ブックリスト登録機能を使うには ログインユーザー登録が必要です。
第三部  導なき世界の中で…… (C.E.72年-C.E.75年)
59  揺れ動く世界 -新地球連合 VS. プラント 3


 新地球連合によるL5……プラント本国への侵攻と、それに伴なう一連の戦闘……第三次ヤキン・ドゥーエ攻防戦が、新地球連合とプラントとの戦争の行方を大きく左右しそうな展開になっている。

 というのも、第三次ヤキン・ドゥーエ攻防戦の二日後、プラント最高評議会議長ギルバート・デュランダルが発した一連の非難声明が、厳しいモノになっていた世界の、特に地球市民の対プラント姿勢を軟化させたのだ。

 プラントに対する激しい逆風を凪に近い状態まで落した、奇跡のような非難声明は三つの柱から成っていた。

 デュランダル声明を最初から順番に並べて行くと……、先の第三次ヤキン・ドゥーエ攻防戦において、大西洋連邦軍がユニウス条約違反であるニュートロンジャマーキャンセラーを使い、核兵器でプラント・コロニー群を狙った事を非難しつつ、ユニウス条約を簡単に破って見せた大西洋連邦が国家として信頼できない存在である事を指摘。
 この指摘から話を展開させて、何故、条約締結時では考えられないような国家に、このように容易く条約を破るような国になったのかという事を、三大国、特に大西洋連邦内部に蔓延っているブルーコスモス過激派と実行組織であるファントムペイン、これらを支援する企業群が、政権や軍内部に入り込んで、圧力を掛けて、コーディネイターを排斥し、それらが保有する権益を手にする為、或いは自企業の利益の為、世界の緊張と対立を煽っているからだ、と、ある意味、説得力のある理由を述べる。
 更に漆黒に塗装されたダガーLから俄かに攻撃を受けてゲイツRが撃破された後、何もない空間から宇宙戦艦が出現し、アーモリーワンに接近するまでの一部始終が映った、撃破されたMSから取り出したと思しき臨場感溢れる映像を公開しつつ、ユニウス・セブン落下テロの前日に起こった、アーモリーワンの襲撃がファントムペインの手によるものであると言い放つ。
 こうしてファントムペインのテロ行為と共に、さり気にファントムペインがユニウス条約違反であるミラージュコロイドを使用していた事を視聴者に印象付けた後、ユニウス・セブンに関わる対応の不手際を謝罪しながらも、先の襲撃がなければ、ユニウス・セブン落下テロへの対応も速やかに行えただろうし、みすみすユニウス・セブンを落下軌道に乗せることもなく軌道より逸らすか、落下しても無害な程に完全な破砕に成功できただろう、とする見解で締めくくっているのだ。


 そ、そうだったのかと、思わず言いたくなるが……、だが、ちょっと待って欲しい。


 サトーの供述で、先のテロリストとザフトの一部が繋がっているって、証言があるんだけど、それに対する見解はどうなってるの?

 ってな、真っ当な疑問は、マスメディアが好む、大きなインパクト……戦争が始まった事や核兵器の使用、更には大西洋連邦のユニウス条約違反によって、扱いが小さくなっているか、そもそも置き去りに……、いや、もっと簡単に言ってしまえば、マスコミから忘れられてしまっている。

 おいおい、本当に〝権力の監視者〟を自任している連中がこれでいいのか、と眉間に皺がよってしまうが……、これもまた、権力者や不祥事を出した企業が自分達の不都合を小さくする為の、過去から変わらないマスコミを上手く利用した一種の詐術である以上、精々、誤魔化されたり、だまされたりしないよう、情報を得る側が眉に唾を塗っておくしかないよなぁ。

 で、このデュランダル議長の声明もあって、大西洋連邦が先の戦闘で核を使用する為に、ユニウス条約違反であるニュートロンジャマーキャンセラーを使用したと条約加盟各国が目したことで、先の世界安全保障条約は締結される見込みがなくなってしまった。

 しかしなぁ、先の世界安全保障条約や戦争の開始時期にしろ、今回のユニウス条約違反にしろ、戦後世界における一連の舵取りが適切だった事を考えると、老練な大西洋連邦らしくない、実に稚拙な行いというか失策を立て続けたとしか言いようがない。
 そう考えると、デュランダル議長が非難声明で述べた事は虚構でもなんでもなく、実は本当の事であり、ブルーコスモスや名指しされた企業群なのかはわからないにしても、どこからか、なんらかの圧力が政府や軍にでも掛かったのかもしれないな。
 でなければ、現政権のリーダー……大西洋連邦の大統領であるジョゼフ・コープランドが俄かに狂って、考えなしの〝阿呆〟になったとしか言いようがないというか……、要するに、これまでの動きとは一線を画する行いを説明する為には、それくらいの……、大西洋連邦政権の背後には黒幕がいるんだよ、なんだってー、みたいなフィクションめいた事を考えないと、不自然すぎるのだ。

 いやはや、大西洋連邦が見せている動き……戦後の見事なまでの舵取りとユニウス・セブン落下テロ前後の反応の落差に気づいていしまうと、デュランダル議長の非難声明の信憑性が高まるという罠……、うむむぅ、流石はデュランダル議長、何かと気位が高いプラントを率いるだけはある傑物っていうことだな。

 まぁ、それはともかくとして、これ以上の戦争を望まなかったり、復興を優先したい地球市民の間では、デュランダル議長が名指しで指名したファントムペインを支援している企業群に対する不買運動が広がっていたりする。
 そんな不買運動の対象にされたのは、有名所を上げていけば、大西洋連邦経済界では新興のジブリール財閥系企業、北米の老舗であるモッケルバーグ銀行系列、旧英国にあるマクウィリアムズ化学系列、食料品最大手のグロード食品系列といった所だろう。

 はぁ、デュランダル議長の話した情報が本当なのか確証が得られていないし、プラントに対する追求も中途半端だというのに、市民の皆様は踊られす……、いや、それだけ、落ち着いて思考するだけの余裕がないのかもしれない。

 何しろ、大きな被害を被った先の戦争から、たった二年で、物騒な物が落ちて来るわ、また戦争になるわ、だからなぁ。


 ◇ ◇ ◇


 11月25日。
 今日のアメノミハシラは朝から騒がしい事になっている。
 L1宙域で大西洋連邦軍艦隊とプラント国防軍の間で小競り合いが発生し、付近の航路を単独で航行していた地中海同盟船籍の商船が流れ弾に被弾した為だ。

 その商船から救難信号を受け取ったSKOが救難救助隊として、L1外縁部にある補給衛星港から通常兵装と遭難救助用のハガネを一隻ずつ、アメノミハシラからオオツキガタを艦載したトツカ級六番艦ナカを現場に向わせている。またこれに合わせて、即応部隊からもナカツとクロガネ級二隻が出て、アメノミハシラからL1までの航路を維持するなど、後方支援に当たっている状態だ。

 ウワツもまた、ソコツや残り二隻のトツカ級と共にアメノミハシラ近くに遊弋して、事態の急変に備えているのだが……、同時に、L1のプラント国防軍に必要以上の刺激を与えない為にも、出張ったSKOからの救援要請がない限りは動けない。

 その為、じりじりとした待機時間を送っている……事になっているのだが、当直はレナ達に任せて、ウワツに艦載されているもう一つの独立小隊【パンサー】の待機室を尋ねて、隊長であるタワラ・ジロウ三佐と情報交換や世間話をしていたりする。ちなみに、他のパンサー小隊員は整備に顔を出して機体状況を確認したり、シミュレーターで軽い訓練をしているようだ。

「やー、それにしても、ラインブルグ三佐って、うちのサマリアと同じ歳なのに、落ち着いてるよねぇ」
「そういうタワラ三佐こそ、落ち着いてませんか?」
「あー、なんていうかさ、先の戦争で思う事があって、ちょっと自分的に達観してるんだよね」
「思う事、ですか?」
「うん、そう。ラインブルグ三佐ももう知っているだろうけど、オーブ軍って専守防衛を基本とするタイプだからさ、基本的に受け身的な行動が是になるんだよね」

 少しふっくらとした容姿に非常に穏当な表情を浮かべるタワラ・ジロウ三佐だが、訓練の時は鬼のような形相で苛烈さ溢れる戦闘機動と渋く堅実な戦闘指揮を見せたりする三十代前半の人で、人手不足の宇宙軍が引っ張ってくるまでは本土防衛軍に所属していたそうだ。

「まぁ、その事自体……国防軍の在り方には、別に文句はないんだけどさ。指揮する側までが宣戦布告された状況でも攻撃を受けてから反撃だー、だなんて〝馬鹿な事〟に拘っちゃってたから、後手に回っちゃったよ。ついでに言えば、トップの見通しが甘かったお陰で、国民が逃げ惑う状態で本土決戦なんて事をしちゃったしね」

 ……ついでに言えば、結構、毒も吐く。

「本当に、あの日はさ……、酷かったよ。僕もM1に乗って迎撃に出たんだけど、戦闘している足元でさ、まだ市民が必死で逃げているんだ」
「ッ!」
「……当然、彼らを守ろうとしたんだけど、僕がいることで逆に攻撃を受けちゃって……ね。つい、さっきまで必死に逃げていた人達がさ、攻撃された後……、爆風が去った次の瞬間にはさ……、動かなくなっていたよ」

 巻き添え、か……。

 凄惨な地上戦を経験する事も、保安局時代にも民間人が巻き添えになるような銃撃戦もした事がない俺にとっては、想像を絶する、非常に重い話だ。

 そんな俺の感慨を他所に、程よい中背の身体を、その背筋を伸ばしながら、タワラ三佐は話を続ける。

「まぁ、そんな風にたくさんの犠牲者を出した本土決戦は、前代表首長が本人にとっての〝最後の意地〟を見せて、色々と巻き添えにして散った後、オーブが地球連合に降伏することで終わったんだけど……、武装解除させられた僕達は地球連合軍の監督下で、戦闘で滅茶苦茶になった市街を片付ける事になったんだ。……で、その最中に、市民の誰かがさ、僕に言ったんだよ。……私達がこんな目にあったのは、あんた達の所為だ、ってね」
「……それは」
「はは、痛かったよ、あの言葉はさ……。自分達の弱さと己の無力さを、心に、存分に、焼き付けてくれた」

 ……。

「でも、それと同時に思ったよ。どうして、命を掛けて戦った自分を、感情のままに詰る奴らを守る為に、あんな凄惨な光景を目にしてまで、心を抉られるような思いをしてまで、命を張らないといけないんだろうってね」

 ……人である以上、誰にだって感情があり、そこから滲み出てくる思いがある、ってことか。

「そう思った直後、愕然としたよ。模範的な士官だろうと思ってた自分が、そんな事を……、軍人として、国と国民を守りきれなかった自分達が悪いのに、市民にちょっと文句を言われた位で反発心を抱くなんて事、信じられなかった。だから、僕は、一度、現役から身を引いてたんだ。軍人として、どうあるべきかを落ち着いて考えたかったから」
「その……、答えは、出たんですか?」
「……僕はさ、ただ、与えられた任務だけを淡々とこなすだけの、生きている機械になればいいと思ったよ」

 ……生きている、機械、か。

 瞬間、ソキウス達の姿が脳裏を過ぎった。

「心がなければ、人を殺す事から来る呵責も起きなければ、尊厳を奪われて死んで行く人達を見ても、苦しむ事もない。死に恐怖を感じる事もなければ、殺しに愉悦を得る事もない」

 心がなければ、感じる為のモノがなければ、か……。

 けど、それは、人として、あまりにも寂しすぎる考えだ。

「はは、そんな顔はしないでくれ、ラインブルグ三佐。今現在、命を預かってる部下がいる以上、そんな空ろな事を言っている余裕はないし、ソキウス達の姿を見て、僕の考えが如何に甘かったかはわかってるんだからさ」

 ちょっと気恥ずかしげに笑みを浮かべたタワラ三佐の表情には、虚ろなものは見えない。

「それにさ、あの戦争で、人があまりにも簡単に死んで行く事実を見て、思い知らされたよ。人は簡単に死ぬ。ついでに言えば、それは非日常時に限った事じゃなくて、ただ、日頃は鈍感になっているだけで、日常でも死は身近にあるってね」

 確かに、タワラ三佐の言う通り、戦争みたいな非日常だけに限らず、日常でも唐突な死は訪れるものだよな。

「そう……、人は、生きている以上、必ず死ぬ。それこそ、貴賎を問わず、何人たりとも、生きているモノは、その運命からは逃れる事はできないんだ。その理由が何であれ、命尽きるのが早いか遅いか、死に至るまで長いか短いか、ただ、それだけの差だけに過ぎなくて、行き着くところは、皆、一緒……」
「……確かに」
「まぁ、そんな訳でさ、その皆が行き着く最期の瞬間までは、自分の思い通りに生きればいいんじゃないかなぁ、って、思うようになったんだよ」

 自分の思い通りに生きる、か……。

「……現実は、しがらみが多くて、難しそうですけどね」
「わはは、そうだよね。後、社会との兼ね合いも忘れたら駄目だよね」

 タワラ三佐はしばらくの間、相好を崩していたが、俄かに表情を引き締める。

「話を変えるけど、ラインブルグ三佐は本国の動き……、プラントと新地球連合の仲介に関する事は聞いているかな?」
「仲介に関する事ですか? やっているって事は聞いてますが、進捗については聞いていません」
「うん、なら、教えておくけど、どうも仲介は不調らしい」

 ……仲介が不調、か。

「その理由は聞いてますか?」
「一応はね。どうも、理念優先のアスハ代表首長がまったく役に立ってない、ってのは、言いすぎなんだけど……、現実、感情優先で、奇麗事で済ませようとするアスハ代表には、荷が重いみたいなんだよ」
「……宰相のセイラン卿は?」
「裏で動いてるって話だったけど、例の戦闘とデュランダル演説で微妙な事になってるからね、落し所が見つけにくいみたいだ」
「偉い人も大変ですね」
「うん、それはそうなんだけど、これに関しては自分が望んだ事なんだから、頑張ってもらわないと、ねぇ」

 うーん、この突き放した言い方を聞くに、タワラ三佐は現代表……アスハ代表首長にも思う所があるのかもしれないなぁ。


 その後、件の遭難船がSKOの救難救助隊に助けられたという情報が入るまで、俺はタワラ三佐と、オーブ本国の観光名所やお土産、擬似重力区画……シリンダー部の建設が進んでいるL3のタカノアマハラ、試作機が出来たと聞くBOuRUの水中型や最近になって第一居住区に開店したという美味しいと噂の和食店について、駄弁り続けたのだった。


+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。