
4日夕方。
再び戦闘が泥沼に陥るかに思われたが、ザフト側が新地球連合の大西洋艦隊が増援に向っている事を察知したらしく、ミサイルによる後退支援攻撃を開始したボズゴロフ級へと順次撤退を開始する。
この際、殿軍として居残ったミネルバ隊が、〝破壊の王〟や〝ドラ猫〟隊に打撃を与えて撤退に追い込んだり、インパルスがウィンダム相手に無双してみせたり、赤の新型MSが追撃を仕掛けた空戦仕様ウィンダムを多数落したり、紅グフ(仮)がウィンダムの一群を鞭打って痺れさせて動けなくしたりと大活躍した事で、ザフト側は大きな損害を受ける事なく速やかな撤退に成功しており、また、そのミネルバ隊自体も損失機を出すことなく帰還している。
……しかし、最後の戦闘だけ見ると、なんだか、ウィンダムがひ弱そうなMの人みたいに感じるのは気の所為かって、げふんげふん、いやいや、これまでの内容を見ると、ミネルバ隊が強すぎただけだよね、うん。
そんな訳で、ザフト地上軍による新地球連合軍最高司令部への直接侵攻は失敗に終わり、戦争の行方は未だに見通せない情勢だ。
◇ ◇ ◇
1月17日。
サハク准将の随員として、地球はオーブ本国へと降りる事になり、レナに小隊を委ねて、サハク家が所有する専用往還機でアメノミハシラを出発した。
アメノミハシラという一勢力のトップが動くだけに、オーブ国防宇宙軍第一宇宙艦隊第一宇宙戦闘群第一戦隊……まぁ、要するに第一艦隊のトツカ級四隻が護衛に付く中、静止軌道から地球軌道に、地球軌道から大気圏突入を経て、オーブ近海……カグヤ島沖の指定着水海域へと順調に降りていき、無事着水と相成った。
その後、海域近くに待機していたオーブ国防海軍に属するタグボートに曳航されて、国防総省のあるオノゴロ島の軍港へ入港し、俺はオーブ本国の土を再び踏む事になる。
保安隊と陸戦隊から選抜された護衛担当がしっかりと警護する中、国防総省が手配したエレカーに分乗して、移動すること半時間、門衛が敬礼する大きな石造りの門を抜け、大きなアンテナ塔がある頑丈そうな建物に入った。
これまた実家の本社ビルに雰囲気が似ている、コンクリートで頑丈に作られている建物、その正面玄関で止められた車から降りて、職員や士官の出迎えを受ける中、サハク准将に続く形でぞろぞろと他の随員達と共に玄関入り口を抜けると、エントランスホールの中央で、飾緒が付いた白のオーブ軍服を来た、紺色の髪を右から左に撫でつけるという、如何にも軽薄と言う言葉が非常に似合いそうな男が、幾人かの士官と共に待ち受けていた。
その自然と気障な感を受ける男とサハク准将とが話し始めたので、道中、座席が隣になったのが縁で言葉を交わすようになり、今も隣を歩いている情報部のイシカワ三佐……どこにでもいそうな、極々普通の容姿に、極々普通の中肉中背という体格をした三十路男に小声で問い掛ける。
「……イシカワ三佐、あれ、誰です?」
「あれが今回のセレモニーで主演男優を務める、ユウナ・ロマ・セイランさ」
そのちょっとした毒を含んだ言葉を受けて、なんていうか、三文役者かホスト崩れ、場末でプレイボーイを気取っている成金の兄ちゃんみたいに、大仰なアクションでサハク准将の長い髪を褒め称えているユウナ・ロマ・セイランを改めて見つめるが……、どこにでもいるチャライ男にしか見えない。
「なるほど、〝アレ〟が、未来の宰相候補、ですか」
「そう、〝アレ〟がさ」
二人して〝アレ〟呼ばわりするように、内政家として父である宰相を補佐してきたという事実を知らないと、侮ってしまいそうになるな。
「気を付けろよ、ラインブルグ三佐。奴はその見かけによらず、中々に狡猾な男だ」
「つまり、政治家として有能って事ですね」
「……そういうことさ」
イシカワ三佐はふっと微かな笑みを見せるが、直に顔を引き締めると、周囲にいる者達に気取られないようにするだろう、まるで独り言を呟くように、極自然に、考えさせられる言葉を吐いた。
「だが、人って奴が、存在の表面や仕草に気を取られるのもまた、事実だ。……今更かもしれんが、今回のセレモニーを歓迎している者は少ない」
逆に言えば、歓迎していない者が多いとも受け取れる言葉だけに、セレモニーの際に不穏な動きをする者が出てきても何らおかしい事ではない、って事を言いたいんだろう。つまりは、事が起きた場合を想定して、腹を据えておけって忠告か、色々と対策を立てておけって助言ってところか。
微かに顎を引くことで、言葉の中に込められた意を汲み取った事を示しつつ、口では表面的な言葉を返す。
「確かに、先の被害からの復旧や経済の立て直しもあまり進んでいないみたいですからねぇ」
「まぁ、そういうことなんだが……、このセレモニーで景気に弾みが付くって事もありえるさ」
イシカワ三佐はプラント時代保安局に世話になったベテラン局員や元課長が仕事の折に稀に見せていた、ニヤリ笑いを浮かべて見せると、今度は軽薄な様を装い、声音を大きくして、更に続けた。
「そう、今回の結婚で、アスハ代表首長はユウナ・ロマ・セイランっていう強力な駒を得る事になるんだからな。アスハ代表は、元より素晴らしかった施政を、更に素晴らしいものに進化させて、今回の被災からの復興を成し遂げ、このオーブをその名の通りに、更に輝かせてくれる事は間違いないだろうさ。うんうん、これでオーブも国民の皆様も安泰だよなぁ」
おおぅ、やり方はあざといが……、確かにイシカワ三佐が言っていたように、出迎えに来ていた職員や士官の中に、目を険しくした連中がいるな、って、本当に、かなり数が多いな。
あー、こりゃ、早急に対策を……、サハク准将の安全を確保する為にも、事が起きた際の担当と手順とを警護担当と話し合う必要があるなぁ。
「お、ラインブルグ三佐、移動するようだぞ」
「ええ、俺達も急ぎましょう。……俺も、警護担当と早急に打ち合わせが必要になりましたしね」
「ほほ~、付いたばかりだというのに、早くも仕事か? こりゃ、俺も見習わないといかんなぁ」
飄々と言ってのけるイシカワ三佐の、ユウナ・ロマ・セイランよりも遥かに洗練された役者振りに、つい失笑してしまう。
「ええ、どうせなら、俺の仕事も手伝ってください」
「ああ、本島……オロファト市内を巡って、色々と〝土産〟を買った後だったら、大いに手伝うよ」
「なら、〝観光〟ついでに、俺の分のお土産も買ってきてくださいよ。ハウメアの護り石を三人分」
「……はぁ、色男だよねぇ。羨ましいっていうか、そんな〝けしからんこと〟していたら、ハウメア様から天罰が落ちるよ?」
「あはは、豊穣を司る大地の女神様だけに、産めよ増やせよで、そんな事をしませんよ」
「いやいや、火を司っている事も忘れたら駄目さ。情熱と嫉妬の炎で焼き尽くされかねないよ?」
「じゃ、その分は知り合いに譲っておきます」
アーガイルにヒビキ、悪いがそれらの成分に関しては俺の分も犠牲になってくれ等と、実に自分に都合の良いことを考えながら、周囲からの視線が厳しいエントランスホールを後にした。
やれやれ、セレモニーで何事も起きなかったらいいんだけどなぁ。
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