第三部 導なき世界の中で…… (C.E.72年-C.E.75年)
60 揺れ動く世界 -新地球連合 VS. プラント 4
年の瀬の十二月。
ユニウス・セブンの落下から端を発した世界の混乱は、実質的には大西洋連邦と呼べる新地球連合とプラントとの戦争という一つの破局をもたらしたのだが……、いやはや、まったくもって、迷惑な事この上ない。
インド洋では両軍が海軍を繰り出しての断続的な小競り合いが続いているし、ザフトが汎イスラム同盟領内にも人員を送り込んで地熱発電所があるガナルハンって地域で反乱を起こさせて制圧したかと思ったら、大西洋連邦が大洋州連合内の反プラント勢力に武器を供給し、カーペンタリア基地近くや主要都市で頻繁にテロを起こさせて政情不安を引き起こしたりする。
まぁ、でも、これら地球での動きはそこまで迷惑じゃないからいいんだけど、宇宙が、ねぇ。
L1宙域で三大国軍とプラント国防軍との睨み合いが継続する中、L4やL5近くの宙域でも大西洋連邦とザフトの両軍が互いに小部隊を浸透させて、相手国船籍への通商破壊を行い始めた為、戦闘に巻き込まれるリスクを嫌った中立国船籍の商船が様子見を始めたのだ。
当然の事ながら、地球圏内の航路を行き来する商船が減少した影響は大きく、巨大な資源庫である月からの資源……鉱石や製錬された金属の輸送量は大きく減ってしまい、被災地の建築物やインフラの再建に必要な資材が入手しにくい状況に陥っており、地球各地の復興を妨げる事に繋がってしまっている。
幸いな事に、こういった世が乱れた状況に強いジャンク屋ギルドが、正規ギルド員であるジャンク屋をデブリベルトに大量に送り込んで資源ごみを回収して、リサイクルしたり、L3の資源衛星で資源産出が行われている為、必要最低限の供給は行えている状態ではある。
けれども、復興が遅れることによって新たに不満が発生して、結果、世界が更に乱れる可能性があるだけに、早期の解決……戦争の停戦か休戦を望みたいものだ。
◇ ◇ ◇
12月19日。
久しぶりにサハク准将に呼び出された俺は、さり気なく〝色〟を含んだ流し目を送ってくるアサギの案内で司令官室を訪ねると、准将は執務椅子に座って、大型モニターに映し出されている地球の映像を眺めていた。
「ミナ様、ラインブルグ三佐をお連れしました」
「……ああ、ご苦労だった」
アサギの言葉を受けて、サハク准将はこちらに椅子の向きを変えたのだが……、どうにも、顔色が悪い。
……おそらく、三日前に電撃的に公表された重要案件に関連して、様々な対応に忙殺されていたのだろう。
「お疲れのようですね」
「ふっ、そう見えるか?」
「ええ。妙齢の美女が見せてくれるとしても、伝え聞く、締め切り前の修羅場を何とか乗りきった漫画家やアニメーターのような顔は、一人の健全な男としては、微妙に嬉しくないです」
「くくっ、お前も大概に口が悪いな」
「まぁ、プラント社会で身に付けた後天的なモノですけどねぇ。ですが、真面目な話、流石の准将も、東アジア共和国がユーラシア連邦に加入するとは想定していなかったみたいですね」
そう、重要案件とは、東アジア共和国がユーラシア連邦に参加して、ユーラシア共和連邦と名実ともに変化したということだ。
「落下テロ以前から両国が急速に接近しているのは……、エネルギー分野や食料や労働力の融通、外交分野での協調路線、軍事作戦での相互協力といった事でわかってはいたがな」
「まさか、大国と呼ばれる存在……一大国の権力を政治家が放棄するとは、普通は誰も想像できませんよ」
「ふふ、放棄するというよりも、強制的に放棄させられたと言った方がしっくりくるだろうがな」
皮肉な笑みを浮かべたサハク准将が述べたように、先のテロ被害で東アジアの政治中枢が破壊された時に、権力を握っていた連中の大部分が一掃されたのが、東アジア共和国がユーラシア連邦に参加した最大の要因ってことだろうなぁ。
「しかし、東アジアのお偉いさん達、どうして退避してなかったんですかね?」
「いや、頑丈な地下シェルター位には避難していただろうさ」
「つまり、地下シェルターが耐え切れず、一緒に吹き飛んだって事ですか」
「おそらくはな」
肩を竦めて見せた准将は、表情を引き締めると、更に続ける。
「先の落下テロからしばらくの間、幸運にも難を逃れた中央政府や軍幹部と、各地方を治める地方政府が権力を継承する為に暗闘していたが……、どちらかがユーラシア連邦に今回の話を持ちかけていたのだろう」
「しかし、自分達の権力をある程度は維持する為に、自分の国を潰しますか……」
「さて、当事者ではない我には、そのようにした意図まではわからぬさ。……だが、僅か二ヶ月で、ユーラシア共和連邦という一つの形で結実したということは、ユーラシア連邦もまた、この動きを歓迎したのだろう」
「ユーラシア連邦も、西ユーラシアに中東と、相次いで領域を失って、落ち目でしたからねぇ」
仲間に去られた落ち目な男と殴られすぎてグロッキーな男とが、互いに手と手を取り合って、共に頑張って生きていこうと決意する、腐尽くしいじゃない、美しい話だよなぁ、うんうん。
内心で馬鹿な事を考えつつ、サハク准将が疲労している理由と思われる事を俎上に乗せてみる。
「それで、アメノミハシラはどのような対応を?」
「参謀本部の者達に加えて、各艦隊の幹部も交えて話し合いを持ったが、L1を包囲させていた両国の艦隊をL4に引き揚げさせた事もあるし、基本、承認する以外に特にリアクションは起こさぬ事にした。それに、我から言わせれば、鬱陶しい大国が一つに減ったお陰で、今後の対外対応が楽になったのだからな」
「……なら、何故にそんな疲労を?」
「昨日、東アジア……いや、ユーラシア共和連邦が、自国の主力MSに【ライゴウ】を正式に採用しただろう?」
「ええ、以前、フジヤマ社が開発したライゴウと、その陸戦型でしたよね?」
「ああ、そうだ。もっとも、我が得ている情報だと、現場への実戦配備は今しばらくの時間が掛かりそうなのだが……、赤道連合はこの動きを脅威に感じている」
「……つまり、その対応について、赤道連合の偉いさんと話し合いを持っていたと?」
「そういう事だ。ついでに、新地球連合とプラントとの戦争の影響についても、意見や情報を交換していた」
はぁー、一勢力のトップってのは、本当に、大変だよなぁ。
「准将、無理しないで下さいね?」
「ふふっ、それは余計な心配というものだぞ、ラインブルグ。我がこの職に付き、執務を取っているのは、オーブ氏族であり、五大氏族の一つとしてオーブを率いる首長の一人でもある、我が望んだ事であり、義務であり、誇りでもあるのだからな」
「……先程の言葉は失言でした」
「よい、気にするな」
ううむぅ、サハク准将って、有能な上に、誇り高くて、美人とくる、カッコいい女だよねぇ。
……だというのに、男の影が見えたり、噂が聞こえたりしないのは、これ如何に?
サハク准将に関わる最大の謎を胸中で弄んでいたら、その本人がこちらをじっと見据えながら、話し始めた。
「さて、今日の本題に入るが……、ラインブルグ、今、何か、不埒な事を考えておらんか?」
「え、何も考えてませんよ?」
ピコピコと、首の代わりに手を口の前で横に振ってみせるが、准将は疑わしげに見つめてくる。
その所為で、司令官室内には、ちょっとした緊迫感が生まれてくるが……、准将が次の言葉を発した事で、ゆっくりと霧散していった。
「んんっ、既にトウランには話を通したのだが……、来月の17日から五日程、オーブ本国に降りる事になったので、お前にも、その随員として参加してもらう」
随員?
俺、事務方っていうか参謀ではないし、警護担当の保安隊や荒事得意な陸戦隊でもない、現役復帰しているとはいえ、予備役の一MSパイロットよ?
「命令とあらば、ですが……、一MSパイロットの俺が随員に選ばれた理由をお聞きしても?」
「何、佐官クラスは基本的にそれぞれの職務で忙しいが、MS小隊長しか務めていないお前は他の者よりも手が空いている。付け加えれば、ウルブス小隊もラヴィネンに指揮させれば、通常小隊として機能するという計算もある」
「み、見も蓋もない、理由ですね」
「ふっ、冗談だ、……とも言い切れぬ所もあるが、実際は、総務部と副官部が予備随員を選定した際に、プラント時代に軍務以外の職歴がある、お前が引っ掛かってな」
「あ、あー、確かに、ザフトに組み込まれる前には、行政局や保安局にいましたけど、それが理由に?」
「そうだ。つまりは、それなりの事務能力と警護経験を持つお前が、事務方と警護方、双方の予備人員……便利屋として選ばれたという訳だ」
うへぇ、それって、下手すりゃこき使われるって事だから、あんまり嬉しくない。
「で、でも、こういうのって、普通、それぞれの専門家に任せるもんじゃ?」
「付け加えれば、プラントで白服を務め、戦争を生き抜いた実績から、危急の際の対応や現場指揮も任せられる」
……な、なんか、逃げ口が塞がれた気分。
「最後に最も重要な事だが……」
「事だが?」
「公式行事の際に、蝿避けとして、我のパートナーとして使える」
カクーンって、顎が落ちそうになった。
俺が思ってもない言葉に動揺してしまったのが伝わったのだろう、サハク准将は悪戯っぽい笑みを見せる。
「ほぅ、我のパートナーを務めるのが不満か?」
「い、いえ、そ、それは、光栄なんですが……、准将はいいんですか?」
「何、本音を言えば、我は誰でも良いのだ。……だが、パートナーとして、共に時間を過ごす以上、話をしやすい方が良いのは確かだな」
「あー、そういえば、オーブ生まれはサハクの名に嫌悪するか、萎縮するって言ってましたね」
「ふふ、そういうことだ。残念な事に、宇宙軍内で我相手に萎縮しない相手など、それこそ、我よりもかなり年嵩な幹部連中位しかおらぬ」
確かに、俺が知るコガ艦長だったら、氏族云々があったとしても、サハク准将に大いに噛み付いて、意見しそうな感はある。
「まぁ、当初は我も伝手を使うつもりでいたのだが、生憎と、叢く……先方の都合がつかなくなってな」
「なるほど、それで……」
「ああ、付け加えるなら、お前が黄狼の二つ名を持ち、新鋭のラインブルグ・グループの跡取りという事も加味されている」
「はぁ、いやはや、パートナー一人を選ぶだけでも、氏族ってのは色々と大変ですねぇ」
「何、これも慣れだ」
普通なら悩みそうな事を、何でもない事のように返してくる辺り、サハク准将って、女傑だよなぁ。
まぁ、随員に選ばれた理由はわかったが、公式行事ってなんだろう?
「ちなみに、先程、公式行事と言ってましたけど、それって、何ですか?」
「オーブ代表首長であるカガリ・ユラ・アスハと、五大氏族の一つ、セイラン家の後取り息子、ユウナ・ロマ・セイランの結婚式だ」
「えっ、初耳ですが?」
「元より両者は婚約者なのだが……、いや、お前は移住組だったか」
「ええ、知りませんでした」
「ふむ、アメノミハシラに拠点を置くマスメディアやジャーナリストはアスハ家に含む所を持つ者が多いからな、結婚に関する事も落下テロの復旧報道や戦争報道に紛れ込ませたのだろう。……だが、情報に敏なお前が見落としをするとは、珍しいな」
おおぅ、ま、まさか見落としてしまうとは……、芸能人の結婚とでも勘違いしたのかなぁ。
でも、幾ら含む所があるとはいえ、一国のトップの結婚の扱いがそれでいいんだろうか、等と考えが逸れ始めたのが自覚できたので、一旦思考を巻き戻し、改めて、その結婚について考える。
……。
ふむ、ユウナ・ロマ・セイランが宰相であるウナト・エマ・セイランの息子である事を考えると……。
「えと、これってセイラン家が政権奪取する為の……、代表首長を身内に取り込む為の政略結婚ですか?」
「直にそう考えたお前には俄かに信じられない事だろうが……、放蕩娘に惚れ抜いているユウナ・ロマ・セイランが、ウナトの目を掻い潜って、入念な根回しと下準備をした結果だ」
「あれ、宰相は反対なんですか?」
「ああ、ユウナ・ロマは内政家としては優れているが、軟弱な所がある上、ウナト以上に大西洋連邦との繋がりが太いからな……。少なくとも、反大西洋連邦感情が強く残っている現状においては、アスハ派に限らず、軍や国民から間違いなく反発が生まれてくると予想できるだけに、後、三年は待つべきだと、公人としては反対している。とはいえ、一私人としては嬉しかろう」
だが……、それでいいんだろうか?
「この結婚が為されたら、権力が集中しすぎませんか?」
「ふっ、そのような事、オーブでは今更の話であり、アメノミハシラも似たようなモノだぞ?」
「……そういえば、そうでしたね」
居心地良過ぎて忘れてたけど、アメノミハシラって、サハク准将の独裁であり、軍事政権でもあるんだよなぁ。
でも、前世の独裁とはえらくイメージが違うとはいえ……、結局は、サハク准将っていう個人次第でどうとでも転ぶんだよなぁ。
つい、礼を失して、サハク准将の顔をまじまじと見ていると、准将の顔に怪訝な表情が浮かんできた。
「どうした?」
「あ、いえ、准将って、美人だなぁ、と」
「……何か、悪いものでも食ったか、ラインブルグ」
取り繕う為とはいえ賞賛したのに、奇異の目で見られている事にちょっとショックを受けつつ、咳払いをして話を修正する。
「で、では、本国に降りるのは、その結婚式に出席する為ですね」
「オーブの五大氏族である以上、代表主張の婚姻に出席せぬ訳にはいかぬからな。だが、それだけではわざわざ地球に降りるというのも行く甲斐が少ない故に、他にも予定を組んでいる」
「……予定、ですか?」
「ああ、ついでに、赤道連合や南アメリカ合衆国とちょっとした交渉を行うつもりだ」
「俺も、それに同道を?」
「無論だ」
おおぅ、サハク准将と同じペースで仕事するだなんて……、絶対に疲れること、間違いなしだぞ。
ひ、必要以上には働きたくないでござる!
なんて、誰もが望むが辿り着けない理想の日々と、酷使されるであろう現実の五日間を思い、いつものように、心中で密やかに涙する。
「話は以上だが、何か質問はあるか?」
「いえ、特にはありません」
「そうか。では、ラインブルグ、公式行事でのパートナー役、期待しているぞ」
「ご期待に応えられるよう、今から、勉強しておきます」
そんな答えを返して、アサギの先導で部屋を退出しようとしたのだが、追い討ちを掛けるような言葉が……。
「ふっ、式典では、我に、あまり恥をかかさないでくれよ?」
「その時は、成り上がりの息子である俺をパートナーに選んだ事をお恨みください、と言っておきますね」
「くくっ、言ってくれる」
面白そうに笑う准将の姿が、通路と司令官室を繋ぐ扉がスライドして閉ざされた事で見えなくなり、前を行くアサギがポツリと一言。
「……御愁傷様です」
なんだか、チーンって鈴の音が聞こえてきそうな言葉だった。
……うぅ、給料泥棒の日々はいつになったら、やってくるんだろう。
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